マーク4
「なぜ聖法を使えないのですか?」
「呪い、だな。」
「呪い……ですか。」
遥か昔、俺がまだガキの頃に魔族から呪いをかけられた。それ以降勇者の力を使うことができなくなってしまったというわけだ。
「失礼ですが、私の神眼で見てもよろしいでしょうか?」
「おう、いいぞ……神眼!?」
神眼だと⁉世界でも数人しか使うことができないという伝説の力だぞ!……おっと、また驚くところだった。
「……いいぜ。」
冷静を装ってそういった。
「では、失礼します。」
そういって、メイドの瞳が青く光り、虹彩の周りを小さな光が舞っていく。
「呪い……といいますか、封印でしょうか。」
こうも簡単に俺の秘密がばれるといっそすがすがしいな。
「ここのメイドはみんな神眼を持っていたりするのか?」
「いいえ、私だけです。」
さすがにな。それを聞いて一安心する。いや、安心してる場合じゃねぇ。一人いても異常なんだよ!
「非常に強力な魔力結界がはられています。恥ずかしながら、私ではその結界を破ることは難しいでしょう。」
申し訳ありません。と付け加える。いや、普通のメイドは呪いを解くなんてことはできないから謝ることでもないのだが。
「この呪いも簡単に解かれでもしたらと思って若干怖かったぜ。」
「買いかぶりすぎです。」
そういって目をそらす。
「このレベルの結界は上位の魔族……いや、魔貴族によってかけられたものだと推測します。」
その通りである。俺の呪いは魔族によってかけられた。
もちろん魔族と魔貴族は違う。大きな違いはその圧倒的な強さだ。魔物の始祖の血をより濃く受け継いでいる分、魔力密度が高い。
「魔族では、ないのか。」
特に驚きはしなかった。俺も勇者の力を封じ込めることができるほどの力を持っているということは、魔貴族かもしれないと思っていたのだ。
「よく生きておられましたね。」
「その魔貴族がおかしかっただけだ。まあ、まともな魔貴族なんているのかどうか怪しいが。」
俺の力を封印した後、『まだ子どもか。私は子どもは殺さない主義だ。』といって、その場を去っていったのだ。
「ですがそれも今日までですね。」
「……どういうことだ?」
目の前にいるこのメイドは封印を解除できないといっていたではないか。
「確かにできません。」
おい……神眼で心の声を読むな。
「しかし、それを可能にする方がここにはおります。」
そんなヤツいるわけ……。
「ここはどこですか?」
「グルンレイド……」
「その通りです。」
……ジラルド・マーグレイブ・フォン・グルンレイドか。
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俺は今応接室に連れてこられている。……いやこれはどう見ても応接室ではないだろ。玉座のような立派な椅子にグルンレイドが座っている。もちろん俺の座る場所はない。立ったままだ。
「来たか。」
凄みのある声が響いた。太った体、目つきの悪さ、ぱっと見はいたって普通の悪い貴族って感じだが、全身からあふれ出る魔力の量が桁違いだ。これは人間が出せる魔力の量なのか?
「お待たせいたしました。」
「いや、時間通りだ。」
そう言ってメイドを下がらせる。昨日の夜に戦った見習いメイドでさえあれほどの強さだったのだ。今日の朝から付き添ってくれているこのメイドも異常な魔力密度を保有していることがわかる。しかし、どう考えてもこの魔力密度は俺が出会ったメイドたちをはるかに超越していた。
「お前がマークか。」
やつを中心にした圧倒的な魔力密度がこの空間を支配している。魔力密度を感知できないやつらであれば気になることはないのだが、多少なりとも感知できる奴はこの圧倒的な魔力密度の前に立ってすらいられないだろう。俺は耐えられるがな。ギリギリ。
「ああ、そうだ。」
鋭い視線が俺を突き刺す。呼吸をすることさえつらくなってくる。
「ここに無断で侵入したそうだな。」
あ、死んだな。こんな呼吸をするように人を殺しそうなやつが俺を生かしておくはずがない。
「あ、あぁ」
声が震える。
「まあ、それに関してはどうでもいい。」
だよな、生きていられないよな。思いっきりやってくれ。痛みを感じないように……。あれ?どうでもいい?いま、どうでもいいといったか?
「マーク様、大丈夫ですか?お気を確かに。」
目の焦点が合っていなかったのだろう、さっきのメイドに声をかけられる。
「俺を、殺さないのか?」
「殺す?なぜだ。お前はただここに侵入しただけだろう。金品も何も奪っていない、メイドだって殺していない。」
殺す理由がない。と答えた。はぁ、圧倒的なカリスマ性に感服する。貴族の屋敷に侵入するというのはそれだけで重罪である。それを『そんなこと』とで済ましてしまうその力量は計り知れない。
「だが、ひとつ提案がある。」
そういってまた視線が鋭くなる。
「俺のもとで仕事をする気はないか?」
……さすがだ、罪を許され、あまつさえ殺しもしなかったという恩を与えておいて、条件を提示するという高度な交渉術だ。この問いに対しての俺の答えは一つに限られる。
「……あぁ、分かった。」
こう答えるしかなかった。
「そうか、それはよかった。」
初めからこうなるということが分かっていたくせによく言う。その笑みは『俺の手のひらで踊ってくれてありがとう』という気持ちが十分に伝わってくる。
「お前には、主に二つのことをやってもらう。一つは偵察だ。お前のその盗賊としての能力を生かして情報を集めてきてほしい。もう一つは今俺のもとにもいる数人の勇者の称号を持っているものへの教育だ。」
「偵察ならまだしも、誰かに何かを教えるなんてやったことがない!」
「異論は認めんぞ?」
さらに魔力密度が上がる。おいおい、まだ上がるのかよ。さすがの俺でも少しふらついてくるレベルだぞ。
「わ、分かった。できる限りやってみるぜ……。」
そう答えるしかない。
「詳しいことはそこにいるヴィオラに聞け。今日からお前の専属メイドとする。」
「かしこまりました。それではマーク様よろしくお願いいたします。」
幾度と繰り返されてきたであろう美しい礼をする。
「お、おう。」
そう答える。だが、今はそれどころではない。やばい、この魔力密度で意識が飛びそうだ……。
「では最後にお前の呪いを解くとするか。」
そういうと複数の魔法陣が展開される。それが一つに重なり、また複数が展開される。それが何度も繰り返され、ひとつの大きな魔法陣へと変化した。
「少し休むといい。」
グルンレイドがそういった瞬間俺の意識が途切れた。




