過去編:セレーナ7
「目が覚めましたか。」
まだ少し意識が朦朧としているが、徐々に意識が戻ってきたようだ。私はあのメイドに倒されて……それで……ここは?
「ここは、グルンレイド領。謁見の間です。」
顔を上げると面前には魔王の城が広がっていた。美しいデザインの柱、聖金貨1枚(1000万)はするのではないかと思えるほどの、絨毯、シャンデリア、そして玉座。何より驚くのはこの広さだ。少なくとも精霊国の謁見の間よりも広い。
「大精霊・セレーナ、で合っているな?」
そしてその玉座に座っている“魔王“から声がかかった。呼吸をするのも一苦労なほどの魔力密度に、私の体は逃げろという信号が全身に駆け巡り始める。
「えぇ、そうです。」
私はゆっくりと立ち上がり、そう答える。玉座の隣には私を気絶させた黒髪のメイド、そして真っ白い髪の……体も真っ白いメイドの二人が立っていた。たった二人の人間が立っているだけだというのに、グルンレイド辺境伯までの距離がものすごく遠くなっていく気がする。この空間に、私が勝てる存在はいないだろう。逃げることもできない。
「私を……どうするつもりですか。」
私は仮にも一国の王。その使い道など無数にある。一体どんな極悪な条件をつけてくるのだろうか……。私の命一つで国にかかる不利益を無くすることができるのであれば、どんな条件でも断る。
「単刀直入に言おう。我がメイドとなれ。」
「そんな条件飲むわけ……メイド?」
「そうだ。」
私は一瞬頭の中が真っ白になった。精霊国へ身代金の要求といったことを想定していたのだ。
「な、なおさら了承するつもりはありません。精霊が、しかも大精霊が人間の下につくなど……」
人間の下につくなど、精霊としてのプライドが許さない。
「そうか、それならそれでいいのだ。」
ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべた。こうも簡単に引き下がるなんて……そういうことか!この状況は私が人質に取られている、ということではない。その逆、精霊国の全てが人質に取られているのだ。
私がここで断るということは、私の命が終わるということではない。精霊国にいる精霊たちの命が終わるということ……。
「ま、まって、ください……。」
もう私に話すことはないと、玉座から立ちあがろうとしたグルンレイド辺境伯に声をかける。
「……ります。メイドに、なります……。」
私の言葉にグルンレイド辺境伯は目を見開き、周囲のメイドたちは『当然の結果だ』と言わんばかりに目を伏せていた。
「ふむ、それはよかった。詳しいことはスカーレットに聞け。」
こうなることは全て予期していたくせに、なんともとぼけたことをいうものだ。しかしそれは全て私の力がたりかなったせい。今は精霊国の民たちを守れたことだけでも幸せだと思うしかない。
「頭を上げて構わないわ。」
いつの間にかグルンレイド辺境伯はこの部屋から移動し、白色のメイドを残すだけとなっていた。
「英断ね。あそこで断っていたらあなたどころか、精霊国の存在すらなかったことにされかねなかったわ。」
「……はい。」
やはり私の判断は正しかったのだ。
「ご主人様はおっしゃってはいなかったけれど、あなたの役目はわかるわよね。」
「はい……ここ、グルンレイド領の土地精霊となることです。」
白色のメイドは静かに微笑んだ。美しい……人間には見えない見た目のせいか、一瞬目を奪われてしまった。
土地精霊とは、文字通りその土地を守る存在のことである。その土地に定着した精霊は、外での力が激減する分、その範囲内では能力が激増する。普通は自分のお気に入りの土地でしか定着しないのだが、私は事情が事情だ。仕方なくこの土地に定着するしかないのだ。
「心配しなくていいわ。あなたがグルンレイドのメイドとなった以上、精霊国の安全は保証された。そしてあなたの安全も、ね。」
いまだに私はグルンレイド辺境伯を信じることはできない。どう見ても悪人にしか見えない見た目、そして精霊国を半壊させた張本人……これで信じることができる方がおかしいだろう。
「まずは、基本的なメイドとしての仕事を覚えてもらうわ。ついてきなさい。」
「……かしこまり、ました。」
私はゆっくりと白色のメイドの後ろをついていった。




