過去編:セレーナ3
「こちらにキリル様がおります。」
目の前には巨大な真っ白い木がそびえ立っていた。中をくり抜いて住居としているようだが、木そのものは枯れてしまわないのだろうか?
「私はここでお待ちしておりますので。」
そういうと案内をしてくれた精霊は、その場で立ち止まる。私たちだけで進めということだろう。ご主人様は入口と思わしき場所まで歩いていく。
「私はジラルド・マークレイブ・フォン・グルンレイドだ。ダンジョンの侵入許可について話がある。」
すると中から1人の精霊が現れた。背格好はメアリーくらい、見た目は可愛らしい少女だ。
「どうぞ。」
案内に従い中に入ってみると美しく飾られた家具が至る所に置かれていた。どう考えても外から見て推測する部屋の大きさと、今見ている部屋の大きさが一致しない。……おそらくこの部屋全体に空間魔法が展開されているのだろう。
「話は聞いている。」
その奥から現れたのは痩せた男……の姿をした精霊。付き人であろう少女をさがらせ、自身は椅子に座る。
「人間ごときが、偉くなったものだ。」
ご主人様に対して椅子を用意する素振りも見えないことに怒りを覚えつつ、私は空間魔法を用いて異空間から椅子を取り出す。もちろんキリルが座っている椅子よりも立派なものをだ。
「貴様もただの人間というわけではないようだな。」
空間魔法を使える人間は珍しい。キリルは私を見てそう告げた。私は何も言葉を発さずに一歩後ろへ下がる。
「さて、話し合いを始めよう。」
ゆっくりとご主人様は椅子に腰掛ける。メアリーは興味深げに周囲を見渡し、ステラは不安げにご主人様とキリルの方を見据えていた。
「俺の名はキリル。精霊国のダンジョンの管理を任されている。」
「ほう、それだけか?」
「……。」
キリルは鋭くご主人様を睨んだ。
「まあよい。まずはそのダンジョンについてを話し合おうではないか。」
基本的にダンジョンは珍しい鉱石や化石などを発掘する目的で利用される。深層へ行けば行くほど強い魔物が出現し、珍しい鉱石が発掘できる。冒険者はその鉱石や宝石のためにダンジョンへ潜るのだ。
「このダンジョンは広大だ。未探索の部分もまだある。だからそうやすやすと人間の侵入を許すことはできない。」
精霊国の利益のため。ということらしい。
「一つ勘違いをしているようだな。」
「何?」
「私はダンジョンの鉱石や宝石が目当てではない。」
「ではなんのために……」
「それは言えんな。」
まだ精霊国は魔界の門の存在に気づいていないようだ。確かにあそこは精霊でも侵入が困難なほどの地下深くに存在している。危険度A+程度の魔物も大量にいるので、迂闊に近づくことができないのだろう。
「信用できない。仮に本当に鉱石や宝石が目当てでないとしても、こちらに損はないが利益もない。」
「であれば鉱石を持っているかどうか、帰り際に魔法で確かめればいい。利益はそうだな、金を用意しよう。」
……お金を支払ってまで通行許可が必要なのだろうか、とも思ってしまう。倫理上よくないが、別に許可をもらわずともばれることがなければ問題ないし、時空間魔法を使えないメイドたちは私が直接魔界の門まで送ればそれまでなのに。が、ご主人様は遥か先を見据えているのでこれも必要なことなのだろう。
「金か……わかった。許可を出そう。ただし条件がある。ダンジョンに入ることができるのは、貴様の直属の配下にいるものだけだ。領民や、それ以外の勢力の人間が入ることは認めない。」
「ふむ、それでいい。」
なんとか許可をもらうことはできたようだ。私は椅子をしまう準備をしようとするが……。
「それでは次の議題に移るとしよう。」
「……貴様はどこまで知っている。」
空気が張り詰める。キリルの魔力が周囲を満たしていく。これ以上詮索するなという意志を感じるが、この程度の魔力密度は私たちにとっては脅しにはならない。
「この人間に見覚えはないか?」
ご主人様はステラの方を見る。キリルもそちらを見て、
「ないな。」
そう言い切る。ステラの息を呑む声が聞こえるが、私はステラの方をふり向くことはなかった。
「人間の顔はどれも同じように見えるから覚えられなかったのだろう。」
仮にも数年過ごしてきたはずの顔を覚えていないなんてことがあるのだろうか。いや人間ではありえないが、精霊はあり得るのかもしれない。種族が違えば顔の判別が難しい場合だってある。数年という時間も数百年生きる精霊にとっては一瞬ということだ。
「一部の精霊が、強引な方法で人間から領土を取り戻そうとしている。という噂が聞こえた。」
「……本来であればとぼけるつもりだったが、貴様には意味のないことのような気がするから伝えよう。その通りだ。」
本来、精霊は世界の至る所に散らばって生きていたらしい。しかし人間が街を作り、国を作るにつれ徐々に住む場所を追われた。そんな精霊たちが集まってできた国がここ、精霊国ということになる。
「湖や川、山など本来精霊が住んでいた場所のほとんどが人間に占領され、この国へと流れてくる精霊があとをたたない。それを止めるためにも、人間の領土が必要なのだ。」
「その方法の一つとして人間を使うというものがあったわけか。」
拾ってきた人間の子供を育て、領土を取り返す道具として使用する……例え死んでも精霊に被害はないと考えているあたり、私はそんな精霊たちを軽蔑する。
「後ろにいる人間は私たちが送り込んだ人間のようだが、なぜ貴様の後ろにいるのだ?」
「現実を見せたくてな、連れてきたのだ。」
「なぜその身が朽ちるまで命令をこなそうとしないのだ……もう少し忠誠心を植え付けるための洗脳を強化する必要があるな。」
キリルはステラの方を見ながらそう呟いた。洗脳……なぜステラはこれほどの力を持ちながら精霊に使われることを許容していたのか気になっていたが、そういうことだったのか。
「洗脳は“真実を知る“ことで消える。もうお前は私たちの道具ではなく、人間という敵になったわけだな。」
ステラはその言葉を目を逸らさずに黙って聞いていた。
「ではその後ろにいる人間をこちらへ渡してもらおう。」
ご主人様に向かってそう告げる。確かにステラはグルンレイドのメイドではない。私がどうこう言える立場ではないので、ご主人様の判断に全て任せる。
「断る。」
「……何?」




