過去編:ステラ2
氷が砕け、中から青髪の少女が現れる。この少女はグルンレイド領で一体何をしようというのだろうか。
「初めまして。」
「……誰。」
私のこの真っ白い肌を見ても驚きもせずに、淡々と剣を構えていた。
「私はスカーレット。それであなたは何をしにここに?」
「だからグルンレイド辺境伯を殺しに。」
「理由を聞いてもいいかしら?」
相手を見るに、明確な殺意を感じることはできない。ただ淡々と目的を達成するために動いているような……そう、殺し屋の目をしていた。私がまだ貴族を殺して回っていた時の私の目によく似ている。
「命令。」
「誰の?」
「……。」
「言えないのね。」
ご主人様は圧倒的な力を持っている。ゆえに多くのものから感謝されることもあるが、それを敵対視するものも存在する。そんな愚かな存在の1人が、メルテをここに送り込んだと考えるのが自然だろう。
「バルザ流・断頭」
速い……!?私は体をひねらせ剣を回避するが、頬を掠めてしまう。
「華流・」
「バルザ流・」
「花かんざし」
「断頭」
二つの剣がぶつかり合い、お互いが吹き飛ばされる。バルザ流を覚えようと神経を研ぎ澄まして観察してみるが、魔力や闘気などが複雑に絡みあっていてすぐに身につけるのは難しいようだ。……おそらくステラ独自の改変をしているがする。
「本当に邪魔……かはっ……」
ステラは口から血を吐き出す。花かんざしは内部へ魔力を流し込む技。ステラの魔法障壁は分厚いがムラがある。私は薄くなっている部分から魔力を流し込んだのだ。
「華流・一線」
「バルザ流……っ!」
ステラの反応が少し遅れ、私は剣を弾き飛ばす。
「これで終わりね。大人しく……」
「あんたらを殺すつもりはなかったけど。」
バキ…バキ……と音が聞こえた。け、剣を素手で……!メルテは私の剣を掴み、そして握りつぶした。私の魔法障壁をこんなに簡単に破壊するなんて……。
「死んで。」
「っ、ああっ!」
頭を殴られ私は地面へ叩きつけられる。観測魔法を駆使しても目で追えない!……足運びを見ろ。全体の動きを、ステラの癖を見極めろ。
次の一撃を間一髪のところで避ける。一瞬ステラは驚きの表情を見せたが、すぐに次の攻撃へと移る。
「華流……っ、あ!」
ステラの拳が腹部にめり込み、激痛が走る。私とステラではパワーとスピードが違いすぎる。私が寸分違わずに彼女の動きを真似て殴り合いに持ち込んだとしても先に命が尽きるのは私だろう。
「なぜそこまで……あんたら奴隷じゃないの。」
主人が死ねば自由の身となるだろうに、と言いたいのだろう。殴られてもステラを睨み続ける私を見て、そう声をかけられた。だがそれは愚問だ。私は、私自身の意思でご主人様に仕えている。きっと奴隷契約がなくなったとしても、私はご主人様に頭を下げ続けることだろう。
「あの方にはそれだけの価値があるということ。」
「……意味わかんない。」
「あなたにはわからなくていいわ。」
私は剣を鞘におさめる。
「これで決めるわ。華流奥義・」
「本当に何なのあんたら。……バルザ流奥義・」
真正面からぶつかってはだめ。魔力の合間を縫うように、弱点を斬る。
「極一刀!」
「翡翠」
私の腹部が切られ、地面に膝をつく。
「はぁ、はぁっ」
血とともに内臓がこぼれ落ちそうな感じだが、私は何とかステラの方を向く。
ドサリ
ステラの体が地面に倒れ、さらにその先に彼女の首が転がった。これほど前に繊細な剣を振るったのは初めてだ。おそらく一ミリでも剣を当てる場所がずれていたら、きっと分厚い彼女の魔法障壁に止められていただろう。
「ステラも私も早く、回復を……」
しかし視界が徐々に暗くなって、頭がぼーっとしてくる。まずい……このままでは、意識が……。
「ご苦労だった、スカーレット。お前の働きは見ていた。ゆっくりと休むがよい。」
そんな声が聞こえると安堵するとともに意識を失った。
ーー
「か、かはっ!はぁ、はぁ……。」
「驚きました……。回復直後だというのに意識を取り戻すなんて。」
ここは謁見の間、私はご主人様の指示に従ってステラという侵入者の首を元に戻した。スカーレットの回復はメアリー、アシュリー、ヴァイオレットに任せている。
「大した気力だ。」
ご主人様も面白いものを見るようにステラを眺めていた。普通であれば死の縁から回復させると、肉体的には元に戻るが、精神が安定せずしばらく意識を失うのが普通だ。
「ここは、どこ……。」
「グルンレイドの屋敷の中だ。」
「ということは、あんたがグルンレイド辺境伯……。」
ギロリとご主人様を睨みつけるような視線を向ける。
「あらかた予想はできている。貴様は精霊国の命令によってここへ来ている。」
「っ!なぜ……。」
ステラのといにご主人様はニヤリと笑うだけだった。ご主人様は一体どれほど先を見据えているのだろうか。ステラは今日初めて出会ったばかりだ。それを言い当てるなんて……。
「人間が、精霊国とどのような繋がりが?」
精霊というのは人間とあまり関係を持つことはないのだが……。
「ステラと言ったか。話せ。」
「なぜあんたの言うことを……っ!」
何か言い返そうとしていたが、ご主人様の解放された魔力にステラの表情がこわばる。
「やめろイザベラ。」
「かしこまりました。」
ご主人様の命令を聞けないと言うのは、このグルンレイド領では大罪だ。それを咎めようと魔力を練ったのだが、ご主人様にとめられてしまった。
「ステラよ。貴様はわがメイドに負けたのだ。」
「……私は死んでいない。」
ご主人様にそう言い返し、ステラは自分の腰に手を触れる。が、剣はすでに回収済みだ。
「そうか、ならばもう一回死んでみるか?」
「っ!」
ステラはその場から飛び跳ねるように距離を取る。その反応をとってしまうのもわからなくはない。ご主人様の周囲に空間は歪み、信じられないほどの高密度の魔力がこの部屋に充満する。私はもう慣れてしまったが、初めてこれを感じる人にはほんの少しだが恐怖を感じてしまうかもしれない。
「こい」
「っ、あ、あぁぁ!」
見ていた限り、表に感情を出すようなタイプではないと思っていたのだが、この恐怖を払拭するかのように大声をあげてご主人様へと殴りかかっていた。本来であれば私が止めなければいけないのだが、ご主人様の視線がそれを拒否しているようだったので私はその場から動かない。
しかし、ガン!とご主人様の直前で拳が止まった。
「くっ……」
拳からは血が流れるが、それを回復する様子もなく何度もご主人様に殴りかかっては、直前で魔法障壁に止められる。一見、この攻防だけ見ていればステラの攻撃はかなり弱そうに見えるのだが、実際は凄まじい攻撃力だと思う。私の魔法障壁も、まともに食らえは数発で破壊されてしまうだろう。
「っ……は」
大気が歪み振動するほどの攻撃は勢いを弱め、そして止まった。膝から崩れ落ち、恐怖の表情を浮かべたステラの前には、腕を組んだままのご主人様が立っている。本人が一番痛感していることだろう。自身とご主人様の間にある圧倒的な壁に。
「貴様は強い。しかしその力を間違ったことに使うものではない。」
「間違ってなんか、ない……。」
「精霊に育てられた人間よ、貴様は精霊にとって都合のいい道具に育てられたのだ。」
「違う!」
バルザ流という本来闘気のみを使用して戦う流派に、不自然な魔力が練り込まれていた。それだけでは確証を得ることは難しいが、普通の人間とは異なるのは確かだ。
「ではなぜ誰も貴様を助けにこないのだ?」
「それは……。」
ステラは今までピンチになるという状況がなかったのだろう。だから救援や救助といったことを考えもしなかった。しかしいざそんな状況になってしまえば考えざるを得ない。
「結局貴様は道具ということだ。」
「ち、がう……。」
「信じられないのなら、一度貴様のその目で見てみるといい。」
ご主人様はゆっくりと椅子の方へ移動し、腰を下ろす。
「私を殺すのはそれからでも遅くはないだろう?」
「……どこに行けばそれを確かめられる。」
「焦るな。数日後精霊国へといく用事があるのだ。それに貴様もついてくるといい。」
先ほどまで浮かんでいた恐怖の表情はすでになくなり、鋭い眼差しで再びご主人様を見ていた。……やはりこの子、普通じゃない。感情のコントロール、戦闘センス……全てが人間離れしている。
「元よりあなたに選択肢などありません。」
「私をこの屋敷内に泊めていいの。」
いつでも命を狙える場所だと思っているのだろうが、それは的外れだ。
「問題ありません。常に私と行動していただきますので。」
私のそばにいるうちは、ご主人様やグルンレイドのメイドたちに危害を与えるようなことは絶対にさせない。
「……わかった。一度精霊たちを見てから判断をする。」
「賢明な判断です。」
ミクトラの時とは違って、素直にいうことを聞いてくれて安心した。
「イザベラ、あとは任せた。」
「かしこまりました。」
ステラが頭を下げないことに対して、私は何も言わない。彼女はグルンレイドのメイドではないのだから。




