マーク3
気がつくと牢屋の中……というわけではなかった。ここはどこだ……ベッド?夢というわけでもない。手錠などはつけられていなかったが、しっかりと魔法によるかせがつけてある。
「お目覚めですか?」
そこには美しいメイドが立ってきた。やっぱり夢だろこれ。盗賊として生きてきた俺が経験することのない朝に脳の処理が追いつかない。
「お初にお目にかかります。グルンレイドのメイド、ヴィオラ・ローズと申します。」
そういって絵になるような礼をする。あの金髪の少女といい、ここのメイドは美しい礼をするな。
「俺はあの金髪少女にやられたはずじゃ……。」
「そうですね、体を真っ二つに切られた後にここに運ばれました。」
「そうか……ん?今とんでもないことを言ってなかったか?」
真っ二つに切られたとかいっていたが?俺は体を起こし自分の体を触ってみる。……どこも違和感がない。というか逆に体が軽い。
「回復魔法をかけましたので、問題ないかと。」
体を真っ二つにされた人間を元に戻すほどの回復魔法だと?そんなのはどう考えても無理だ。
「この程度、誰にでもできます。」
俺の表情を見たのか、そんなことをいった。
「殺したりはしないのか?」
次にそのようなことを聞く。捕虜の扱いとしてはあまりにも贅沢すぎる。どう考えてもこれは貴族のもてなしだ。聖金貨一枚はくだらないようなベッドに、絨毯、どれを見ても美しいものだった。
「そんな野蛮なことはいたしません。」
そう言ってテーブルの上に食事が置かれる。
「どうなっているんだ……。」
その食事もみずみずしいサラダ、温かいスープ、そしてトースト、おまけに紅茶までついている。
「驚かれるのも無理はありませんが、ここにいる限り常識は捨ててください。これがグルンレイド領での捕虜の扱いです。」
つい昨日までは地獄のように感じた場所も今は天国のように思える。まあ、この後の俺の処遇を考えれば最後の晩餐といったほうが正しいのかもしれんな。そう思いながら立ち上がるり、テーブルまで移動する。
「服は用意しておりますので、こちらをご利用ください。」
俺の着ていたボロボロの服のとなりに、これまた高そうな服が置いてあった。普通もっとなんかあるだろ、捕虜に着せるような服が。思えばこの屋敷に侵入してから驚いてばかりだな。
せっかくだからこのうまそうな飯を食べることにした。毒が入っていてもこの後の拷問を受けなくて済むからそれはそれでいいのだが。
まずはスープをすくい口に運ぶ。……見た目に通りにうまい。これはオニオンが使われているな。しかもかなり質がいい。さらにこれは胡椒か?こんな高級なものまで使われているとは。気がついたらスープがなくなっていた。
仕方がないので、次はサラダを食べることにした。あまりのみずみずしさに、ついさっきとったばかりのように思える。さらにこの上にかかっているソースだ。少しの酸っぱさが食欲をそそる。またもや気づくとサラダがなくなっていた。
次はトーストだ。上には焼かれたベーコンがのせられている。そしてなんだ、この白いものは。少しスプーンですくって舐めてみる。……チーズか。朝からチーズは少し重たいんじゃないか?と思いつつ一口食べてみる。だが、そんな重たさを感じる間も無くトーストも消えた。
「どうぞ、こちら極東の茶葉でございます。」
朝食をすべて食べ終えたころに、紅茶が入れられた。メイドがいれてくれるのかよ。俺人生で初めてだぜ?戦いとは違った緊張を感じながら、紅茶を飲む。
「これが極東の茶か……。」
思わず声が漏れ出る。それほどまでに心に沁みた。そして落ち着いた心で考える。……おれ、なんで盗賊なんてやってんだろうな。ま、今更後悔しても遅いか。
「俺はこれからどうなるんだ?」
「それはご主人様にしかわからないことです。」
そうメイドが答える。まあ十中八九殺されるだろうな。裏世界の支配者は『逃がす』なんてそんなに生易しいことはしないだろう。
「はぁ……。」
外はこんなに晴れているのに俺の心は曇りに曇っている。
「……そんなに思いつめなくても問題ないと思われます。」
少し言いづらそうにメイドが言う。本当は言ってはいけないことなのだろうか。
「ご主人様はあなたを殺したりはしません。」
「……なんでだ。」
少し間が開く。
「アナスタシアとの戦闘をご主人様は見ておられました。」
まあ、それは薄々感じてたな。圧倒的な魔力を持った奴らがこちらをずっと観測していた。正直、生きた心地がしなかった。
「あなたは……強いですから。」
「俺が強い?昨日も金髪のメイドにやられたばかりだぞ?見習いなんだろ、あいつ。」
見習いに負ける程度の人間が強いはずがない。
「いいえ、あなたはまだ本気を出していない。」
「いや、だから本気を出してあれだったんだ。あの場面で本気を出さない馬鹿がどこにいる?」
また少し間が開く。
「……勇者の称号をお持ちではありませんか?」
「……なぜ、お前がそれを知っている。」
出るはずのない単語が出てきて、俺はメイドを睨んでしまう。
「私たちの中にも勇者の称号を持っている子がいるもので。」
見ていれば分かりました。と付け加える。……はぁ、なんなのだこのメイドたちは。全てが異常すぎてもうどうでも良くなってくる。
勇者の称号とは、聖法を使えるもののことを指す。聖法とは、神や天使が使う魔法みたいなものだ。厳密には魔法ではないが。普通の人間は魔力は使うことができるが聖法を使うことはできない。しかしごくまれに、聖法を使える人間が生まれる。それが俺みたいなやつだ。
「なぜ、そんなに弱い聖法しか使われなかったのですか?」
「……使えねぇんだよ。」
そう、俺は聖法を使えない。




