ロンド2
「今日はカブの港に行くよ。」
アシュリーの部屋で身だしなみを整えているときにそういわれた。アシュリーの朝は早いようで朝の5時30分くらいにはすでに目を覚ましている。私も一応上の立場であるアシュリーよりも寝ているわけにはいかないので、同じくらいに目を覚ます。
「ロンド、返事。」
「はいよ。」
私の気の抜けた返事が不満だったのか、ちらっとこちらを見る。いつもはメイド服を着ているがこの部屋にいるときは、動きやすそうな服を着ていることが多い。人間の服などよくわからないのでこれが普通の服だと思ったが、話を聞くと異世界のデザインを取り入れた服らしい。
「カブの港はしってるの?」
「唯一極東に行くことのできる港だろ?」
極東周辺に関しては私もかなり調べていたのでカブの港くらいは分かる。
「そう、グルンレイド領から山を一つ越えてすぐの港。」
「なんで今日はそこに行くんだ?」
「最近そこに海賊が出るらしくて、それの調査。」
……グルンレイド領でもないのに、なぜその港をここのメイドたちが守るような動きをするのだろうか。
「あっちがグルンレイド領に頭を下げるからだよ。」
心が読まれることにはもう驚かない。ここではどちらかというと精神魔法を防御するほどの魔法障壁や聖法障壁を張ることができない方が悪いらしい。私はアシュリーの精神魔法を完璧に防御することはできないので、ある程度は読まれてしまうのは仕方ないだろう……とあきらめるしかない。
「グルンレイド辺境伯はすべてを破壊しつくすようなやつだと思っていたんだが……」
「別に向こうが降伏してくるなら滅ぼす必要ないじゃん。」
攻撃してきたら攻撃し返すというスタンスのようだ。無条件降伏をしてくる相手にはむしろ優しく対応しているらしい。
「だから周辺の貴族は無条件で降伏するし、王国の民も頭のいいものはグルンレイド領へと移住してきてるよ。」
っ……王国の民が一貴族の領地へと移住するなんて聞いたことがない。まあ、それほどまでにここの領主の名が知れ渡っているということだろう。
「だけど王族や王国に根付いている貴族どもは駄目だね。無能しかいない。愚かにも私達グルンレイドに敵対しようとしている。」
「それが普通なんだよなぁ……」
たかが辺境伯に従うような王族など普通はいない。
「ところで出発はいつだ?」
「9時くらいにしよっか。私は掃除や洗濯を済ませてから行くから、ロンドはご飯でも食べてなよ。」
「そうする。」
アシュリーという最強のメイドですら掃除や洗濯といった私からすれば雑務のようなことをする。しかしここのメイドたちはこの仕事を"誇り"ととらえているようで、剣技や魔法が優れていると掃除や洗濯が優れているは同列に扱われるらしい。……人間の考えていることはよくわからん。
そんなことを考えながら私は食堂は向かった。
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「おーっほっほっほ!おはよう!」
「げっ……」
「げっ、とは何よ!」
食堂に行ってエミリアから朝ごはんをもらおうと思った矢先、一番絡まれたくないやつに絡まれてしまった。吸血姫・ルナである。
「その後、調子はどう?」
「まあ、殺されることはなかったな。」
「急に謝りに来た時はびっくりしたけど、無事ならよかったわね。」
天界からここへやってきたときグルンレイド辺境伯の許しをもらうことはもちろんのこと、メイドたち一人一人に私は頭を下げに行ったのだ。これもアシュリーの案だが正直やってよかったと思う。大体のメイドの顔が分かったし、何より気持ちが楽になった。唯一懸念点があったとすれば、謝っている途中に殺されるかもしれなかったということくらいか。ここはグルンレイドを自分の命より大切に思っている奴であふれかえっているからな……。
「そばにアシュリーがいたのが幸いだったのかもな。」
「そうですわね。そばにアシュリーさんがいれば、あなたも変なことはできないと思うし。」
「もうするわけないだろ……」
これほどまでに圧倒的な力を見せつけられて、まだ叛逆する意志などもてるはずがない。
「それでは私は忙しいからあなたの相手をする時間はないの。じゃあね!」
……そっちから話しかけてきたんだろう。まああいつに限っては言い返すだけ無駄だ。
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「ロンドさん、おはようございます。」
「お、おはよう、ございます……」
毎日グルンレイドのメイドのために料理を作っているエミリアだ。毎日顔を合わせているつもりだが、まだアシュリー以外のメイドと話すのは緊張する。
「今日もアシュリーさんの部屋で食べますか?」
「あ、あぁ」
「たまにはこちらで食べてみては?」
「まだ少し、場違い感がありそうで……」
食堂にはいくつかのテーブルがあり、数名のメイドが食事をしている光景が広がっている。しかし私は緊張というか、居心地がよくなさそうで一度もここで食事をしたことがない。いつもアシュリーの部屋へともっていっている。
「でも一人で食べている人も珍しくありませんよ?ほら、そこに座っているリリィちゃんとか」
リリィ・ローズ。こいつも謝りに行った時以来話してはいないが、すごく腰が低い印象だったと思う。……確かに私は屋敷内を歩いていても聖族だからといって珍しげにじろじろ見られることもない。むしろ興味がないというか『聖族くらい当たり前にいますよ?』といった態度なので浮いているということはないのかもしれないな。
「まあ、今すぐにということでもないので、アシュリーさんと来てからでも遅くないですね。」
「悪い……」
「いえ、問題ありません。はい、今日の朝ごはんです。」
といっていくつかの料理が並べられたお盆が飛んでくる。
「ありがとう。」
それを受け取って、私は部屋へと戻っていった。




