アナスタシア1
良い買い物をした。急に周辺貴族が私に面会をしたいといってきたときは何事かと思ったが、まさか奴隷商を開業したいから一番先に見てほしいということだったとは。もし私に対して喧嘩を売りに来たのであれば、戦争もやむなしと思っていたところだ。平和的に終わって安心した。
私は金が好きだが、その次に美しいものが好きだ。世界中を見て回り、気に入った芸術品があれば値段を気にせず買ってしまうほどだ。だが、芸術家が創った作品だけが美しいわけではない。美しさとは見えないだけで、そこらに転がっているのだ。今回は、宝石の原石を購入した。まずはこの金髪の貴族奴隷から見ていこう。
「名前は……アナスタシアだったな。」
「はい。」
ここは我が屋敷の一室、絨毯やカーテンにかかっている金額は聖金貨二枚はくだらない。
「服を脱げ。」
主人の言葉は絶対である。
「……はい、かしこまりました。」
そういうと、アナスタシアは服を脱いでいく。はるか昔は、奴隷の行動を制限するために金属の鎖などを巻いていたというが、今はそんなことはない。奴隷契約書があれば、いくらでも制限できるからだ。
「脱ぎました。」
床に服がたたまれて置かれている。こういうところに貴族の片鱗が見えるな。ふむ、体形的にまだまだ子供だろう。
「アナスタシア、おまえの年を教えろ。」
「十四になりますわ。」
震えた声で答える。奴隷になったのは一年前ということだったな。きっと『買われる』ということが初めてなのだろう。かなりおびえているようだ。が、そんなことは関係ない。なぜなら私が主人でアナスタシアが奴隷だからだ。
「後ろを向け。」
指示に従い、後ろを向く。ふむ、傷やあざはないようだな。髪を触ってみる。
「んっ……。」
ビクッ、とアナスタシアの体が跳ねる。ふむ、髪質はかなり良い。
「このままついてこい。」
次にやることは一つ。体を洗うことだ。普段であればこのようなことはすべてメイドに任せるのだが、一番最初は買ったものの確認を兼ねて私がやることにしている。
奴隷商では体を濡れたタオルでふくくらいしか体を清潔にする方法はないと聞く。匂いがきつく、髪も少し脂っぽい状態だ。よく見ると爪も煩雑に伸びている状態だった。メイドを呼び、細いナイフとやすりを持ってこさせる。手足のつめすべてを整える。
あらかじめメイドに沸かさせておいたお湯をアナスタシアにかけていく。もうすぐ春を迎えるが、まだ肌寒さは残る。もう少しお湯の温度を上げるか。
「ヒートボール」
魔法によりお湯を熱空間で包み込む。ヒートボールは本来攻撃魔法の一種である。直径十センチほどの高熱の球体を相手に向けて投げ飛ばす魔法だが、今回は直径一メートルほどまで広げ、温度を適温まで下げて使用した。魔法とは応用によっていくらでも有効活用できるのだ。
「……すごい。」
小さな声だったが、アナスタシアがつぶやいた。やはり貴族出身は、ある程度の魔法の知識を教え込まれるのだろう。魔法は才能の有無があれど、すべての人が使用することができる。しかし、それには師や先生が不可欠である。ごくまれに才あるものが一度見ただけで使用出来たりもするが、大抵は何度も練習をする必要がある。教えてくれるものがいなければ、練習も何もない。ただし、それにはかなりの金がかかる。よって、貴族などの上流階級のものしか魔法を扱うことができないということだ。
「息を止めろ。」
そういうと、私はさらに魔法を詠唱する。温められたお湯がアナスタシアの全身を包み込む。細かな水流を起こし、隅々まで汚れを落とす。髪にはこの青色の液体を、体にはこの赤色の液体を加えつつ、水流を加速していく。この液体は私が特注で作らせているものだ。保湿、肌のケア、髪質のケア、すべてがそろったものだ。ほんの数秒で、アナスタシアの体は汚れひとつない綺麗な状態となった。仕上げに、ヒートボール内で風を生成し、吹きかける。
「ふむ。いい出来だ。」
金髪はさらに明るく、肌のつやも増している気がする。あとは服を決めるだけだが、それははすでに決定済みだ。
「これを着ろ。」
そういってすでに用意されているメイド服を指さす。着方などはそこら辺にいるメイドにでも聞くといい。
「とりあえず休め。」
そういって、アナスタシアを部屋に戻す。奴隷の部屋は三人で共有して使ってもらう。貴族奴隷だろうが一般奴隷だろうが、奴隷は奴隷だ。私はどちらを優遇するなどない。