過去編:ヴァイオレット10
「なぜスカーレットにあのような手紙を?」
龍の里からご主人様と二人で戻ってきた私はそんなことを問いかける。
「スカーレットはもっと外の世界を知るべきなのだ。いやスカーレットだけではない、イザベラお前もだ。」
「は、はい。」
確かに私たちはご主人様からすれば無知な存在なのだろう。知識は力の一つでもあると、過去のご主人様も言っていたではないか。私はその言葉を再び胸に刻み込む。
「話が変わるのですが、ご主人様は今回どのような用件で呼び出されているのでしょうか。」
「知らん。」
返事はそれだけだった。ということは手紙に書いていた内容で呼び出されているわけではないということを示している。表向きにはいえないような内容なのだろう。
幸い雇った御者はしっかりしたもののようで、荷物などを取られることなくこの場に待ち続けていた。ご主人様も『ほう。』と言っていたので、かなり褒めているようだった。これは追加報酬を与える必要がある。
「進め。」
そうして私たちは王国へと向かった。
「王国も久しぶりですね。」
王国は城を中心として、東西南北に広がる四つの大きな道が特徴的だ。戦士団と魔法士団が常に警備をしているため治安は悪くない。
「止まれ!」
「私はジラルド・マークレイブ・フォン・グルンレイド。」
そう言ってご主人様は手紙を見せる。これは王の直筆の手紙だった。
「し、失礼いたしました!どうぞお通りください!」
衛兵の態度が急に変わり、頭を下げる。これが時空間魔法を使用して馬車もなしにきたとすると、なかなか信じてもらえないのだ。このような立派な装飾をした馬車で来ることによって簡単に信じてもらえる。
「明日、もう二人私のメイドが来る。その時はこやつを呼べ。」
そう言ってご主人様は私の方に視線を向ける。同時に衛兵たちも私の顔をじっくりと見てくる。ご主人様にはいくら見られてもいいのだが、そのほかの人間に見られても不快な気持ちにしかならない。しかしこれで二人が来たときに、私がこの場に来れば通してもらえることになるので我慢するしかないだろう。
「了解であります!」
そういうと通行許可がおりたようで、私たちは王国の中へと入っていく。
「グルンレイド様、どちらへ向かいましょう。」
御者がそう言ってくる。確か手紙には宿泊場所が書かれていたような気がする。きっと王族と直接的な契約を結んでいる立派な宿泊場所なのだろう。が、基本的にメイドは人数に数えられていないようで、私の宿泊する場所がない。
「ここへ向かえ。」
「はい……う、うわぁっ!」
そう言ってご主人様は手紙をそご御者に渡す。が、王族直筆の手紙なのでとても驚いていた。王族の手紙もご主人様の前ではただの紙ということか。さすがである。
「わかりましたから、どうかこれを……」
そう言って手紙を返す。こう見るとやはり王族の存在というのはなかなか大きいもののようだ。そうして馬車は宿泊場所へと向かって行った。
「到着しました。」
そういうと目の前には立派な建物が立っていた。御者の役目はこれで終わりなので、礼金を渡す。帰りは魔法で帰っても問題はない。
「こ、こんなに!」
「ご主人様の意向です。」
そう言って私は金貨五十枚を渡す。最初の契約では金貨十枚だったはずだが、ご主人様がそういうのだ、私はそれに従う。荷物は私の空間魔法で仕舞い込み、馬車の中を空にする。
「あ、ありがとうございました!」
命令をしっかりとこなすなかなか悪くない少年だった。今後御者を頼むことがあったら、あの少年を呼ぶことにしよう。
「お待ちしておりました。グルンレイド様。」
建物の前にはこの宿泊施設の支配人と思わしき人が立っており、すぐに部屋まで案内される。廊下の内装は悪くはなかった。
「こちらのお部屋です。」
しかし案内されたのは、この建物の一番下の階の部屋だった。簡単にいうと、下級貴族が泊まるような至ってシンプルな部屋ということだ。
「これは、どういうことですか?」
ご主人様より先に私が声を出してしまう。普通の辺境伯の案内される部屋でさえ、もっと豪華なところだろう。それがご主人様となれば、それのさらに上の部屋の用意が当たり前のはずなのだが。
「イザベラ。」
「し、失礼しました。」
「何かあれば、ここの使用人にご命令ください。それでは失礼いたします。」
そういうとそそくさと部屋を出て行ってしまう。ご主人様に対して不敬な態度、命令したのが王族だとしても私は決して許しはしない。
「どうされますか。」
「あちらがそのつもりなら、こちらもそれ相応の対応をするまでだ。」
そういうとご主人様はこの部屋に強力な魔力障壁を貼る。
「な、なにを……。」
「帰るぞ。」
「どちらへ!」
「わが領地へだ。こんなところで安眠ができるとは思えんからな。」
その言葉を聞いて私は時空間魔法を発動しようとする。しかし、この魔力結界の力のせいで私程度の魔力密度では外部へ空間を繋げることができない。
「ヨグ・ソトース!」
少しの空間の歪みが起こるだけで、そこは混沌へとつながることはなかった。
「申し訳ありません。私の力では……」
私の空間魔法が発動しないほどの魔力障壁をはることができるのは、世界のどこを探してもご主人様しかいないだろう。尊敬と同時に自分の不甲斐なさに心が痛くなる。
「そうだな。掴まれ。」
ご、ご主人様につかまる!?そんなことをしてもいいのだろうか!いやこれは命令だ、仕方がない!
「し、失礼します。」
そう言って私はご主人様の腕を掴む。するとグイッと、ご主人様は私を手元まで引き寄せた。
「ヨグ・ソトース・絶唱」
空間が歪み、私たちは飛ばされた。




