過去編:ヴァイオレット9
「ご主人様はあなたがこちらに来ることを望んでいるわ。だから来なさい。」
私はそういう。
「少し質問を……貴様は……そうやってあの貴族のメイドになったの……ですか?」
敬語?さっきまで普通に話していたのに、なぜか急に敬語になっていた。
「龍族として自分より強いものには、敬意を示すのが当たり前です。」
私が疑問に思っていたことが伝わったのだろうか、そう答える。
「それでは今後ご主人様とイザベラさんにあった時は、敬語を使いなさい。私より圧倒的に強いから。」
「そ、それは本当ですか⁉」
「えぇ、本当よ。」
ご主人様はの実力の想像はつかないが、イザベラさんは毎日のように戦闘訓練に付き合ってもらっているので、その強さは知っている。あの二人は私が戦ってどうこうできるようなものではなかった。ということはヴァイオレットも太刀打ちできる相手ではないということだ。
「それでさっきの質問ね……。結論から言うとそうね。こんな感じでメイドになったわ。」
「ではなぜ……。」
私がこうしてメイドになっているのが考えられないという表情をしていた。私も昔の自分が見たら考えられない状態だろう。
「理由は二つね。まず一つは、今の状況のように私も首を横に振れる状況ではなかったから。」
当時は首を横に振ろうものなら、私の首が飛ぶと思っていた。しかし今となっては、ご主人様が言っていた『私は別にいいのだ。貴様が断ろうとな。』案外本当のことなのかもしれないと思ってきた。
「そしてもう一つは、メイドとして過ごすうちに、ご主人様は他の貴族どもと違うと思うようになったから。」
最初はイザベラさんの言っていたことが信じられずに、どのようにしてグルンレイドの屋敷を抜け出すかを考えていた。しかし、私が思っている以上にこの屋敷の生活は何一つ不自由がない。そのうち、『ここを抜けて何かメリットがあるのか?』と思うようになり、現在に至る。それに私の願いも、ご主人様と一緒にいたほうが実現できる可能性が高いのだ。
「一度来てみるといいわ。」
「……姫様。」
私の話を聞き、ヴァイオレットは姫の方を向く。
「私はヴァイオレットの背中を押すことしかできません。それで前に進むかどうかはあなたが決めてください。」
私よりも幼いであろう姫からは、はやくも威厳というものを感じることができた。きっとこの姫に任せれば龍の里も安泰だろう。
「でももしあなたが嫌だというのなら、私は龍の里すべてをもって、ヴァイオレットを守ります。」
そういって次は私の方を見る。……私の力を知ってもなお、それを言うという胆力は尊敬に値する。
「……行きます。姫様の気持ちを無下にするほど私は愚かではありません。私を、グルンレイド領に連れて行ってください。」
そういって頭を下げる。……まずは礼の仕方から教えなければいけないようだ。けど私はその真っすぐな瞳は嫌いではない。
「この瞬間より、ヴァイオレットはグルンレイドのメイドとして私と同行してもらうわ。……よろしく。」
「は、はい!」
……今まで私は従う立場だったから、このような存在をどうやって扱えばいいのかわからない。
「それじゃあ、ご主人様のもとへ……。」
「待て。」
そういうとギンに呼び止められる。
「お前の主人はこのような手紙を置いていった。見るといい。」
手紙を受け取り、中を見てみる。確かにこれはご主人様の字だった。『王との面会は明日の午後だ、それまでに間に合えばいい。』そうとだけ書かれていた。これは……一体どういうことだ。
「泊っていけ、お前の主人はそういいたいのだろう。」
「それは……そういうこと、なのかしら?」
確かにそう受け取ることもできるが、わざわざ龍の里に一泊する理由が思いつかない。
「それは素晴らしいです。ぜひ止まっていってください。龍の里の威厳にかけて、恩人には最高のおもてなしをさせていただきます。」
恩人といっても私は何もしていないのだが……。これはご主人様が受けるべき祝福なのではないだろうか。だがこのような手紙を残すということは何かしらの理由があるはず。それを知るためにも私はここで一夜を過ごすことに決めた。
「……ここに一泊させてもらってもいいかしら?」
「ええ、もちろんです。まずはその汚れを落とした方がすっきりするでしょう。ヴァイオレット、案内を。」
「はい、分かりました。」
というと早速水浴びをするところまで連れていかれる。お風呂を知ってしまった私にとっては、水浴びは拷問に近いものだ。せめて魔法を使用して、お湯にしてから浴びることにしよう。




