過去編:ヴァイオレット4
「ここだ。」
そういって案内されたのは、私とイザベラさんの寝室に負けず劣らずの立派な寝室だった。大きなベッドには私と同じくらいか少し小さい少女が横になっていた。
ご主人様の後ろに続いて、ベッドの脇まで行き彼女の顔を見る。すると少女の顔には黒い痣が広がっていた。
「魔力の塊か……。」
ご主人様がそうつぶやく。黒い痣からは私の知っている魔力とはまた違ったエネルギーを感じる。……魔物と戦った時に感じた邪悪な魔力を思い出した。
「エクストラヒール・絶唱」
やせ細っていた体は少し温かみを取り戻したような気がするが、黒い痣に関しては一切変化がなかった。
「離れろ。」
そういわれると、私たちはご主人様から距離をとる。
「バニッシュルーム・絶唱」
周囲の魔力が一切なくなる。黒い痣から出ている変な魔力は瞬時に拡散されるが、痣そのものは消えることはなかった。
「仕方ない。」
そういうと、今度はどんどん魔力を周囲に集めていく。それに伴って倒れないように私の魔法障壁を分厚くする。
「フライ」
姫を空中に浮かせる。
「スペースカット・絶唱」
周囲の空間から断絶させる。やはりスペースカットは一見簡単そうに見えるのだが使用するとなるとかなり難しいだろう。空間に影響を与える魔法は、絶唱ができるほどの魔力密度が必要なのかもしれない。
「イザベラ、私は今から断絶した空間の中の魔力密度を極限まで高める。漏れ出る魔力を拡散させよ。」
「かしこまりました。バニッシュルーム」
するとスペースカットで区切られた部分以外の場所の魔力密度が薄くなっていく。断絶した空間から漏れ出てしまうほどの魔力なんて私は想像することすらできない。
「イザベラ、気を抜くなよ。」
「はい。」
ご主人様は一体何をするつもりなのだろうか。イザベラさんもまだ全貌は分かっていない様子だった。しかし次の瞬間、断絶された空間内の魔力密度が急激に上がっていく。
「……すごい。」
私は思わず声を出してしまう。スペースカットによって空間が断絶されているにも関わらず、外に魔力が漏れ出している。イザベラさんのバニッシュルームがなければ、私だって立っていることができないかもしれない。
「まだ足りないか。」
そういうとさらに密度を上げていく。中にいる姫は大丈夫なのだろうか。すると黒い痣が徐々に広がっているのが見えた。……そういうことか。あのあざは私の想像していた通り、悪い魔力なのだ。それを外に出すために、あの姫の体の中のすべての魔力をご主人様のもので満たそうとしているようだった。そして押し出されるようにして黒い痣は全身の皮膚に広がった。体内中に根付いていたものが、表面に浮かび上がってきたのだろう。
「仕上げだな。」
数秒後、徐々に体から悪い魔力が抜けていくのが感じられる。抜けたものはご主人様の超高密度の魔力と混ざってしまい、わからなくなってしまっていた。あざは……残ったままだ。
「イザベラ、スペースカットを解くぞ。」
「かしこまりました。」
ご主人様の魔力密度にも驚いているが、それを拡散しきるイザベラさんも異常なのだ。
「バニッシュルーム・絶唱」
周囲に放出されたご主人様の膨大な魔力は、イザベラさんの魔法によって綺麗に拡散された。姫はゆっくりと降下していき、ベッドに置かれる。
「よくやった。」
「ありがとうございます。」
「ひ、姫様!」
ザンが駆け寄って声をかけている。すると少女の目がゆっくりと開く。
「わ、私……。」
「姫様!」
「ザン?」
痣がまだあった時は、一人で起き上がることすらできないほどだったはずなのに、今はこうして会話をすることができている。ザンはこちらを向き、頭を地面につける。
「人間……本当に感謝する。」
頭を下げるとは思わなかった。まあ、姫の命を助けてもらったのだ、頭くらい下げるか。私が思っていたよりも、龍族も結構義理堅いところはあるのかもしれない。
「何か望みはないか。龍族の名に懸けて、この礼は必ずさせてもらう。」
「ふむ、そうだな……。」
バン!という音とともに、扉が開かれた。
「ヴァイオレット様を連れてまいりました。」
「今はそれどころでは……。」
ザンが注意する。
「いや。まずはそちらから先にするか。」
ご主人様が扉の方を向く。
「貴様が龍族で最も強いものか。」
「ああ、そうだ。」
真っ赤な髪、凛々しいつり目が印象的だった。




