過去編:ヴァイオレット2
「それでは出発いたします。」
私は馬車をひくことはできない。イザベラさんはできるようだったが、ご主人様の1番の側近としてそばにいないのはよろしくない。ということで一時的に御者を雇って王都まで向かうということになったようだ。馬車の中にはご主人様、イザベラさん、そして私の三人が座っている。普通であれば周りに護衛の馬車を置いているものなのだが、今回は一つもない。
「王都までは半日ほどで到着します。」
馬車は馬二頭にひかせているようで、中もかなり広い印象を受けた。
「うむ。」
ご主人様はそうとだけ返事をすると、腕を組んで目を閉じてしまった。
「あの、私は何かすることはあるのでしょうか。」
「そうですね。魔物が出たら対処してください。」
「はい、分かりました。」
私がグルンレイドのメイドとなってから、毎日のようにイザベラさんとご主人様に訓練をしてもらっていたのだが、実際に魔物と戦ったことは一度もない。少し緊張する。
「今のあなたなら、ここら辺の魔物は問題ないでしょう。」
ということだった。私でもなんとかなるらしい。
「さっそく来ましたよ。」
私の観測魔法にも引っかかった。邪悪な気配が3つ……。
「では、行ってきます。」
そういって私は馬車を飛び降りる。馬車には大きなガラスの窓があるので、私の戦闘風景をご主人様たちは見ることができるだろう。私は馬車の最高速度をものともせずに華麗に地面に着地する。
「グギャァー」
これおそらくゴブリンだろう。魔物の絵が描いている本で見たことがある。三体のゴブリンが私に気づいたようで、盗賊から奪ったような壊れかけの短剣を腰から引き抜きながら近づいてくる。まずは牽制だ。
「ファイアーアロー」
遠くのゴブリンたちに火の矢を放つ。おそらくよけられるか、かき消されるかされるだろうが、そのすきに私は横に回り込んで……。
「グ、グギャァァ」
三体のゴブリンはその場に焼け焦げて倒れてしまった。……どういうこと?私はまだ牽制しかしていないのに、なぜ倒れるのだろうか。……罠か?しかし注意深く様子を探ってみても、動く気配はなかった。そして徐々に体が消えていく。
「どうでしたか。魔物と戦った感想は。」
「正直拍子抜けでした。魔物は人間より強いものと本で見たので、もっと強大な存在かと思っていました。」
「ここら辺に出る魔物は弱いですよ。」
弱い魔物もいるということを私は知った。
—
「止まれ、そこの人間!」
しばらく進んでいくと馬車の外からそのような声が聞こえた。賊だろうか。私は外に出て様子を見る。
「こんにちは。私はグルンレイドのメイド、スカーレットと申します。」
「今は話している時間がない!エリクサーをだせ!」
そう叫んでいるのは、傷だらけの魔物だった。……魔物?
「角や尻尾があります、竜族ですよ。」
同じく様子を見に来たイザベラさんがそういう。
「メイドだけってことはあるまい。お前らの主人を呼んでこい!」
「……殺しますか?」
「やめなさい。どんなものもむやみに殺してはいけませんよ。」
魔物は悪い存在だから別に問題はないのではないだろうか。いや、違う。さっきイザベラさんは龍族といっていた。魔物とは違うのかもしれない。確かにこんなに流暢に言葉を話せる魔物もいないだろう。
「私を呼ぶ声が聞こえたのだが。」
ご主人様が馬車から出てくると私とイザベラさんは後ろへ下がる。
「その見た目、人間の貴族だな!死にたくなければエリクサーをよこせ!」
必死にそう叫んでいる。確かに普通の人間に比べると、この龍族の力はかなり強いだろう。しかし私たちと比べると脅威になるとは思えなかった。
「シンクロナイズ」
このまま会話をしても埒が開かないと判断したのか、」ご主人様は何かの魔法を龍族にかける。
「姫様が死んでしまいそうです。助けるために人族が作るエリクサーが必要です。」
さっきまで必死の形相だったのに、急に静かになり淡々と語り始めていた。精神支配系の魔法なのだろう。攻撃魔法と違い魔力の流れが生まれないので、私もすぐに覚えることができないようだった。一体どのような仕組みなのだろうか。
「ふむ。」
ご主人様は何かを考えているようだった。
「用ができた。竜の里へ向かう。」
「かしこまりました。」
イザベラさんは間髪いれずにそう返事をする。しかし私はあまりにも突拍子のないことで戸惑いを隠せなかった。王国への到着が遅れるのだが大丈夫なのだろうか?まあ私があまり深く考える必要はない。
「案内せよ。」
「はい。」
そう返事をすると、龍族は何かしらの道具を使用するようだ。魔力が周囲に広がっていくのが感じられる。
「円の中に入ってください。」
ご主人様とイザベラさんが円の中に入る。私もそれにならって入ると、その瞬間に周囲の景色が変わった。
「こちらです。」
なんの説明もなしに龍族が歩き出す。ここはどこだ?さっきまで見えていた木々が見当たらない。その代わりに周囲には広野が広がっていた。
ゴォォォォ
そんな音とともに、地面には巨大な影が映し出され、通り過ぎていく。
「な、なにかしら!?」
私は驚いて上を見上げる。そこには龍が飛んでいた。
「龍の里か。」
ご主人様がそういう。ここは龍の里というらしい。……空気が薄い。もしかしたらここは地上より遥か上空にある場所なのかもしれない。
そう考えていると、龍族が展開している円が浮かびだし私たちを運んでいく。やはり魔法操作に関しては、人間に比べてかなり優れているようだ。




