過去編:ヴァイオレット1
「明日王都へ行く。準備をしておけ。」
ご主人様がそういう。
「かしこまりました。」
急な命令だったがすぐに私はイザベラさんの指示のもと荷物をまとめ始める。ご主人様の荷物はイザベラさんがまとめるようだ。
「なぜ馬車で向かうのですか?」
私たちは魔法を使えるのだ。たとえ荷物が多くても魔法で浮かせれば何の問題もないと思うのだが。
「見栄えというものがあります。立派な馬車を持っているということを周囲に知らしめることも重要なのです。」
「……大変なんですね。」
貴族も貴族でなかなか大変ということだ。
なぜ、ご主人様が王都へ向かうかというと、王と面会をするかららしい。辺境伯という一介の貴族に王が直接会うだなんて普通は考えられないのだが、それができるということはやはりご主人様は特別な存在なのだろう。
「なぜご主人様は国王と直接面会をすることができるのでしょうか。普通、辺境伯という地位では難しいかと……。」
「一言でいうと、“力“ですかね。」
ご主人様の力は身に染みて知っている。
「ご主人様が領主になってから、さまざまな刺客、魔物、などにこの屋敷が襲われました。それをすべて防いだのが始まりです。」
ご主人様はこの屋敷の使用人をイザベラさんただ一人にしたらしい。その噂を聞いた盗賊たちが金品を目当てに次々と屋敷に侵入したようだが、ことごとく返り討ちにあったようだ。ただイザベラさんがご主人様に討伐を任せるとは思えない……ご主人様ではなくイザベラさんが返り討ちにしたのでは?というのには触れないでおこう。
「すると戦争にも呼ばれることが多くなってきました。そこではご主人様が参加したほうが必ず勝つという噂が広まるくらいには、影響を与えていました。」
それが積もりに積もって、王の耳に入り、呼ばれることになったのだそうだ。しかしそれでは、勲章か、それとも粛清か、どちらで呼ばれることになったのかわからないのではないだろうか。
「もし粛清の対象になってしまったらどうするんですか?」
「その時は王国を滅ぼします。」
冗談を言っているようには見えなかった。そもそもイザベラさんは冗談を言う人ではない。彼女は常に真っすぐで、その行動のすべてはご主人様のためだ。
「それは私としても好都合です。貴族を滅ぼすという私の目的も達成できそうですから。」
私はそういう。王都には王国騎士団や魔法士団がいるというのに、イザベラさんが負ける想像が全くつかなかった。
私は自室に戻ると、明日の王国遠征の準備をする。しかし何をもっていけばいいのか見当もつかなかったので、隣で私と同じようにかばんに荷物を詰めているイザベラさんに声をかける。
「何をもっていけばいいのでしょうか。」
「石鹸類は私が持っていますし、食料もすでに馬車に運んでいます。……着替えくらいで大丈夫でしょう。」
「分かりました。」
着替えといっても下着とメイド服を数着入れればそれで終わりだ。まだ空き容量があるかばんを前に、他に入れるものがないかを考える。が、思い浮かばなかったので私が寝る前に読んでいる絵本を持っていくとにした。
「それは本ですか。」
「はい、この屋敷の書庫にあった本です。」
私は字を読むことができなかったが、イザベラさんに教えてもらったおかげで、だいぶ読めるようになってきた。読めるようになると、本はすごく面白いものに感じた。
「面白いですか?」
「はい。」
「それはよかったです。」
イザベラさんは優しいまなざしを一瞬向けて、あとは自分の作業に戻っていた。




