人間界調査記録5
……終わりだ。何が終わりって?私たちの人生だ。こんな人間がいるなんて聞いていない。
「貴様らか、人間界を見たいといっている魔族は。」
「は、はいっ!」
私は絞り上げるように声を出す。グルンレイドの夜の街を観光した次の日、私は“神“にも等しいと思えるほどの存在を前に頭を下げていた。
「私はジラルド・マークレイブ・フォン・グルンレイド。この地の領主だ。」
見ればわかる。こんな圧倒的な存在が主でなくして誰がなれるというのだろうか。おそらく、そばにいる黒髪のメイドも只者ではない。きっとこの三人が束になって挑んだところで、一瞬にして消されるのがオチだろう。
「わ、私はキサラ、そ、そしてこちらがサナ、こちらがイリーナ……です。」
二人の方を向くと今にも死にそうな表情をしていた。呼吸が不規則で、手足が震え、想像を絶する魔力密度で今にも魔力酔いを起こして倒れてしまいそうだった。早く、早くこの場を離れたい……!
「ふむ。」
っ!全てを知っているかのような目でこちらを見ていた。力だけでなく全てを見通す知恵まで持っているというの……?
「こちらの三方は知識欲を満たすための、人間界の調査が目的ということでした。」
私たちをここまで案内してくれたメイド……クレアがそう説明してくれた。言い方はあれだが、その通りだ。私たちは人間という生き物について知るためにここにきた。決して侵略目的ではないということを知ってもらわなければ。
「そういうことなら問題ない。好きにするといい。ただ、むやみに人間に危害を加えることは許さん。」
「は、はい!」
ここで危害を加えるかも、などと言える存在は果たしてこの世に存在するのだろうか。
「初めての人間界に戸惑うこともあるだろう。どこを見るべきかクレアに聞くといい。」
「は、はい!」
するとグルンレイド辺境伯の話は終わりなのか、クレアが私たちのそばによって立ち上がるように言う。それを聞いた私は震える足を無理やりに立たせ、後ろをついて行こうとする。しかし残りの二人は、イリーナはなんとか立ちあがろうとしているが、特にサナがもう一歩も動けないほどにその場に固まってしまっていた。
「……仕方ないですね。」
クレアがそういうとペタンと座り混んでいるサナを浮かせ、こちらへと引き寄せる。……なんともシュールな光景なのだろうか。私はイリーナに手を貸し立たせ、この部屋を退出した。
ーー
「あんな人間がいるなんて聞いてない!」
徐々に元気が出てきたサナがそう叫ぶ。
「……聞き捨てならない言葉づかいですね。」
「ご、ごめんなさい……。」
クレアの視線にビクッと怯えながらそう謝った。もうすでにグルンレイド恐怖症になっているようで、サナはメイド服を着ている人を見るとそれだけで私の後ろへ隠れるようになってしまった。しかしクレアは何度か会話しているからだろうか、そこまで顕著に発症するわけではないようだ。
「まあ、これで私たちも堂々と調査できるわけだからよかったよ。」
「そう、よね。」
イリーナはまだ少し震えているようだったが、あの辺境伯が怖いのであってメイドたちが怖いというわけではないらしい。街ですれ違うメイドたちと会話する姿も少しだが見かけた。見た目からあまり会話する方ではないと思われがちだが、案外イリーナのコミュニケーション力は高い。
「人間界で押さえておきたい場所などを細かく説明したいので、もう一泊していただけませんか?」
クレアからそんな声がかけられた。
「別にいいけど、私達このくらいしか魔石持ってないよ?」
そういって私は袋に入っている全ての魔石をクレアに見せる。人間界で言うと金貨3枚くらいだろう。(金貨一枚1万円)食事も狩りをすればいいし、私たちは地面でも寝ることができるので宿泊場所の確保も必要ない。正直私たちが生きる上で魔石を使う機会なんてほとんどないのだ。
「魔石は必要ありません。が、もしよければ少しご協力していただきたいことが……。」
そのご協力とは私たちが得た調査結果をグルンレイドに提供してほしいということだった。私たちとしては調査結果を共有しても減るものではないし、何より“人間界で押さえておきたい場所“という情報を得られるので是非ともお願いしたいところだ。
「うん、いいよ。私も正直人間界のどこを見ればいいかとかわからなかったし。」
「ありがとうございます。」
ということでもう一日グルンレイド領に滞在することになった。今夜も夜もグルンレイドの街へくり出し、さまざまなものを食べ歩こうと決めた。




