リア・ローズ7
「ユウトさん聞こえますか?」
『ど、どこだ?』
「魔法によって、私の声をユウトさんのそばまで届けています。」
『お、おう。』
「私がこの船を極東のほうへ飛ばします。そうしたらすぐにハルさんとエミナさんに船を操縦させてください。」
『リアは!』
「この魔族の相手をします。」
『そんな!無茶だ!』
「……私が止めていなければ、全滅です。」
『くっ……わかった。本当に、すまない。』
「問題ありませんよ。」
「アイスロック」
私はこの船に空いた穴を氷でふさぐ。
「フライ」
そして船を浮遊魔法で浮かせる。
「人間にこれほどの魔法の使い手がいたとはな。」
「船は、見逃してもらいます。」
「そうはさせない。」
ガーナードは周囲に青い火の玉を展開させる。これで船が通る隙間が亡くなってしまった。……この船を海域の外まで出してしまえばもっと自由に戦えるというのに。そこで私は一つの魔法を思いつく。ご主人様が使っていた、時間と空間に影響を与える魔法。
私に使えるだろうか。いや、使うしかない。私は魔力を極限まで高めた。
そして、
「ヨグ・ソトース」
時空をゆがめる。
「……なんだ、その魔法は。」
ガーナードが驚きの表情を見せる。
「はぁ、はぁ、わ、私のご主人様の、魔法です。」
一気に魔力を持っていかれ、かなり苦しい。しかし、成功したようだ。船の先の空間が紫色にゆがみ、そこに向かって船が進んでいく。
「ちっ、メルトレイン」
天空から光の雨がふる。しかし……。
「遅いです」
私を除いた船のすべては、時空のゆがみに溶け込み消えていった。時間と空間をこえ、船は今頃この海域を抜けているだろう。
「超級第三魔法を使うとは、やはり貴様は人間ではないな。」
「ですから、私は人間です。それと超級魔法くらい私のご主人様は息を吸うように使います。」
ローズの方々ともなると超級魔法が使えて当たり前だという。
「だが、超級魔法程度では俺に勝てないぞ?」
「勝たなければ、ならないのです。」
グルンレイドのメイドである以上、命令を遂行できず死ぬことは断じて許されていない。グルンレイドのメイドは”生きて”任務を遂行しなければならないのだ。それができなければ、グルンレイドの名に泥を塗ることになる。
「アイス・ワールド」
私の周囲の黒い海を凍らせる。一面に氷の世界が広がった。
「最初は俺の手下どもに処理させようと思っていたが、やはり役不足のようだな。」
海の下にいたガーナードの手下の魔物は私の魔法によって凍ってしまったことだろう。氷が届かないほど深海にいた魔物も、この氷の分厚さでは私がいるところまでたどり着くことは難しい。
「ヒートボム」
私のすぐ隣の空間が爆発する。
「っ、エアベール」
空気をその空間に固定し、熱と衝撃をさえぎる。
「……このままだとらちが明かんな。仕方ない、貴様が逃がした船も追わなければならない、本気を出すか。」
そういうと、周囲の魔力がガーナードへと吸い込まれていく。バニッシュルームを展開しているはずなのに、圧倒的な魔力密度にもはや意味をなしていない。
ドン!という衝撃波が巻き起こり、私は後方へ吹き飛ばされる。
「ぐっ、ヒールルーム」
瘴気のみの回復に頼らず、私の周りに治癒空間も展開する。
「久しぶりにこの姿になったな。」
ガーナードの赤い目が黒く染まる。角はより鋭く、周囲にはプラズマが走り出す。
「……魔神化、ですか。」
「ほう、知っているのか。一握りの魔族にのみ許される進化。魔神化と呼ばれている。」
魔力密度の桁がちがう。下手をすれば私まで魔力酔いを起こしてしまいそうだった。
「消えろ」
光の槍を放つ。
「ぐっ、華流、剪定!」
私の右腕を剣の代わりにして、光の槍を受け止める。魔力で何重にも防御を施していたが、私の腕が吹き飛ばされる。
「あぁっ!はっ、はっ……。」
すぐに痛覚遮断、治雄魔法、そして周囲の瘴気を吸収する。すぐに治ることはないが、数分もあれば再生するだろう。しかし、それを待ってくれるほど優しい相手ではない。
「ファイアーアロー」
間髪入れずに青い炎の矢が飛んでくる。いや、先端のほうが少し白い。少しでも触れた瞬間に溶けてしまうだろう。
「ふーっ、アイスロック・絶唱」
飛んでくる矢を時間とともに凍結させる。
「魔人化した俺にこうも対抗してくるとはな。」
そういってさっきの光の槍を再び放つ。
「あぁぁぁっ、剪、定!」
今度は左腕が消える。
「がぁっ……」
右手の回復がまだ間に合っていない。そしてさらに左腕の負傷。この魔族には、勝てないのだろうか……。もう、立ち上がる力が残っていない。
「体に穴をあけられ、両腕を失い、もうお前には何もできない。それでもなお立ち上がろうとするその胆力は認めよう。」
地面に倒れている私にそう告げ、空高くに上っていく。
「そんなお前に敬意をもって、魔神のみが使える最大の魔法で葬ってやろう。」
魔神化したガーナードのもとに周囲の魔力と、それに瘴気が集まっていく。練りこまれた魔力は黒く渦巻いていき、巨大なエネルギー体へと変化していく。圧倒的な『力』は美しいとさえ思えた。
「さらばだ」
”魔撃”
速度はほぼない、ゆっくりと、ただ確実に私のほうへと近づいてくる。
体が重たい、空気が重たい、重力が数倍になったような感覚になっていく。
そして私は目を閉じ……。
『グルンレイドのメイドである以上、命令を遂行できず死ぬことは断じて許さん。』
いつかの声が反響する。
『グルンレイドのメイドは”生きて”任務を遂行しなければならない。』
体の奥底まで響くような声。
『それができなければ、ただのメイドだ。』
私の命の恩人であり、私のご主人様。その言葉は神よりも絶対。
だから、神ごときに、負けられない。
私は立ち上がり、つぶやいた。
”魔撃”




