アナスタシア・ローズ8
必要な書類や生活用品などはすべてアナさんが持っているということで、私は特に何を持っていくこともなく手ぶらで寮を出ていく。その間に数人の方とすれ違ったが、軽い挨拶をするだけだった。すれ違った人すべてが胸に赤いリボンをつけていたので、新入生だと思われる。玄関から外に出ると、そこには多くの馬車が止まっていた。
「す、すみません。馬車の手配を忘れておりました!」
急にアナさんが頭を下げる。
「そんなことですの。別に気にする必要はありませんわ。」
昨日はお風呂に入ってから寝るまでずっと一緒だったから、馬車を用意する時間なんてなかっただろう。
「あす以降も馬車を手配する必要はなくてよ?」
「ですが……」
アナさんの表情から考えるとここから学校までは徒歩で移動するには少し遠いのだろう。だがその程度の距離は私にとっては疲れるほどのものではない。ただ周囲の方がみんな馬車で登校しているというのに、そのそばを歩きで向かうというのは少し変な目で見られそうだ。特に貴族というのは威厳やプライドという面倒くさいことも重要なものとなってくる。歩きはやめた方がいいだろう。
「フライ」
そういって体を宙に浮かせる。
「フ、フライ!?」
するとアナさんが驚きの声を上げる。別にフライくらい誰にでも使える魔法ではないだろうか。
「こんな上級魔法を使用できるなんて!」
フライは上級魔法だったらしい。ソフィアさんも私に続いて宙に浮くと『ソフィアさんまで!』とさらに驚いていた。
「さあ、行きますわよ。」
アナさんも私の魔法で浮かせて、一緒に飛んでいく。確かに周囲の方々も驚きの表情を見せていた気がするが、私はそこまで気にすることはなかった。
そして大講義室の手前で着地する。
「こ、怖かったです……」
「すぐになれますわ。」
着地したときにも周囲の方々の視線を集めてしまっていた。アナさんの案内で、大講義室の中に入り、とりわけ立派な椅子に座る。
「あちらではありませんの?」
前の方にはたくさんの椅子が並べてある場所があり、多くの赤いリボンをつけた学生はそちらの方へ向かっていた。
「貴族枠で入学した学生、すなわちアリストクラットの方々はこちらです。」
隣を見ると私と同じような立派な椅子が数個並んでいた。
「ソフィアさん、私たちはこちらに。」
そういって私の椅子の後ろに移動していた。
「あなたたちも座ることができたらいいのですけど。」
「私は全く問題ありませんよ。」
ソフィアさんがそういった。確かに毎日数時間立ちっぱなしの剣の訓練でもほとんどへばっていなかったソフィアさんだから問題ないのだろうが、私の気持ち的にはかなり申し訳ないと思ってしまう。
「さあ、始まりますよ。」
アナさんがそういうといつのにか周囲の席も埋まっていて、大講義室が徐々に暗くなる。光魔法の出力を制御して行っているものだろう。周囲からは『おぉー』というような感嘆の声が上がるが、別にそこまで驚くほどのことではないと思う。
「王都第一魔法学校へようこそ。新入生のみなさん。」
壇上には教師と思われる人が上がっていた。
「王都で最も難しいとされる魔法学校へ入学したみなさんは、きっと優秀な人ばかりでしょう。ここではさらにその才能を開花させるために様々なこと経験することになります。」
というような感じに、学校の行事や授業の仕方などを事細かに説明してくれた。
まずは学校行事について。大きく分けて三つ、年に二回ある魔法のペーパーテスト、同じく年に二回ある魔法の実技テスト、最後に魔法祭である。魔法祭というのは、第一魔法学校のみならずほかの魔法学校と合同で開催されるものだった。ルールに沿った競技を行い、どの高校が一番魔法を使えるのかを競うというものらしい。
「楽しそうですわね。」
「確かにそうですね。」
私の知らないような世界を体験できそうでとてもワクワクしてくる。
「私からは以上です。次に新入生代表の言葉です。」
そういうと次は壇上に私達と同じリボンをつけた方が登っていく。
「一般入学の入学試験で成績トップだった人です。」
アナさんが耳元でそうささやく。一般入学は入学試験というものがあるのか。
「皆様、こんにちは。」
綺麗な声だと思った。美しい髪、整った顔立ち、そのどれもが見た人を離さなかった。揺れる銀髪は魔法の能力ではないのに輝いているように見えた。
「私は……」
透き通るような声で演説を始めていた。今のところ魔力の保有量が多いというようなことではないが、入学試験でトップになっているのだ、真の実力を隠しているに違いない。
「よろしくお願いいたします。」
そういって頭を下げると、盛大な拍手が巻き起こる。この学園生活で彼女と出会うときはきっとあるはずだ。その時はあの美しい髪手入れの仕方などについて、ぜひ話をしてみたいと思った。




