アナスタシア・ローズ5
「やっぱりお風呂に入りたいですわ!」
ソフィアさんとの戦いでこうも汚れてしまっては、シャワーだけでは物足りない。もちろんグルンレイド製の石鹸などは持ってきているので汚れを落とすこと自体は可能だ、可能なのだがやはり物足りない。
「私もお風呂に入りたいと思っていました。」
ソフィアさんもコクコクとうなずく。
「お、お風呂とは?」
少しずつ冷静になってきたアナさんがそういった。いったん私たちの戦いについてのことは考えることをやめたらしい。先ほどから何度も出てくる“お風呂“という単語について聞いてきた。
「お湯を張って、そこにつかるということですわ。」
「それは、何のために行うのでしょうか。」
何のためといわれればよくわからない。しかしそれをするとしないとでは満足感が全然違うということは体験済みだ。
「入ってみれば分かることですわ。」
といっても、この広いバスルームにはシャワーが一つと大きめのバスタブのみ。バスタブにお湯を張ってしまえばそれまでだが、それで味気ない。
「魔法障壁をお風呂の形にするというのは?」
「できますの?私はできませんわよ?」
魔法障壁は基本的に四角い形で生まれる。また、形に添って、例えば私の体のラインに沿って展開することも可能である。何もない空間に箱のような形の魔法障壁を展開することは難しいだろう。神がかった魔法制御が可能であるスカーレット様は可能かもしれないが。
「そうですよね……。」
今からグルンレイド領に戻る?いや馬車がない中で戻るとなると時間がかかりすぎる。魔法を使って身体強化を行い走るという方法もあるが、さすがに大変だ。
「どうにかしてメイド長やリアさんなどに伝わればいいんですけど……。」
時空間魔法を使用できる方に伝えることができれば、あとは簡単である。この部屋にお風呂を運んできてもらうだけだからだ。
「ですが私達には伝える手段がないですわ。」
魔法によるメッセージもこれだけ距離が離れてしまえば届きはしない。私も時空間魔法を使えたらと思うが、それほどの魔力密度を練ることは難しい。私達の様子を確かめに来てくれる方がいれば……。確かめる?
「いますわ。」
私たちを“観測”してくれている方が一人だけいる。
「アシュリーさんですわ。」
あの方のことですから、きっとすべてのメイドの安否をどこにいても観測していることでしょう。ということは何かしらのメッセージを飛ばせば、それを拾ってくれる可能性がある。
「そ、それです!」
『アシュリーさん、聞こえていますか?』
早速魔法によるメッセージを空に向かって飛ばす。
『ん?珍しいね。』
そんな声が聞こえた。
「ソフィアさん、やりましたわ!」
『ちょっと待ってね。今アナスタシアの方を見るから。』そういうと周囲の空間に違和感が生じた。魔力密度が上がったというわけでも、瘴気が発生したというわけでもないのに。
『この違和感に気づくのはさすがグルンレイドのメイドだね。で、どうしたの?』
『お、お風呂に、入りたいですわ!』
『……。』
急に本題に入りすぎた……アシュリーさんも困っている様子……。
『それは死活問題だね。』
いや、そうでもないようだった。この空間にお風呂が存在しないことを瞬時に判断し、私たちが陥っている状況を理解してくれたようだ。
『イザベラ様に伝えてみるよ。ちょっと待ってて。』
「ソフィアさん、何とかなりそうですわ。」
「ほ、本当ですか!」
その表情はとてもうれしそうだった。それに比べてアナさんはまだお風呂という存在が分からないのか、驚く様子はなかった。
待つこと数分、この部屋の空間が歪んだ。
「うまくやれそうですか?アナスタシア。」
「メイド長!問題ありません。」
時空間魔法を使用して、メイド長がこの部屋にやってきた。
「なっ!」
またもやアナさんが驚いていたが、口を出すことはなかった。
「ソフィアもお疲れ様です。」
ソフィアは頭を下げる。
「浴槽を持ってきました。」
「やりましたわ!」
バスタブの代わりにとても大きな浴槽が置かれた。五人くらいで入ってもまだ人が入ることができそうなほど広い。シャワーもちょうど良い場所へと移動させた。
「これでいいでしょう。」
「ありがとうございます。お手数をおかけして申し訳ありません。」
「何を言っていますか。これは最重要事項です。」
そういってメイド長が微笑んだ。
「ご主人様とアシュリーさんにお礼をお願いいたします。」
「伝えておきます。」
そういうとメイド長はグルンレイド領へと帰っていった。さて、準備は整った。後はお風呂へ入るだけ。




