天界編:神殿3
天界の門を抜けた先には、町が広がっていた。天界は横だけじゃなく、上下にも道があり、様々な雲へ移動できるようになっていた。しかし、そう流暢に観光をしている暇などない。まずはご主人様の元へ向かわないと。
そう考えるが、ご主人様は私の感知機能が届かないほど遠くの場所にいるようだ。どこにいるのかがわからない。仕方がないので、他に感知できる反応はないか検討する。……見つけた。この反応は……マーク様。
反応を頼りに近くまで飛んでいき、あたりを見渡すとたくさんの聖族が倒れていた。ハーヴェスト様とカルメラ様は倒れている聖族に治癒空間を展開している。
「これはどのような状況ですか?」
「あぁ、これはな……って、コトアル!?」
他の三人のメイドたちも驚いた表情をしていた。
「なぜ、コトアルがここに……。」
「まあ、いろいろ考えまして。」
手短にマーク様に天界へやってきた理由を説明する。
「自分の目で確かめたい……か。コトアルが考え抜いて出た答えだとしたら、いいと思うぜ。俺は。」
「いいの、でしょうか……。」
正直私はこれが正しいとは思っていなかった。命令に背く、単なる私のわがままだとすら思っていた。
「もちろんいい。目を見ればコトアルが真剣に悩んだってことくらい分かる。」
創造主が神の瞳を模して作った偽物の目。そんな目でも真剣に見てくれている人がここにはいる。
「ボスは神殿にいる。場所はここらへんだ。」
そういうとマーク様は神殿がある場所に向けて聖力をとばす。それをたどっていけばつくということだろう。
「ありがとうございます。それでは。」
「まて。」
飛び立とうとしたときに呼び止められる。
「なんでしょうか……?」
「俺もこれからボスのもとへ向かおうと思っていたんだが、コトアルが行くんならお前に渡した方がいいと思ってな。」
そういうと立ち上がり、私の頭に手を置く。
「……っ!」
体中が熱くなるのを感じる。電力以外のエネルギーが駆け巡っているのを感じる。これは……。
「俺が持っている力のすべてだ。俺の代わりに頼んだ。」
「ど、どうしてですか!」
聖力が私の体の中に入って、回路中を満たす。
「勇者の本分は『力なきものに力を』だ。自分で戦うよりも誰かに力を分け与えるほうが得意なんだよ。」
勇者の誕生の根本は何の力もない人間の願い。その願いが集まり、赤子に宿ることで勇者となる。本来勇者は自分が力を得ることが目的ではなく、得た力を他人へ与える存在なのだ。
「私は、力なきもの。なのでしょうか。」
こう見えても私はグルンレイドのメイド、マリーローズだ。強さの面で言えば多くの存在に引けを取ることはないだろう。しかし……。
「ああ、そうだ。」
しっかりとそう告げられる。おそらくマーク様の言っていることは単純な強さの話ではない。
「自分自身を知らない、意思を持たないものの弱さだ。」
自分を、知らない……。私は機械で、電力で動き、太陽光で動き……いや、そんなことではない。もっと深いところのことを言っている。
「それを今から見つけてくるんだろ?力くらい貸してやりたくなるもんだ。」
これが、勇者……。人が作り出した希望の象徴の偉大さに、私の中の電子が速度を増す。
「本当に、感謝いたします。」
「気にすんなよ。」
回路を流れる電子に聖力が順応していく。これは偶然の出来事とは到底思えない……私を生み出した創造主は、これを意図して設計していたのだろうか。
「会話をするのは初めてですね。コトアル様」
「……ヴィオラ様。」
マーク様の従者であるヴィオラ様から声がかかる。こうやって話すのは初めてのことだったと思う。
「我が主人の意向は私の意向です。私も微力ながら、お力添えをさせていただきます。」
すると、ヴィオラ様が目を閉じる。私の偽物とは違う本物の神の目が、瞼によって隠された。
「……なっ!」
その瞬間、周囲に光が舞った。莫大な情報量が私の回路を走り回るのを感じる。今まで見えなかった光の粒子がらせん状に……。
「わが主人の力が使える間、私の力も使えるようにいたしました。」
ヴィオラ様は目を閉じたままそういう。
「本当に、よろしいのでしょうか?」
「ええ。」
今、私は本物の神眼の力を得ている。人間が作り上げた機械はついにこの領域までたどり着いた。創造主が生きていたら、嬉しさのあまり叫び出しているに違いない。
「本当に感謝いたします。」
「行ってらっしゃいませ。」
ヴィオラ様がそういって頭を下げる。それに続いて後ろの二人も頭を下げていた。いつ見ても美しい礼だった。
「行ってこい!」
「はい!」
そういって、聖力をたどり神殿へと向かう。




