はじまり
目の前にいるのはジラルド・マーグレイブ・フォン・グルンレイド辺境伯。通り名は裏世界の支配者。金、そして美しいものが好きと聞く。
「グルンレイド辺境伯。本日はお合いできて光栄です。」
じろり、と鋭い目が私を見据えた。何もかもを見透かしたような目だ。
「まあ、座れ。」
私も貴族としてそこそこの地位を手に入れているが、それもグルンレイド辺境伯の前となるとちっぽけなものだろう。しかし、このような立派な部屋へ招かれ、辺境伯じきじきに対応していただけるということは、私の地位も捨てたもんじゃないという気にされる。
「要件はなんだ。」
「私が近く奴隷商を始めるということは、辺境伯のことですから耳に入っていると思われます。」
辺境伯のまゆが少し上がった。そんなことは百も承知という表情だ。その貫禄に押しつぶされそうになる。
「それらを始めるめどが立ちました。それにあたって、私の領土周辺の権力者、グルンレイド辺境伯に初めに品定めしていただこうかと思いまして。」
私の領土周辺のトップといったら辺境伯しかいない。その方に最初に利用していただくというのは、他の奴隷商に対して『辺境伯が許可した』というアピールするためだ。それほどまでに辺境伯の影響は大きい。
「ほう。」
辺境伯は短い返事をし、何かを考えているようだ。
「分かった、今すぐに向かう。」
「今すぐですか⁉」
「そうだ。」
もう何も言わせるなという強い意志が感じられた。
辺境伯がこういった以上もうそれ以外の方法はない。私は早急に準備をし、辺境伯とともに我が領地へ向かった。その決断の早さは私も見習わないといけない部分かもしれない。
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「こちらです。少々汚いところですが、ご了承ください。」
「うむ。」
奴隷の部屋といえども、疫病などが広まらないために多少は清潔にしておかなければならない。といっても、辺境伯を招き入れる部屋としては最悪な場所だ。だが辺境伯は特に不快な表情をするわけでもなく部屋を見ていた。
この世界の奴隷は大きく分けて三種類に分けられる。
『一般奴隷』
一般奴隷は、その名の通り普通の奴隷だ。罪を犯したものだったり、金がなく権力者に売られたものだったりと奴隷の八割を占める。
盗賊からつかまり奴隷となったものには力仕事をさせたり、売られた娘はそれ相応の目的で使われたりと用途はさまざまだ。
『貴族奴隷』
貴族奴隷は罪を犯した貴族が奴隷となったものである。一般奴隷に比べ、教養があり商人に買われ、その補佐などを行う場合がある。そのため一般奴隷よりもかなり金額が高くなっている。
『奴隷落ち』
最後に、奴隷落ちというのは、病気になったり、事故にあったりして腕や足がないような奴隷である。値段は安いが、使い物にならないものが大半なので、狩りの時に魔物をおびき寄せるときに使われたり、そのまま買い手がつかず死んでしまう場合がほとんどだ。
「貴族奴隷を見せろ。」
一般奴隷を途中まで見ていたが、お気に召さなかったようだ。確かに一般奴隷はどこに行っても同じようなもので、辺境伯はその気になればいつでも手に入れられるようなものだろう。奴隷商の特色が出るのは、貴族奴隷である。
「こちらが貴族奴隷を扱っている部屋になります。」
私の奴隷商では区切りとして牢ではなく、魔法で強化されたガラスを使用している。牢ではお客様に対して唾を吐きかけたり、奴隷の悪臭が漂ってきたりするからだ。その分ガラスは完全に区切ることができ、なおかつ向こう側をはっきりと見ることができる。
「あの娘はいくらだ。」
辺境伯が指をさした先には、顔が死んでいる娘がいた。その金髪と水色の瞳は、美しかったであろう輝きを失っている。
「大金貨八枚でございます。」(銅貨:100円 銀貨:1000円 金貨:1万円 大金貨:100万円 聖金貨:1000万円)
「ふむ。」
そういって辺境伯は歩き出した。あの娘は気に入ってもらえたようだ。
「奴隷落ちの部屋はどこだ。」
「奴隷落ち……ですか。こちらです。」
辺境伯ほどの方が、奴隷落ちを見る意味はほとんどないように思われる。一般的な貴族も奴隷落ちには目もくれない。理由は簡単。金があるからだ。安い値段で奴隷落ちを買うくらいなら、もう少し金を出して一般奴隷を買った方がはるかに効率がいい。奴隷落ちを買って、一日で病気で死んだ。なんて話はざらにある。
「あの黒いあざはなんだ。」
奴隷落ちの部屋の隅で横たわっている娘を見て辺境伯が言う。
「悪魔付きでございます。」
悪魔付きというのは、魔物の肉を食べたり、魔物から出る瘴気を浴び続けるとなる病気である。人間の生命力を奪い続け、死に追いやるというものだ。あのあざの量では、あの娘は歩くことでやっとだろう。
「ふむ。では、あの頭に包帯をつけている娘はどうした。」
また別の娘を指してそういう。
「あの娘は左の目を失っております。」
もともと盗賊がさらっていたところを、私の護衛兵が奪ったものである。名目上は正当防衛だ。あちら側が先に攻撃した(ということにしてある)。その時にはすでに、左の目がなかった。
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一通り見たところで上流階級の方を招く、応接室へと案内する。一般客と分けるということはこの世界では当たり前のことだ。メイドが紅茶とアップルパイを持ってくる。
「金髪の貴族奴隷、悪魔付きの奴隷落ち、左目のない奴隷落ちを連れてこい。」
「かしこまりました。」
やはりこの方は普通とはちがう。奴隷落ちを買う辺境伯なんて聞いたことがない。が、私はそれを表に出さずに従う。
「連れてまいりました。」
悪魔付きの奴隷落ちは今にも倒れそうなほどに弱っている。
「金髪の貴族奴隷。名前はあるか。」
辺境伯の声をきき、死んでいた瞳にわずかに生気が宿った。
「……アナスタシア」
奴隷になったと同時に貴族の性は失われるため、名前しか名乗ることを許されていない。
次に悪魔付きの奴隷落ちを見る。
「今日からお前の名はリアだ。」
そう告げた。基本的に一般奴隷や奴隷落ちは人ではないため、主が名をつけることができる。
「そしてお前は、メルテだ。」
左目のない奴隷落ちにそういう。
「これらでいくらだ。」
「大金貨八枚、金貨五十枚、金貨五十枚、でございます。」
「そうか。」
そういって、辺境伯は聖金貨一枚を取り出し、テーブルに置いた。
「これで買おう。」
「辺境伯、これでは多すぎます。」
かまわん。といって、辺境伯は立ち上がり高級そうなコートを羽織る。
「ありがとうございます。それではこちらが奴隷契約書になります。」
三枚の契約書をわたす。奴隷になると同時に、この奴隷契約書が作成される。そうなってしまえばその契約書の所有者に危害を与えることはできなくなる。魔法によって所有者を辺境伯へと変更した。
「なかなかよい奴隷商だな。そうだな、ガラスを使うという発想が良い。」
そういって、彼は馬車に乗った。これで私の奴隷商も安泰というわけだ。辺境伯の気迫に耐えたかいがあったというものだ。