勇者アイザワ・トモキの憂鬱 7
続きです。
◇◆◇
しかし、それで話は終わり、とはならないのが世の常だ。
俺は、まぁ、自分で言うのも何なのだが、今回の【事件】の一番の【功労者】であるにも関わらず、何故か責め立てられる事となった。
理由は簡単だ。
俺が“流れ者”の【異世界人】であり、【被疑者】であるサイゲイがエンヴァリオン王国の、【名門貴族】の出身者であったからである。
もちろん、キールさんもロアンさんも、【平民】の出とは言え、エンヴァリオン王国では重要な【ポスト】を担う者達であり、また、【エンヴァリオン近衛騎士団】、【宮廷魔道士】の皆さんの中には【貴族】出身の人もいる。
そうした皆さんの【証言】や【擁護】があっても、【現場】を知らない者達は憶測でモノを言う事が往々にしてあるのだ。
知識としては知ってはいても、【異世界人】かつ【異能】に目覚めたとは言え、数ヵ月前まで一介の高校生でしかなかった俺は、この時はまだ【政治】の話の事を、本当の意味で理解していなかったのであるーーー。
◇◆◇
サイゲイの父にして、【ファトゥウス公爵家】の現当主、バロー・ド・ファトゥウスは怒り心頭であった。
と、言うのも、先の【事件】で、バローの三男であり、栄えある【エンヴァリオン近衛騎士団】の【副団長】にまで登り詰めたサイゲイが、“無実の罪”で捕まっていたからである。
【罪状】は、サイゲイの部下にして同僚、かつ同じ【名門貴族】出身のクルータ、パスラ、ベッジ三名の殺害と、【御禁制の品】である【呪印石】の所持、使用による【部隊】や【市民】、ひいては【城塞都市・クヌート】を危険にさらした罪であった。
馬鹿げている。
バローはそう思った。
三名の殺害は、まぁ“事実”はともかく、場合によっては如何様にも揉み消す事が出来るが、【呪印石】は、少なくともエンヴァリオン王国に生きる者達にとっては、禁忌中の禁忌である。
所持に使用となると、一発【死罪】、どころか、“一族郎党皆殺し”、とまではいかないまでも、【ファトゥウス公爵家】の存亡を揺るがしかねない事態である。
サイゲイもそれは分かっているはずなので、そんな愚かな事をするはずがない。
きっと、“誰か”に唆されたに違いない。
あるいは、あの【異世界人】や他の皆が共謀して、我が【ファトゥウス公爵家】を陥れようと“虚偽”を言っているのだ。
そう、バローは思い込んでいたのである。
人は“正しい情報”を信じるのではなく、自分の“正しいと思った情報”を信じるのだから。
・・・
「我が息子を解放しろっ!拘束は不当であるぞっ!!」
「いやいや、バロー公爵閣下。サイゲイ殿は、今回の【事件】の【被疑者】であり、【重要参考人】でもあります。いくら公爵閣下のお言葉と言えど、上からお達しでもない限り、解放する事は出来ませんよ。私も【職】を失う訳には参りませんので・・・。」
【城塞都市・クヌート】に存在する【特別留置場】にて、バローは職員の一人に詰め寄っていた。
この世界の、所謂“外の世界”での【法整備】は進んでいないのが現状である。
それ故、“外の世界”での【冒険者】同士のいざこざや、【盗賊団】なんかの【犯罪】に関しては、基本的に人材不足の問題もあり、【国】の【組織】などは関与しない。
つまり、“外の世界”での【犯罪】は、ある意味やりたい放題なのである。
ただし、当然リスクも存在する。
そうした“外の世界”での【犯罪者】達には【人権】がない事である。
【ブラックリスト】に載った者達は、公に【国】や【街】や【村】の中に入る事が出来なくなるし、【国】の【組織】が関与しない変わりに【冒険者ギルド】の【討伐対象】になる。
当然、【盗賊団討伐】なんかは危険な【任務】となるので、【討伐条件】は“生死を問わず”なんて事もザラである。
更に、【盗賊団】が奪い取った金品の数々は、基本的にその【討伐】を請け負った【冒険者】達の物となるので、【賞金稼ぎ】としての【盗賊団討伐】は、【冒険者】達の中でも、腕に覚えのある者達にとっては人気の【クエスト】なのである。
まぁ、それほどのリスクがあっても【犯罪】に走る者は後を絶たないのが現状ではあるのだが。
その一方で、“中の世界”では、まぁ、その【国】にもよるのだが、【治安維持】の目的から、かなり【法整備】が整っていたりする。
それ故、“中の世界”で【犯罪】を犯した者達は、【治安当局】に身柄を拘束され、【捜査員】の捜査を経て、【裁判】にかけられる。
もちろん、(表向きは)そこに【貴族】や【平民】の違いは存在しない。
もちろん、“腐って”いればその限りではないが、今現在のエンヴァリオン王国は、【武王】・ガーファンクル王が統治しているので、【職業倫理】はかなりしっかりしている。
まぁ、それでも、【権力者】が自分の【権限】を、【立場】を越えて振りかざす事はあるのだが。
今回のサイゲイが起こした【事件】も、ある種“外の世界”で引き起こされた【事件】ではあるものの、その“被害”をこうむったのが、エンヴァリオン王国の【重要組織】であるから、当然、しっかりとした【法】のもと、罰せられる案件であった。
しかし、その【証明】は、“中の世界”とは違い非常に難しい。
今回の場合は、【証言】と【状況証拠】が主体となるので、【現場】を見ていない(見られない)バローの主張の様に、拘束は不当であると言う【理論】も、ある種まかり通るのである。
もちろん、この世界では、【証言】と【状況証拠】だけでも十分に【立件】する事が可能なのだが、これが【権力者】が関わると話は変わってくるのだ。
【組織】ぐるみで、サイゲイを、ひいては【ファトゥウス公爵家】を貶めるのが目的ではないのか?
そうでないなら、明確な【証拠】を持ってこい。
と、言う訳である。
「バロー公爵閣下。部下をいじめないで頂きたい。サイゲイ殿には、少し不自由な思いをさせていますが、しっかりとした環境で過ごして頂いております。閣下も【特別留置場】がどんな場所か御存知でしょう?」
「デルキ殿か・・・。そ、それは分かっているが・・・。」
「それならば、問題ありますまい。閣下がサイゲイ殿の無実を信じておられるのなら、ここで騒ぎ立てたとて意味のない事です。今、我が優秀な【捜査員】達が【呪印石】の“入手経路”を確認しております。それとサイゲイ殿が繋がらなければ、サイゲイ殿の無実は【証明】されるのです。まぁ、少なくとも、【呪印石】所持と使用に関しては、ですがね・・・?」
【特別留置場】は、所謂【特権階級】用の【施設】である。
【貴族】や【富豪】なんかの関係者が拘束された場合は、ここに収容される様になっている。
ガーファンクル王などは、バカげた処置だとは思っているが、それでも【権力者】達の【影響力】は無視出来ないモノなのである。
一応、“特別扱い”をしていると言う体裁を保つ必要があるのだ。
「まぁ、そう言う訳で、閣下は座して経緯を御覧になってはいかがでしょうか?それとも、何かやましい事でもあるのですかな?」
「そ、そんな訳ないだろうっ!?ただ、貴殿らに任せておいては【公平】な判断をだなぁっ・・・!!」
「その為に、【裁判】があるのですよ?」
「ぐっ・・・!!!」
デルキは、ガーファンクル王の覚えも良い、また客観的に見ても優秀な男だった。
それ故、バローとしては与しにくい男だ。
また、エンヴァリオン王国においては、【重要組織】の【幹部】は、【貴族】相当の【権威】と【権限】を持っている。
【公爵】であるバローとは言えども、デルキはある種“同等”の存在なのである。
それ故、【圧力】をかける事も難しかった。
「さて、公爵閣下がお帰りだ。お前達、閣下を外まで御案内差し上げなさい。」
「「「「「ハッ!!!!!」」」」」
デルキがそう声を掛けると、彼の部下達が統制の取れた掛け声を発した。
「い、いや、結構だ。そ、そうそう、私は用事を思い出した。デルキ殿っ!くれぐれも、サイゲイの事をよろしく頼むぞっ!!!」
「もちろんですとも、閣下。」
それを慌てて断り、下手な言い訳を残して足早に去るバロー。
残念だが、デルキとバローでは役者が違った。
「よろしいので、デルキ様?このままでは、公爵閣下は何か仕出かすと思いますが・・・。」
「むしろ、そうなってくれるとある意味有り難い。【ファトゥウス公爵家】はエンヴァリオン王国の【癌】の一つだからな。・・・【捜査員】達には、捜査中の妨害などに注意を促せ。後、トモキ殿にも、な・・・。【功労者】の一人にそんな事を言うのは、本来ならば心苦しいのだがねぇ・・・。」
「そうですねぇ・・・。」
デルキは、ガーファンクル王の言葉をしっかり理解している者の一人であった。
【異世界人】とは【友好関係】を結んでおくべきだ。
今回の【事件】の【報告】を受け、デルキは改めてそう感じていた。
それ故、トモキにエンヴァリオン王国の“全て”に悪感情を持たれない様に手を打っていた。
「くそっ!!!デルキのヤツめっ!!!このままでは、サイゲイが“無実の罪”を着せられてしまう。その前に、何とかしなければっ・・・!!!」
もちろん、そんな事も理解していない【愚か者】もいるのだが。
◇◆◇
「何で俺が狙われなきゃならないんですかっ!?」
バンッと俺は机を叩き、声を荒げた。
「落ち着け、トモキ。俺もおかしな話だとは思うが、“腐った”【権力者】と言うのは、そう言うモノなのだ。」
「残念ですが、キールの言う通りです、トモキくん。彼らの【理論】では、サイゲイ自身の事はともかく、その【罪状】が問題になってしまうのですよ。クルータ、パスラ、ベッジの殺害は、まぁ、如何様にもなりますが、【呪印石】は不味い。【呪印石】は【御禁制の品】ですから、それを所持、使用したとなると、サイゲイのみならず、【ファトゥウス公爵家】の存亡に関わる事態となります。まぁ、我々の【証言】や【状況証拠】だけなら、まだ難癖はつけられますが、明確な【証拠】が出てしまうと困るのですよ。それ故、自らの保身に走る者ならば、十中八九、それを事前に潰そうと考える事でしょう。流石に我々は、エンヴァリオン王国の【重要組織】に在籍する身として、公には狙われる事はないのですが・・・、【国】に対する明確な【反逆】になりますからね。【捜査員】の捜査の妨害や、エンヴァリオン王国の人間ではないトモキくんに狙いを絞って、君にでっち上げた罪を着せるなり何なりと、所謂【ネガティブキャンペーン】を仕掛けてうやむやにするつもりなのですよ。【論理】のすり替えをするのは、ある種彼らの十八番ですからね。」
「そんなバカげた話がまかり通るハズっ・・・!!!」
「・・・無かったですか?君の【世界】では・・・。」
「っ!!!・・・い、いえ、ありました、けど・・・。」
【疑惑】を逸らす為に、別の矛先を用意する。
【ニュース】などで、たまに【政治家】なんかが、そう言う“やり取り”をしているのを見掛けた事を俺は思い出していた。
そこら辺は、向こうの世界もこちらの世界も、そう大して変わらないらしい。
まぁ、狙われる身としては冗談事ではないのだが・・・。
「だが、安心しろ、トモキ。幸いデルキの旦那はキレ者で有名だし、彼の部下達も優秀なヤツらが揃ってる。彼らの【捜査網】にかかれば、いくら【ファトゥウス公爵家】と言えども、妨害は難しいだろう。問題となるお前も、王の客分として城に滞在する身だ。俺らもいるし、お前も随分この間の事で【レベル】が上がっただろ?それに【異能】もあるしな。」
「まぁ、そうですけど・・・。」
しかし、それとこれとは話が別だ。
元“いじめられっこ”として、人の“悪意”にさらされた事は何度となくあったが、自分達の都合が悪いと言う理由だけで、まさか人から【命】を狙われる事となるとは思わなかったのだ。
しかも、感謝されこそすれ、恨まれる筋合いがない案件で、である。
「トモキくんとしては不満もあるでしょうし、私達も心苦しいのですが、申し訳ありません。しばらく我慢して下さい。」
「・・・分かりました・・・。」
キールさんやロアンさんは申し訳なさそうな顔をする。
彼らが悪い訳じゃない。
俺も、それは分かっていたので、不承不承と頷くのだったーーー。
◇◆◇
「チッ!!!思ったほど使えなかったな、【ファトゥウス公爵家】の御坊っちゃんは。全然【負のエネルギー】を集められなかったぜ。」
「と、言うより、“噂”が本当だったと言う事でしょうね。」
「ああ、例の【異世界人】の“噂”か・・・。あの忌々しい【英雄達】とは別に現れたとか言う・・・。結構眉唾な話だったが、【呪印石】の脅威を簡単に退けた以上、その【力】は“本物”だろう。【教団】の脅威になる前に、いっそ今の内に刈り取っちまうかっ!?」
「いえ、今は“時期”が良くありません。御坊っちゃんの失敗によって、我々もエンヴァリオン王国では動きづらくなりました。ここで下手な手を打つと、ガーファンクルに我々の“存在”を勘付かれてしまいますし、【英雄達】の所在が不明な内は、我々が表立って動く事態は避けるべきでしょう。」
「チッ!!!仕方ねぇ~か。俺らも“全滅”する訳にはいかねぇ~もんなぁ。【魔神】様さえ御健在ならば、こんなにコソコソとしなくて済むってのにっ・・・!」
「その【魔神】様を“復活”させる為に我々は動いているのです。目的を履き違えてはいけませんよ?」
「わぁ~ってるよっ!んじゃ、これからどうする?ここを放棄して、別の【国】にでも行くか?」
「それが妥当でしょうね。ガーファンクルに一泡吹かせる事が出来なかったのが、少しばかり心残りですが・・・。」
「なぁ~に。期せずして【ファトゥウス公爵家】をけしかける事は出来たんだ。後は勝手に“内輪揉め”してくれんだろっ?それで、少しは溜飲が下がるってモンさ。ガーファンクルとしても、ある意味願ってもない機会だろ~しな。」
「ふむ。そう言う考え方もありますね・・・。確かに、少しでもエンヴァリオン王国の【情勢】を引っ掻き回せたのなら、それでよしとしますかね。」
どこの【世界】にも、【国】にも【社会】にも、“表”があれば“裏”も存在する。
ここエンヴァリオン王国の【城塞都市・クヌート】にも、所謂【裏社会】が存在した。
風光明媚な街中の外れに存在するスラム街の一画で、怪しげな男達が密談を交わしていた。
彼らの顔や表情は、目深に被ったマントで窺い知れないものの、どう見てもマトモな連中ではなかった。
しかし、このスラム街は【裏社会】に深く関わる場所だ。
彼らに関わろうなんて“命知らず”はこの場にはいなかったし、【国】の【組織】も、スラム街には易々と手を出せない事情があった。
スラム街は、【貴族】達の事実上の“庇護下”にあるからである。
本来、スラム街の住人達は、“存在しない”筈の人間である。
もちろん、実際にはそこに存在するので、記録上の話、ではあるのだが。
スラム街の住人達は、所謂【社会】からの“ドロップアウト組”であり、その事情は様々だが、つまり、公式には【市民証】も、【冒険者カード】すら取得出来ない者達なのである。
それ故、表立った【職業】には就けないのだが、人間である以上食べていかねば死んでしまう。
となれば、“裏稼業”でやっていくしかないのである。
そこに目を着けた【貴族】達が、自分達では行動出来ない時に、スラム街の住人達を利用するのである。
何せ、元々“存在しない”筈の人間である。
死のうがどうなろうが【貴族】側には一切の痛手はないのだから。
とは言え、スラム街の住人達も皆が皆【犯罪】めいた【仕事】を生業にしている訳でもない。
中には、本当の意味での“汚れ仕事”、例えば下水道の汚物処理や、ゴミ収集、若干“グレー”ではあるものの、売春なんかも彼らの大事な収益の一つだった。
“需要”がある以上、“供給”がなくなる事はない。
これらは、こちらの世界の衛生上の問題から、“一般市民”のなり手がいない【職業】だ。
しかし、感染症の問題が生じてしまう為、誰かがこなさなければならない【仕事】でもある(売春はともかく)。
そのお鉢が回ってきたのが、“存在しない”筈の人間、と言う訳である。
しかし、そうした場所は、当然【犯罪】の温床にもなってしまう。
とは言え、前述の通り、衛生上重要な【仕事】を担っているし、【貴族】からの圧力もあり、【国】の【組織】もうかつに手を出せないのが現状なのである。
そうした背景から誕生したのが、ある意味【冒険者ギルド】と似て非なる【組織】である【闇ギルド】であった。
ただし、こちらは完全な【犯罪組織】である。
その活動内容は、麻薬取引、殺人及び暗殺、密輸、密造などであり、こちらを【貴族】(だけではないが)が利用するのである。
この怪しげな男達は、その【闇ギルド】を、更に“裏”から操る者達であり、【闇ギルド】の大事な収益となる麻薬やら密輸品などを、何処からともなく続々と持ち込んで来てくれる。
サイゲイが入手した【呪印石】も、彼らが持ち込んだ物である。
そうした経緯もあり、【闇ギルド】もスラム街の住人達も、彼らには手を出せない。
と、言うより、スラム街では“暗黙のルール”として、他者の事情に首を突っ込む事は禁忌とされている。
スラム街では、【命】の【価値】は安い。
欲目を出して他者の事情に絡もうとした者が、翌日の朝にはいなくなっている、なんて事はザラである。
それが分かっているからこそ、特に周囲を気にした様子もなく、彼らは堂々と密談を交わしていたのだった。
「【闇ギルド】に卸していたブツとかはどうする?」
「痕跡はなるべく消すべきでしょうけど、逆にそうした物が無い方が不自然でしょう。スラム街の連中達には、“偽物”の記憶を施して、物もそのままにしておいた方が無難でしょうね。【山賊ギルド】と繋がっていたって“シナリオ”にでもしておきましょうか?」
「りょうか~い。少しもったいねぇけどなぁ~。」
「あの程度、すぐにでもまた集められますよ。さぁ、行動開始しますよ。」
「おうっ!」
そう頷き合うと、スッと彼らはかき消えてしまった。
この日、スラム街の住人達の記憶から、彼らの存在した痕跡が抹消されたのだったーーー。
◇◆◇
【城塞都市・クヌート】のスラム街に存在する【闇ギルド・メルダ】に、一人の男が接触していた。
彼は、【ファトゥウス公爵家】の使者であり、とある【依頼】を要請する為にスラム街を訪れたのである。
「【依頼】内容は分かった・・・。それで?【報酬】はいくらだ?」
「・・・。」
薄汚れたスラム街の一画に存在する酒場。
その更に奥に、少し小綺麗な広い部屋が存在した。
そこで、顔中傷だらけの、明らかに“カタギ”ではない巨漢の男、【闇ギルド】の頭、スーテックが凄みのある声色で使者の男と対面しながらそう問い掛けていた。
使者の男は、それを軽く受け流し、無言でジャラっと袋を置いた。
一瞬虚をつかれた顔をスーテックがするが、部下に顎でしゃくると、部下が袋の中身を確認する。
「ひい、ふう、みいっ・・・!か、頭っ!だ、大金貨10枚だっ!!!」
「な、何っ!?」
スーテックが部下から袋をひったくると、慌てて数え直す。
「た、確かに大金貨10枚だっ・・・!」
「それは“前金”だ・・・。成功したら、後40支払う用意がある・・・。それで?引き受けて貰えるのかな・・・?」
「も、もちろんですよぉ~、旦那ぁ~。後は俺らに任せてくだせぇっ!!!」
急に態度をコロッと変えるスーテック。
しかし、それも無理はない。
この世界では、大金貨10枚とは、日本円に換算すると一千万円相当。
それを、ポンッと出せると言う事は、この使者には相当なバックがあると言う事でもある。
当然だが、スラム街では使者も素性を明かす事は出来ない。
その代わり、金銭の支払い能力を誇示する事によって、暗に【依頼者】の素性を相手に伝えているのである。
スーテックは、それを正確に読み取った。
「そうか・・・。では、よろしく頼む。“やり方”は君達の流儀で構わない。ただし、こちらは一切関知しないから、それはキモに命じておいてくれ。」
「へいっ!!!」
話が済むと、使者はさっさと出ていってしまう。
彼らはあくまで【取引相手】であり、馴れ合うつもりは一切ないのだ。
ペコッと頭を下げたスーテックは、部下に素早く耳打ちした。
「ヤツには手を出すなと伝えろっ!下手するとこっちの首が飛びかねねぇからなっ!」
「へいっ!!!」
部下がスーテックの言葉を聞くと、【組織】の【構成員】達に周知する為に、サッと出ていった。
入れ代わる様に、薄笑いを浮かべた不気味な男が姿を現す。
「先生っ!!」
「まぁ、手を出すだけ無駄でしょうけどね。あの人、相当な手練れですよ?私でもマトモに殺り合うとマズいかもしれませんからねぇ~。」
「それほどですか・・・。」
ゴクリッとスーテックは喉を鳴らした。
【闇ギルド】とは言え、元々はゴロツキと大差ない連中である。
もちろん、彼らも多少は腕っぷしにも自信があるが、【本物】に比べたら児戯も等しい程度の【技量】しかないのである。
「まぁ、【ターゲット】は彼ではありませんし、大事な【依頼者】です。それに【依頼】内容は多少難しいですが、久々に殺りがいがありそうですねぇ~。いやぁ、ワクワクしますねぇ~・・・。」
「・・・先生自ら引き受けてくれるんで?」
「暗殺の方は、ね・・・。妨害の方は、ある意味アナタ方の専門分野でしょう?そちらは、お任せしますよ・・・。」
「ありがとうございます。これで、一安心だっ!・・・で、依頼料なんですが・・・。」
「1枚だけ頂ければ結構です。これでも結構儲けているですよ?名指しで頼まれる案件も多いですからねぇ~。」
「助かります、先生っ!」
「いえいえ。」
スーテックは不気味な男に感謝を述べて、袋から大金貨1枚を手渡した。
不気味な男は、それを受け取ると、満足そうに頷き部屋を後にするのだったーーー。
誤字・脱字がありましたら、ご指摘頂けると幸いです。
ブクマ登録、評価、感想等頂けると幸いです。是非よろしくお願いいたします。
また、もう一つの投稿作品、「『英雄の因子』所持者の『異世界生活日記』」も、本作共々御一読頂けると幸いです。




