勇者アイザワ・トモキの憂鬱 8
続きです。
新型コロナウイルス、こわいですねー。
学生の皆さんの自宅待機を推奨するとは言え、ただただ無為に時間を消費するのは退屈だと思います。
本作が、そんな皆さんの退屈しのぎの一助になればなぁ、なんて思う今日この頃。
◇◆◇
荒くれ者が多く集まる【冒険者ギルド】にも、【組織】である以上、最低限の【ルール】は存在する。
しかし、【冒険者】と言うのは、極論を言えば、【暴力】を生業としている【職業】なので、その【ルール】を簡単に逸脱してしまう者達も存在するのである。
もちろん、これは何も【冒険者】に限った話ではないのだが、その【職業】柄、【冒険者】達は、その【実力】はピンからキリまであるが、ある意味【戦闘のプロ】集団である。
そうした者達が、【ルール】違反の末に【裏社会】に堕ちるのはとてつもない脅威であり、【冒険者ギルド】が抱える問題点(矛盾点)の一つでもあった。
【城塞都市・クヌート】のスラム街に存在する【闇ギルド・メルダ】に頻繁に出入りしているこの不気味な男、ヒューも、やはり元・【冒険者】であり、腕自体は非常に優れていたのだが、数々の問題行動の末に【冒険者ギルド】を追われた男であった。
ヒューは、元々【嗜虐趣味】を持っている男であった。
初めの内は、その【嗜好】は【魔獣】や【モンスター】と言った、人々にとって脅威となる生物に向けられていたのだが、だんだんそれだけでは満足出来ない様になってしまう。
ある時、【冒険者】同士のいざこざに巻き込まれたヒューと当時彼と組んでいたパーティーメンバー達は、そこで初めての【殺人】を経験した。
これは、相手も相当イカれた連中だった為に、その【殺人】は【正当防衛】と認められ、ヒューとパーティーメンバー達は“お咎めなし”となったのであるが、その時、ヒューは得も言われぬ快感と興奮を覚え、それからと言うもの、【殺人】に魅せられる様になっていってしまった。
前にも述べた通り、こちらの世界の“外の世界”は、基本的に【無法地帯】である。
ヒューの、その殺人衝動を満たすには、ある意味十分過ぎる条件が整っていたのである。
それでも、初めは【盗賊団討伐】と言う、【合法的】な【殺人】でその衝動を満たしていたのだが、一度外れた“タガ”が彼を【快楽殺人者】に変えるのにそう時間は掛からなかった。
彼は、とうとう何の罪もない者達さえもその手に掛ける様になってしまったのである。
そうなれば、当然彼はパーティーメンバーから見放され、【冒険者】同士の“ネットワーク”からも弾かれて、“身内”である【冒険者】から【犯罪者】を出す事をよしとはしない【冒険者ギルド】から追われる【立場】となった。
ヒューは【冒険者】資格を剥奪されて、【懸賞金】を掛けられる【賞金首】として追われる【立場】となったのである。
しかし、面倒な事にヒューはかなりの【手練れ】であった。
【賞金稼ぎ】狙いの【冒険者】達の追撃をかわして、あるいは返り討ちにして、とうとうその行方を眩ませてしまう。
そうした末に、ヒューが最終的に辿り着いたのが、【城塞都市・クヌート】のスラム街であった。
スラム街は、前述の通り、【貴族】の“庇護下”にある、ある種の【治外法権】である。
“お尋ね者”であるヒューが身を隠すにはうってつけの場所であった。
更に、スラム街では、ヒューの“生き甲斐”である【殺人】をお金を貰って行えると言う、彼からしたらまさしく【天国】の様な場所だったのだ。
また、衝動的に【殺人】をしたとしても、スラム街の住人達はクヌートには“存在しない”筈の人間であるから、誰からも咎められる事はなかった。(もちろん、後々【闇ギルド】の連中に泣き付かれたので、流石にヒューも自重する事としたが。ただし、完全に止めてはいない。)
ヒューの【腕】を聞き付けた【貴族】達や【闇ギルド・メルダ】と協力関係を結び、【闇ギルド】の正式な【構成員】ではないものの、彼は【外部協力者】として【闇ギルド】に頻繁に出入りする様になったのである。
ただ、ヒューは最近退屈していた。
あいかわらず“生き甲斐”である【殺人】の【仕事】を繰り返すものの、一度外れてしまった“タガ”は、麻薬と同様に、際限なく彼により強い“刺激”を求めさせる。
そうした時に舞い込んだ【依頼】が、今回の【異世界人】を【ターゲット】にした【殺人】であった。
ヒューはそれを【隠し部屋】で聞きながらひどく興奮していた。
ヒューとしては、【ファトゥウス公爵家】の使者とも殺り合ってみたい衝動にもかられたが、彼と殺り合ってもヒューには快楽以上に得るものがなかったので、今回は諦める事とした。
それ以上に、【異世界人】がヒューにとって、非常に魅力的な【獲物】だったと言うのもあるが。
一応、ガーファンクル王の下【異世界人】の【情報】は【箝口令】が敷かれているものの、「人の口に戸は立てられぬ」とはよく言ったもので、眉唾な“噂”話として、一部界隈の者達には、【異世界人】の【情報】が漏洩していた。
もっとも、その話を鵜呑みにする者もそうはいなかったが、聡い者や“嗅覚”の優れた者は、それが【事実】であると理解していた。
ヒューもその一人だ。
だからこそ、心踊らせていたのである。
“刺激”に飢えていたヒューにとっては、これはとてつもない“刺激”的な【ゲーム】である。
【ターゲット】は【異世界人】、そして【ファトゥウス公爵家】の使者からの【情報】では、その【異世界人】は、エンヴァリオン王国でもっとも【攻略】が難しいとされるガーファンクル王の居城にいる。
その【警戒網】を掻い潜り、【異世界人】を殺してスラム街まで逃げ込めればヒューの“勝ち”、途中で気付かれて返り討ちに遭えばヒューの“負け”である。
その分の悪い“賭け”を、すでに頭の“ネジ”が数本トンでいるヒューは、嬉々として受け入れたのだった。
まぁ、それだけ自分の【腕】にも自信があったのだろうが・・・。
◇◆◇
ヒューが【異世界人】暗殺に赴こうとしていた頃、【闇ギルド・メルダ】の、スーテックの部下達も、【捜査員】達の妨害工作を開始していた。
そもそも、サイゲイが手にしていた【呪印石】は、【闇ギルド・メルダ】が売り捌いた物である。
しかし、その【事実】を、スーテックらは覚えていなかった。
これは、(すでにクヌートから姿を消した)【闇ギルド】を人知れず“裏”から操っていた怪しい男達がスラム街の住人達に施した【記憶操作】による、一時的な記憶の混乱・障害が原因なのだが、怪しい男達からしたら、自分達の“存在”に気付かれなければ、【闇ギルド】がどうなろうとも関係なかった。
まぁ、端から見れば、自分達の身を守る為に妨害工作をしている様にも映るが、そもそも、例え【捜査員】達が【闇ギルド・メルダ】に辿り着いたとしても、スラム街は【治外法権】なので、【捜査員】達も、中々手が出しづらいのである。
しかし、スラム街の“外”ならば話は別である。
“戦”や“狩り”の【セオリー】と同じである。
手が出しづらいのなら、手が出し易い位置に誘導すれば良い。
デルキの思惑に、バローはものの見事に引っ掛かってくれたのである。
こうして様々な要因が重なったとは言え、自らを守る為の筈の行動が、逆に自らの墓穴を掘る結果となった。
一見バカみたいな話だが、政治的には意外とよくある話なのである。
また、【ファトゥウス公爵家】も大きい【組織】となっていた為に、サイゲイの行動を逐一確認出来ていなかった事情もある。
そもそも、サイゲイは【エンヴァリオン近衛騎士団】の一員として、一応【家】を出た身である。
【組織】も一枚岩でなく、更にバローがそれほどの人物でなければ、【情報】の共有が上手く機能しない事も、これまたよくある話なのであろうーーー。
・・・
「サイゲイの関係者が自白したんだってな?」
「ああ。デルキ様が【司法取引】をチラちかせたら、すぐにゲロったらしいぜ?まぁ、ある意味賢い選択だよ。今回の件で、デルキ様は【ファトゥウス公爵家】の【権限】や【影響力】の縮小を考えておられる。小賢しい者ならすぐにそれに勘付くし、“後ろ楯”が無くなれば、その先エンヴァリオン王国で生きていくのはより困難になる。まして、【前科】があるとなると、より一層、な・・・。」
「そりゃそ~だ。そうなりゃ、最悪それこそスラム街に堕ちるハメになるからな。」
「そのスラム街の【闇ギルド・メルダ】から買い付けたらしいぜ?また、随分ヤバいブツを取引したモンだぜ。」
「っつかよぉ。【呪印石】なんつ~、禁忌中の禁忌を取り扱うなんて、【闇ギルド】、頭おかしいんじゃねぇ~か?その【事実】が確定したら、デルキ様どころかガーファンクル王が黙ってないぞ?いくら事実上はスラム街が【治外法権】だからって、それに二の足を踏むお方じゃねぇ~からなぁ~。」
「そんな事も分からんほどのバカの集まりか、あるいは誰かに唆されたのか・・・。ま、調べれば、何か出てくるだろ。」
デルキの部下にして【捜査員】の男達は、そんな会話を交わしながら【内偵調査】に赴いていた。
とは言っても、すでにサイゲイの関係者からの証言を得られているので、後は“裏”を取るだけだ。
もっとも、それがある意味一番面倒なのであるが、デルキの策略によって、【闇ギルド】の連中の方から勝手に接触してくれる“予定”になっている。
それ故、むしろ【捜査員】達は、あえて目立つ様に行動しているのだった。
そう踊らされている事にも気付かなかったバローと【闇ギルド】の連中は、早速“網”に引っ掛かった。
「「「「「へっへっへっへ・・・。」」」」」
「よお、お兄さん方。ちっとツラかしてくれや。」
「ナ、ナンダ、コノレンチュウハー。」(棒)
「チッ!妨害工作かっ!!」(迫真)
「・・・お前、“演技”上手いなぁ~。“役者”としてやっていけんじゃねぇ~の?」
「えっ、マジでっ?俺にそんな才能がっ!?」
「何ゴチャゴチャいってやがんだっ!!!テメェら状況分かってんのかっ!?」
路地裏にて、二人の【捜査員】を取り囲んだ十数人の人相の悪そうな男達。
確かに多勢に無勢の状況だ。
普通なら一方的にボコられて、あるいは拉致られて消される未来しかなく、絶望的な状況である。
しかし、生憎ただのゴロツキ連中と【捜査員】達とでは、それこそ、その【実力】に雲泥の差があった。
「ま、御託はいいから、さっさとかかってこいよ?」
「こっちは、やる事が詰まっているからなぁ~。」
「チッ!なめやがってっ・・・!オメェら、後悔させてやんなっ!!!」
「「「「「応っ!!!!!」」」」」
数分後
「うぅ・・・。」
「いでぇ、いでぇよぉ・・・。」
「つ、強すぎるっ・・・!」
「お前らが弱ぇんだよ。【捜査員】なめんな。」
「さて、おおよそ見当はつくが、“誰”に頼まれたのかなぁ~?」
そこには、返り討ちにあい、地面に寝っ転がるゴロツキ連中と、ゴロツキのリーダー格を尋問する無傷の二人の【捜査員】の姿があった。
こちらの世界に来る当初から、すでに【古流武術】の【使い手】として、ある程度の【実力】を有していたトモキをして(今現在はともかく)、自分より格上であると認めさせたこちらの世界の【治安維持部隊】たる【憲兵】達が弱い筈がない。
まぁ、普段は自分達より弱い者達を相手にしてきたゴロツキ連中が、増長の末相手の【力量】を見誤るのは、まぁ、よくある話だろうが。
「イデデデデッ!!!テ、テメェらっ!お、俺らに手を出したらどうなるか、分かってんのかっ!!??」
「いや、この期に及んで何言ってんだよ?とっくに分かってるっつ~の。アンタらのバックとその【スポンサー】を潰す為に俺らは動いてんだからよ。で、その“後ろ楯”が無くなるかもしんないアンタらに手を出したらどうなるの?」
「なっ・・・!!!で、デタラメだっ・・・!!!」
「お前、デルキ様とガーファンクル王のヤバさ分かってねぇ~だろ?・・・ま、いいか。んじゃ、コイツらは応援部隊に任せて、俺らは【内偵調査】の続きに向かいますかねぇ~。」
「早めに吐いた方が身の為だぜ?・・・忠告はしたぜ?」
すぐに駆け付けてきた【捜査員】の応援部隊に拘束され、連行されていくゴロツキ連中。
「コイツらは“ハズレ”かなぁ~?」
「もうちょい、スラム街ギリギリまで踏み込んだ方がいいかもな。」
【ファトゥウス公爵家】からの【依頼】が無かったとしても、自分達を嗅ぎ回る存在を【闇ギルド】も無視は出来ない。
こうして、【闇ギルド】からしたら、一方的な不毛な消耗戦を余儀なくされたのであったーーー。
◇◆◇
深夜のガーファンクル王の居城、【フィーリッツ城】に【暗殺者】・ヒューは密かに潜入を果たしていた。
この世界の【インフラ整備】は、まだまだ進んでいないのが現状である。
それ故に、深夜帯は向こうの世界以上に“闇の世界”であった。
これは、【暗殺者】としては非常に都合の良い状況であり、もちろん、【要人】が数多く滞在している【フィーリッツ城】は、深夜帯に置いても絶え間なく【見張り】が配置されているものの、【手練れ】にとっての潜入は、比較的容易に行える環境なのであった。
それに、この“緊張感”は、“刺激”に飢えていたヒューとしては、堪らないモノがあった。
(フフフフッ・・・!これですっ、これですよっ・・・!ゾクゾクしますねぇ~。美味しそうな【獲物】がこんなに沢山っ・・・!出来る事なら、一人一人切り刻んでみたいモノですが、流石にそれは難しいでしょうねぇ~。それに、愛しの【ターゲット】を放っておいて“浮気”と言うのも些か失礼な話でしょうし、あんまりのんびりしている時間もありませんしね。)
ヒューは、【狂人】の部分と【暗殺者】の部分を使い分けて、冷静にそう判断した。
【ファトゥウス公爵家】の使者から提供された“見取り図”を頼りに、気付かれない様に、それでいて最短距離でトモキに迫っていった。
・・・
広大な【フィーリッツ城】を踏破し、ヒューがトモキの滞在する部屋に辿り着いた時には、かなりの時間を要していた。
何せ、ヒューはただ真っ直ぐにここにやって来た訳ではない。
【見張り】や【罠】に警戒しながら、慎重にここまで歩を進めて来たのだ。
それなりに時間が掛かるのは当たり前である。
しかし、そうした努力の末に、ヒューは誰にも気付かれる事なくここまで来ていた。
ヒューは、胸を高鳴らせる。
散々おあずけをくらった犬の如く、今か今かと【ターゲット】との対面を心待ちにしていたのである。
しかし、それでも、彼の【暗殺者】としての部分は冷静さを失わず、静かにドアを解錠し、音もなく部屋の中に滑り込むのだった。
部屋の中は、高価そうな調度品で溢れているーーー、訳でもなく、広さはかなりのモノであったが、そこにある物は、必要最低限の質素な生活用品だけであった。
これは、根が小市民であるトモキが、うっかり何かの拍子に調度品などを壊してしまったら困るから、と言う理由で、わざわざ撤去して貰ったのである。
ただでさえ広々として逆に落ち着かないのに、高級品に囲まれた生活はトモキにとってはストレス以外の何物でもない。
当初は、ガーファンクル王の客分であるトモキに快適に過ごして貰おうとしていた【フィーリッツ城】に仕える執事やメイド達は、そのトモキの提案に難色を示したのだが、半ば泣き付かれる形で押し切られたのである。
誰もが夢見る【ロイヤルスイートルーム】でそんな事を望んだ者は皆無であり、執事やメイド達は、トモキを若干変な方だなぁ、と思いつつ、きっと質素倹約を旨としている立派な方なのだろうと、勝手に解釈されて、何故か好感度が上がると言う謎の現象も起こったりもしたのだが。
まぁ、それはともかく。
「Zzz・・・、Zzz・・・。」
「・・・!」
広々としたベッドで寝息をたてる【ターゲット】を確認して、ヒューはニヤリと笑みを溢した。
時刻は深夜2時から3時の間。
大抵の者達は熟睡している時間帯であり、夜襲には絶妙な時間帯であった。
トモキは【古流武術】の【使い手】にして、最近【異能】に目覚めたとは言え、元々“一般市民”とそう大差ない生活を過ごしてきている。
その為、一番無防備となる就寝中に襲われる事を想定した訓練は経験していなかった。
それでも、ある程度【気配】を察知する術は身に付けているが、ヒューもかなりの【手練れ】である。
今回は、ヒューの【隠密技術】の高さの方に軍配が上がったのであった。
ヒューは、【嗜虐趣味】は持ち合わせていても、別に【戦闘狂】と言う訳ではない。
それ故、【圧倒的強者】として語り継がれている【異世界人】たるトモキのその様子に、さほど肩透かしを感じてはいなかった。
むしろ逆。
【圧倒的強者】たる者が、自分の前では何の抵抗も出来ずに、その命を散らす事に得も言われぬ快感と興奮を覚える性質であった。
「(さぁ、始めましょう・・・。)」
ここからは、ヒューの【趣味】の時間であった。
懐に忍ばせた吹き矢を取り出し、ヒューは静かにトモキに矢を吹き出した。
矢には【毒】が仕込まれている。
これは、神経毒の一種で、所謂【金縛り】に近い作用、意識はあるものの、身体が全く動かない状態になるのである。
ヒューは、これを好んで多用している。
理由は、言わずもがな、彼の歪んだ【趣味】の為である。
「いってぇ!・・・な、何だっ!?」
「えっ!?」
ただ、ヒューは少々【異世界人】に対する認識が不足していた。
こちらの世界でも、所謂【毒殺】はメジャーでポピュラーな殺害方法である。
つまり、それだけ【毒】による攻撃が効果的である、と言う裏返しでもあった。
実際、キールやロアンといった【強者】達も、サイゲイの企みの前に、【毒】によって一時的に行動不能に陥っている。
もちろん、ある程度【毒】に対して耐性を有している【種族】も存在するが、それでも、【毒】と言うのは、非常に厄介かつ人によったら便利な代物なのである。
しかし、ガーファンクル王はすでに知っていた様だが、【異世界人】達は、そうした【毒】や【精神干渉系】の【魔法】や【魔道具】、【スキル】・【技術】に耐性を持っていた。
これは、【異世界人】達が持つ【異能】によるモノで、もちろん、目覚めた【異能】によっては、完全な耐性とは言い難い者達も中にはいるのだが、幸いトモキの【異能】は、サイゲイとの一件でも分かる様に、【毒】を【無害化】する事が可能だったのである。
もっとも、その時は意識的に発動させなければ【異能】は効果を現さなかったが、一度身体に馴染んでしまえば、無意識的に発動する事すら可能なのであった。
ここら辺が、【異能】が【チート】染みた【力】だと言われる所以である。
つまり、何が言いたいかと言うと、ヒューの取った行動は、徒に【ターゲット】を起こしてしまっただけで、何の意味もない結果に終わってしまった、と言う事である。
「っ!誰だっ!!」
「チッ!!!」
何が起きているか分からないが、ヒューにも【ターゲット】が、即効性のある【毒】を受けたにも関わらず、何の変化も起きていない事だけは分かった。
ヒューは、即座に方針を転換した。
【趣味】のなぶり殺しを諦め、【ターゲット】の確実な抹殺にシフトする。
幸い、【ターゲット】は寝起きで、体勢も全く整っていない状態だ。
ヒューに取っては【未知】の【力】を有している様だが、それでも、まだ自分の優位は揺るがないーーー、と、考えていた。
しかし、これもヒューは認識を見誤っていた。
トモキの使用する【古流武術】は、ある意味ではこちらの世界の【武術】以上に【対人戦】に特化している【武術】と言える。
また、日本の歴史的背景から、座った状態、一見無防備とも言える状態からの洗練された【返し技】なんかも有していた。
「シッ!!!」
「せいっ!!!」
最速かつ避けにくい短剣による体重を乗せた刺突を繰り出すヒュー。
しかし、トモキは【異能】とサイゲイの一件でかなり上がった【レベル】による身体能力の補正もあいまって、【手練れ】であるヒューにすら後れを取らないほどの“成長”を遂げていた。
体重を乗せた攻撃は、ただの打撃による迎撃では止めにくいが、相手の【力】を逆に利用するのは、トモキの扱う【古流武術】の十八番であった。
瞬間移動の如く速さで刺突を繰り出すヒューに対して、トモキは座ったままの状態で、それを合気の要領でいなし投げ飛ばした。
「なっ!!!???」
初めて受けるたぐいの技にヒューは驚愕するが、トモキの連続技はその程度では終わらない。
更にそこから流れる様に【間接技】のコンボを決める。
が、ここでトモキにとっても予想外の事が起きた。
自分が思いの外“成長”を遂げている事にも気付かずに、普段通りの【力】を加えてしまったのである。
ゴキッ!!!!!
「ガアァァァァッーーー!!!!!?????」
「あ、あれっ!?」
技の相性もあいまって、ヒューの肩の間接がアッサリ外れてしまったのである。
ヒューも、これには堪らず悲鳴を上げた。
「トモキ殿っ、どうしましたかっ!!!???」
そこに、その悲鳴を聞き付けた【見張り】達が駆け付けてきた。
深夜帯に大声を出せば、場所が場所だけにそれも当たり前の話だろう。
【見張り】達が駆け付けてみると、必要以上に相手にダメージを与えてしまったものの、一度【実戦】を経験した為か、それでも技を外さなかったトモキが誰かを押さえ付けている光景だった。
すぐに【見張り】達も、それが【侵入者】であると理解した。
「えっと、【侵入者】です・・・。多分、俺を狙った・・・。」
「お、お怪我はありませんかっ、トモキ殿っ!?」
「ええ、大丈夫です。」
トモキが押さえ付けていた【侵入者】をすぐに拘束し、【見張り】達はトモキの身を案じる。
これは、ある意味【見張り】達の失態である。
いくらヒューの【隠密技術】が高かったとは言え、それは言い訳にもならない。
ガーファンクル王の客分たるトモキに怪我でもあれば、最悪自分達の首が飛びかねない(まぁ、【職】を失うと言う意味でだが)。
しかし、今回はトモキの非常識っぷりに助けられた格好になった。
本当は、【毒】による攻撃を受けていたのだが、トモキが無意識的に発動した【異能】によって、【毒】も傷もすでに完治していた。
その為、トモキは【毒】による攻撃を受けた認識すら無かったのである。
まぁ、とは言え、【侵入者】の侵入を許した事が帳消しになる訳ではないので、後々【見張り】達には叱責が待ってるのであるが・・・。
その後、騒ぎを聞き付けたキールやロアン、ガーファンクル王までもが駆け付けてきて、ちょっとした一悶着もあったのだが、こうして、【暗殺者】・ヒューは捕らえられる事とあいなったのであるーーー。
誤字・脱字がありましたら、ご指摘頂けると幸いです。
ブクマ登録、評価、感想等頂けると幸いです。是非よろしくお願いいたします。
また、もう一つの投稿作品、「『英雄の因子』所持者の『異世界生活日記』」も、本作共々御一読頂けると幸いです。




