カオル編
自慢じゃないけど、僕は僕自身の人権すら守ることも出来なかったんだ。…本当だよ?
幕明香:《世紀の大マジック!閉鎖空間からの脱出!》
「さあ!今回のマジックショーは私、幕明蝶介と、我が《息子》、幕明香が努めさせて頂きます!」
その言葉に続いて僕は一礼する。
ここは比較的貧しい国。そこで僕達は外でマジックショーを行う。一見すると、慈善活動をする幕明蝶介は昔、一世を風靡したマジシャンの1人だ。僕の実の父にあたる。
「まず、こちらにある赤い玉と白い玉が…」
父は次々とマジックを日本語で披露する。内容は分からないが、面白さは伝わるらしい。マジックを見るだけで疲労した僕の出番はもう少し先だ。
…
僕は実は女子だ。男子になりたくてなっているのでは無い。…この外見も、この性格も、父から矯正され、強制され…。
幕明家は立派な男尊女卑のマジシャン家系だ。父は僕が女と分かった途端に発狂したらしい。それほどまでに男が欲しかったのか。
母は悲しんでいたが、父は母も嫌っており、ただ子を産むだけの機械としか見てないらしい。だから、《廃棄》された。つまりは家を追い出されたのだ。
父は僕を男として育てることにしたらしい。まず一人称を「僕」に、そして、女性の象徴である胸を育たせないように、男性ホルモン剤を週に3、4回注入。そして、確実にマジシャンとしての道を進ませるべく、激しい特訓。酷い時は、箱に詰められて2日間食事を貰えなかった時もある。それ以来、箱がトラウマとなってしまった。
僕は父を心の底から恨んでいる。将来は愚か、性別まで制限されるなんて思わなかった。
…
誰かに説明する訳でもないが、そんなことを考えていた。そして僕の番だ。
カオル「…さあ、一見!ここからは僕がマジックを披露していきます!」
僕は偽りの笑顔を崩すことなくマジックを披露する。
僕のマジックも終盤に差し掛かったその時、白髪の僕と同い年位の少女が、僕のショーを鋭く刺すような視線で見て、そのまま去っていった。
あの表情は鏡で、見たことあった。
カオル(まだ遠くには行ってないはず…!)
マジックショーが終わったあと、僕は少女の去った方向へと駆けて行った。
カオル(居た!)
カオル「おーい!」
僕は大きな声で、手を振って言った。
少女は振り返り、少し戸惑った顔をした。
路地裏で僕と少女は話した。
カオル「ごめんね、君のことが少し気になって…。」
少女の名前は《メイカ》と言うらしい。僕と同じ、元は日本人だ。
メイカ「…で、なんすか?」
僕達はすぐに意気投合した。理由は、似たような環境下と境遇だったからだ。
メイカちゃんは驚きの提案をした。
メイカ「2人で逃げないっすか?」
カオル「えっ…えっ!?」
メイカ「そうなると自分達はそれぞれ追われることになりますが、自由になりたいじゃないっすか!」
カオル「そうだけど、上手くいくかな?」
メイカ「行けるっすよ!絶対に!」
こうして僕達の逃亡生活が始まった。意外と上手く行くようで、なんと2年の月日も経った。
そんなある日のこと、事件が起きた。
カオル「あれ?メイカちゃん?」
朝起きるとメイカちゃんが居なかった。僕は慌てて外へ飛び出した。
最近この地域にはふしだらな行為をする連中が多いと聞いた。メイカがその連中に連れ去られたとしたら…!
カオル(居た!)
メイカちゃんを追いかけたのは2年振りだ。難易度は上がっていたが、連れ去られてからそこまで時間が経っていなかったのが幸をそうした。メイカちゃんは男たちに捕まって、今にも…という雰囲気だった。僕は、
カオル「やめろ!」
と言うと、その場に入った。
「こいつ、このガキの隣で寝てた、彼氏みたいな奴だ!」
…しかし、呆気なく捕まった。
「おい、よく見たらこいつ女だぜ!」
「マジかよ!」
カオル(くそ!何か、何かないか?)
…
カオル(そうだ…!)
僕は大きな声で言う。
カオル「さあ皆さん!もし僕が突然消えるというマジックを見たら驚愕間違い無し!さあ僕にご注目!」
メイカちゃんに、「GO!」のアイコンタクトを送る。男達は僕を見たり、より強く押さえつけたりした。無言だった。
メイカちゃんは気づいたらしく、悲しそうな表情だ。僕はまだアイコンタクトを送りながら言う。
カオル「まずは余興!」
片手が空いていたので、片手だけでも出来るマジックを次々に披露した。
メイカちゃんを押さえつける男も無意識のうちに力が抜けていくだろう。夢中になっているのだから。
そして、
メイカちゃんは男を押しのけて走って言った。その眼からはとてつもない量の涙が溢れていた。
「あっ!待て!」
メイカちゃんが逃げた後、《運良く》、大きな轟音と共に近くの鉄パイプが落ちた。通路は塞がって、通りにくくなった。
男は追いかけるのを諦めて、僕を見た。僕は言う。
カオル「…さあ、もう僕の目的は晴らされた。ここから脱出?出来るわけないじゃん。タネも仕掛けも無いんだよ?」
男達は怒りを露わにして事を始めた。
その後は思い出したくも無いが、僕は口封じとして殺されたことは推理するまでもないだろう。
…
ここは?僕は…何を?
気がつくと見たことも無い場所に居た。
…なんか、すっぽり2年間の記憶が抜けてるような感覚だが、まあ気のせいだろう。
…
鳩が急に死んでしまった。一体どうしてだろう?餌も与えてたし、病気も無かったと思うんだけど。
僕は不安になって駆け出した。
スイッチの部屋に城松ちゃんの死体が有った。
幕明「そ、そんな…」
近寄ってみたら…微かに息がありそうだった!
僕は1度手当をするものを持って来ようとした瞬間、
城松「やら…れた。」
声が聞こえた。
幕明「じ、城松ちゃん!?」
僕は思わず声を上げ、城松ちゃんに近づいた。
幕明「だ、誰にやられたの!?」
城松「…梶野に、梶野に…くそ、うちは、ここをでな、いと…《あいつらは》どうなるん…。」
どうやら意識は朦朧としているようだ。
幕明(梶野ちゃんが!?そんなはず…でも、本当だったら…?)
近くを見ると、包丁があった。
幕明(じゃあ、本当に?だったら、梶野ちゃんが審議で死んじゃう!)
そこで、僕は城松ちゃんに動かないように言った。そして、手当てするものを持ってくると言って、器具室からハンマーを持ち出していた。
その時の僕は確かに混乱してた。だけど、間違ったことはしてないと思っている。
城松ちゃんに後ろを向かせ、立たせた後、頭に、
ガコン!
と、ハンマーを振り下ろした。返り血は浴びたけど、服と上手く馴染んであまり目立たなかった。
僕は、そこにある《目につくもの》は全て処理した。
そして、城松ちゃんを担いで図書室の金庫へ入れた。僕にも担げるほど、城松ちゃんの体重は軽かった。そこに、城松ちゃんの腐敗臭を消すための芳香剤と、腐らせないためのドライアイスをたっぷり入れた。そして、ハンマーと、ハトを入れた。
幕明(短い間だったけど、ありがとう。)
と、思いながら。
僕の目的は、《審議の遅延》。できるか分からないけど、やるしかないしね。
そして、城松ちゃんの部屋に行って、図書室の小説で見たトリックを真似して、城松ちゃんの部屋を密室にした。都合良く、箱は完全な箱では無かった。
後は、誰にもバレないように個室にメモを貼って終了。…そして、バレないのを祈るだけ。
…
USBのある部屋にはテーブルがあったのを忘れていた。忘れてはいけなかったのだ。
そこに、大量の血が撒き散らされていた。
幕明「何…これ…。」
思わず口に出す。
これをきっかけに、城松ちゃんが発見されてしまった。
…
審議は思ったよりも難航した。梶野ちゃんが、自分が犯人だと言ったからだった。
幕明(庇おうとしてるの?ダメだよ。そんなこと。)
僕は涙を堪える。
…
僕が犯人だとバレてしまった。まあ、元々隠す気は無かったけどね。
僕は最後、この《閉鎖空間の脱出》という世紀の大マジック前の暗転の前に、みんなに言う。
幕明「…皆名字で呼んだりするのやめない?」
僕がずっと持っていた違和感。腹の探り合いも、二度として欲しくない。そういう願いを込めた提案だった。
…
暗転する。僕は、外の世界を思い出す。父のこと、地獄のような日々…。思うと、口に出していた。
幕明「ありがとう!僕、人生で一番最高の毎日を過ごせたよ!僕、外の世界に居ると楽しくなかったから!だから、ありがとう!」
愛田「…カオルちゃん。」
梶野「…ごめんなさい!カオルさん…!カオルさん…。」
幕明「メイカちゃん…どうしても自分を責めるなら、皆を助けてあげて。メイカちゃんはそれが出来る人だから…。」
僕は、マジシャンとしても、このゲームとしても禁忌の涙を、止めることができなかった。
…
僕は、結局何のために生きたんだろう。結局、何がしたかったんだろう。
カオル(結局、普通に生きてれば、僕はどんな人だったんだろう。)
人権という人権も無く、ただ僕は生きてただけ。だけど、僕はやっと感じた。
カオル(メイカちゃん。実は、会ってたんだね。ここに来る前から。もう一度、君を守れてよかった。)
僕は、心の底から笑うことができた。それだけでも、《成長》って言うのかな?…よく分かんないや。




