なろう系アニメについてのグダグダ話
最初に言いたいことは、私は小説家になろうが大好きだということだ。
なろう小説をこよなく愛している。
異世界転移、転生。
チート、ハーレム、婚約破棄。
いわゆる“なろう系”は読んでてスカッとするし、なんの悩みもなく爽快な読後感だけがある。
そんな楽しい楽しいなろう系小説が、なぜアニメになった時にあんなに駄作と呼ばれるようになってしまうのか?
私は大してアニメが好きなわけではなく、どちらかというと活字の世界で生きてきた人間だから詳しく分かるわけではないが、知らないからこその第一印象で気づいたことがある。
『駄作化』の1番の原因は、「視点の違い」であると。
なろう系小説の大半は一人称視点で描かれており、アニメは三人称視点で描かれている。
そのために、地の文の主人公語りで描かれる、主人公の行動の動機や考え方などが描写不足になってしまう。
すると視聴者には意味不明な行動であるかのように見えたり、何をしたいのかがわからなくなってしまって、『駄作』と呼ばれるようになってしまうのだ。
なろう系は、主人公ご都合主義なところが多く、それが爽快さやチート感を演出する。
小説の場合、主人公側の都合を主人公自身が地の文で解説してくれるから、周りの人物や環境などをほとんど気にすることなく“そういうもの”として読める。
主人公視点でしか見ていないから、その他のことについて考えないのだ。
ただ、アニメになると三人称視点になるために他の人物の行動が気になってしまい、ご都合主義を受け入れにくくなる。
例えば、典型的なハーレム要素があるとする。
男主人公の周りに、5人くらいの女の子がいると、喋らなかったり、1話まるまるなんの関わりもなくグループにいるだけ、ということはざらにある。
小説であれば読者の脳内には喋っていないキャラは登場しないし、次に出番があった時には主人公が『この子は俺が大好きだ』と地の文で言ってくれるから大して問題にはならないのだが、アニメになると違う。
なんでこの女の子は全く相手にしてもらえていないのに、主人公のことが好きなんだろう?
こんな疑問が湧いてしまう。
映像があるがばかりに作者が考えていないところが気になってしまう。
それに対するフォローはもちろん行われないから、視聴者が疑問を持ったまま物語が進んでしまい、小さな疑問が積み重なった末に世界観が崩壊し、「面白くなかった」と言われてしまう。
これはあくまでも私が持った印象だし、全く違う意見もあると思う。
ただ、こんなこともあるかもしれないな、と思って書けば、より深みのある物語が書けるのではないかと思う。
アニメ化なんて目指すことすらおこがましいレベルだから関係ないよ、と思うのではなく、ちょっとだけでも周りの人物について考えて見たらどうかなというお話しでした。
どうでもいいような長話にお付き合いいただき、ありがとうございました