親友のお菓子の缶の話
「報われない片思いの話」のシリーズの「親友を失うまでの話」の後の話です。
あいつの遺品整理に呼ばれる。
あいつの父親は五年前に他界、母親はその後認知症になり施設にいる。
別れて十年以上になる妻を遺品整理に呼ぶなんてことは当然ないし、あいつの子供たちもあまりあっていない父親の遺品整理を引き受けるのは嫌だったらしい。元妻から俺に代わりにやってほしい、俺が出来なければ業者に頼むつもりだと連絡が来た。もちろんやると応えた。
俺と妻と息子がやることになった。よく家にご飯を食べに来ていたため一家全員、あいつと仲が良かった。息子にはやらなくてもいいと言ったがあいつによく懐いていた息子はやらせてほしいと言った。
整理していくと形や大きさに統一性のない絵葉書が何枚も纏めて括られて出てきた。
宛名をみて、あいつの妹からだと分かった。
あいつには妹がいた。昔、知り合ってすぐの頃、あいつに懐いていた妹が時々遊びに加わりたがって遊んだことを思い出した。あいつの妹は成人してすぐ外国に渡って以降音信不通だ。全く連絡が取れないというと少し違う。向こうからは時折どこのか分からない絵葉書に一言二言そえたものが不定期で届いていた。たぶん生存報告みたいなものだと家にご飯を食べに来た時に、そう言われた。
どこから出しているのかも分からないので、あいつの死をこちらから伝える術はない。これからも、誰もいない部屋に受け取る相手のいなくなった絵葉書が届くのかと思った。
あいつの部屋はあんまりものがなかった。生活用品すら少なく、全然整理するものがなかった。家にご飯を食べに来ることも多く、仕事場に泊まったり出張も多かったあいつはたまに帰る家では殆ど寝ているだけだとそうは言ってはいたが、それでも本もテレビもなく、娯楽というものが殆どない環境だとは思わなかった。なんだか寂しい気持ちになった。
数着の私服と数セットのスーツ、布団に僅かばかりの日用品。食器や調味料の類はないのに食器洗剤とスポンジと割り箸はあった。
時々妻があいつに持たせたおかずを入れたタッパーを思い出した。多分その為だけに使っていたのだろう。出かけた記念のように人に貰ったような統一性のない細々としたもの。むき出しの写真が数十枚、まとめて置いてある。先程の絵葉書の束。それから、この部屋に似つかわしくないポップなキャラクターデザインのお菓子の缶。
確かこれは息子が修学旅行のお土産かなんかで買ってきたやつだ。中には仕切りがつくられており、一部屋に一つ、大事そうにがらくたが入れてあった。どんぐりに駄菓子についてくる食玩にキャラクターのご当地キーホルダーにワインのコルク栓、ただのがらくただった。そこに一封の宛名のない手紙。
缶の蓋を閉めて、遺品整理を終えようといった。家具も家電も殆どない部屋で持ち帰るべきものは手で持てるものくらいで、残りは簡単に捨てられるものばかりだった。持ち帰るべきものと言っても絵葉書と細々としたお土産らしきものと写真、それからがらくただらけの缶。
服は持ち帰っても仕方ないと思った。
血が繋がった家族という訳でもないのだから。と言ってもその家族は遺品整理にも来ない訳だが。
整理をしたくないという子供達に服やら何やら渡したところで仕方がない。
葬式や墓石の費用はあいつが終活というやつだと言って生前俺に託していた。その他にも色々と買い与えられていた。財産の残りは自分の子供達や元妻に残すといっていた。慰謝料なのだと。
元々何も無かった部屋が空っぽになるのをみて、あいつが居なくなったことを実感した。軽いはずの、がらくたの入った缶がずしりと重く感じた。
取り返しつかないことをした。あいつの愛おしそうな表情を見た日からずっとその考えが頭にこびりついて離れない。
一周忌、三回忌とすぎてあいつの墓に手を合わせに行く人はほぼ、うちの家族だけになった。相変わらずどこのか分からない絵葉書があいつ宛に届いていた。
部屋を片付けた後、あの部屋は空き部屋になる筈だったが、絵葉書のことを思うとそうできず俺がその部屋を借りた。そして大抵、墓参りの後に足を運んだ。
部屋の中は家具も家電も何も無い。
その空っぽの部屋の中にお菓子の缶がいつもぽつんと置いてある。その缶を抱えて暫くぼんやりと過ごす。手紙の封は未だに切れずにいる。窓から入る銅色の光が薄暗く消える頃に、家へ戻らなくてはと部屋を出る。
帰りにポストの中を確認して、新しい絵葉書が届いているか確かめる。
もし俺が部屋を借りなかったら、この絵葉書はどうなったのだろうと思いながら家へ向かう。
送った相手に届かない絵葉書と一封の手紙のことを考えながら見上げる。
夜空に輝きはじめた星さえも、俺を責めているように感じた。
彼等の話はまだ書きたいと思っておりますので、過去の思い出のような形になりますが読んで頂けたらと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
宜しければ、酷評でも一言でもいいので感想を頂けたらと思います。