この部には変態しかいない!
「ええ!?退部したい!?」
大きな目をさらに大きく見開き、七海 餡子は叫んだ。
「そりゃまあ。俺にはヘビーすぎるというか、ついていけそうにないというか・・・。」
俺、服織 洸夜はバツ悪げに続ける。
別に腐女子に偏見があるとかそういうわけではないのだが、その対象が自分にも及ぶとなれば、話は別である。
「えー、やだやだ、行かないでーっ」
長い袖をバタつかせ、涙目で訴えるあんこ。・・・くっ、やっぱり可愛いな。
「私の理想の総受け男子いいい!!」
「・・・やっぱり辞めます。」
俺はすっくと立ちあがり、部室を出ようとするが・・・。
「おらああ!!」
がばっと後ろから抱きつかれ、逃亡は失敗に終わった。
「ちょ、あんこ、離して、離してくれえ!」
「やーだーっ!!ここにいてよお、これからも私の妄想に花を添えてよお!!」
「それが嫌だから辞めたいのお!!わああん!!」
ああ、こんなに可愛い女子に抱きつかれて、嬉しくてドキドキするのに。ていうか、女子に抱きつかれるなんて、人生で初めてなのに・・・。
こんな状況じゃなきゃ、手放しで喜べたというのに。
「コウヤ。コウヤがいなくなったら、また同好会に戻っちゃうの。だから、ボクからもお願いするの」
イギリス人のクウォーターの双子の妹、雛廻 ましろが、這いつくばる俺の目の前にちょこんと正座する。
「ここにいてほしいの。・・・だめ??」
小首を傾げ、きゅるんと効果音がつきそうな、キラキラした目で見つめられ、俺の決心がぐらりと揺らぐ。
しっかりしろ、服織 洸夜十七歳!!
いやいや、無理だから。いくら可愛くねだられたとしても。BLのネタにされ続けるなんて、ごめん被る。
「まひろも・・・まひろも、コウヤにここにいてほしい」
やっぱり妹の陰に体を隠しながら、双子の姉、雛廻 まひろも続ける。
くうっ。なんでこんなに可愛いんだこの子たちは。双子に対する可愛いは、恋愛的なそれではないが、この癒しの最終兵器みたいな可愛さは、確かに手放すのは勿体な・・・いやいやいや!!負けるな俺!!
思わずほっこりしすぎて負けそうになった心に喝を入れ、退部する決意を新たにする。
俺は負けない、負けないぞ・・・!
「やっと部活にランクアップできると思ったのにー。コウヤはボクたちを見捨てるのかー」
かなしいね、おねえちゃん。かなしいね、ましろ。そう言って、双子が手を取り合い、ちらりと目線だけで俺を見る。
じっと。じーっと。
ぐぬぬ。
ぐぬぬぬ・・・・!!!!
「気になってたんだけどさ」
結局、再びパイプ椅子に座りなおした俺は、ふうと小さくため息をついた。
我ながら、なんて押しに弱いんだ。情けなくなってくる。
「俺が入れば晴れて五人揃って部活動・・・って。それ先生にも言われたんだけどさ。見た限り、俺を入れてもまだ四人だぞ?これじゃあ、まだ同好会のままなんじゃないのか?」
そう。今この場には、部長らしいあんこと、小さくて可愛らしい双子の姉妹と、そしてついさっきこの部室に来たばかりの俺を入れた四人しかいない。
ひとり足りないのである。
「え?」
きょとんとする三人。
「何を言ってるの、コウヤ。最後の部員は、さっきからずっと、この部屋にいるの」
はて?俺は部室全体を見渡してみる。だが、それらしい人影はどこにも見当たらない。
どういうことだ??
いやいや、どう見ても四人しかいないよと訴えると、ましろは『しょうがないの』と小さく呟き、座っていたパイプ椅子から降り、入り口近くの掃除用具入れの前まで歩いて行った。
「???」
俺はまた、どういうことなのかと首を傾げる。
あんことまひろがにこにこと見守るなか、ましろが二、三度、掃除用具入れをノックするかのように叩いて見せた。
そして、ぎいっと開いた、その中から現れたのは。
「じゃんじゃじゃーん♫オレ、篠岡 英介!よろしくねっ」
「どわーーーーーー!!!!!」
背の高い、ニコニコ顔の青年だった。
「いやあ。好みの男子が近づいてくる気配がしたから・・・警戒されないように隠れてたんだよ」
よっこいせ、と俺の隣に腰かけながら、青年は言った。
「好みの・・・・男子・・・??」
どうにも嫌な予感がする。どう見てもこいつは男だ。背も高いし、体つきもがっしりしているし、声だって低い。
「うん。オレ、ゲイなんだ♫」
がしっ。反射的に逃げようとした俺の肩を、篠岡が掴む。
「ひえええ・・・」
「そう怯えないでよ。ゲイだからって、誰でもいいわけじゃないんだから」
ガタガタ震える俺の両肩をゆっくりと引き寄せ、篠岡はさらに続けた。
「だからコウヤ。君の処女を、オレにくれないかな」
にっこり笑ったままだった薄い目をゆっくり開いたその表情に、俺は戦慄したのだった。
「この部には常識が足りないッ!!」
篠岡の魔の手から逃れるべく、音速の速さで窓際まで避難した俺は、カーテンにくるまっていた。
「ごふっ、イイ、イイぞお。ナイスなカップリングきたぞお・・・」
はふはふと鼻血を垂らしながら、息を荒げるあんこ。
「よいネタができた・・・夏の新刊はりあるBLのも出そう・・・」
さらさらと不吉なデッサンに身を投じるまひろ。
「おねえちゃん。ボクのぶんと、あんちゃんのぶんもよろしくなの」
生き生きした目で同人誌の予約に余念がないましろ。
「あ、ねえねえ。コウヤとオレで新刊出すなら、オレもそれもらっていい?」
篠岡。お前はもう黙っててくれ。
「だーーっ!!聞いて!!俺、ほんとにここでやってく自信がないんだよっ。俺は普通に女の子が好きなんだよっ、可愛い女の子と青春を謳歌したいの!!だからやっぱりこの部辞めさせてーっ!!」
もはや半べその俺。致し方ないだろう?
運命を感じた女子は自分をBLの対象にしか見てないっぽいし、見た目の可愛らしい双子もまた、二人とも腐女子だし。最後のやつに至ってはなに?俺の処女が欲しい?
辞めたくならないほうが凄いわ!!!
「言っとくけど、ここ辞めるならオレ・・・遠慮なくコウヤのヴァージン貰っちゃうよ?」
「ヒョエエエ!!!やめろ、へんな言い方すんな!!」
ぞわわわ、と全身を駆け巡る鳥肌。
「さすがに部員に手を出すのはまずいかなー?でも、辞めるんだったら関係ないかあ。あはっ。楽しみだなあ。」
にやりと笑う篠岡の笑顔が怖い。まじで怖い。
「・・・・・うっ、うっ」
助けてくれと女性陣に視線で訴えてみるが、三人ともがニヤニヤしながら、ぐっと親指を立ててみせるだけだった。
ヘルプミー!!
事実上の退部が不可能になってしまった都合上、どうしたもんかと考える。
いや、退部自体はしようがしまいが俺の勝手なんだけど、もし本当に退部した場合、俺の身に降りかかるであろう災難が問題である。
さすがに野郎にケツをどうこうされるなんて・・・。考えただけでおぞましい。
(そうなれば・・・俺は保身のために、できることはなんでもしなくちゃいけない)
カーテンにくるまったまま、俺は考えた。
そうだ。この部には、変態しかいない。なら、俺が本来あるべき姿に、少しずつでも戻していけばいいんじゃないか?
常識が通じる連中だとは思っていないけど、それでも諦めずに頑張っていけば、いつかは普通に接し合える日常が来るのでは・・・?
(そうだ・・・俺がしっかりすれば、あるいは・・・!!)
ちらりと四人を覗き見る。
四人は絶賛、篠岡×俺の同人本のネタ談義に花を咲かせていた。
いやいや。諦めたら、そこで試合終了ですよ。
だから頑張るんだ、俺。
いまいちこの部で何をすべきか見出せていなかった俺だが、今ならハッキリとわかるんだ。俺が何を成すべきか。
そう、俺はこの部を変えてみせる。
この変態どもを、本来あるべき姿へと。
(じゃないと俺のケツの安全が色々やばすぎる・・・!!!)
きりっとした顔を三秒しか保てない、気の弱い俺なのだった。