龍化
用意された部屋に入ると窓から月明かりだけが部屋を照らしていた。窓に腰かけると夜空を見渡す。
「こうやって月を見上げるのも久しいな」
ずっと暗い洞窟の中にいたせいか、目につくもの何もかも久しぶりに思えてくる。木の匂い、虫の声、人の話し声、あの時と比べてずいぶんと平和になったものだ。
「ロイ、まだ起きてる?」
ドア越しにアメリアの声が聴こえる。返事をするとゆっくりとドアが開いた。
「よかった、電気がついてないから寝ちゃったのかと思った」
「何か用か?」
「おばあちゃんが温かい飲み物をいれたからどうかなって」
アメリアからそれを受けとると一口すする。
「あまり口に合わなかったかな、夕飯もあまり食べてなかったし」
「そうではない、あまり言いたくはなかったのだが」
「?」
「そもそもドラゴンは睡眠や食事を必要としないのだ、故に味覚を失ってしまっている。普通に食べたりはできるが、味覚がないゆえに食事を楽しむことは難しい」
「そうだったんだ、ごめんなさい」
「謝ることはない、アメリアが私に気を使ってくれているのは分かるからな」
「でも私なにも知らずにお節介なことして…」
「私は7割りがたはドラゴンの血なのだ、いやもう8割ほどかもしれぬ」
「それはどういう事?」
ロイはマントを脱ぐ、その姿にアメリアは思わず息を飲んだ。全身の殆どを包帯でぐるぐる巻きにしていたからである。アメリアはその姿をを見て察した。包帯をするするとほどくとそこにあったのは、鱗に覆われた腕と鋭く尖った爪だった。
「日増しにドラゴンである血が濃くなっているのが分かる、龍化と言うやつだ。これは抑えようと思っていても抑えられるものではない私の人である部分は徐々に失われようとしている」
「じゃあ、ロイはいつかドラゴンになっちゃうの?」
「かもしれんなドラゴンは元々魔に属するもの、その本質は破壊と混沌、私の中でその衝動が強くなっているのがわかる」
「ドラゴンになっちゃったらどうなるの?」
「あらゆるものを破壊するだけの化け物になるやもしれん」
「そんな…」
「心配しなくともよい、ては考えてある」
「良かった」
アメリアは少し安心したように一つ溜め息をついた。
「私の事は心配しなくともよい、お前はもう寝るといい」
「うん、おやすみなさいロイ」
アメリアはそう言うと部屋を出ていった。
「おやすみか…」
最後に夢を見たのは何時だろうか、昔まだ人であった頃よくそう言ってくれた人がいた気がする。ロイは再び窓に腰かけると月を見上げ人ではない手をかざす、鱗で覆われた右手は月の光に反射してキラキラと輝いている。続いてまだ人である左手をかざすと、影ができ真っ黒に映る。
「血に汚れている方が綺麗に映るとは皮肉なものだな」
そんな独り言を呟きながら朝が来るのを待った。
同時刻 アズール王国城内
「くそっ、あの野郎覚えてやがれ」
「兵士長殿、お怪我の方は大丈夫ですか」
「ヒューズか」
ヒューズと呼ばれる男はこの国の兵をまとめあげる副兵士長である。兵士長はジータだが、実際に軍事を行っているのはこの男と言ってもいいだろう。
「大したことはない、それよりあの野郎だ一体どんな手品を使ったか知らないが借りは返す」
「兵士長殿が一騎討ちで負けるとはこの国にはまだそんな手練れの者がいたのですね」
「俺は負けちゃいない、奴がいかさましなけりゃ勝ってた。そうだ、この間遺跡の調査に行ったとき遺物を回収したよな」
「数千年前の遺物ですか、なんでも魔を封じ込める力があるとか、しかしあれはそんなもの役に立たないと仰っておりませんでしたか?」
「すぐにそいつを手配しろ、なるべく早くな」
「かしこまりました」
ヒューズはお辞儀すると部屋を後にした。それと同じに一人の兵士がヒューズに近づく。
「副兵士長殿、いかがでしたか?」
「遺跡調査で発掘した例の遺物を手配せよとのご命令だ」
「また無茶を…、そんなことをしたら調査団の連中が黙っていませんよ?兵士長は何を考えておられるのか、いっそヒューズ殿が兵士長に…」
「部をわきまえよ、我々の役目は兵士長殿にお仕えすること、それを否定すると言うことは国王様がお決めになった事に反すると言うことぞ」
「失言でした」
「兵士長殿はまだお若い、故にそれを補佐するのが私の役目こんな老いぼれを副兵士長に任命してくださったからには全力でそれに答えるまで、さぁお前も無駄口を叩く暇があったら自分の持ち場に戻るがいい」
「はっ」
翌日 魔法演習場広場
「もっと早くだ!」
「Ajgptxndjtwっ、あいた舌かんだ」
「詠唱は基本中の基本、人語にして67文字、龍言語にして14文字これを1秒以内に言えなければ発動すらできんぞ」
「む、無理だよぉー」
「弱音は許さん、さぁ続けるんだ」
ロイの指導は予想より厳しく、過酷に思えたが一週間が過ぎた頃にはアメリアも著しく成長を見せる。
「そうだ、次は魔力の流れをよんでイメージしろ」
アメリアが杖をかざすとボボボと音をたて火の玉が出現する。しかし、以前ロイが召喚した魔法に比べて形も不安定で数秒もしないうちに霧散した。
「ぷはー、すっごい難しいよこれ」
アメリアは緊張が解けたかのようにその場にペタんと座り込む。
「まぁ、一週間でここまでできればまずまずだ。魔力のコントロールを鍛えれば物にはなるだろう」
「でもこれ1日1発が限度なんじゃないかな、もうへろへろなんだけど」
「それは体内の魔力で無理やり行っている証拠だ、大気中の魔力をコントロールし体内の魔力はその制御に当てる、そうすれば魔力効率もよくなる」
「簡単に言ってくれるなぁ」
「もう一度だ」
「よーし」
「相変わらずやってるな」
「ジータ…何しに来たの?」
「そう邪険にするなよ、謝りにきたんだよこの間のことをね」
ジータはそう言いながらロイに近づくと右手を差し出した。