古代魔導士
ジータは腰が砕けるかのようにその場に力なく座り込んだ。その目にもはや先程までの余裕はなく、ただ見たこともない圧倒的な力に恐怖と絶望を感じていた。すると、方心常態だった周りの兵士が我に帰りジータの両脇を抱える。
「こんなことをして、ただですむと思うなよ」
そんなお決まりのセリフを残して去っていった。
「ふん、口ほどにもないやつらだな」
ロイは振り替えると、まるで時が止まったかのように口を開けて棒立ちになっている二人に近寄る。
「ん、どうした二人とも」
目の前に手をかざしても反応がない。
「おかしいな、時間静止の魔法は使っていないはずだが…」
「アメリア、おいアメリア!」
「っは!」
ようやく我に戻ったのか、現状が理解出来ないかという様子で辺りをキョロキョロと見回す。
「ジータは?一体何がとうなったの?」
「あの兵士長様とやらはとっくに帰っていったよ」
「そ、そう…さっきのは一体、何がどうなったか一瞬のことで」
「ふむ、全て話すとなると話が長くなりそうだな、ここで立ち話をしてもいいが少し疲れた。どこかゆったりできる場所はないのか?」
「あ、うん応接室があるからそこなら、ね、おじいちゃん」
「…」
「おじいちゃん!」
「っは」
「一体何が…」
「もう、おじいちゃんったらボーッとしちゃって」
「たった今お前も同じ状況だったんだが…まぁいい、早くその応接室とやらに案内してくれないか?」
「うん、こっちだよ」
そう言って案内されたのは個室に机と椅子が置いてあるだけの部屋だった。
「さてと」
二人が座るのを見てロイはそう切り出した。
「なんだ、あの体たらくは!ジータとやらには地に落ちたと言ったが、これではお前たちも大差ないぞ!」
ビクッ
突然の渇に二人とも驚きを隠せない様子で目の前の若者を見つめる。
「大体なんだ、あのふぁいやーぼーるとやらはあんなものでは虫退治か、暖炉に火をつけるくらいしか使い道が無いではないか!」
「あ、あの…」
「言い訳は許さん!」
「は、はいぃ」
その後、一時間近く説教される二人であったが、今日初めて会ったその若者に何故か言い返すことは出来なかった。
「まったく、しばらく見ないうちにすっかり平和ボケしおって」
「ロイは一体何者なの?名高い魔法使い様なのは分かるけど」
「まだ分からぬか、まぁいい私の名はドラコ メギド ロイ」
「メギド ロイ…」
神官はしばらく考える用な仕草を見せたあと、何かを思い出したかのように口を開けた。
「あ、ああああぁあなぁた」
「おじいちゃん、どうしたの?落ち着いて」
「あなた様はもしかして、あの伝説の初代魔導士様であらせられますか!?」
「うむ、それで間違いない」
「え、え?えぇぇぇ!初代魔導士様って、あの魔王を倒して平和をもたらしたっていうあの魔導士様?で、でもあれは数千年以上も昔のお話でしょ?」
「まぁ驚くのも無理はない、人間の寿命は長くてもせいぜい100程度だからな」
「ロイは、見た感じ…私と同い年位にしか見えないけど」
「これ、アメリアご先祖様に向かって失礼だぞ!」
「よい、今まで通りロイと呼んで構わない確かに見てくれはそうだが、こう見えて今年で…む、何歳だったか、あまり興味がないので忘れてしまったな、大体千四百歳位だろう」
「じゃあ、ロイは私のひいひいひいひいひいひいひいひいひいおじいちゃんってこと?」
「人を年より扱いするんじゃあない」
「しかし信じられません、まさかご先祖様が未だに健在だったとは」
「ふむ、まずはそこから話すしかないようだな、薄々は気づいているだろうが、私は純粋な人ではない」
「っえええぇぇ!?」二人とも驚愕
マジかこいつら…、
「あのな、数千年生きていて、古代魔法が使えてそんな存在が普通の人間な訳がなかろうが、全くそこはなんとなく察しろよ」
「で、でも見た感じ別に普通の人間に見えるけど」
アメリアは近づくと不思議そうにロイの顔を見回す。
「それは私の人間としての部分を見ているからだ。我が母は人であるが我が父はドラゴン、つまり人とドラゴンのハーフと言うことになる。そしてどうやら私は父、メギドの血の方が濃いようでな、人間では考えられない程の長寿であり現代まで生きているというわけだ」
「まるで本の中の世界の話のようで、頭がなかなかついていきませぬ」
「その証拠というのもなんだが少し見せてやろう」
ロイはそう言うと左目を覆っていた包帯をゆっくりとほどきはじめる。
「こちらの眼はあまり見せるものではないのだがな」
「どうして?」
「人間である右目と違って、ドラゴンであるこちらの眼は人に向けるにはあまりに凶悪すぎるんだよ、常人では見つめられるだけで気がおかしくなっても不思議ではない、最も我が子孫であるお前たちならば多少は大丈夫だろう」
「成る程、蛇に睨まれたカエルと言う訳ですな」
「その例えはよくわからんが、まぁそう言うことだ」
ロイはゆっくりと左目を開き始めると同時に辺りの生き物の声が消えた。全くの無音、二人も思わず黙りこむ。否、喋ることが出来ない。紅く染められた瞳には、まるで獲物を睨み付ける狩人のように鋭く細い眼光、その瞳は眼というにはあまりにも残酷でまるで、見られているだけで切り裂かれそうなそんな感触を常に与えてくる。故にまともに直視すらできず息苦しい。
「っとまぁ、こんなものだ」
ロイはすっと龍眼を閉じた。
「っぷはぁ」
「はぁはぁ」
二人は水中から這い上がったかのように深呼吸をする。ロイの目は先程の優しい目差しに戻っていた。
「し、死ぬかと思いましたぞ」
「うん、胸が締め付けられるような、凄い迫力だった」
「こちらの眼は周囲に害を及ぼす上に色々と見えすぎてしまうからな、普段はこうやって覆っているのだ」
「ところでご先祖様、先程の魔法はどうやったのですか?詠唱もなしにあれほどの魔法を行使できるとは」
「っえ、ロイは呪文を唱えてたよ何て言ってるのか分からなかったけど」
「ふむ、やはりアメリアには素質があるようだな、そもそもお前たちが使っているそれは魔法ではない」
「っえええぇぇ!?」
「魔法とはその名のとおり魔の法だ。そもそもは魔族達が編み出したものなのだ。お前たちの使っているそれは人間に扱えるよう作り替えた魔術というものだ」
「魔法っていうのは魔族の力を行使して行うものということなの?」
「その通りだ、普通はその者から直接継承するか、もしくは契約するか、魔族に精通するものであれば自分で編み出す事もできる。因みに先ほど見せたこれは、我が父メギドの魔法メギドフレアを行使したものだ。当然かなり抑えめに打った訳だが、本来の力で放てばこの国ごと吹き飛ばしかねんからな」
「その魔法を行使するために行うのがあのよくわからない言葉ってことなの?」
「そうだ、これは普通の人間では聞き取ることすら出来ないが、これが本来の詠唱だ、高速詠唱と呼ばれることもある。つまり、本来の魔法の手順は魔の者からの契約、継承、そしてそれを行使するための詠唱、もちろんそれらを操るだけの才力も必要だがな」
「もしかして、その手順を踏めばワシや孫でも魔法を扱えると?」
ロイはなにも言わずにただニヤリと頷いた。