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フェアリー・ダブル  作者: 芝森 蛍
深緑の囁きと叡智の色
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第一章

 春の草花が揺れる始まりより一月。今年五つ目の月の巡りに入った暦はウィードの名を関して世界に歴史を刻む。

 一年は十二度、月の満ち欠けを繰り返す。新月より満月を経て再び夜空に星が瞬くまでが一月。三ヶ月掛けて移ろう季節は四つで、世界は四季に包まれている。

 そんな暦。年明けより十二の名前が付いた並びはフェルクレールトの世界共通の呼び名だ。

 フェリンド。フェード。ウィースト。ウィルンド。ウィード。フラスト。フランド。ファード。グリスト。グランド。グラード。フィーストで一年一巡り。

 季節の区切りとしてはウィーストからウィードが春で、その後フラストからファードで夏、グリストからグラードで秋、フィーストからフェードで冬と言うのが暦の上での移り変わりだ。もちろんその年によって気温の変化など僅かに前後はするが、大まかに外れるような事は存在しない。だから不変の理のようにこの暦も長く同じように紡がれているのだ。

 人が人としての歴史を歩み始めて1275年回目のウィードの月。ここカリーナ共和国としての歴史は建国から今年で844年を数え、その中で数多もの変遷(へんせん)を経て今の世がある。

 妖精との接触、歩み寄り、争い、エルフとの出会い、衝突……。そして何より記憶に新しいのは今より十八年前に終結した第二次妖精大戦だろう。

 様々な思惑が入り乱れ争いは混迷を極め、終結は痛み分け。争いの中で新しい国さえ生まれた、激動にして不毛な過去だ。

 未だ世界中には様々な禍根や燻りが残り続けてはいるが、それでもどうにか地図を描き換えるような大きな争いは起こらず、戦乱から比べれば随分と穏やかな日々を送っている。

 国々は協力して過去の過ちを繰り返さないように努め、争いの可能性を否定できる未来を目指している。当面の目標としては国境付近の警戒を最低限に留め、大戦の終結を手繰り寄せる為に四大国間で円を描くようになされた人質交換の、その人たちを母国へ返還する事だろう。

 とは言え言葉で言うのは容易くとも戦が終わり二十年経たない今、まだまだ爪痕は深くそう簡単に解決しないのが現実。

 見立てでは、早ければ二十五年を目処に(しがらみ)を無くせたらと言うのが各国が描く理想だろうか。

 その為にも今この世界に必要なのは他を従える為の武力ではなく、話し合い発展させていく知だと言うのがここカリーナが戦後出した結論だ。

 その政策を掲げて既に十五年……。戦前から続く教育において、今では四大国の中で最も勉学に力を入れていると言われるのが我が国だ。

 国が有する教育機関の数で言えば四大国随一。数年前からは一際未来を期待される人材が輩出されており、彼らのお陰で随分と情勢は動き始めている。

 だからこそその功績を大きく見て、より一層勉学に国として力を入れ始めた今日この頃。そんな未来を託す国の……世界の宝達が集う学び舎に、今年ようやく我が国を戦後先頭に立って導いた家系の愛し子達が入学した。

 名を、ピス・アルレシャとケス・アルレシャ。一部ではカリーナの双玉とも言われるどこまでも鏡写しな双子の少女だ。

 双子と言う特異性からか彼女達は自分達の中で世界を完結させており、小さいながらも大きな夢を願われる確かな実力を秘めた未来輝かしい種たちだ。

 そんな彼女達が友と、そして妖精と共に学んでいく当国随一の学び舎、国営教育機関テトラフィラ学園で見つけた繋がりは、彼女達にこそ家柄では及ばないものの確かな家の子息子女として育った二人の子。

 互いに古くから親交のある家柄のアリオン家とクラズ家の跡取りであるロベール・アリオンとシルヴィ・クラズ。この二人は幼い頃より共に過ごしてきた幼馴染として双子達にはない物を持っている。

 人とあまり繋がろうとしない双子と、小さいながらも家の事を手伝い様々な経験をしていた二人。そんな彼女達が学園で一年を助け合い過ごすクラスターを組んだ事を気に、いい影響を及ぼしあって立派な大人に、立派な妖精従き(フィニアン)に成長してくれる事を願うばかりだ。

 妖精従き。この世界に住まう人とは違う種族、妖精と契約を交わし互いに得るものを得てその力を有効活用し生きていく存在のあり方の一つ。

 双子が入学したテトラフィラ学園も妖精との付き合い方や力の使い方を学ぶ場所で、普通の学び舎とは違い妖精の見える者……妖精憑き(フィジー)が入学を事を許される教育機関だ。

 通常の学び舎と違うのは妖精についてを学ぶかどうか、その教育課程で人生の伴侶とも言われる妖精と契約を交わすかどうかと言うだけで、必要最低限の教育内容にはそれほど差異はない。

 そんな妖精憑きの集まる学び舎で妖精の事を知り、互いを預けられる相棒を選び契約を交わした者を妖精従きと呼ぶのだ。

 言うなれば妖精と共に歩むために人と歩む学び舎がテトラフィラ学園と言うわけだ。

 世界最高峰とも言われる学園で。入学より波乱さえ起こしていた二人はクラスターの仲間さえ振り回し。数日前に行われた誕生祭では、その最中に起こった妖精に纏わる問題も解決して見せた逸材だ。

 妖精と共に歩む世界で妖精のはんぶんとして彼女達に寄り添う双子。そんな二人がこれからどんな風に育っていくのかと考えると中々に期待は尽きない。

 さて、この身は代理の国王にして自由の利かない窮屈の極みではあるが、そろそろ学園での生活に慣れただろう二人の行く末は祖父として静かに見守りたいものだ。その為にも、愛すべき我が国を思い今日もまた気合を入れ直す。

 仕事が早く終わったなら、久しぶりに彼女達の家に顔を見に行くのもいいだろう。そう思えば、相も変わらない苦行にも耐えられるというものだ。


「陛下、そろそろ公務にお戻りください」


 信頼する友にして傍付きのエドの声に振り返る。残念、見つかってしまった。

 ……さぁ、さぼりもここまでだ。頑張るとしようっ。




              *   *   *




 静かな教室に微かに響く回答と呼吸の音。子供達の真剣な表情に、手のあまり掛からない子達で嬉しい限りだと考えながら。何とはなしに向けた窓への視線で青々と遠くに広がる空を見つめ小さく息を吐く。

 今年度が始まって一月。生徒達も学園での生活に慣れてきて少しばかり余裕を感じ始めた今日この頃。先日催された大統領陛下の誕生祭の影響で、沢山の生徒が意欲に満ち溢れているのはいいことだ。担任教師としても教え甲斐があるというもの。

 しかしそれは彼女達の教師としての務め……仕事であって、私の世界はもっと別な私事と共に巡っている。

 そんな事を考えれば、己の浅はかさと後悔が胸の内に去来してまた一つ溜息を吐いてしまう。

 生徒達が先ほど配った小さな試験を解いている傍ら、思い出すのは誕生祭での出来事。

 妖精の干渉もありつつそれもどうにか解決して賑やかな時間を過ごす事の出来たあの一日の出来事はまだ鮮明に記憶に残っている。……と言うのも、私個人にとっては楽しい以上に遣り切れなさが募っているからなのだろう。

 あの祭典では、主に陛下のお傍で身に余る任として巡覧のお供をさせてもらった。半ば押し付けられたような仕事だったが、緊張と共に得たものも沢山あったのだ。

 陛下には直々に激励のお言葉をいただいて、それは宝物のように今も尚原動力の一部になっている。とても素晴らしい事だろう。

 が、それ以上に心に残って仕方ない記憶は、巡覧を共にした一人の男性のことだ。

 名を、アラン・モノセロス。我が母国、カリーナ共和国の国軍に所属する妖精従きの騎士……妖精騎士(フィリット)で、先の大戦でも活躍したつわものだ。その功績を称えられて、今ではカリーナ最強を謳われる騎士団……白角(はっかく)騎士団の団長を務める尊敬すべき人物だ。

 鍛え上げられた体に精悍な顔つき。それでいて明るく接し易い言動に嫌味はない……理想の一角のような人だった。

 そんな彼も、ここテトラフィラ学園の卒業生らしく、私からすると数年先輩の憧れとも言うべき存在。今では頂きの純白(エーデルヴァイス)の異名として有名な学園長の現役時代を知るらしく、その話題の折にはどこか楽しそうに語っていた横顔が強く印象に残っている。

 その……言ってしまえば男として魅力的な彼に、独り身な私が理想以上の期待を抱いてしまうのは仕方のないことだと思いたい。何せ国を代表する人物で、気さくで、格好いいのだ。しっかりとした立場に身を置いていたり、子どもを優しく可愛がったりするところなんて、もうそれだけで語るべくもない彼の魅力だろう。

 もし夢を見てもいいのなら、英雄に憧れるお姫様のように優しく抱えあげられるような恋だってして見たいと……そんな想像さえ脳裏をちらついた彼に…………。けれど私は決して及ばない現実を突きつけられてしまったのだ。

 ……いや、考えれば普通に気付いた事だろう。それだけいい男なのだ。────既に家庭を持っているなんて、当然の帰結だろう。

 弾んだ会話の拍子に不意に出た愛する妻子の話。その瞬間、私の希望は音を立てて崩れ去り、淡い期待は泡沫(うたかた)の夢のように儚く空へと昇って消えてしまったのだ。

 敵わないのは彼の口振りから分かったし、そもそも略奪的な不埒な行いは趣味ではない。思えば一貫してあの双子の先生としてしか私の事を見ていなかった彼に責任があるはずもなく。ただただ一人孤独に動かぬ壁を押し続けていた徒労感に苛まれたのだ。

 心のどこかにあった希望。そろそろいい年だからと親にも色々言われるからこそ焦っていた部分もあって、だからこそそうでなければ本気になっていただろう機会に……私はふと気付いてしまったのだ。

 私は、男に運がないのだと。

 今までいいと思った男は結婚していたり許婚がいたりと雁字搦めだったり。付き合った男も他に女を作ったり、何も告げる事無く遠くに行ってしまってその後手紙で別れ話を告げられたりと散々だった。

 恋愛に満たなかった数を含めれば既に両手の指で足りないほどに経験してきた失敗。だからこそ、今回の事でなんだかもう疲れてしまったのだ。

 自分から恋をして痛い目を見るくらいなら、いっそのことそれを捨ててしまえばいい。恋愛なんて、結婚なんて……ただ羨ましいだけだ。同級生達も会う度に口にしているではないか。理想は捨てろと、現実は大変なだけだと。

 それでも尚と思いを馳せるその衝動は……今の私にはもう沸いて来ない。

 お母さん、ごめんなさい。私には恋愛も結婚ももう無理です。せめて迷惑を掛けないように、一生独りを貫きます。不出来な娘でごめんなさい……。


「あ…………」


 落ちた思考から現実に引き戻されたのは、授業の終わりを告げる鐘の音。目の前に焦点を結べば、既に全員問題を解き終わっていて、生徒達が手持ち無沙汰にしていた。

 どうやら随分と長く呆けてしまっていたらしい。答え合わせは隣の席の子と交換して各自でさせるつもりだったのに……こうなっては仕方がないと。慌てて答え合わせ用の紙を配って告げる。


「答え合わせは各自でしてね。間違えたところはしっかりと見直しをすること。それじゃあ号令」

「起立、礼っ」

「ありがとうございました!」


 響いた声に謝罪の意味も込めて私も頭を下げて。それから教材をまとめ部屋を出る。この後は昼休憩だ。反省はその時にしっかりするとしよう。

 そう考えつつ廊下に出たところで服の裾を引っ張られて振り返る。立っていたのは鏡写しな双子だった。


「先生、これ違う」

「答え合わせ出来ない」

「え……あ、ごめんっ。間違えてたわねっ」


 次いで差し出された紙を見て再び慌てる。どうやら先ほど配ったのは、別の組の授業で使う予定だった同じ問題用紙だったらしい。いや、取り乱しすぎでしょ、私……。


「こっちね。皆に配っておいてくれるかしら?」

「うん」

「わかった」

「ありがとう、二人とも」


 反省また一つ追加。あぁ、回収もしとかないと。

 そう気付いて教室に戻ると、既に自主的な回収を、シルヴィ・クラズを中心に始まっていた。うちの教室は良い子達ばっかりで助けられてばかりだ。

 と、こちらに気付いた様子の彼女が手早く回収を終えて渡しにやってくる。

 

「どうぞ」

「ありがとう」

「先生、何か考え事でもしてたんですか?」


 心配までしてくれる出来た生徒に、けれどこんな個人的な些事に巻き込むわけには行かないと笑みを浮かべて答える。


「……気にしないでいいわよ。どこか美味しいお店でもないかって考えてただけだから」

「そうですか。いいお店が見つかるといいですね」

「そうね」


 いいお店……出来れば落ち着いた雰囲気で、お酒が飲めると尚いいのだけれども…………。そう簡単に巡り逢える物でもない。今日のところはよく行く店にしておくとしよう。あそこ、時折見知った顔があって気まずいのだけれどもね……。

 そんな事を考えながら職員室に戻って荷物を片付ける。次いで目に入った昼食に、それから外の景色を眺めて思い立つ。

 このまま気持ちを引きずって他の授業でも失敗するわけにはいかない。天気も良いし、外で食べて気分転換をするとしよう。

 さて、ならば一体どこで食べようかと。ぐるりと頭の中の校内を歩きまわった末に、大人な卑怯が鎌首を(もた)げて鍵を一つ手に取り廊下に出る。さぁ、狡賢い大人の特権だ。存分に青空の下で昼食を楽しむとしよう。




              *   *   *




 机をくっつけて腰を下せば並んだ弁当は四つ。いつもの数に顔を上げればそこに揃う顔ぶれもいつものもの。

 学園での生活が始まって一ヶ月ほど。先の祭典である、陛下の誕生祭を経て随分と仲良くなったクラスターの仲間とは、こうして昼食を囲む日々だ。

 妖精絡みの騒動解決に走り回ったあの日から数日。城下町の雰囲気もいつも通りに戻って学校の授業も当然のように続いていく今日この頃。大変な一日を共にしたあたし達は言葉以上の信頼で結ばれていた。

 件の騒動では男と言う理由もあってガンコナー相手に大きく結果を残す事はなかった我が幼馴染のロベール・アリオン。物心ついた時には既に隣にいた彼は、今はどこか上の空で生気が抜けたようにぼぅっとしながらそれしか知らないように昼食を口に運んでいた。お祭りではしゃぎすぎて燃え尽きてしまったのだろうか。だったらそろそろいつもの彼に戻ってきてもいい気がするけれども……。

 そんな彼の向かいには鏡写しの双子が座り、当然のように同じ仕草で食事をしている。この、見方によっては不気味な光景にももう慣れてしまった。

 顔立ちも、背丈も、声も。何もかもが全く一緒な二人のお嬢様。楽しかった誕生祭の主賓であるこの国の主、グンター・コルヴァズ大統領陛下のお孫さんに当たる二人は、今日も今日とていつも通りの不変を紡ぐ。

 因みにあたしの前に座るのが長い亜麻色の髪を頭の右で括った双子の姉、ピス・アルレシャ。そしてロベールの前に座るのが頭の左で纏めた双子の妹、ケス・アルレシャだ。

 入学から一ヶ月。様々な事があった気がする濃密な時間の中で、夜に月を見上げるよりも多くの回数彼女達の顔を見てきたというのに、やはりどうにも髪型以外で見分けがつかない姿には、ある種恐怖さえ覚える。もし仮に髪型を交換したりそもそも括っていなかったりなんて事が起きたら、間違えるのが怖くて声を掛ける事を躊躇ってしまうかもしれないほどだ。

 因みに見た目以外なら見分ける方法を一つは見つけたというのが彼女達と紡いだ今だ。具体的には、二人が口を開く時、先に話すのが姉のピスだという事だ。それから続いて妹のケスが言葉を連ねる、と言うのが二人揃っている時の定番……と言うか定石だ。

 とは言え存在自体が不思議な二人。そんな彼女達が放つ言葉の全てを理解できているとは到底思えないのが中々に難儀なところ。当然のように話題を飛び移って脈絡は無視するし、自己完結は始終の日常。果ては二人の間でしか通じない……まるで異世界の言語さえ用いられるのだから最早お手上げだ。住む世界が違うというのはこの二人の為にあるに違いない、と言うのが彼女達から学んだ第一だ。

 それでも二人は確かにあたしの友達だし、表情こそ薄いけれどこの頃乏しい感情の起伏にも時折気付けるようになってきた。厳密には、そう感じるくらいに微かな声音の変化がある気がするような勘違いが曖昧にあたしの感覚を揺らしているだけかもしれない……程度の、確証なんてこれっぽっちもない自惚れもいいところな勘だが。

 少なくとも仲がよくなければ学校終わりの誘いに頷いてくれたりといった事はしないのだろうと、決して明確にならない関係性に何とか答えのようなものを見つけているのだ。思い上がりなら笑ってくれていい。多分同年代で彼女達の事を一番理解しているのはあたしだ。

 そんな彼女達と、そして幼馴染のロベールと囲む昼食。周りには騒がしく幾つかの仲間内で他愛ない雑談に花を咲かせる中で、いつもと変わらない時間を浪費する。


「そういえばそろそろ試験だけど……ロベール、聞いてる?」

「え……何?」


 ほんと、そろそろいい加減にして欲しい。毎日毎日上の空で心ここにあらず。話しかけても話を聞いていなくて、彼から話題の提供もない。必然、あたしが気を遣う破目になって 一人苦労しているのだ。

 ……何より、生気のない彼を見ているのはあたしが嫌だ。いつも煩いくらいに元気な彼が、こんなに長い間呆然としているのは始めて見る。だからこそあたしもどうしていいか分からなくて困っているのだ。

 とは言えそう簡単に首を突っ込むほど積み重ねてきた時間は短くない。ロベールは、何かあれば話をしてくれるから、よき理解者としてその時を待っているのだ。にしても今回は少しばかり抱え込み過ぎな気がするけれども。


「試験。前に競うって約束したでしょ?」

「あ、あぁ、そうだな……」

「何、自分から勝負吹っ掛けておいて忘れてたの?」

「そうじゃなくて……。そうだな、約束は約束だもんな……」


 声に、ようやくいつもの音が少しだけ戻った気がして安堵する。


「前に話した通り、ピスとケスを交えて二対二の合計点数での対戦。問題ない?」

「……あぁ」

「よし、となると組み分けだけど……二人は勝負つかないんだっけ?」

「うん」

「同じ」


 疑問を向ければ、静かに食べながら話を聞いていた二人が頷く。

 この勝負の話をしたときに聞いた……今でもまだ少し信じられない彼女達の言葉。曰く、彼女達はまるで示し合わせたように同じ点数を取ると言うのだ。

 今年度の新入生挨拶が彼女達であったように、二人は一点の狂いもなく最優秀成績を修めている。だから彼女達二人にあたしとロベールが手を組んで挑んでも、何か大きな想定外でも起こらない限り勝つ事はない。それはあたしより賢いロベールを()ってしてもほぼ不可能だ。

 だから二人を別々の組に分けて、その相方としてあたしとロベールが競う。これが今回の勝負内容だ。

 勝てば相手に一つ言う事を聞かせられる。そんな即物的な願いなど、実際にあるのかと問われれば答えに悩むところだが……だからと言ってずっと隣で競ってきた幼馴染相手に良い顔をされるのはなんだか気に食わない。

 もちろんそう簡単に勝てないのは分かっている。あれでもロベールは勉強に関してあたしより上なのだ。勝つためには全力以上を賭して挑むしかない。

 当然無策でこの話を受けた訳でもない。報酬よりもただ勝つ事を目的に、使える手段は出来るだけ使ってロベールの鼻を明かしてやるのだ。それでもし勝てたなら、その時は何か一つ願いを聞いてもらうとしようと言うのが個人的な原動力。

 とりあえず今は目の前に集中。今を勝たなければ自分が納得できないから。それに良い機会だ。油断を思い切り打ち負かして、その腑抜けた根性に喝を入れてやるっ!


「ってことはどっちがどっちと組むのかって話だけど……どうしよっか? 二人は希望とかある?」

「ない」

「おまかせ」

「うん、だと思った……」


 この返答は簡単に予測できた。もしそれで明確な意思があったのなら、そもそもこんな事にはなっていないのだ。


「因みに……これをあたしが言うのは癪だけど、どちらかといえば賢いのはロベールだから。勝つ蓋然性(がいぜんせい)が高いのはそっち。でもあたしも負ける気はないから……って言うのは二人の判断材料になったりするかな? 勝ったら相手に一つお願いが通っちゃうわけだからね」


 もし仮に点数が同じだとすれば、勝敗はあたしとロベールに委ねられる事になる。その場合、ここで選んだ道が最終的な結果に決着するのだ。彼女達に何か一つでも思うところがあるのならば、純粋な二人なら何か意見があってもおかしくはないが、さて……?


「うん、大丈夫」

「二人で決めていい」

「そう、分かった」


 明確な意思はなし。けれども言葉の端に感じたのは確かな意欲。多分それは、今あたしが抱いているとれと同じ、勝負に対する純粋な思いだ。

 二人はきっと、優劣など無く共に肩を並べて歩んできた。比較対象はいつだって周りで、鏡写しなもう一人ではなかった。だから今回、二人が別々に配されて……あたし達の結果次第とは言え勝者と敗者が決まる事に少しだけわくわくしているように感じるのだ。

 結果に付随する報酬は二の次。望むはただ、ない溝に出来る微かな擦れ違い。それが彼女達の何よりの望みなのかもしれないと思いつつ。


「……で、どっち?」

「……………………」

「ロベール?」

「あ、いや……。その……シルヴィに任せる」

「そっ」


 隣の幼馴染に問えば、彼は悩むような間を開けた後結局優柔不断を振りかざした。

 そんなのだからあたしも気に入らないのに……。そろそろ男らしく決断しただろうだろうか。……別に彼の肩を持つ訳ではないけれど、二人にこそ失礼だろう。

 ……なんて、思ったところで口には出さない。それは彼の決断だ。本気ならいずれ答えが出る。それまで二人を追いかけ続ける彼を見続けなければならないと思うと億劫だが、仕方ない。この馬鹿は大概頑固だ。あたしにはどうする事も出来ない。それが少しだけ悔しい……。


「ならあたしはケスと一緒で」

「どうして?」

「理由は?」

「会話が二回多いから」


 彼女達はいつだって二人で一つだ。だから会話をする時だって、二人で問い、二人で答える。けれど一度……この前の祭りの中でクロッカーを貰った時にケスとだけ話をした。あの時ピスはロベールに同じものを渡していて、だからそこで理由にもならない差が出たのだ。


「……だめ?」

「ううん。気になっただけ」

「決めるのはシルヴィだから、いいよ」

「うんっ。それじゃあよろしくね、ケス!」


 声にこくりと頷いたケス。と、その隣でピスがロベールをじっと見つめて零す。


「ロベール、がんばろう」

「お、おぉっ……!」


 面食らったように声を上げた彼。それからふと気付く。

 二人が別々の話題を追いかけている。どうやら明確に彼女達の中で線引きがなされたらしく、既に隣の自分は競うべき相手に変わった様だ。

 けれどそれも目配せすらせずに同時にと言うのだから、やはり彼女達は彼女達でしかないのだろうけれども……。


「何か準備、する?」

「ん、そうだね……。それじゃあ後で作戦会議といこうかっ」

「分かった」


 初めて見る気がする意欲に、ならばと応えれば隣でどこかたどたどしくピスとロベールが会話する声が聞こえる。

 確実に別の道を歩み出した二人。試験が終われば元通りになるのだろうが、こんな機会は滅多にないかもしれないと少し楽しみになりながら。脳裏に描いた幾つかの未来に小さく笑う。


「どうかした?」

「ううん。なんでもない。勝とうね」

「うん、がんばろう」


 いつもの相方へと向く視線が、今こちらに向いている。だからか、小さな変化を気に留めて言葉にする彼女を新鮮に感じる。と、納得が一つ。

 これまで二人は言葉以上の何かで互いを理解して意思疎通をしていた。けれど彼女達にとってあたしやロベールは別世界の住人だ。だからピスがケスを──ケスがピスを認識するようには出来ないのだろう。その、いつも通りに出来ない事に気を割いて、些細な事にも気が付き分からない事を解明しようと音にするのだ。

 ともすれば子供が初めて見るそれに尽きない興味を抱くように……。

 そう気付けば、ならばと幾つか想像出来る。彼女達は今こちらを見ている。知らなければ訊くだろう。それこそ勉強が手につかないほどに質問攻めにしてまで……。その疑問の螺旋を、いかにして簡潔に解決しどれだけ勉強に時間を割けるかが一つ。

 そして願わくば、交わす言葉の中でケスの事をもっと知る事が出来たなら、同時にピスの事も理解出来るのだと目的を増やす。

 今回のこの勝負、流れでこうなったとは言え、事実以上に色々なことがありそうだと期待に胸を膨らませながら…………隣で何故かピスとのやり取りに落ち着きのないロベールを見る。

 ……気に食わないけど、いいや。そのまま平常心を失って試験で悪い点数取っちゃえっ!




              *   *   *




 それからの数日は、目を疑うような光景が続いた。

 単純に一言で言えば、双子が一緒に行動しなくなったのだ。テトラフィラ学園に入学してから一ヶ月。鏡写しな双子はそれが当然の如くずっと一緒の空間で同じ時間を過ごしていた。話をするときは互いが互いを補完し合い、行動する時も常に肩を並べていた。

 そんな彼女達が、まるで互いを嫌悪するかのように学園内で顔を合わせなくなったのだ。授業で二人組みを作る時でさえ、初めからそうだったように互いを選ばなくなった。

 代わりに、ピスの隣にはぼくことロベールが。ケスの隣にはシルヴィがよくいるようになった。

 原因……と言うか理由としては数日前の昼休みに話をした試験のことだろう。学園が始まったウィルンドの月。その中で交わした試験の勝負の約束を果たそうとチーム戦で競う事になった成り行きで、二人はぼくとシルヴィとそれぞれ組む事になった。その日から、彼女達は互いを敵と見做(みな)したようにこれまでの鏡写しを否定するが如くそれぞれ別々の言動をするようになったのだ。

 周りから見ればピスとケスが喧嘩してぼくとシルヴィについて回っている風に感じるのだろう。だから教室の中に限らず、学園内から注目を集める双子の様子に疑問を抱いた人達から質問されるようになったが、とりあえず大きな問題ではない一時的な物とだけ答えを見つけた。

 実際、試験が終われば二人は元通りになるだろうというのがシルヴィとの共通見解だ。この対立は、今だけのもの。

 ……とは言えこれまで二人でしかそうしていなかった彼女達が別々に行動しているというのは当人であるぼく達にも少しだけ違和感があって、結論が分かっていても心配はしてしまうのだ。

 勝負だからと徹底する二人。その真剣さに、けれど優劣はつかないのだと気付けばその意味を重く感じる。

 何せ彼女達の勝負の行方は全面的にぼくとシルヴィに委ねられているのだ。ぼくが勝てばピスが、シルヴィが勝てばケスが勝って、約束通り相手に一つ命令が出来る。

 知る以上に完結している二人が別々に行動をして、相手に何を望むのかは全く想像がつかないのだが……それでもその未来に何かを期待しているのはひしひしと伝わってくるから責任を感じてしまうのだ。

 だから……こんな事なら勝負なんて言い出さなければよかったと少しだけ思ってしまうのも仕方ない事だと思いたい。

 だってぼくにとって……ぼくだけに限らず、きっと誰にとっても二人は二人で一緒にいるものだから。今のそれぞれに行動する二人が異質で、なんだか居心地が悪いのだ。

 とは言え今更勝負をなかった事には出来ないし、負けたくもない。何より期待してくれる相方のためにも全力を出すのが僕に出来る最大限だと、今朝ようやく腹を括れたのだ。


「ロベール」

「な、何っ?」

「勉強しなくていいの?」


 二人が違う行動をしているからと、それにあてられてぼくとシルヴィもここ数日は一緒に昼休みを過ごしてはいない。そんな傍らには幼馴染の代わりに今日もピスがいて、名前を呼ばれるたびに少しびっくりする。

 現実感がないというか……彼女の瞳がこちらを向いている事に慣れないのだ。そうして欲しかったはずなのに、そうなると怖気付くと言うか……そもそもこんな形を望んでいたわけではないと。


「あ、うん。そうだよな……。もう余り時間もないしな」


 葛藤はある。けれどこうして二人で話せるのも嬉しい事実……。なら一体何が正しいのだろうかと自問自答しながらピスの声に答える。


「そう言えばピスはいつもどうやって勉強してるんだ?」

「してない」

「へ……?」

「してない」

「……で、でも試験とか……それこそ入学の時は流石に少しくらいは」

「だって答えがわかるから」


 ……彼女が何を言っているのかさっぱり分からない。それはピスの隣にケスがいないからなのだろうか。それともただ単純に彼女達の言っている事がおかしいのだろうか? ……いや、それこそありえない話だろう。一ヶ月ほど一緒に過ごして分かったが、彼女達は冗談など言わないし嘘も吐かない。ましてや的外れな、馬鹿な話はしない。いつだって真剣に、彼女達の感覚で真実だけを紡いでいるのだ。

 だから答えが分かるといえばその通りなのだろうが……やっぱりその言葉の意味がよく分からない。まるで最初から答えを知っているような言い方だ。


「え、っと……。どういうこと?」

「わかる事はわかる。わからない事はわからない」


 …………あぁ、一つだけわかった。この件に関してぼくは解らないと言うことが解った。

 多分……いや、間違いなくピスは…………ピスとケスは天才だ。よく天才の思考回路は凡人には理解できないと言うが、これがまさにそうなのだろう。

 きっと今の言葉には真実しかない。そしてその真実を肯定する根拠は彼女達の中にしかなくて、それを説明することなど出来はしないのだろう。勘とかそういう類に近いのかもしれない。


「あー、うん……。わかったよ……。…………で、その、やっぱりぼくよりピスの方が賢いよね」

「ロベールも賢いよ? ピスの知らないこと沢山知ってる」

「あ、ありがと……。でも学校の勉強に関しては二人の方が凄いから、できれば教えて欲しいかなって」


 もう悩むだけ無駄だと。出来ない理解をしようとしても仕方ないと諦めて話題を戻す。そうして音にしたのは、この勝負に二人が参加すると決まった時に気付いた唯一の方法論だ。

 (すなわ)ち、自分が馬鹿なことを認めて一緒に戦う仲間に教えを()うというもの。

 驕るわけではないがシルヴィよりぼくの方が成績は上だ。そこにピスの知識が加われば負ける事はないとあの時気付いたのだ。

 負けるつもりの勝負をするつもりは最初からなかった。シルヴィには悪いが、当然の権利を行使して順当に勝つだけだ。


「いいよ」

「ありがとっ」


 飾る事のないピスの言葉に安堵をしながら予定を決める。

 まだ子供とは言え、互いに将来は家を背負う身だ。個人の都合ではどうにもならない事も当然存在する。その合間を見つけて、どうにか約束を取り付ける。

 場所として決まったのはカリーナ城の近くにある国立図書館。

 図書館は城下町を代表する建物の一つで、叡智の蔵でありながら観光名所にもなっている有名な場所だ。カリーナの中でもその背の高さは随分と目立つ建造物で、天に向けて(そび)える白い巨塔は記録でしか知らない先の大戦の終わりを象徴する存在だ。

 図書館と言うこともあって中は静かで勉強に向いているし、教材となる本は沢山ある。

 何より学者を多く輩出するカリーナはそもそも勉学に力を入れているからか、図書館の利用にお金が掛からないのがいい。夏に向かうこれからの時期、館内も涼しくて嬉しい事尽くめだ。


「絶対に勝とうなっ」

「うん、がんばる」


 心なしかいつもより上機嫌な気のする返答にこちらも嬉しくなる。

 と、そんな彼女の横顔に不意に過ぎった記憶。それは祭りの日の夕方の事だ。これから大人の時間だと、その事に疎外感を感じながら何となく足を向けた先で出会ったピスとケス。夕日色に染まった白い町並みを背に、潮騒の音が心地よい防波堤に座って海を眺めていたところへやってきた彼女たち。

 そんな二人と交わした僅かな時間と、そして気持ち。


 ────ぼく、二人の事が好きなんだっ! 二人の傍に居たいんだ!


 ────ん、ピスも


 ────ケスもだよ


 今思い出すと中々に恥かしい気持ちの昂ぶりに、もし指摘されたら一目散に逃げてしまうだろう。が、同時にあの時続いた言葉の意味を、数日たった今でもまだ確認できていない。


 ────じゃあね、ロベール


 ────また明日


 まるで話題の連続性でも何かに奪われたような当然。繋がっているとは思えないその会話に、けれど事実だという事だけは嫌に頭が冷静に教えてくれる。

 ……あの時確かに、ぼくは勇気を出して想いを告げた筈だ。感情が先走って少しばかり遠まわしと言うか、要領を得ない言葉にはなってしまったかもしれないが、それでも確かに言葉にはした。

 けれども明確な答えは今日までなく、もしかしてあれは夢だったのではと錯覚するほどだ。

 しかしあれは確かに現実で、となれば言葉はしっかりと二人に届いてたはずなのだ。だからこそ今日まで彼女達から返答がないかと待っていたのだが……どうやらそろそろ我慢の限界らしいと。

 今一度、と言うのはやはり恥ずかしいが、確認しないままと言うのはこちらの気持ちに収まりがつかない。今はシルヴィもいないし、話題と言う話題もなくていい機会なのだ。

 大きく深呼吸。それから意を決して隣のピス尋ねる。


「……あ、あの、さ…………」

「……?」

「祭りの日のことなんだけど」

「うん。楽しかった」

「あ、あぁ。そうだな……」


 あの日は確かに存在した。少なくとも朝から一緒に過ごしたこの記憶は間違っていない。


「それで…………終わった後、一緒に海を見たよな?」

「綺麗だった」


 どうやらあれも夢ではない。と言う事はあの告白も確かに事実としてあった事だ。と、今にもあの時の全ての音や匂いが蘇ってきそうで気持ちが競りあがってくる。

 ……大丈夫だ。落ち着け。確認するだけだ。そう自分に言い聞かせて息を呑み、恐る恐る問う。


「……その…………。あの時、ぼくが言ったこと……覚えてる?」

「約束のこと?」

「あぁ……!」

「うん」


 頷く彼女に、こちらを見つめる(あま)色の瞳に息が詰まる。けれどももうここしかないと。自分に鞭を打って塞がりそうになった喉を無理やり開けた。


「ぼく、二人の事が好きで……!」

「うん。ピスも好き」

「………………ほ、ほんとに……?」

「うん」


 随分とあっさりした返答。……だが、しかし。それは確かにぼくが望む答えで────


「ロベールといるのは楽しい」

「……!」

「シルヴィもよくお話してくれる」


 ………………………………ん?


「ジルのお菓子も、ガンコナーとの時間も、全部楽しくて好きだよ?」


 んんんんんんんん……?


「ロベールも一緒?」

「あ、うん。………………え? ……え?」

「…………?」


 …………ちょっと待って。今何か聞き逃した? 何か間が飛んだ? …………いやいや、もしそうだとしても彼女の言葉は事実だ。何よりの証拠に、小さく抓った腿の感触は熱いくらいに今を示している。

 と、不意に何かが脳裏を掠めて、また一つ深呼吸した。それから、考えるより先に音にする。


「……その、ピスの好きっていうのは…………友達としてって事?」

「うん。違った?」

「あ、いや…………」


 言葉にされて、何故かすとんと腑に落ちた自分がいた。

 あの告白から何事もなかった二人。あの時のあっさりとした返事。嘘のない真っ直ぐな視線。

 ……………………いや、うん。なんかちょっと分かってた気もする。幾ら二人でも、恋愛感情で告白されてそのまま無視と言う事はないと。嘘を吐かない二人だからこそ、問題を解けば答えが出るように率直な返答を直ぐにしてくれると。それがなかったという事はつまり……何かがどこかで擦れ違いを起こしていたのだと。

 多分どこかで気付いていた。気付いていながら、見えない振りで僅かな希望に縋っていたのだ。


「……ははっ…………」


 零れたのは渇いた笑い声。……笑いと言うよりは自嘲で、納得の音。

 何、事実はこんなにもあっけない。単純に、告白が告白として成り立っていなかっただけの事。

 そう気付いてしまえば、張っていた緊張が瞬く間に疲労へと転化しどっと肩に重く圧し掛かる。

 ……うん、けど一つ分かった事がある。


「えっと……これからもよろしくね」

「……? うん」


 彼女達にとってまだ友達であり、既に友達だという事だ。ならばやるべき事は一つだけ。今以上に仲良くなればいいのだ。

 少なくとも周りで何も出来ずに見ている他のやつらよりは一歩前に進んでいる。その一歩を生かして、この一年で……叶う事ならこの先も一緒に時間を過ごし。少しずつ距離縮めていけばいいのだっ。

 ……と、そんな事を考える傍らで、己の感情の発露にいつもと違う何かを覚える。次いで直ぐに客観視した視点がその正体に気付いた。

 そう言えば想いが果ててそれでも尚と未来を想像したのは彼女達が初めてかもしれない。今までは、一目惚れに近い感覚で想いを(わずら)い、断られてそのまま引き下がっていた。が、どうにも今回はそれで完結するほどに浅い感情ではなかったようだ。

 いや、そもそも告白すら不成立で断られてもいないのだから前提が間違っているのかも知れないが。けれど少なくともそう簡単に諦められる想いの募りではないのは確かだろう。

 一度失敗したからって何だ。それで全てが終わるわけじゃない。何より始まってすらいない。だったらその始まりの場所にこれからようやく立つだけだ。

 今までに感じたことのない強い衝動に新たな扉を開いた気がしながら前を向く。ほぼ同時、廊下の向こうからこちらに歩いて来るケスとシルヴィの姿を見つけた。

 ……そうだ。彼女達に対する気持ちも大切だが、今は目下シルヴィとの勝負の最中。目の前の敵を倒せないで大望を抱くなどそんな中途半端な事はしない。一歩一歩を確かに踏みしめて、その先に望む未来を捕まえるのだ。

 こちらに気付いたシルヴィと無言の視線を交わす。今は敵。情けも手加減もしない。驕る事などなく全力で勝つだけだ。

 勝って、確かな実感と共に、何か一つ命令を────と、考えた所でふと気付く。

 勝った時、何を命令しようか……。そう言えば考えてなかった。

 ……………………まぁいい、最悪先送りにしていつか使うとしよう。


「そういえばピスは勝ったらどうするんだ?」

「どうする?」

「ほら、勝った方は負けた方に一つ言う事を聞かせられるだろ?」

「考えてなかった」


 どうやら彼女も同じだったらしい。と言う事は鏡写しであるケスも同様か。シルヴィは……彼女はもう決めているのだろうか。

 気付いた時から傍で一緒に過ごしてきた幼馴染ながら、こういう時何を言い出すのか分からないのがシルヴィと言う少女だ。変に狡賢く注文をつけたりしなければいいけど……。


「実はぼくもまだなんだ。でも勝つから。何を命令するか考えておくといいよっ」

「ん、分かった」


 こくりと頷いたピスにまた一つやる気を見つける。ケスには悪いがこれは勝負。今回共に戦う仲間のためにも、絶対に勝ってその権利を掴み取ってやる……!




              *   *   *




 ここ数日、お嬢様のご様子が変にございます。学園からのご帰宅は一緒にされるものの、視線すら合わせようとなさらないお二人。屋敷の中でも会話はなく、沈黙に居心地の悪さを感じるのは初めてのことでございます。

 屋敷に来てからお二方のお世話を仰せつかった身。その半生とも言うべき時間で、このような事は初めてでございます。

 しかしながら、特別喧嘩をなさっている様子でもありません。強いて言うならば、互いを意識している、といった具合でしょうか。

 呼吸をするようにいつも隣り合わせなお二人。そんなお嬢様がまるで競うように鏡写しなご自分の半身を気にするというのは、やはり特別な事でしょう。

 前例がない故に、わたくしもどう接して良いのか決めあぐねているのですが……とは言えただ会話をしないだけでそれ以外はいつもと変わらないご様子のお二人にわたくしができることといえば、当然いつものようにするだけでございます。

 今日も今日とて愛すべきお二方の珠玉の為に……。


「お待たせいたしました。テンカのソーベイです」

「ありがと、ジネット」

「おいしそう」


 お二人にお出しした今日のお菓子は氷菓のソーベイです。古くは酒精飲料を凍らせた物で、舌の上で溶け弾ける冷たい酒精の風味を楽しむ食べ物でしたが、今日では酒精の代わりに潰した果物を凍らせたキャンディのような物が一般的でしょうか。

 お嬢様はカリーナの法ではまだ未成年。食事の風味付け程度なら構いませんが、酒精飲料を凍らせた物を摂取するわけには参りません。

 その為、今回はこの時期に旬を向かえる果物……テンカを用いたものをご用意させていただきました。

 テンカは顔ほどもある大きな甘い実をつける果物で、緑色の皮に網目模様を描く特徴がございます。丁度頂き物のテンカが一つありましたので、そちらを潰して凍らせた物が今日の氷菓でございます。


「ん、冷たい」

「おいしい」

「お口に合いましたようで何よりです」


 微かに綻んだ口元。僅かな変化に、いつも通りのお二方を感じてわたくしも一つ笑みを浮かべます。

 直接的な会話をしない部分を除けば至っていつも通りなお二人。だからこそ今までに見た事無いその違いに気にはなります。ですが無粋にお話を訊き出したところでお嬢様が望まれないのも事実。やるべき事もいつも通りに、もし必要であればお二人の方からお話していただけるでしょうと。

 考えながら、会話の延長線上で学園のお話を伺います。


「そう言えばそろそろ試験ですね。お嬢様は勉強の方は順調ですか?」


 と、何気ない調子でそう紡いだ直後。ここ数日交わらなかったお二方の視線が交錯なさいました。そんな些細な変化に、けれども長年お二方を見続けてきたわたくしはあぁと気付いてしまいます。

 どうやら図らずも最も重要な話題に触れてしまったようでございます……。わたくしとした事が、とんだ失態をしてしまいました。


「大丈夫」

「勝負だから」

「勝負、と申されますと?」

「試験の結果」

「勝った方が命令」


 短い単語での説明。言葉では語られない部分を経験と想像で補って首を傾げます。


「失礼ながら、お嬢様の結果では差が生まれないのではございませんか?」

「だからチーム戦」

「ロベールとシルヴィも一緒」

「あぁ、左様でございましたか」


 返った言葉に納得の音が零れます。

 どうやら今回の試験、クラスターのご友人お二人も含めた点数で競っているご様子です。お嬢様方の点数だけでは勝敗が別れません。だからこそご友人も巻き込んで二対二の形式となったのでございましょう。


「しかし、と言う事はお嬢様は別の組み分けと言うことでございますか?」

「ロベールと」

「シルヴィと」


 ピスお嬢様がアリオン家のご子息、ロベール様と。ケスお嬢様がクラズ家のご子女、シルヴィ様と。どうやらそうして競い高め合うほどには仲の良い関係を紡がれているご様子です。その点に関しましてはお二方が学徒として真っ直ぐに道を歩まれている事に感無量でございます。


「それではお二人のご友人の為にも、良い成績を目指さなければなりませんね」

「ん」

「がんばる」


 声に満ちた言葉以上のやる気。その事に、目の前のお二方がどれほど意欲的なのかを知って一人嬉しくなってしまいます。

 お嬢様がここまで精力的なのは、もしかしたら初めてかもしれません。そもそもお二人が別々の道を歩み競い合うというのがこれまでになかったことでございます。そうした新しい世界へと導いてくださったご友人に心からの感謝を。

 そして願わくば、今以上のご健勝に加え多幸に満ちたこの先を共に歩まれん事をと切に願いつつ。

 それではとお嬢様と一緒になってわたくしも気合を入れ直します。


「ごちそうさま」

「ありがと、ジネット」

「こちらこそありがとうございます」

「勉強する」

「ジネットはお料理?」

「はい。これから皆様の夕餉(ゆうげ)のご用意に移りたいと思います。しばしお傍を離れる事をお許しください。何かあれば遠慮なくお申し付けを」

「ん」

「またあとで」

「それでは失礼致します」


 食べ終えたお皿を預かりお嬢様方をお見送りするとそのまま台所へ向かいます。

 今宵は少しでもお嬢様方の力になれるように、(げん)でも担いだ献立にしてみましょうかっ。

 そんな事を考えながら、初めての道を進むお嬢様に負けていられないとわたくしもより一層の精進を誓うのであります。




              *   *   *




「して、話とは?」


 椅子に腰掛け、休息も兼ねながら待たせていた人物に問う。

 向かいに座るのはここ、カリーナ城に勤務する研究者の一人。あちこちに跳ねた天鵞絨(びろうど)の長い髪を頭よりいただき、丸い眼鏡の奥に(かば)色の瞳を嵌め、少しよれた白衣を着流しているその女性は、国王と言う椅子を任された我輩が信頼に足ると踏んで、我が国に……そして世界にとって重要な案件を一任している存在だ。

 名を、ヴァネッサ・アルカルロプス。

 妖精と言う種自体を研究対象とする彼女は──ハーフィーだ。正確には人間寄りの、と言う接頭語が付く生い立ちで、妖精ではなく人の世界で人に近しい妖精として過ごしている。

 ハーフィーは人と妖精の合いの子だ。象徴とするように人とは異なる長い耳殻(じかく)を備えた彼女達は、その身に人と妖精の生き様が半分ずつ流れている。生まれてくる段階で母親が人間の場合人として、妖精の場合妖精として生を受けるのが彼女達ハーフィーだ。その、母親に依存する世界の隔たりに関して、人間として生まれ人の世で生きるハーフィーを人間寄りの。妖精として生まれ妖精の世界で生きるハーフィーを妖精寄りのと言う区別で言い表す。

 目の前の彼女は母親に人間を持つ、人の世界で生きる人間寄りのハーフィーだ。

 ただ、ハーフィーと言うだけあって人間として生まれながらも当然妖精としての資質も秘めている。そしてそれは妖精寄りのハーフィーにも言えることで、ハーフィーはその気になれば人間と妖精の姿を自由自在に変えられるのだ。

 もちろん姿が変わったところで本質までは変わらないから、住む世界を選ぶ事は簡単には出来ない。したところで、腫れ物扱いされるだけだ。

 そんな非難は、生まれ育つべき世界にいても存在する。ハーフィーはまともな人間からすれば異種族の血を引く存在だ。人の世界では共に歩む隣人の出自すら曖昧な現状、手を取っていながらも僅かながらに軋轢(あつれき)が存在する。人同士でさえ争うのだから、そこに多種族が混じれば致し方のない結果だ。

 とは言えそれは、今となっては古い考え方と言う意見が強い。種族での争いが鳴りを潜めている今、彼女たちハーフィーは、ともすれば人間と妖精の架け橋にさえなる存在だ。

 そんな珍しい出自の人物が、妖精の事を明かそうと日夜研究に没入している。そんな話を聞いたとき、彼女にならば任せられる仕事があると気付いて協力を願ったのだ。申し出は向こうにも利のある提案だったのか二つ返事で頷いてもらえた。

 その、少し特別な仕事を任せている彼女の方から連絡があったのが今朝の事。生憎と忙しい身で中々時間が取れなくて、既に陽も落ち星が空に輝く時間にはなってしまったが聞き逃せない報告なのは確かだと。どうにか全ての仕事を終わらせその重要事項を聴こうと彼女を呼び立てたのだ。

 一応話が話なだけに公的な姿勢は崩さずに問う。するとヴァネッサは、いつになく真剣な表情で口を開いた。


「お話はカドゥケウスの事です」

「ふむ」


 カドゥケウス。その響きに今一度居住まいを正して耳を傾ける。


「今朝、彼の(もと)を訪れた際に陛下の耳に入れておきたい話があるとの言伝を預かりました」

「向こうからとは、これまた珍しい事もあるものだな」

「提案自体は時折ございましたけれどもね。今回はそれに加え、一つ補足事項があるとのことでこうして直接ご報告に上がった次第です」


 彼からの話は、これまでの事を考えても無視出来ないのが常だ。それに足して条件付きとは穏やかな話ではないと先を促す。


「彼はなんと?」

「陛下のお孫様……あのお二方も一緒に連れてきて欲しいとのことです」

「ピスとケスの事は言ってあったのか?」

「いえ、必要に感じませんでしたので」

「……あやつめ、一体どこで知ったのやら」


 外の事は制限されている身の上で我輩の大切な双子にまでその興味を広げるとは、中々に侮れん存在だと小さくと息を吐き出しながら。それからヴァネッサに向き直り告げる。


「……話は分かった。近々時間を作って話を聴きに行くとしよう」

「その際にはわたしも同行いたしますのでよろしくお願いします」

「あぁ、こちらこそ頼む」


 現状、彼女以上にカドゥケウスに精通している者は居ない。ともすれば彼女がいなければ会話もままならないかもしれないほどなのだ。

 全く、厄介なものを抱えているものだと。もう今年で十年もの付き合いになるなるのかと益体もなく頭の中で数えながら諦める。

 どうであれ無視出来ない話だ。彼がそう望むのだから、まずはその願いを叶えるとしよう。その上で、彼が齎す話に注力するだけだ。


「ヴァネッサ」

「はい」


 とりあえずその時までは棚に上げるとして。ようやく終わった今日の仕事に肩の荷を下ろしながら誘う。


「この後暇か?」

「暇ではありますけれど、ご自宅に戻られなくて平気なのですか?」

「今日はもういい。それにこの際だ、カドゥケウスに関するほかの話も聴いておきたいからな。付き合ってくれるか?」

「はい、構いませんよ。では片付けだけしてきますね」

「あぁ、また後で」


 どこか楽しそうに頷いたヴァネッサ。恐らく彼の話を出来る事が嬉しいのだろう。彼女も大概おかしな人物だ。

 ヴァネッサが部屋を出れば、入れ違いに雑務を片付けてきた傍付きにして友のエドワール・ノーマがやってきた。


「エド、貴様も付き合え」

「あまり飲み過ぎないようにしてくださいよ。明日の公務にも差し障りますから」

「一々言うなっ」


 長年の付き合いで知れた仲の小さな棘に言葉を返しつつ天井を仰ぐ。

 はぁぁ……。誕生祭が終わってやっと一息吐いたと思ったのに。どうしてこう面倒事は向こうから勝手に転がってくるのだろうか。

 ……もし許されるのならば、国の主なんて名ばかりの椅子など、思いっきりそこの窓から投げ捨ててやりたいものだ。

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