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フェアリー・ダブル  作者: 芝森 蛍
雪の葉踏み散らす白銀の十三夜
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第四章

 冬の足音やってくる。優美な白がやってくる。

 眠る大地は梢を揺らし。赤い化粧を待ち望む。

 駆ける一の手、羊を追って。不慣れな足で引っ掻き回す。

 冬毛を絡ませ鳴く声嗤い。咎める白を(わめ)かせる。

 羊はいらぬ。衣はいらぬ。あるがままこそ美しい。

 冬の宴は忍び寄る。羊乳啜って、嘲笑(あざわら)う。




              *   *   *




「ご苦労。ゆっくり休んでくれ」

「失礼します」


 白衣を揺らして部屋を後にしたハーフィーの足音が遠ざかると、微かに詰めていた息を重苦しく吐き出した。


「まさかカドゥケウスが狙われるとはな」

「可能性としてはあった話ですが、今まで予兆すらありませんでしたので。一先(ひとま)ず、かの地の周辺警邏を担当する者にはしばらくの間今まで以上の働きを期待すると致しましょう」

「……それしかないな。空と連携してもらうとしよう」


 いつだって冷静沈着な友。我輩の右腕としてよく働いてくれている近侍の言葉に頭痛の種を増やしつつ唸る。

 カドゥケウス。英雄的妖精としてその存在を国益の一つとしている妖精。この世界を支える柱の一つである彼が、数日前にその存在を狙われた。

 襲撃者は、カドゥケウスの同胞たる大地の妖精。大木切り……カリカンジャロスと言う妖性だ。

 大地を支える巨木を切り倒しに現れるとされる妖精で、これまでは文献上だけの存在だと思われていた。

 だが、それらの書物が確かなものであることを示すように、彼らは姿を現し凶行に及ぼうとした。

 もちろん理由は存在する。彼らが愛する自然に見向きもせずカドゥケウスを襲ったのは、(ひとえ)に本能に導かれたためだ。

 妖精変調(フィーリエーション)と言う、この世界始まって以来の未曽有の問題に巻き込まれ、回帰種(フィーリス)として理性を失ったからこそ起こした蛮行。

 しかしその行いも、迅速な対応によって事なきを得て、今一度の平穏を享受できている。

 先ほどはその事後報告として、カドゥケウスの案件を一任している研究者、ヴァネッサ・アルカルロプスから話を聞いていた。

 彼女の言では、狙われたカドゥケウスは少し存在(根)を削られたらしい。とはいえこれは妖精力の溢れる地である彼の居城周辺では些事。彼の存在が危ぶまれるほどではないとのこと。

 加えてカドゥケウスを襲撃しようとした大木切り達だが、沈静化後、状況解決に居合わせた妖精の力を借りることで事態の再発を防ぐ対応策を講じられたようだ。大木切り達も、今は理性を取り戻し普通の妖精らしく過ごしているらしい。

 だが、落ち着いたとはいえ元回帰種。その魂は依然不安定であり、再び世に自由を求めることは難しい。その為、過去の例同様にカドゥケウス周辺の特異な環境に身を置くことで、これ以上の事態悪化を抑え込んでいるという状況だ。

 因みに、人と妖精……なにより世界そのものを揺るがしかねない凶事を引き起こした責任として、彼らは今償いの機会を与えられている。

 自由を縛られるという意味では彼らにとっての苦痛。しでかした問題を鑑みれば、順当な罰だ。


「しかし、彼女もよくよく面倒ごとに巻き込まれるな?」

「そういう定めなのでしょう。まだ若いですが、立派に責務を果たしています。働きに感謝をしなければなりませんね」

「露草姫の遺した種もそろそろだと聞いている。それが終わったらしばらく(いとま)を与えてもいいかもしれないな」


 大概苦労人な研究者の疲れた顔を思い浮かべる。

 彼女には普段の働きを評価して先ほど短いながらも休暇を与えた。今日一日はフェルクレールトの大地が存亡の危機にでも瀕しない限りゆっくりと休養を取ってもらう予定だ。


「そちらに関しましては今各国と最終状況の確認を行っております。早ければユールの頃には準備が整うかもしれません」

「ユールか……」


 露草姫の遺した種。既に彼女が亡くなって一月が経とうとしている。

 そんな、世界が悲嘆に暮れた中で、見出した希望は今を変える光だった。

 世界に名立たる妖精従き(フィニアン)だった露草姫、ローザリンデ・アスタロス王妃殿下。彼女が今際(いまわ)(きわ)に残した最後の妖精術。それこそが、当時から不穏を漂わせていた妖精変調への対抗策────回帰の揺籃歌(ベルスーズ)だ。

 かの妖精術をこの大地全体に向けて使う事で、妖精変調への楔とする。国さえ跨いだ世界規模のこの方策は、彼女の遺し、願った未来を守るためにと誰もが尽力を重ねて突き進んでいる未来だ。

 その努力が、あと少しで実を結ぼうとしている。


「間に合えば、フェルクレールトへ向けた最大級の贈り物となる。そうでなくても未来を見据えた福音となるはずだ」

「後の世に胸を張れるよう、立派な今を作りましょう」

「あぁ、そうだな」


 少し冷めた琥珀色を喉の奥に流し込んで、今一度背筋を伸ばし机に向かう。

 誰もが一所懸命に前を向いているのだ。国を預かる者が休んでなどいられない。

 ……なにより、ユールは我輩も楽しみにしているのだ。国の民が安心して暮らせるように……最愛の孫たちが健やかに過ごせるように。

 今年もあと二十日ほど。しっかりと腰を据えて仕事に励むとしよう。





              *   *   *




 低き声に(いざな)われ。匂いを辿ってやってくる。

 空気を読んで語らい邪魔せず。空気を読まずに白を飲む。

 (うずたか)い山は泡沫の証。一夜の夢の数多の願い。

 前借り代価を蓄えて。悦楽浸って幸に溺れる。

 焦がれる豊穣は牝の牛。乳の上澄み、渇きを流す。

 飢えはユールに走り抜ける。大地は恵みを享受する。





              *   *   *




 陸を踏みしめ小さく息を吐く。

 大地が揺れるようないつもの変な感覚に違和感さえ覚えながら足を出せば、共に責務に励んでいた相棒が胸元の衣嚢(いのう)から顔を覗かせた。


「おつかれさま」

「変わりなく、だけどな」


 俺の契約妖精、ネロがころころと笑う。だが、笑えるからこそ安堵もできる。

 つい先日、陸の方では一騒動あった。大木切りと呼ばれる魂の持ち主が、英雄的妖精であるカドゥケウスを襲ったのだ。

 事の知らせは妖精変調対策にと設立された部隊に、今年入学したばかりの学生ながら門客として席を置いている双子の少女から。この国の王孫殿下、ピス・アルレシャとケス・アルレシャだ。

 何かと妖精に好かれやすい体質の二人は、当然のようにカドゥケウスの興味も引き、何やら特別な繋がりを持っていると噂に聞いた。

 軍は今回の事をそれを通じて知り。彼女のお陰でカドゥケウスの危険を逸早く認め、対処に当たることができた。

 お陰で目立った被害はなく、今一度の平穏を享受できている。

 最初は学生を……しかも契約もしていない妖精憑き(フィジー)を、軍の部隊に特例で組み込むという発案に懸念を示す者も多かった。

 しかし妖精変調以降、彼女のお陰で初動が上手くいった案件もあって、今では彼女達の存在を腫れ者扱いする者はいなくなった。

 そもそもが王孫殿下として立場ある人物であり、人の世でも珍しい双子なのだ。周りも、言葉にしないながら何かを期待していたからこそ、縋る思いで彼女達を受け入れた。

 それが結果的にいい方向へ転んでいるというのであれば、今更異議を唱える者などいない。

それ以上に、特別だと信じるならば。若き芽をしっかりと守り抜くことこそが俺たちの使命だと奮起する燃料にもなるというものだ。

 まだまだ未熟な少女二人に大の大人が背中を蹴られるなど、本来恥ずかしい話だが。彼女達に負けないように成果を目指すというのは、個人的に心地いい。

 やっぱり目標はあった方がいい。努力して越えられる程度の高さがいい。

 ……俺は別に、才覚に溢れているわけではないから。本物にはどうしても敵わないかもしれない。

 けれども、だからこそ譲れない矜持はこの胸にあって。それこそが今の俺を形作っているのだと思えば、やっぱりこの衝動は間違っていないはずなのだ。


「さぁて、報告上げたら飯食って久しぶりに家に戻るかな」

「家で食わないのか?」

「今からじゃ寝ようとしてるのを叩き起こすようなもんだ。俺に代わって家を守ってくれてんだからそんな無理を言えるかよ」

「その言葉こそ伴侶に聞かせてやれよ」

「やだよ、恥ずかしい」


 相棒のからかいに指先で答えつつ人通りの少ない夜の城下町を歩く。

 陽も落ち、月の昇ったこの時間。既に市井の歯車は殆ど止まり、幾らかの飲食の店が明かりを灯して陸軍の者達が微かな緊張感と共に巡回をしているだけだ。当然、子供の姿など存在しない。

 冬の所為かいつも以上に寒々しい石畳の上り坂をゆっくりと上る。物と金、カリーナ城下町の足元である玄関口の市場区画から、日中は賑やかなことこの上ない民の暮らしの中枢である商業区画を経て。辿り着いたのはカリーナがカリーナ共和国として成り立つための象徴が幾つも立ち並ぶ、上層区画だ。

 ここには、国の証とも言うべき白皙城(ヴァイスシューレ)を筆頭に、知の結晶である国立図書館や、幾つもの研究所。そして未来を担う若葉が通う学び舎が存在する。

 言わば国中の……世界中の様々な物の集積地にして、新たなる歴史の発信地。このフェルクレールトの大地を支える、立派な柱の一つだ。

 そんな上層区画には、俺が属する軍の本部が存在する。常日頃海軍の騎士たちが詰めている駐屯地とは違う、軍部を総括する建物だ。

 あまり顔を出すことはないが、無縁とは言わない。国に剣を捧げてから直向きに精進した結果、俺の肩には海軍中佐としての肩書きと責務が乗っかっている。

 俺が預かり指揮を執っている白角(ハッカク)騎士団もその一つ。軍という大枠から見れば、海軍の中の一部隊に過ぎないが、それなりに期待されカリーナ城下町沖の海を任されている、軍の顔の一つだ。

 ある種の宣伝活動のように華々しさを求められたこの舞台は、海の顔として民に、国に、世界にその名を知られている。

 が、当然の事ながら、たった一つの部隊で広大な海を見張ることは出来ず。海軍内部には白角以外にも幾つかの部隊が存在する。

 その中で、隊員が全員が妖精従きであり、水竜に跨って海原を駆けるという騎士らしさが買われて、よくよく海軍の顔などと言われるのだ。

 していることなど、海に出て異常がないか確かめ、あれば対処をし。それさえも稀で、普段はカリーナの港を出入りする船舶を誘導するというのが大多数だ。やっていることは最早、船乗り達の同業……水先案内人だ。

 お陰で軍内部からは『(たか)り海鳥』などと揶揄されるほど。誇りはあるが、実ややりがいは少し薄い。

 その為普段は本部になど用はないのだが……。ここ最近は結構頻繁に通って場違いを晒している。

 理由は唯一つ。年明けに日開けた大規模遠征の準備のためだ。

 今日も通常の仕事の傍ら、四大国合同で行われるその遠征のための準備をあれこれ進めていた。

 この遠征任務での海軍の役割は一つ。大規模な物資移動だ。

 フェルクレールトの中心地。妖精に纏わる秘密が多く眠るとされるミドラースへの大規模遠征。人員だけでも数百名を超えるその世界の方針とも言うべき事柄には、当然それ相応の物資が必要となる。

 大人数。そして長期の調査任務だ。衣食住を賄うための拠点すら一から作って望む。その為に建材は元より、今も尚備蓄し続けている食料などの運搬や配給。衛生面の確保など、やることは多岐に渡る。

 そんな、無くてはならない役目をどうして陸でも空でもなく海が任されているのか。

 それは偏に、ミドラースが周囲に水のない陸の土地だからだ。

 海軍の本領は海の上でこそ発揮される。であれば、水のないところでの俺たちなど、少し妖精術が使えるだけのお荷物だ。

 もちろん一通りの基礎行動は騎士として可能だが。そんなに実地での経験がないため、空や陸の者達と比べるといざという時の行動が劣る。

 集団行動での一番の敵は、仲間内で協力体制が築けないこと。誰かの能力不足が他の誰かの足を引っ張り、本来の能力を十全に発揮できなくなる。

 そうなってしまえば調査どころでなく、下手をすれば内輪揉めにまで発展してしまうのだ。

 それを回避するならば、最初から不慣れな事はさせなければいい。加えて、専門分野の者達がいつも通りに行動できるように支えてやればいい。

 そんな当然のような成り行きから、今回は海軍が空と陸の土台を支えることとなったのだ。

 環境が変われば立場も変わる。

 逆に、俺達がいなければ空も陸も満足に動けないのだと考えれば、ただ(へりくだ)っているだけではないと自分たちの責務に誇りも持てる。

 何より、今は立場の違いでいがみ合っている場合ではないのだ。

 全ては世界に不穏を蔓延らせている妖精変調を解決するため。その目標に違いはなく、各々が胸に抱く思いに貴賤はない。

 不満などあろうはずがない。世界の平穏を守る事こそが、剣を捧げた者の矜持なのだ。


「一緒に来るか?」

「退屈だからいい。また明日な」

「あぁ」


 他愛ない雑談をしながらやってきた本部。堅苦しい空気を前に少しだけ身なりを整えながら相棒に問えば、いつもながらに自由を振り翳した彼は衣嚢から飛び立って闇の中へと姿を消す。

 そういう部分は妖精が羨ましいと。人の煩わしさを見せつけられたことに小さく息を吐きながら建物の中へ。

 夜間でも非常時の為に常駐している者達に労いの挨拶をして上官の下へ。今日最後の仕事として報告を待っていたらしい彼に、手短に纏めて話を終えれば、特に何事もなく解放された。

 上官だが、それなりに親しい間柄。妖精変調のような逼迫した問題がなければ、飲みにも誘ってくれる気さくで部下思いな尊敬できる人物だ。

 今度の遠征が終わったら、慰労の意味も含めて一席設けてくれることだろう。その時は存分に楽しませてもらうとしよう。




 本部を後にしてやってきた商業区画。昼間の活気が嘘のように冷たく静かな石畳の光景には殆ど光はなく。逆に目立つ飲食店の灯りが幾つか散見出来る。

 妖精変調…………回帰種の存在もあって、陽が落ちてから外を歩く者は極端に減った。お陰でいつも人ごみに溢れている通りは貸し切りのように遠くまで見通せる不思議さ。この光景を見て国随一の賑やかさを誇る場所とはとても思わないほどの閑静さだ。

 静寂故に、町中に住み着いている野良の動物たちの気配すら感じられる。何とはなしに暗い路地を見やれば、食べ残しを求めてやってきたらしい鳥の姿を目にできた。

 居付かれたら荒らされてしまい迷惑だが、今日の仕事を終えた俺が追い払う事ではない。その内巡回の騎士が気が付いて対処するだろう。

 そんな風に考えながら閑散とした町を歩けば、やがて辿り着いたのは『大地の首輪』と看板をぶら下げる、一際賑やかな飲食店だった。

 軍の者……特に陸軍の騎士たちが好んで立ち寄っているこの店は、お手頃価格で沢山食べられるという事で若者にも人気がある。俺は海の人間だから、仕事終わりの食事は(もっぱ)ら沿岸部で済ませるのだが、ここ最近はこうして上に来ることも多い。

 その為普段寄らないところに顔を出しているのだが、今日はここだ。

 少し込み入った話をする際には奥の部屋を使う事もあるが、今日は普通の客。少しの酒と飯で体を労わって、明日への活力に変えるとしよう。

 そう考えつつ扉を開け中へ。夜だというのに威勢よく出迎えてくれた恰幅のいい御仁……この店の顔でもある店主の女性だ。

 まだ海へ配属される前によく通っていた経緯から、向こうも俺の事は覚えているらしく。幾らか名前と顔が売れた今だからこそ、昔のように親しんでいられることに感謝をしながら。

 とりあえずを頼んで席を探したところで、幾人かいた客の中に見覚えのある顔を見つけた。


「……珍しい顔もあったものですね」

「あ、どうも」


 声を掛ければ、そこでようやく気付いたらしい丸眼鏡が軽く会釈する。仕草に、あまり手入れはしていないらしい長い天鵞絨(びろうど)の髪が微かに揺れる。見慣れた白衣を着ていないことに若干の違和感を抱く。


「いいですか?」

「えぇ」


 断れば、微かに笑みを浮かべる。研究者という職業柄、普段は理屈めいている彼女……ヴァネッサ・アルカルロプスだが、お酒が入るとそうでもないらしい。


「お仕事終わりですか?」

「ついさっきですよ」


 心地よく飲んでいたところを邪魔したかもしれないとも思ったが、向けられた声に険はない。

 どうやら仕事の息抜きにでも足を伸ばしてきたらしい。

 と、次いでヴァネッサ女史が思い出したように尋ねてくる。


「ご家族はいいんですか?」

「家内に無理はさせられないので」

「寂しい愛ですね」


 彼女も俺も、互いに既婚者。だが、仕事に没頭するあまり家の事を(おろそ)かにしがちなところはよく似ていて、言葉にも自嘲のようなものが聞いて取れる。


「ヴァネッサさんこそいいんですか?」

「普段から帰ってませんので」

「それはそれでどうなんですか……」


 思わず零せば、くすりと笑った彼女。そんなヴァネッサにつられて笑みを落とせば、使い込まれた木製のジョッキ一杯に注がれた麦酒(エール)が目の前にどんと置かれた。

 女性と飲むには色気が無く。かと言ってカリーナでは馴染みの深い蜜酒(ラム)で深く酔うわけはいかない。今日はこれで我慢だ。

 そんな風に考えて手に持てば、同じものを傾けていた隣の彼女が飲み掛けを軽く持ち上げた。


「今日も一日」

「お疲れ様」


 応えて軽くぶつけ、潮風に晒された喉に苦みを押し流す。

 遅れてやってきた微かな熱さに声を漏らせば、隣の彼女はまた一つ小さく笑った。




 出来立てのレジェを口に運びつつ、ヴァネッサと話をする。

 話題は何でもない雑談から始まり、気付けば先日の一件に移っていた。


「それじゃあその後は特に何事もなく?」

「えぇ。大木切り達の様子も落ち着いていて、再び問題を起こす感じはないですね」

「それはよかった」


 大木切り……カリカンジャロスの起こした、カドゥケウス襲撃問題。エルヴェ達陸軍が中心となって対処に当たったかの案件のその後は、これまでの回帰種の問題同様、落ち着いているらしい。

 陸の事に首を突っ込んで引っ掻き回すつもりはないため詳しくは聞いていないが、どうやら妖精の助けもあって経過は順調のようだ。


「とはいえ事実までは覆らないので、色々慎重にはなってますけど……」

「無理はしないでくださいね。あなたが倒れたら困る人が結構いますので」

「そこまで背負わされるつもりはなかったのだけれどもね」


 嘆息するように零してまた一口麦酒を呷る。どうでもいいが、彼女は結構飲めるらしい。ハーフィーであることは関係していたりするのだろうか?


「そちらも水竜の件以降は何もありませんか?」

「そうですね。今でもそれなりに警戒はしてますけど、再発の兆しはありません。あの一回が特別だったんでしょうね」


 タルフ岩礁周辺での水竜問題。船舶の出入り、物流の停滞に大きな被害を齎した夏の出来事。だが、あれ以降目立った騒動はなく、至って普段通りの海の日常が流れている。

 妖精変調や回帰種の問題も、海の上では殆ど日の目を見ない。というのも、そもそも海上に妖精がいることが稀だからだ。母数が極端に少なければ、当然問題だって起き辛い。結果、秋は一貫して何でもない日々を過ごしていた。

 お陰で不謹慎にも少し退屈をしていたのだが、今回遠征の話が持ち上がったことで海も少し忙しくなった。

 そもそもこれからの時期は、海軍は暇になるのだ。

 水先案内人として船舶の出入りを先導する任も負う俺達だが、冬になれば船の数は減る。特にスハイル方面が絡むと極端な話で、冷え込むと海を船が渡れなくなるのだ。

 フェルクレールトの大地で最も冬が厳しいとされるスハイルのナヴィガトリア周辺では海が凍る。その氷が割れて流氷となり近海を漂う事で、船の航行が困難になる。結果、船そのものがあまり動かなくなり、巡ってカリーナにやってくるのも少なくなるという事だ。


「ただ、直接ではないですけど懸念は幾つかありますよ」

「懸念ですか?」

「噂です。陸路より少し遅いですが、船に乗って他国の……船乗りたちの間で巡る憶測があれこれ入って来るんです。特にこれからの時期は多いですね」


 冬は何かと寂しい季節だ。

 寒さにやられて先細りする感情が鋭敏になり、微かな違和感でも不安の種となる。海を行く者達にとってもそれなりに危険と隣り合わせな時期。

 その為、海原で擦り減った温かさを補うように、港へやってきた海の男たちから様々な話を聞くことが多いのだ。

 そんな中には、時折無視し辛いものも存在する。


「……ブランデンブルクの死神については?」

「いえ……。ですが、死神、ですか…………」


 店内の喧騒に隠れるように声を潜める。返ったのは、何かを確かめるような低いヴァネッサの声。

 死神。そう呼び習わされる魂が、このフェルクレールトには存在する。

 妖性の名を無粋に言葉にすることはあまり好まれない。本人を目の前に音にすれば反撃を食らってもおかしくない不躾な行いだ。

 だが、必要であれば別にいい。絶対な禁忌ではない。

 しかし、本当の禁句と言う物も存在するのだ。それが──死神だ。

 その名を──デュラハン。首無し騎士とも言われるかの魂は、言葉にするだけで命を駆られると恐れられる、死の象徴にして理不尽の極致だ。


「今どうなってるのかは俺も知りません。ただ、噂としてブランデンブルクの方でそういう話が流れてるみたいで」

「今後こちらに被害が及ばないとも限らない、ってことね」

「少なくとも、無視はできないかと」


 今のカリーナで妖精変調の情報が最も早く集まるのは彼女達研究者の下だ。そこで事の真偽を精査して、必要であれば軍が対処に当たる。

 ようやく確立化されてきた行動指針。であれば、懸念だとしても彼女達に共有しておくのがいいだろうと思ったのだ。


「先ほど本部の方にも伝えたので、明日にでも同じ話題が行くかもしれませんが」

「……酔いがあってよかったわ。素面で聞いてたら寝込んでたかも」

「すみません」

「謝る事ではないでしょう?」


 彼女の言葉に助けられた気分になりながら麦酒を一口。続くように隣のヴァネッサも傾けて、少し疲れたように零す。


「……そのことに関してはまた後で考えるわ。今は楽しく飲んでもいいかしら?」

「もちろんです」


 そうでなくてもカドゥケウスの事などで忙しい身なのだ。幾ら酒で鈍っていたとはいえ、今ここで彼女にするべき話ではなかった。

 そう反省しながら、罪滅ぼしにと小さく息を吐く。

 これも何かの縁だ。日頃の労いも含めて、この場は俺が出すとしよう。

 そう独り言ちれば、ようやく純粋に酔いを享受できた気がしたのだった。





              *   *   *




 残り香惹かれて忍び寄る。独りの皿に手を伸ばす。

 こそいで舐めて取り上げて。杜撰に集り、腹満たす。

 富への戒め留まらず。大地は痩せて、冬肥える。

 夜は重なり、不穏を連れて。好機が不満と背中合わせ。

 寒さ(いなな)きいなくなる。底を浚って、いなくなる。





              *   *   *




「なんだか一気に寒くなったな」

「カリーナだからね」


 隣を歩く幼馴染の声に相槌の様に返す。

 けれども確かに、彼の言う通りここ数日で空気がぐっと冷え込んだ。

 お陰で慌てて厚めの上着を引っ張り出す羽目になって、少し慌ててしまった程だ。

 今日着ているのは、冬になる前に新しく買った新品。落ち着いた色合いながら、前を止める(ボタン)が桃色の蝶々の形をした、可愛い一枚。殆ど衝動買いで、足りない分をお母さんに前借りしてしまったけれども、温かい今に後悔はしていない。

 願わくば、隣の鈍感が気付いてくれると尚いいのだが……それは高望みかと小さく息を吐く。微かに白く色付いた。


「冬以外が暖かいから逆に寒く感じるの。毎年の事でしょ?」

「にしても今年はいつもより急だった気がするけどな」


 ロベールの言葉は否定しない。

 実際、今年の冬はいきなり寒くなった。去年と比較なんてできないが、なんとなくいつもより寒い気もする。

 もしかすると、珍しくカリーナでも雪が降るのではないだろうか……。そんなことを期待してしまうくらいには、頬を撫でる風を痛く感じるのだ。


「な、今年は雪降ったりしないかなっ?」

「降るといいね」


 語調はそっけなく。けれども彼と同じことを考えていたことに、一人嬉しくなる。

 学び舎に入学をして、立派な大人に……妖精従きになるべくより具体的な勉強を始めた。それだけで去年より大きくなれた気もするが、年齢で言えばまだ14、5歳。子供と大人の間で揺れる複雑な時期で……まだまだ子供らしい興味や楽しさを忘れられない年頃だ。

 名家の出身でも、身の丈程度に珍しさに胸が躍っても不思議ではない。

 何より、ロベールと同じ気持ちを共有できるのが擽ったくて嬉しい。

 ……もし本当に雪が降って。どこか暖かくユールを一緒に過ごせたら、どれだけ幻想的な思い出になる事だろうか。想像しただけで思わず笑みが零れてしまう。


「……なに笑ってんだよ」

「なんでもないよ」


 あぁそうだ。そろそろ贈り物の準備もしないと。

 今年はピスとケスも含めて四人でユールを過ごす事になっている。ロベールと二人きりでないのは少し残念だが、彼女達と一緒というのも新鮮だ。

 きっと去年までとは違った一日になる事だろう。


「そう言えばシルヴィ、あの噂聞いたか?」

「噂?」

「ユールラッズ」

「あぁ……」


 あの双子の特別性は一体どこまで影響を及ぼすのだろうか。

 そんなことを考えていたところへ、幼馴染の声が紡がれる。その口から語られたのは、数日前にあたしも耳にした単語だった。


「聞いたって言うか、子供は毎年聞かされる話だと思うけど……」


 ユーズラッズ。それはユールに纏わる妖精のお話だ。


「あれでしょ? ユールに向けて毎夜一人ずつ妖精が悪戯にやってきて、夜更かしする悪い子を脅したりするっていう奴」

「あぁ。んで、最後にはユールラッズたちの母親と飼い猫が出てきて悪い子を食っちまうって話だな」


 それは子供を教育するための言い伝え。夜更かしを(いさ)め、良い子にしていなければ妖精がやってきて命まで狙われてしまうという脅し文句だ。

 ユールを目前に浮かれてしまう子供たちを窘めるための作り話……と言うのが通説だ。

 というのも、話に出てくるユールラッズや母親、そして残虐な猫たちを、誰も見たことがないからだ。

 話の成り立ちとしては、妖精と今ほど歩み寄ることのできていなかった頃に生まれたために、悪者役を彼女達に押し付ける形で成立している。だからユールラッズは妖精と言う事になっているのだが、その魂を見た者がいないのだから作り話だ……と言うのが暗黙の了解だ。

 ただ、そうして大人たちが口うるさく言うから、子供たちは贈り物を貰おうと打算的にいい子を演じるのだ。


「でもあれって作り話でしょ? 妖精だって言われてるユールラッズだけど、その姿を見た人は今までいないんだから」

「そうなんだけどな……」

「…………なに?」


 歯切れ悪いロベールの声に尋ねれば、彼は自らも疑いのまま言葉にする。


「そういう悪戯が、実際に起きてるらしい」

「え……?」


 簡単には信じられない話に、けれどもロベールの声に冗談の色がない事に気付いて耳を傾ける。


「ユールラッズは全部で13人だろ? で、ユールの日から逆算したその日に、羊を飼ってる牧場で悪戯をされてたらしい」

「羊って……確かユールラッズの一人目は…………」

「ステッキャストゥイル。家畜を追い回したり、絞った羊の乳を勝手に飲み干したりする奴だ。実際、翌朝には置いておいた羊の乳が綺麗さっぱりなくなって、羊たちの毛が複雑に絡まってたらしい」

「……房結い」


 房結いの妖精術……悪戯は記憶にも新しい。少し前の学園祭であたしとロベールが惑わされた悪戯。あの時に直接体験したのだ。

 その内容は言葉通り。紐だったり髪の毛だったりを妖精術で結び合わせてしまうという妖精の悪戯。そこには動物の(たてがみ)なども含まれるため、羊が標的にされても不思議ではない。

 何よりこの時期の動物たちは皆冬毛に換毛し、寒さから守るために体を覆う。春になれば衣服などの材料として毛刈りをされる羊たちだが、今頃はもこもことした体毛に覆われているのだ。妖精が悪戯をするには持って来いの相手だともいえる。

 だからこそ、それだけで判断はできないが……。


「それから、次の日には牛乳も狙われたらしい」

「ギリィヤグイル……」

「人や牛じゃない、大きな足跡もあったって」


 ギリィヤグイルはトロール……丘の人々(ベルグフォルク)のような巨人だと言われている。そしてロベールの真剣な声から考えるに、一つ前のステッキャストゥイルの時は、その存在を示す杖の跡が残っていたのだろう。

 ステッキャストゥイルは足が悪い妖精だ。だから杖を突いていて、それがかの存在と他の妖精を見分ける痕跡の一つとなる。


「昨日は?」

「……それはまだぼくも知らない。けど、もしかしたら…………」

「ストゥーヴル、ってこと?」


 ストゥーヴル。鍋などの底に残った食べ物を綺麗に舐めとって、調理器具そのものを隠してしまう3番目。

 もしその痕跡が見つかったら……噂や冗談として無視をすることはとても難しくなる。幾らなんでも三日続く偶然なんてありえない。


「でもなんで? ……って、本当だとすれば理由は一つしかないよね」

「妖精変調だよな…………」


 その影響下である回帰種。彼女達が本能のままに行動を起こしたのだとすれば、今年になっていきなり問題が起きたのは理解できる。

 そして何より……。


「ユールラッズって、ただの作り話じゃないってこと?」

「まぁ、仮にも妖精が関わってる話だしな。いても不思議じゃないってことだろ」

「でも、だとしたら……」


 ロベールの言葉に、巡った思考が寒気を感じさせる。


「他のユールラッズもこれから悪戯をしにやってくる可能性があるってことだよね」

「あぁ。それから、グリーラとその飼い猫もな」


 グリーラと言うのはユールラッズの母親。悪い子を浚って食べてしまうと言われる危険な存在。

 そしてその飼い猫……ユールキャットも同じことをグリーラと行うとされる。

 もし悪戯がお話の通りに続いていくのだとすれば。グリーラやユールキャットもどこかの子供を……もしかしたらあたし達を襲う可能性がある。

 そこまで考えが至って、冬の所為ではない冷たさを背筋に覚えて思わず肩が震える。


「……どうすれば、いいんだろ」


 回帰種には関わらないようにするのが自分を守る第一の術だ。だが、こちらの意思に関係なく向こうから勝手にやって来られては対処のしようがない。それは最早事故だ。

 可能な事と言えば、最後の悪あがきとしてこれからユールまでの残り十日程を、目一杯いい子として過ごす事。そうすれば、グリーラやユールキャットに命を狙われることはなくなるはずだ。


「まぁ、でもさ。ぼく達が知ってるくらいだから、他にも気付いてる人はきっといるって。それで騎士たちが動いてくれれば、大丈夫なはずだっ。ぼく達が無駄に騒いで混乱する方が迷惑になる」

「そう、だね……」


 芽生えた恐怖心を完全に捨て去ることは難しい。けれども、それを無自覚に振り撒くようなことをしなければ、それ以上の被害拡大は防げるはず。

 とりあえずは、いつも以上に良い子でいよう。その上で、更にユールラッズの噂が広がるようならば、先生や親にでも相談してみるとしよう。





              *   *   *




 腕がなければ何も掴めず。足がなければ歩けもしない。

 お椀がなければ食事はよそえず。食器がなければ食べられない。

 恵みの享受は指のその先。掬って運ぶ、口の先。

 故に感謝は礼儀と共に。失する汚れに権利無し。

 片付け掃除を怠った。怠け者には恵み無し。





              *   *   *




「では、今のところはまだ?」

「えぇ。どうにか被害は免れてます。……けど、それもいつまでかは分かりませんね」


 提供台を挟んでの会話。仄かな明かりの照らす店内で、真剣に神妙に交わす話題はここ数日の不穏について。

 また一口、透明なグラスを傾けて唇を濡らしつつ続ける。


「ですが、話を聞けて逆に安心しました。正体も分からないまま噂にばかり振り回されてましたからね」

「そうですね。見えないとその辺りはどうしても意識が離れてしまいますから」


 『胡蝶の縁側』という看板を下げた、城下町の奥にある隠れ家。昼は喫茶店を、夜は大人の社交場を提供しているこのお店は、私の行きつけの一つ。

 今年に入ってから見つけたのだが、あれからよく通っている結構なお気に入りだ。

 立地による客数や私の来店頻度の所為か、半年以上経った今では既に顔馴染み。腰を落ち着ければ変わらない一杯が最初に出てくるくらいにはマスターとも仲良くなり、お酒のお供に話題を咲かせるのにも苦にならないほどだ。

 そうして安心してしまう弊害か、この頃よく酔いに任せてそのまま眠ってしまうという事が頻発しているのは、自分を戒めるべきなのだろうが……。許して気持ちよく酔わせてくれる彼が悪いのだと責任を押し付ければ、この店がどれだけ心地のいい場所なのかが分かるというものだ。


「お陰でここ最近は生徒達にもユールラッズの話をしてばかりです。……まさか授業で取り扱う事になるとは思いませんでしたね」

「こんなご時世ですからご苦労も絶えないでしょう。どうぞ、ここではごゆっくり」

「ありがとう」


 そんなお店の店主、ジル・モサラーとの今日の話題はユールラッズについて。

 それは、ここ数日で瞬く間に城下町を席巻した噂の事だ。

 曰く、物語の中でしか見られなかった存在が実際に現れている。曰く、その悪戯の先には残虐な結末が待ち受けている。

 ユールと言う特別な日を目の前に浮足立った子供たちを躾ける為の有名なお話。13人のユールに纏わる妖精が夜毎やって来ては代わる代わるに様々な悪戯を行っていくというものだ。

 そうして最終的には、悪い事をする子供を浚って食べてしまうという話。私も、幼い頃には毎年聞かされてよく理不尽を押し付けられたものだ。

 だが、本気で怖がっていたのは歳が一桁の頃まで。毎年変わらず同じことを言われ続けるのに、実際にその影が一切見えてこないともなれば、いつからか話半分に聞き流す恒例に代わってしまう。

 結果、学び舎に入学する頃になると、誰もが口を揃えて『大人は勝手だ』と反抗期の戸口となってしまう。これは、学園と言う目に見えた大人への一歩に自立心が芽生えるからだと言えば、大人からしてみれば嬉しい成長なのかもしれない。


「それで、今夜はどんなのがやってくるんですか?」

「話の通りであればスヴォールスレイキルですね。鍋をかき混ぜる道具を盗んで、そこに付いた食べ物を舐め取ってしまうと言う妖精です。13人の4番目です」

「残り9人ですか……。一体どんなのがいるんですか?」


 ジルは妖精が見えない。その為、ユールラッズをそれほど気にして来なかったらしく、詳しくは覚えていないらしい。

 そこへ今回の噂を耳にして、不気味な悪戯の連続に危機感を覚えていたようだ。が、妖精の仕業と知ったからか、少しは余裕が出来たらしい。

 知る事こそが何よりの対策。妖精の悪戯に巻き込まれない為の武装。または、巻き込まれた時にどうやって抜け出すのかという対処法。

 今回のユールラッズも、幾らかは知っていれば回避が可能なことがある。


「では、最初から順に行きましょうか」

「お願いします」

「一番目はステッキャストゥイル。家畜を追い回し、羊の乳を勝手に飲みます」

「悪戯としてはよくある話ですね。お菓子を作る身としては結構な被害です」


 物が無くなれば、希少価値が付く。物流が減るという事は、それだけ値が高くなるという事。

 材料を仕入れて作り、商品として売る彼のような職業にとっては、頭を悩ませる一因だ。

 何せ、材料費の元を取ろうと商品を値上げすれば買い手が付かなくなる。かと言って安く売れば、儲けが出なくなる。

 ステッキャストゥイルは、場合によって人の市場さえ混乱させる存在だ。


「二番目はギリィヤグイル。今度は牛乳ですね」

「これも結構厄介ですね。乳の類は家庭の料理でも使いますから」

「三番目はストゥーヴル。片手鍋を盗んで、焦げ目を食べます」


 基本的にユールラッズの13人はユールに纏わる……もしくはユールを催せなくなるような悪戯を行う。

 材料がなければクーヘンのようなお菓子は作れず。調理器具がなければ肉や魚の主だった料理が出来ないというわけだ。


「四番目……今夜がスヴォールスレイキル。そして五番目がポッタスケーヴィッキです。四番目は鍋をかき混ぜる道具を、五番目は鍋とその中身を狙います」

「材料の次は調理器具ですか……」

「料理はユールの特色の一つですからね」


 ユールには、その時にのみ食べる特別な食べ物が幾つか存在する。また、催しと言う事で普段より豪華な食事も行う。

 それらを出来なくさせる彼らの悪戯は、ユールを否定する行いとも言えるだろう。

 転じて、悪い行いをした者への罰と言う事だ。妖精らしいと言えばその通りかもしれない。


「昨日までの事を考えると、今夜もどこかで四番目が悪戯をするはずです」

「自分に被害が及ばないことを願うばかりですね」

「そしてここからは更に未来の話です。ジルさんも気を付けてください」


 先回りして対策を打てる場合もある。彼にも十分に有益な情報となる事だろう。


「六番目はアスカスレイキル。保存食や皿などの食器を狙います。食器は後回しにせず、洗っておけば盗まれません」

「保存食と言うのは?」

「昔の名残ですね。今ほど保存技術が発達していなかった頃は、樽に入れて食料を保存してました。これを殻にするのがアスカスレイキルです」

「つまり樽に入れて保存しなければ大丈夫というわけですか」

「恐らくは……」


 断定はできない。

 というのも、今回のユールラッズは必ずしも物語通りに悪戯を起こすとは限らないからだ。

 何せ今は妖精変調……回帰種のことがある。もし彼らが姿を現したのがこれに関係しているのだとすれば、ユールラッズはもれなく回帰種と言う事になってしまう。

 そうすると彼らの悪戯が話通りに進むとは断言できないのだ。


「七番目は?」

「フルザスケットリルですね。家の扉を思い切り閉めて人を脅かします」

「ユールは確か、境界線でしたね。戸締りはしっかりしておかないと狙われるという事ですか」


 ハロウィンやサウィンと同じく、ユールも異世界との境界線が揺らぎやすい日とされる。

 それと同一視されるのが扉であり、外と内を隔てる物へ干渉するという行いは、転じて悪意を家の中に招切れることを想起させる。

 特にそれを夜に行うという事は、世界の夜である冬に晒されるという事。その後、その家にどんな不幸が起こったとしても不思議ではないという事だ。


「八番目はスキールガゥムルです」

「あれ。スキールって確か」

「はい。そのスキールです」


 スキールは彼にもなじみのある食材だろう。大枠で言えば、乾酪(チーズ)の仲間で、見た目はヤウールと言う乳製品に似ている。

 牛や羊の乳を発酵させて作るヤウール。そこから乳清を取り除いた乳から作るのが乾酪であり、スキールは更に乳から水分を飛ばした粉を使って作る。

 粉にしておけば保存も効くし、持ち運びも楽になる。溶かして食べれば元となった乳の栄養を得られる。

 昔はこの粉を食料の保存などに使ったらしいが、技術が発達した今では粉もスキールも専らお菓子や料理の材料となっている。

 この店でもお酒のお供に沢山のお菓子を作っている。ジルもきっと使ったことはあるはずだ。


「スキールガゥムルはその名を冠している通り、スキールを食べにやってきます。もし物があるようなら気を付けてください」

「うちは基本粉を買ってるからそれは大丈夫だな」


 まぁ、その方が安いし量も買える。安く仕入れて高く売るのは商売の基本だ。


「では次ですね。九番目はビューグナクライキル。これは燻製のラソスィスを狙います」

「腸詰めですか……」


 ラソスィスとは、豚や羊の腸に肉を詰めた食べ物だ。市場に出れば当然のように売っている食品で、家庭料理などにもたくさん使われる。

 特にユールではラソスィスを燻製したものを宴の席で食べることが多く、ビューグナクライキルはこれを目当てにやってくる。


「物語の中では目に付いたラソスィスを見境なく食べると言われているので、目に見えないところに隠しておくのがいいかもしれませんね」

「ラソスィスは酒の相方だ。気を付けるとするよ」


 適度な塩気や刺激が(さかな)にはよく合う。お酒を楽しむにはまず間違いない相棒だ。


「それから十番目は、グルッガギャイイルですね。覗きと泥棒ですが、これに関しては運ですね。狙われないことを願うしかないと思います」

「これといった対抗策は無しってことか」


 グルッガギャイイルの興味を引いた物が狙われる。これまでの明確な目的を持ったユールラッズと違う十番目は、それ故に厄介な相手だ。

 とはいえ、物が無くなるなんて妖精と暮らしていればよくある話。取られて嫌なものはしっかり隠しておけばいい。当然の事だ。


「十一番目はガフッタセーヴル。ルイヴァブルイズが好物です」

「分かりやすいな」


 ルイヴァブルイズは、ユールに食べられる葉っぱを模した揚げ菓子だ。もう数日もすれば市場でも沢山売られるようになる。彼にとっては楽園のような光景かも知れない。


「十二番目はケートクロゥクル。目的はハゥンギキョートですね」

「流石十二番目。大物だな」


 ハゥンギキョートはユールの食卓の目玉とも言うべき食べ物で、羊肉の燻製だ。

 これもまたもう少しすれば市場に沢山出回る事となる。中には昔ながらの製法で半月ほどかけて作った物も存在する。

 家でも作れないことはないが、手間の掛かる一品。それ故に、ユールを象徴する食べ物でもあるのだ。


「そして最後、ユールラッズの十三番目がケルタスニーキルです」

「これは僕も思えてる。蝋燭……灯りを狙う妖精だろう?」

「そうです。ではその由来をご存じですか?」

「由来?」


 問いには、ジルが首を傾げる。そんな彼に、ケルタスニーキルの二つの目的を告げる。


「その昔、蝋燭は動物や魚の油で作られていました。妖精が人とは違う嗜好を持つことは特別な事ではありません。蝋燭もまた、その一つです。特に冬は陽が短いですからね。暖を取るためにも蝋燭を灯せば、その数だけ彼らの気を引きます」

「……冬に生きる妖精にとっては目障りな存在というわけか」

「だから灯りを、熱を奪う。食を標的に冬の厳しさを体現するユールラッズにとっては、炎もまた天敵ですから」

「なるほどね……」


 夜は暗闇の世界。冬はこの世の異世界。人ならざる者である妖精の中には、そんな不穏を好む仄暗い性質を持ったものも沢山存在する。

 物語として子供を躾けるために世界に広く知れ渡ったように、ユールラッズもその一つなのだ。


「取り急ぎ、簡単ですがこれがユールラッズに関してですね」

「それぞれは少し特殊な目的の妖精ですね。全体で見れば冬を象徴する存在というわけですか」

「それから、ユールラッズにはもう一つ……いえ、この場合は二つですか。重要な存在がいますね」

「グリーラとユールキャットですか……」


 流石にそこは知っていたらしいジルが、(しか)めるように声の調子を落とす。

 ユールラッズに関する物語の中で、特に印象強く残るのがその二つの名前だ。

 なにせ、しでかすことが十三人のユールラッズに比べて酷く残虐で恐ろしい。


「ユールラッズの母親であるグリーラと、その飼い猫であるユールキャット。猫の方はヨーラコットゥリンとも呼ばれますが、この二つの存在は冬の残虐さそのものです」

「確か素行の悪い子供を浚って食べるんでしたっけ。子供の躾けにはこれまでとても活躍してましたけど……」

「今回は流石にただの脅しでは済まされないかもしれませんからね」

「事によってはユールラッズよりも問題ですね」


 グリーラとユールキャッツ。この二つに狙われるのは子供だ。つまり、大人である私やジルは正直直接的な被害はないと見ていい。

 が、だからこそ問題がある。

 子供が狙われるという事は、若き芽が危険に曝されるかもしれないという事だ。

 教師をしている身としては当然見過ごすことなどできないし、シルヴィ・クラズやロベール・アリオンと言った少年少女と親交のある彼にとっても他人事ではない。

 知っている誰かが命を狙われるかもしれない。それだけで十分に考慮に値する問題なのだ。


「……どうするべきですかね」

「学園としてもこのことは重く考えています。既に国に報告もあげているので何らかの方針は取られるはずです」

「そうですか」


 この辺りは国営故の強みだ。学園長……頂きの純白(エーデルヴァイス)という名で敬愛される彼女のお陰で、国との連携も(つつが)無い。

 ……この前はそれで学園祭で一波乱あったりもしたが、あの時はジルに迷惑を掛けてしまった。

 あんなことがないように、今回の件も速やかに解決するのが理想だ。


「僕にできることはなさそうですかね……」

「いえ、一つお願いしたいことが」

「なんでしょう?」


 無力感に苛まれるように自嘲したジルに、今し方思いついたことを提案する。


「二人はよくここへ来ますよね? もし彼女達からユールラッズに関する話を聞いたらそれを私にも教えてもらえますか?」

「なるほど。それくらいなら構いませんよ。愚痴を吐き出すだけでも、彼女達の心の平穏にも繋がりますしね」

「ありがとうございます」


 こうしてあれこれ話題が弾んでしまうくらいには、彼は聞き上手だ。先生には言えない事でも、それ以上に心を許した相手に話すこともあるだろう。

 何かと妖精に関する問題に巻き込まれやすい体質の子達だ。情報は少しずつでも得ていて損はない。


「少し暗い話をし過ぎましたね。次はどうしますか?」

「それじゃあペリーでも貰おうかしら」

「畏まりました」


 気取って店主と客人を演じれば、二人して小さく笑う。

 懸念は山積みだが、お酒に陰鬱さは似合わない。今は楽しく酔うとしよう。





              *   *   *




 取っ手掴めば音が鳴る。空に蔓延る味が誘う。

 引っ提げ被って隅まで覗き。余裕と怠慢縋って除く。

 悪癖見透かし鍋消える。次から次へと、影消える。

 満たす欲望底知れず。果て無き闇は、悪を呑む。

 冬を笑う童子を見つめ。指折り数える、災禍の行進。

 福を手繰って辿り着く。子供のままの、子に決める。





              *   *   *




「えっ、じゃああの噂本当だったんだ」

「あぁ。流石に冗談で噂に乗っかるのもおかしいしな。まず間違いないと思う」

「そっか……」


 シルヴィと二人、昼の弁当を食べながら噂に踊る。

 話題は当然、ここ最近で最も耳にすることの多いユールラッズについてだ。

 ユールにやってくる13人の妖精達。夜毎に忍び寄っては、それぞれの悪戯を行って姿を消す、悪しき心の天敵だ。

 ユールに纏わる食べ物や道具が無くなっていき、当日には母親と飼い猫がやってきて不心得者の子を浚って食べてしまうという物語。

 学び舎に通うような歳になれば、ユールという空気を目の前に浮足立つ子供を親が窘めるための方便だと割り切って、恐怖の対象でも何でもなくなってしまう作り話。

 ……作り話。そうだったはずの、空想。

 けれどもその存在が、なぜか今年に限って現実になり、実際にその爪痕を残しつつあるというのが、城下町を席巻している話題なのだ。


「まさかうちの学校でその話を聞くことになるとは思わなかったね……」

「ユールラッズって言っても妖精だからな。悪戯されたって言う見方をすれば、別に不思議な事じゃない」

「そうだけど……。自分の身近にそういう話を聞くとやっぱり考えちゃうって言うか」

「まぁシルヴィの言うことも分かるけどな」


 幼馴染の、慎重ゆえの心配性に少しだけ引っ張られつつ答える。

 シルヴィの言う通り、ユールラッズの五番目、鍋とその底に残った食べ物を狙うポッタスケーヴィッキの話が、ぼく達の通うテトラフィラ学園の生徒の口から直接語られたのだ。

 実際にその被害を受けたというその生徒は、今年の春に妖精従きになったポルト級の先輩。何でも、噂が本当かどうか確かめたくなったらしく、わざと鍋を洗わずに放置しておいたらしいのだ。

 そうして朝起きて見たら、寝る前にそこにあるのを確認したはずの鍋が綺麗さっぱり姿を消していたとの事だ。

 家族に聞いてみても誰も触っていないと言う。子供の興味を満たそうと悪戯で再現した、というわけではないそうだ。

 その先輩も、普段から好んで嘘を吐くような人ではないようで。本人の証言と、冗談にしては流石に妖精を馬鹿にし過ぎているという考えから、噂されていたユールラッズの存在が学園内を半日もしないうちに駆け巡ったというわけだ。


「それに、ユールラッズの話が本物だとすると……」

「グリーラに、ユールキャットか…………」


 隠しても無駄だと悟ってその名前を口にすれば、隣のシルヴィが食べる手を止めて重く頷いた。

 ユールラッズの母親、グリーラ。飼い猫であるユールキャット。

 この二つの存在は、ユールに纏わる話の中でも特に残虐性が高い。

 彼女達が姿を現す前提であるユールラッズが本当ならば、その未来もまた確定してしまうという事だ。


「……なぁ、子供って一体何歳までなんだ?」

「分かんない。考えられるのは、学園に入るまでか、妖精従きになるまでか、卒業するまでか……。学び舎を卒業したらみんな働き始めるから、それは大人だと思う」

「ぼく達もその対象になり得るってことだよな」

「……うん」


 だからこそ、怖くなってしまう。

 グリーラとユールキャットが浚う子供。それが一体何歳までの事を指すのかが明確ではない。もしかしたら、自分が狙われるかもしれない……。

 標的にされたら最後……ユールラッズの行いがそうであるように、グリーラとユールキャットの牙が現実になってしまうかもしれない。

 そう考えると、夜がやってくるのが怖くなってしまう。


「ぁ。で、でもさっ。浚われるのは言いつけを守らない悪い子供でしょ? いい子にしてたらきっと大丈夫だって……!」

「……そう、だよな…………」


 どこか無理矢理なシルヴィの声に促されるように頷く。

 だが、肯定こそしてみたものの、どうにも懸念は拭い切れない。

 もしかしたらあのことを見咎められるかもしれない……。そんな不安が脳裏を過ぎっては、落ち着かなくなってしまうのだ。

 思い返せば、完全に言いつけ通りになんてしてこなかった。

 学園の帰り道にジルさんのお店に寄るのだって、本来はいけない事。ピスとケス、二人同時に好きになるなんて言う不義理も働いているし。

 何よりぼくは、遠く昔にシルヴィの命さえ危険に曝し、その体に癒えない傷まで残してしまっているのだ。

 誰かを傷つけるなんてことが、許されるはずがない。謝った所で、その過去が消える訳ではない。

 考えれば考える程に、重く渦巻く物が胸の奥に蟠って呼吸が浅くなる。

 この焦りは、もしかしたら命の危機を知らせる何かなのではないだろうか……。

 そんな風に思い出せば、考えはより悪い方へ、悪い方へと雪崩れ込んで行く。


「大丈夫、だよな……」

「……うん。大丈夫、だよ……」


 だからそうして言い聞かせるように、言葉にするしかない。

 ……大丈夫。シルヴィと二人なら、大丈夫。

 何度も何度も、繰り返す。

 そうしていないと自分が……隣の彼女がいなくなってしまいそうで、怖かった。





              *   *   *




 浅い器は浅慮の証。貧しき家族へ尊き施し。

 お腹と共に心を満たし。厳しき苦節を周囲へ致す。

 されば忍耐は富の娯楽。持たざる者への無慈悲な悦楽。

 節制知らぬ乏しき希望。善なる心は寂しき衣。

 故に知らぬを知らせるは。失して気付く在りし品格。

 掌見つめて項垂れる。穴と隙間に冬が吹く。





              *   *   *




「よう、お二人さん」


 塔の上から急降下。見つけた背中をぐるりと回って、鏡合わせの目の前に立つ。

 こちらを見つめた(あま)色の双眸は変わらず真実だけを追い駆け続けているようで、焦点が僕に注がれているのかすら怪しく感じる。

 が、このまま待っているだけなのも性に合わないと。季節と魂を言い訳に衝動そのままに声を掛ける。


「少しいいか? 二人に訊きたいことがあるんだが」

「うん」

「歩きながら」


 特別な双子。ともすれば妖精以上に妖精らしい彼女達の呼吸に焦燥と心地よさを綯い交ぜにして覚えながら頷き調子を合わせる。


「この前の『大樹』の時は助かった。君たちがいなければ対応は後手に回ってただろうからな」

「ピス達は伝言役」

「頑張ったのはみんな」

「二人がそう言うならそれでいいさ」


 一週間ほど前。『大樹』……カドゥケウスの周囲で騒動が起きた。

 その危機を逸早く伝えてくれたのが隣の二人であり、僕はその場に居合わせて魂限りの力を行使したに過ぎない。

 あれははんぶんであるヴァネッサに乞われたからであり、何よりユールに忍び寄る足音に我慢がならなかったからだ。

 そういう意味ではピスとケスの二人はあの瞬間に一緒にいただけに過ぎない。彼女達の言う通り、直接対処をしたのは僕と陸軍の面々だ。


「その後も特に問題なさそうだし、あの件に関しては感謝してる」

「うん」

「本題は?」


 二人にとっては特別感謝されるような事ではないらしい。

 きっと結果が全てなのだろう。

 過去に囚われない、あっさりとした二人の言葉に気持ちを切り替えて本題に入る。


「時間がないから真っ直ぐ訊くぞ。……二人は13人に関しては?」

「知ってる」

「今日が七番目」

「なら話が早い。あいつら、揃いも揃ってずれてる。このままだと危ないぞ」


 飾ることも忘れた忠告。僕一人ではどうしようもない夜の影。

 そんな響きに、けれども双子……ピスとケスは変わらず一つ頷いて返した。


「『大樹』に聞いてきた。『火山』の方では首無しの予兆があるらしい」

「魂」

「誰?」

「そこまでは……。だが、もし同じくずれてるのなら…………」

「半分」

「四分の一」

「あぁ…………」


 言いたい事を察してくれることに感情が競り上がってくる。

 予感はまず間違いない。そして、それに比肩する程の厄災がこの地にも迫りつつある。


「だとすれば、だ。枯山姥と黒猫……あいつらも言い伝え通りとは限らない。それだけでも伝えておこうと────」

「………………」

「………………」

「……どうした?」


 言葉にしたところで未来が変わるわけではないが。それでも対策未満の注意喚起くらいはしておかないと、この胸を突く衝動は収まりそうにない。

 であれば、最も有益なところへそれを伝えるのが良いだろうと、二人を探してこうしてやって来たのだが。

 そんな二人が話の途中で足を止めて二人で見つめ合う。

 一体何が。胸騒ぎさえ覚えつつ二人に問えば、彼女達はこちらに向き直って零す。


「首無しは、足りないから」

「ユールは、足りてるから」

「…………。……っ、まさかっ!?」


 言葉足らずな二人の言いたいことに至れば、真っ直ぐな視線が同じように一つ頷く。

 だとしたら、駄目だ。今のままでは意味がないっ。

 早くこの事を伝えなければ……カリーナが────世界が冬に閉ざされてしまう!





              *   *   *



 揺らぐ境目心地よく。軋む(つがい)は鐘となる。

 闇夜に響く冬の息吹。冷たく乾いて轟き回る。

 用心恐怖を駆り立てて。冬は耳を鋭くさせる。

 立て付け駆け付け叩き付け。足音哄笑風に乗せ。

 寒々しさが(つんざ)いて。尖って背筋を撫で上がる。

 寝る子悪い子怯えた子。寝ない子悪い子震えた子。

 子が子を飼って育てた子。悪い子一体どの戸の子?

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