第九話
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「……」
トントントンと、リズミカルに机を指で叩く黒髪に黒い瞳の美女。それを恐々と見ている周囲の人達。明らかにその美女がイライラしているのが分かるので、皆触らないようにしているのだ。
ふと、チラっと美女が時計を見る。その視線が動いただけでビクっとなる周囲の人達。何だか緊張感がハンパない店内。
「な、なあ。もう俺達……」一人の男が乞うような視線で恐る恐る声をかけてみる。
「何よ?」ギロリと睨む美女。その一言で「な、何でもありません」と、シュンとなる男。彼の勇気はどうやら報われなかった模様。
ここはとある日本の大手銀行の店内。イライラした様子で行員の椅子に座り、ずっと机をトントンしている彼女は、身長165cmくらいの女性としてはやや長身で、スラっと伸びた脚とそれなりに存在を強調している豊かな双丘は、顔だけでなくスタイルも超一流である事が分かる超のつく美女である。黒のスーツとスラックスを、まるでモデルのように着こなしているさまは、女優だと言われても誰も疑わない程の美貌だ。
「あ、あの……」店長と思しき壮年の男性が、緊張した面持ちでその超絶美女に声をかける。その声に返事せず、目配せだけする黒髪の美女。
「私達は、これからどうしたら……」「応援が来るらしいので、もう暫くこのままお待ちください」
言葉を途中で遮って、冷めた声で答える美女。「は、はい」と、恐縮しながら返事しその場に座り込む店長らしき壮年の男性。
助けてくれたなら私達店員は先に外に出してくれてもいいのに。女性のイラついた様子に、店長はその言葉を飲み込むしかなかった。
銀行強盗の知らせを受けて、そして難なく強盗を退治して縛り上げ、一人の犠牲者も出さず済ませたこの超絶美女は、別の世界で勇者をしていた女性である。彼女は神様との約束で、魔物がいて魔法が使える世界で、災厄を解決したら、自分の生まれ故郷のここ地球の日本に戻すよう、依頼していた。それが叶って、今は戻ってきて生活しているのである。
そして彼女は異世界で使っていた能力を、今の世界でもそのまま使える。なのでそれを活用して難事件を請け負い、これまでも沢山解決してきた。今回も連続銀行強盗犯を捕まえるため、呼び出されてやって来たのである。
「おーい、三枝ー、いるかー?」そこで突如、外からメガホンで名前を呼ぶ間の抜けた男の声。時折メガホン特有の、ガー、ピーという雑音を織り交ぜながら。ようやく応援が到着したようだ。ベージュのコートを着た刑事と思しきメガホンを持った男と、十人程の警察官が、わらわらと銀行を取り囲み、外で構えて待機した。
その声と音にもイラっとして、立ち上がってスタスタと銀行の入り口まで向かい、愛刀(黒月)を抜刀、スパっと袈裟斬りで銀行の自動ドアを切り裂いた。ガシャーンと割れるガラス製の自動ドア。
「いますよ。つか、うるさい」そしてそれを気にせず、顎をクイとやって、中に来いと指示する三枝と呼ばれた黒髪の超絶美女。
「いや、ちょっとおい! 自動ドア切り裂いちゃダメだろ!」スピーカーで怒鳴りながら、他の警官達と共に銀行に向かってくるベージュのコートを着た男。
「まあでも、さすが、薫様様だな」そして中に入りつつ、すれ違いざまに薫と呼んだ彼女の肩をポンと叩き、そしてスキップする感じで奥に入っていく。他の警官達もそれに続いてなだれ込む。
「ん? 何かイライラしてない?」その男が、いつもより機嫌の悪そうな黒髪の超絶美女こと、薫の様子に気がついた。
「別に。ほら、人質も全員無事ですし、犯人も全員縛ってますから。後は宜しく」イライラしていると図星を付かれ、少し動揺の色を顔に滲ませつつ、無愛想に話す薫。
「あ、おい! もう行くのかよ」そして薫と呼ばれた黒髪の超絶美女は、男の問いかけに答えず、スタスタと外に停めてあった車に向かい、乗りこんで走り去っていった。
「ったく、あいつ。美人のくせに相変わらず愛想ないなあ。つーか、この自動ドア……。あーもう、これ処理すんのまた俺なんだよなあ!」彼の怒りの声は、走り去ってしまった薫には当然聞こえない。が、それでも未だスピーカーを使って叫ぶ男。
「……既にヴァロックは来ているはずなのに」そしてハンドルを握り運転しながら、車の中で一人呟く薫。
彼女がイライラしているのは、どうやらそれが原因らしい。
※※※
「シリル派と、ズニ派、か」ヴァロックが呟く。確かに、何度かその言葉を聞いてはいたが、それが派閥の事だと、キャシーとネルソンから聞いて初めて知ったのである。
「そして、今私達がいるのがシリル派なのよ。うーんと、なんて説明したらいいか……」国連や政府との関係性をキャシーは説明しようとしたのだが、多分ヴァロックはその意味を知らないだろう、と予想し、言葉が続かなくなってしまった。
「……ズニ派の彼らは、自らが信仰する宗教に従わない者全てが敵という、極端な思想を持っているのね。ただ、そんな極端な思想についていけず、抜け出した人も多いの。それがこっち側の人達シリル派。それを支援しているのが国連や政府……。うーんと、世界中の人達って感じかな?」正確には違うのだが、ヴァロックに説明するには分かりやすいと思ったので、苦し紛れにそう話すキャシー。
「で、ズニ派はここ最近、指導者が過激な行動に出るようになったんだ。黒いさそり、というテロ集団……えーと、無差別に攻撃する傭兵団? と、結託してね。シリル派だけでなく、世界の色んな人達をも、自分達の思想にそぐわないと攻撃するんだ」
ネルソンもテロ集団黒いさそりについて苦し紛れに説明する。が、二人のその努力のおかげか、ヴァロックはおおよそ理解した様子だ。
「て事は、こっちがまともであっちがイかれてる、って事か?」
「「うーん……」」顔を見合わせ唸るネルソンとキャシー。
「えっとね。私達の仕事はジャーナリストと言って、真実を突き止め、それを世界に向けて発信する、報道という仕事をしているの。実は私とネルソンは、ズニ派について真実を突き止めたくて、モハマド達のキャラバンに参加したのよ」
「だが、あちらは懐疑的でね。中々俺達ジャーナリストに協力してくれないんだ。本当はあちらの真実を知りたいんだけどね。……こちらだけの意見だけで、ズニ派がイかれているって判断していいのかどうか分からないんだよ」
「よく分からねぇが、相手を知りもしねぇのに、独断で判断しちゃいけねぇって事か?」ヴァロックの言葉に二人は頷く。
二人の話を聞いたヴァロックは、前の世界で、魔族と戦い魔王と対峙した時、同じ事を感じたのを思い出した。大勢の魔物を従え、人族に襲いかかった魔族達。だが、彼らには彼らなりの理由があった。それを知らずして悪者扱いしたのを、ヴァロックは当時反省したものだ。多分、このシリル派とズニ派との関係も、意思の齟齬が有るのかも知れない。
「だが、そうだとしてもだ、無差別に攻撃するのは頂けねぇんじゃねぇか?」
「そうだな。だから、その理由を知りたいんだ。俺達はそれを調べて、世の中に知らしめたい。そういう仕事をしているからね」
「なるほどな。かっこいい仕事じゃねーか」そう言ってネルソンの背中をパーンと叩くヴァロック。ゴホッゴホッと、ついむせてしまうネルソン。ヴァロックが前いた世界には、新聞等の報道機関はなかったのだが、意味は分かったようだ。
それから、キャシーとネルソンは、次にこの世界、地球についてヴァロックに説明した。キャシーは自分のパソコンで地図を画面上に映し、ヴァロックに見せた。パソコンを知らないヴァロックは当然、画面に色々映し出される映像を見て驚く。そして興味津々に画面を覗き込んでいる。
その様子を見て微笑みながら、キャシーはこの世界には約七十三億の人がいる事、約二百の国がある事、様々な人種がいるが皆人族である事、そして、ここシリアのような紛争地域があれば、平和で争いさえない国がある事など、事細かに説明した。
「……なあ。争いさえない、平和な国って、例えばどこだ?」異世界で、この世界から来たとある青年から聞いたのは、そんな世界だったはずだ。その青年がいた国がどこだったのか、ヴァロックは気になったようだ。
「そうねぇ。アメリカ、カナダ、イギリス、ドイツ。私の故郷ニュージーランドやネルソンの故郷オーストラリア、とか?」
「あ、でも、世界で一番平和な国ってあるじゃないか」ネルソンがふと思い出してキャシーに伝えると、キャシーもああそう言えば、と言った表情になる。
「ニホンね。ニホンがこの世界で一番平和な国だわ」
「そういやさっき、ヴァロックが会いに来たと言っていた、カオルだっけ? 多分ニホンジンの名前じゃないか?」ネルソンの言葉にハッとするキャシー。そしておもむろにパソコンのキーを叩き始める。
「やっぱりそうよ。カオルはきっとニホンジンだわ。ほらだって!」ややテンション高めに、とあるアニメのキャラクターをキャシーは見せるも、よく分からないといった様子で首を捻るネルソン。どうやらネルソンはアニメに疎いようである。そもそも、キャシーのように、日本のアニメに詳しい方が珍しいのかも知れないが。
「ああ、そっか。ネルソンは詳しくないんだっけ。私このアニメ好きだから思い出したのよ」そのアニメとは、汎用人型決戦兵器に若者が乗りこみ、使徒という巨大な敵に立ち向かうといった内容の、いわゆるエ〇ンゲリオンである。そのアニメに、カオルという名前のキャラクターがいるのだ。
「て事は、俺はニホンってとこに行けば、カオルに会えるかもしれねぇのか?」
「可能性は高いと思うわ」キャシーの返事に、とりあえず目的地が分かったヴァロックは、嬉しそうな顔をしたが、すぐさま複雑な表情になった。
『主よ。この地域が気になるのですな?』「まあな」既にストラップになっている白龍の大剣ことシロからの念話に答えたヴァロック。どこまで自分が携われるか分からないが、目の前で少女が死んでしまった現実を知り、正義感の強いヴァロックは、なにか力になれないか、考えてしまうのであった。