第六話
※※※
「最近はミサイルも飛んでこないから大丈夫だよ」そう言って、破壊された建物の地下から出ようとする少女。
「それはそうだが、それでも俺達が戻ってきた時は危ないから中に入っていろって」それを止めようとする、先程のキャラバン隊隊長のモハメド。どうやら娘のようである。
「でも、せっかく貰ったのに。大事にしてるのに」片腕が既にないその少女が外に出たい理由。それは以前、ユニセフが医者と共に怪我の治療でこの地域を訪れた時、とある国出身のボランティアがくれた、その国で有名なキャラクターのぬいぐるみである。先程モハメド達を出迎えた際、地上に忘れていってしまったのである。
「あんな可愛いキャラクターのぬいぐるみなんて、中々手に入らないんだもん」因みにそのキャラクターは、「ピカー!」とか言って雷を発生させる、目がくりくりの黄色い◯◯チュウだったりする。当然その少女は、そのキャラクターが何なのか知らないのだが、見た目が可愛いのでお気に入りなのである。
「じゃあ、父さんが行って取ってくるから。お前は中にいなさい」ため息をつきながらそう言って少女を引き止める。娯楽がないこの戦闘地域で、ぬいぐるみは貴重な子どもの遊び道具である事も理解しているモハメド。
「ダリヤ。命の方が大事なの。お父さんの言うとおりにしなさい」母親だろう。その少女をダリヤと呼んで嗜める女性。
今はまだズニ派からの攻撃は来ていない。最近はおとなしくなっているので大丈夫だろうが、それでも慎重になるに越した事はない。家族達を地下の部屋に置いて、モハメドは一人、ピカ◯◯◯のぬいぐるみを探しに地表へ出た。
それと同時に、ズガーンと物凄い爆音が響き渡った。爆風で体ごと飛ばされるモハメド。ゴロゴロと自ら転がりなるだけダメージを殺す。そして爆音が響いた場所を振り返る。
そこは、家族が身を潜めていた建物だった。
「あ、ああ……ダリア、ダリア!」自身も吹き飛ばされあちこち体が痛むのだが、それに構いもせず、ダリアを含めた家族の安否を気にするモハメド。びっこを引きながら急いで家族がいたであろう、地下室がある吹き飛ばされた建物へ向かった。
そこへ更に追撃のミサイルがキラリと太陽の光を反射飛来してきたのが見えたモハメド。咄嗟に近くの壁に隠れる。またも響き渡る爆音。運の悪い事に、またもやモハメドの家族のいる地下室の建物への爆撃だった。
※※※
千鳥足のようにフラフラと物陰から歩いて出てきたのは、先程まで同行していたキャラバン隊隊長のモハメドだった。未だそこかしこで爆音が轟く中、それに構わず、首を失い手足もない、胴体だけの幼い体を抱きしめ、その場で泣き叫ぶモハメド。その傍らには、何かの燃えたような、黄色い布と白い綿のようなものが見えたが、もう原形は留めていない。
そしてモハメドのその様子を見たヴァロックは、自分の足元に当たったそれが何か分かってしまった。黙ったまま足に当たったそれを抱き上げる。ポタポタと血が滴り落ちている無表情な少女の首。そしてモハメドの傍らに黙っておいたヴァロック。
「これは……これはああああ!! ああああ!! ダリア!! ダリヤああああ!!!」
今度はその首を抱きしめ絶叫するモハメド。ダリヤは地下室に繋がる階段にいたせいで、爆撃にやられてしまったのである。
モハメドの号泣する姿を黙ってみていたヴァロック。そして急に、ブワっとヴァロックを中心に砂埃が舞い上がった。それから表情がまるで般若のような鬼の形相にみるみる変わっていくヴァロック。逆立つ赤髪と大きな体躯も相俟って、正にその見た目は鬼であった。
「……これはどういうこった?」そう呟いて未だ砂煙がもうもうと舞う虚空を見つめるヴァロック。
「なんで、なんでこんな小さい子が死んでるんだああああ!!」そしてドン、という大きな音と共に、ヴァロックが空高く空中に飛び出した。そして高さ約30m辺りに一気に辿り着く。そして上空でポケットに入っていたストラップを取り出し「元に戻れ」と呟く。すぐにヴァロックの相棒、白龍の大剣が顕現した。
そして多連装ロケット砲が発射された辺りを視認する。その距離約10km程度。それを確認して一旦地表に降りる。そしてまたもやドン、という音と共に、今度は地表と水平にヴァロックが飛んでいく。比喩ではなく正に水平に飛ぶように走るヴァロック。
その間も多連装ロケット砲からの砲撃が、ヴァロックやモハメド達がいた辺りに飛んでいくのが見える。それを確認すると一旦止まり、「空波斬」と唱え白龍の大剣を大空へ向けて一薙ぎ。フォンと音波のような音と共に衝撃波が空高く飛んでいき、数発のミサイルを攻撃した。高さ数kmはあろうかという空中で爆発する数発のミサイル達。
ミサイルの砲撃が止んだのを確認したヴァロックは、再びズニ派占領地域にある多連装ロケット砲に向かって飛ぶように走っていく。ジープより相当速いそのスピード。それでもまだ距離はある。更に一応ターバンで顔を隠していても、砂やチリが顔に当たるのも面倒だ。
「チッ。遠いな。この距離ならシロを使ったほうが早い。おい乗るぞ」『承知した』
ヴァロックの心の中に返事したのは、ヴァロックが手に持つ巨大な白龍の大剣。実はこの大剣は、前の世界で最強と謳われた白龍が、ヴァロックに倒された後、その骨を使いドワーフに作らせたものだが、その後倒されたはずの白龍の思念が、何故か乗り移っていたのである。それからこの白く輝く大剣は、ヴァロックを主と呼び、相棒となっていた。そしてヴァロックは白龍とか呼ぶのが面倒なので、見た目通りシロと、まるで犬のように呼んでいる。
ヴァロックに指示され、空中でキラリと太陽の光を反射しながら横倒しになる白龍の大剣。その上に、まるでスケートボードのように飛び乗るヴァロック。白龍であった頃空が飛べたからか、このようにすれば空を飛ぶ事が出来るのである。ただ、移動できる距離は1-2km程度とあまり長くはない。だが、今はそれで充分。ヴァロックは白龍にミサイルが飛んできたところに行くよう指示をした。
『主。防御膜を張ります』「ああ、頼む」砂埃が激しくヴァロックにぶつかるのに気付いた、シロ事白龍の大剣が、ヴァロックの目の前に厚さ1mm程度の薄い膜を張った。
『しかしこれが地球とやらの異世界ですかな? ……ふむ。魔素が薄いようですな』
シロの言葉に答える様子のないヴァロック。未だ怒り心頭なのだ。
『……久々に主の怒るお姿を拝見しましたなあ。まあ、魔素があっても主は魔法が使えないのですがな』
「御託はいいから急げ。俺は相当頭にきてんだ」怒髪天を衝く勢いで怒り狂っていたヴァロックを気にする様子もなく、暢気な感じのシロ。
『主。分かってはおりましょうが、殺してはダメですよ? 魔物ではないのですし、この世界のルールがまだわからないのですから』
「……ああ」そう返事はするものの、自分を抑えられるか自信がないヴァロック。
『はあ。主をこんなに怒らせるなんて。愚かな者共だ。最強と謳われた我でさえ敵わなかったというのに。殺されても自業自得かも知れませんな』
そんな風に会話しつつ、すぐにズニ派の多連装ロケット砲の元に辿り着いたヴァロックとシロ。その目の前の砂場に着地するヴァロック。シロを手に持ちながら。
「お、おい! 何か飛んできたぞ」突然猛スピードでやってきた、白く輝く大剣を持った赤髪の大男に驚く面々。
「これか」そんな彼らの驚愕の表情を気にせず、目の前にある多連装ロケット砲を一瞥するヴァロック。そして「フン」と気合一閃、下から袈裟斬りに多連装ロケット砲を真っ二つに切り裂いた。瞬間、大きな爆発音と共に、充填されていたミサイルと砲台、更に搭載していた車が大破する。
大爆発に若干驚きながらも、他に数台多連装ロケット砲を発見したヴァロックは、次々と横薙ぎにそれらを切り裂いていった。