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第五話

「……」初めての異世界である地球に転移した事でテンションが高く、それなりに元気だったヴァロックの表情が徐々に曇っていく。


 岩陰から移動したキャラバン隊は、それぞれジープに乗り、シリル派の拠点がある、シリアのとある街中に戻ってきた。この辺りになると、砂埃は殆ど飛んでくることはなくなったので、皆ターバンを外している。そもそも灼熱の太陽が照りつけるここ中東地域では、ターバンを巻く事自体、相当暑いのである。だが、砂漠地帯をジープで駆ける際は仕方ないのである。


 戻ってきた街中は、砂漠地帯とは違い人工の建物が沢山建っている。だが、それら全て壁が崩れ、穴が空き、鉄筋がむき出しになっていた。明らかに爆撃を何度も受けているのが分かる殺風景な戦争の跡。


「……ひでぇな」ヴァロックが一言呟く。ヴァロックの元気がなくなったのは、この光景を見たからである。


「全く修繕されてねぇじゃねぇか」ヴァロックが気づいたのはそこである。すべての建物が壊されたまま放置された状態だ。それは、いくら直しても無意味な程、攻撃を頻繁に受けている、という証明と言う事になる。


 魔族との戦いを経験しているヴァロックは、この建物群がそのままの状態である事の意味を理解出来ていた。彼が異世界にいた時も、相当激しい攻防があった。その際幾度となく攻撃される村は、どうせ再び壊されるので、この辺りと同じように建物の修繕をせず放置しておく方が、むしろ建設的だった。


「直す金もないしな」そんなヴァロックの言葉に、モハメドは小さく返事した。


「結構悲惨な状況なんだな」初めてやって来た地球という異世界。平和だと聞いていたのにこの有様はどういう事なんだ? ますます不思議に思うヴァロック。前の世界で、ここ地球という世界の話をした若者は、そんな嘘をつく人間じゃないはずなのに。


 だが、ヴァロックの表情は、これから見る光景で更に暗くなる。


「おかえりなさい」「今回も無事で良かった」ジープの音が聞こえたからだろう、ボロボロに壊された建物のあちこちから、数人の子どもと女性が出てきた。女性達は皆、フードをかぶって顔の下半分を隠している。そしてジープの男達はその出迎えに、車を止めて一斉に降りて、まるでお互いの健闘を称え合うかのように、女性や子ども達と抱き合った。


 微笑ましい光景だなあ、とその様子を見ていたヴァロックだが、現れた少年少女達と女性達の歩き方がおかしい事に気付いて絶句した。


「……足や手がねぇじゃねえか」


 ※※※


「ヴァロック。こっちだ」ネルソンがヴァロックを手招きして建物の奥に誘った。モハメド達は各々家族達の暮らす場所に戻っていったので、現地人ではないジャーナリストのネルソンが、とりあえずヴァロックを、自分がねぐらにしてる部屋に誘ったのである。天井が壊されてむき出しになっている、とある建物の中に入ると、背の高いヴァロックにはやや窮屈であろう、下に降りていく階段が覗いている穴があった。


「ここが隠れ家になってる」その階段を、慣れた様子で降りていくネルソン。ヴァロックもそれについていく。


「隠れ家、って事は、隠れているのか」


「そりゃそうさ。外の様子を見ただろ?上にいたら、いつ空爆に遭うか分からないからな。それだけじゃない。地対ミサイルだっていつ飛んでくるか分からない」


 ミサイルはさっき手でバンバン弾いていた長い蛇みたいなのというのは分かったヴァロックだが、くうばく? は分からないので、首を捻るヴァロック。だが、あの惨状を作り出した原因なんだろう、というのは何となく分かったようであるが。


 ネルソンに続いてヴァロックが階段を降りきると、結構広い空洞になっていた部屋だった。二十畳程はありそうだ。天井も高く3mくらいはある。ただ、大きめの傘のついた電球が数個、中を照らしているだけなので部屋の中は薄暗い。


「あらネルソン。お帰り。無事だったようで何より」ネルソンが入ってきたのに気付いたらしい、奥の方にあった机で、パソコンで何か作業をしていた女性が振り返ってニコっと微笑んだ。そしておもむろに立ち上がってネルソンとハグをした。


「キャシーも無事で良かったよ」ネルソンも無事を確認するように、笑顔でハグを返しながら、ブロンドのメガネを掛けたそばかすが若干目立つ、二十代後半の女性をキャシーと呼ぶネルソン。


「今日は戦場に出なかったから。ずっとここにこもり切りだったのよ。だから大丈夫だったのよ」


「ズニ派からの攻撃は?」キャシーに話しながら背中に背負っていた荷物を部屋の隅に下ろすネルソン。


「今日は無かったわ」キャシーはそう返事をしながら、コーヒーを淹れる準備のため、簡易型の電気コンロのスイッチを入れ、鉄製のポットに水を注ぎ、そのコンロの上にポットを置いた。


「で、そちらの方は?」そして当然、入口辺りで物珍しそうにキョロキョロしている、図体のでかい赤毛の大男ヴァロックに目が行くキャシー。


 ※※※


「アハハ! 面白いわねえ」薄暗い部屋の中に、キャシーの笑い声が響き渡る。彼女はニュージーランド出身の、ネルソンと同じ戦場ジャーナリストだ。オーストラリア出身のネルソンと、オセアニア出身同士と言う事で、ネルソンとは意気投合して、シリル派のモハメドの隊に同行してるのである。


 金髪を両側に三つ編みでくくり、赤い縁のメガネをした、そばかすが目立つキャサリンことキャシーは、ネルソンとヴァロックにも、沸いたお湯でコーヒーを淹れた。初めて飲むコーヒーの味に、苦いと感じながらも何処と無く芳醇な香りが心地よかったようで、ゆっくり慣れるようにちょっとずつ飲んでいるヴァロック。


「俺は事実を言ってるだけなんだがな」コーヒーを啜りながら、ま、信じられないのも無理はねぇけえどな、と呟くヴァロック。彼は先程モハメド達に話ししたように、異世界から来た事をキャシーにも話していたのである。


「でもネルソン、ミサイルを叩き落としたって本当なの?」そう話しながらも、余りにも馬鹿げた質問してるわね、と心の中で呟くキャシー。


「……」だが、ネルソンは複雑な顔をしてキャシーの問いに答えない。


「どうしたの? ネルソン」そんなネルソンを不思議そうに見るキャシー。


「ヴァロック。あんた本当何者なんだ? どうしてそんなに英語も流暢なんだ?」


「えいご?」なんだそりゃ? とこの世界に来て何度口走ったか分からない言葉をまたも呟くヴァロック。


「今あなたと私達が話している言葉よ……って、知らずに使ってたの?」呆れた顔をするキャシー。ネルソンとキャシーの母国語は英語なので、モハメド達がいない今は、当然二人共英語で界隈しているのだが、同じようにヴァロックも違和感なく英語を使っているのだ。先程モハメド達に対して、流暢なアラビア語で会話していたにも関わらず。


 ヴァロックは地球に転移する直前、神様より言語理解の飴を食しているので、地球上の全ての言葉が理解できるのであるが、ヴァロックは地球上には沢山の言語がある事を知らない。


「彼はさっきまで、モハメド達と普通に会話してたんだよ」ネルソンが自分の違和感について説明する。


「ねえネルソン。彼の言ってる事、あながち嘘じゃないんじゃない?」


「そんな非現実な事……」そう言いかけて言葉を続けず、考え込むネルソンにそもそも先程、この赤毛の大男は、その非現実な事を沢山やってのけたのだ。


「そうだよな。ミサイルを手で弾くなんて、到底信じられない。その話を見てない人にしたら、気でも狂ったんかないかって言われるだろう。それくらい非常識な事を、ヴァロックはやってたんだ。あれは人の力じゃない」


「失礼だな。俺は人だぞ」ネルソンの言葉に釘を刺すヴァロック。魔物と一緒にすんな、と呟きながら否定する。どうやら彼は魔物扱いされる事が嫌らしい。


「もし人だとしても、あんな事出来るのはアヴェンジャーズくらいなものだ」冗談交じりで、それでも半ば真面目な顔で話すネルソン。


「なんだそりゃ?」あ、また言っちまった、と後悔? するヴァロック。


「……そうね。彼は本物のアヴァンジャーズかもよ?」


「おいおいキャシー。そんな空想の話……」だが、そう言いかけて、言葉を続けるのをためらってしまったネルソン。キャシーの言葉を否定できなかったのだ。その空想上のヒーローのようだと考えたほうが、しっくり来てしまう。自分の思考に戸惑ってしまうネルソン。


 ……彼は本当に異世界から来たのかも知れない。それしか説明がつかない事に、ようやく頭が追いついてきた様子のネルソン。


 一方そんな二人の様子より、先程の女性と子ども達がずっと気になっていたヴァロック。どうして足や手がないまま、治療しないのか。ヴァロックがいた世界では、魔法によって治療が可能だったのだが。


 その事をヴァロックが質問しようとしたところで、突然ドゴーン、と上から爆音が聞こえ、部屋が地響きと共に大きく縦揺れをお越し、パラパラ、と天井の壁土が落ちてきた。


「何事だ?」気になって二人が制するのを振り切り、外の様子を見るため階段を上がっていくヴァロック。何となく嫌な予感がしたのだ。


 そしてその予感は的中する。


 ヴァロックが地上に上がって周りを見渡す。来た時とのように穏やかな様子とは違い、強い風が吹き荒れ、元々ぼろぼろだった多くの建物が、より一層壊され吹き飛んでいた。


「ん?」そしてヴァロックの足に何かが転がってコツンとぶつかった。それは、先程まで笑顔でジープの男と抱き合っていた、子どもの首だった。




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