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第四話

「ぶああ! あーもう! うぜぇ!」後部座席で何だか一人怒っているヴァロック。


「ああ。これを巻いておいた方がいい」その理由に気づいたネルソンは、後部座席に座るヴァロックに、長さ2mほどの布を手渡した。


「砂が飛んでくるからな。移動する際これを顔に巻くのはこの辺りは常識だ」


「おお、なるほど。ありがとな」ニカっと笑ってお礼を言う赤毛の大男ヴァロック。


「ターバンを知らないってのは妙だな」「やっぱ記憶喪失なのか」見よう見まねで布を口を隠すようにぐるぐる巻いているヴァロックを見ながら、確認し合うように話す二人。


「しかしこのゴーレム、便利な物だなあ。馬より速いし小回りが利く」何だか嬉しそうに話しているヴァロック。異世界で初めて触れる文明が楽しいようだ。


「……その、ゴーレムってのは何だ?」さっきから何度もヴァロックが口にしているゴーレムとやらについて、ネルソンが興味を持ったようだ。


「ああ。土魔法で作られる人形みたいなもんだ。何処かの土魔法使いが馬車のように車輪をつけて移動しているのを見た事があるんだよ」


「「……土魔法?」」顔を見合わせハモるネルソンと運転する男。


 ネルソンが更に質問しようとしたところで、キャラバン一行が小休止している場所に辿り着いた。


 日中の日差しと、ズニ派から隠れるように高さ10mほどの大きな岩陰に、十人程のターバンを巻いた男達が、テントを張ってそこにいた。


「ネルソン。無事だったか」嬉しそうに笑顔で止めたジープに駆け寄る、白髪交じりの沢山髭を蓄えた壮年の男。


「っと、後ろの彼は誰だ?」そしてジープの後部座席に座っている赤毛の大男を見て、ネルソンに問いかけた。


「ああ。彼はヴァロックという名前らしい。どうも記憶喪失のようなんだが、俺を助けてくれたんだ」


「ズニ派である可能性は?」


「分からない。だが、ズニ派自体知らなかった」壮年の男と会話しながら、ジープのドアを開け後部座席に置いていた荷物を下ろすネルソン。


「ヴァロックと言ったな。あんた何者だ」やや警戒した表情で、話しかける壮年の男。


「何者……。難しいなあ」困った困った、と頭をガシガシ掻きながら困惑するヴァロック。


「俺が異世界からやってきた、って言って、信じてくれるか?」そして意を決したような表情で、思い切って真相を話してみるヴァロック。


「異世界?」


 ※※※


「「「「……」」」」ネルソンを含む、ここにいる十人程の男達は、ヴァロックの話を聞いて呆気に取られていた。


「まあ、信じられないのも仕方ないわな」苦笑いのヴァロック。とりあえず信じて貰えるかどうか分からなかったが、自分が異世界からやって来た事を話してみたのである。その世界では魔法が使えた、という事も。


「頭でもやられたのか?」「そうかもな。それでゴーレムとか魔法とか、夢と現実が混ざっているのかも」「記憶喪失ってのはあり得る」「で、名前だけ憶えていた、という訳か」


 皆こそこそ話ながら、ヴァロックというこの西欧風の赤毛の大男は、頭を打っておかしくなった上に記憶喪失だろう、と皆そう結論づけた。それ以外に納得する理由が見当たらなかったのである。


「しかしパスポートもないんじゃ身元が分からないな」ネルソンが困った顔で腕を組む。


「……黒さそりの可能性は?」黒さそりは過激派組織だ。国籍も様々で海外へ入国する際は偽造パスポートを使うのは有名である。要する国籍はあってないような集団なのだ。もしこのヴァロックという人物が黒さそりの一員であれば、パスポートを持ち合わせていないという理由にも説明がつく。


「だが、彼は俺の事を身を挺して助けてくれたぞ」黒さそりの可能性を指摘したからか、皆一様に緊張した雰囲気になったところで、ネルソンが口を出した。


「黒さそりの連中がそんな事するか?」ヴァロックを擁護するように言葉を続けるネルソン。黒さそりは人を殺す事に躊躇せず、そして人を助けるという事をしない。仲間なら守るだろうが、赤の他人を助けるような人間はいないはずだ。その信念は記憶を失っていたとしても根付いているはずだ。だからヴァロックが黒さそりというのはどうも納得がいかない。そしてネルソンには、このヴァロックが悪い人間には到底思えなかった。


「ヴァロック。黒さそりって分かるか?」壮年の男がおもむろに聞いてみる。


「黒いサソリか? この世界にもいるのか?」首を傾げるヴァロック。確かに前の世界にはブラックポイズンスコーピオンという、体長10mはある猛毒を持った大きな黒いサソリはいた。最も、ドラゴンを一撃で屠るヴァロックにとっては、雑魚にも等しい魔物だったのだが。その事か? と思ったらしいヴァロック。


 ヴァロックの答えを聞いて、ああ、ダメだやっぱり分からないようだ、と諦め顔の壮年の男とネルソン。


「まあ、記憶を失っているなら大丈夫なんじゃないか? もしズニ派か黒さそりなら殺せばいい」壮年の男が、何処まで本気かはネルソンにも分からないが、壮年の男の言葉で、一応皆はヴァロックを受け入れる事を決めたようである。


「俺はモハメドだ」壮年の男はそう名乗ってヴァロックに握手を求めた。彼はこのキャラバンの隊長のようである。


「改めてヴァロックだ。済まないが、ここがどんなところで何て場所なのか、教えてほしいんだが」握手に応じながら話すヴァロック。


 なるほど。記憶を失っているなら、手がかりは欲しいだろう。モハメドと名乗った壮年の男はそう理解して、ヴァロックを岩陰のテントに招いた。ヴァロックとしては、この世界について何も知らないので、情報が欲しいだけなのだが。


 ※※※


「で、俺達がいるのがこのシリアって国なんだが」モハメドが地図を指さしながら、ヴァロックに説明している。


「丁度ここが、敵対しているズニ派と俺達シリル派との境界線になってる。俺達はズニ派の情報を入手しようと、数日前からここにキャンプを張って、様子を窺ってたんだ」


「……」話を聞いて、ようやくこの場所の状況を理解したヴァロック。どうやら戦争をしているらしい、ここにいるシリル派の面々とズニ派。さっき黒い虫みたいなもので攻撃してきた(機関銃の銃弾の事ですね)のは、敵対している者同士だから、というのは分かった。


 しかし、この世界は魔物がいない平和な世界だって聞いてたぞ? と心の中で疑問を呟くヴァロック。前の世界には、ここ地球から転移した者がいた。その者によると、ここ地球という世界は、魔物はいないし人々は魔法を使えないし平和だと言っていたのだが。だから神様はわざわざ、自分の相棒である大剣を、すとらっぷという小さな形に出来るようにしたのに。戦争してるってどういうこった? 


 因みにヴァロックが前の世界で、ここ地球について話を聞いた相手は、日本人だった。なので日本について説明していたから仕方ないのである。そもそも、日本人という概念さえ、ヴァロックには分からないのだが。


「で、ヴァロック。あんたはどうする?」この辺りの土地柄を大体説明し終わったモハメドが、ヴァロックに確認した。


 ヴァロックが何か返事をしようとしたところで、影になっている大きな岩にズドーンと爆音が響き渡った。


「不味い! ミサイルだ!」


 更にズドーンズドーンと連続して爆音が岩にぶつかって響き渡る。


「さっきジープで戻ってきたところを見られたんだ!」「見つかったのか!」男達が叫ぶ。


 そして、ズズズと岩が崩れ、上の方がキャラバンのテントに落下してきた。


「うわああああ!!!」「助けてくれえええ!!」絶叫するキャラバンの面々。このまま下敷きになったら皆即死だ。だが、縦横約5mはある、数十トンはあるであろう岩は、彼らの元には落ちてこなかった。


「あれ?」モハメドの目の前にいたヴァロックがいつの間にか消えている。更にドドーンと大音量をあげ、落下してくるはずの岩が、キャラバンのテントとは逆の遥か向こう側に飛んで行った。


「危なかったな」ふう、と一仕事終えたぜ! ってな感じでビシっとサムズアップするヴァロック。


「「「「「……」」」」」状況が飲み込めない面々。もしかしてヴァロックが岩を投げ飛ばした? 一方ネルソンは、一度彼の人外な様子を見ているので、彼らよりほんの少し冷静ではある。だからヴァロックが助けてくれたと言う事は理解出来た様子。それでも呆気にとられているのだが。


「ヴァロック逃げろ! そこだと目立つ! またミサイルが飛んでくる!」ハッと気づいたネルソンが、ヴァロックに叫ぶ。


「みさいる? ああ、さっきの長い蛇みたいな、飛んでくるアレか?」割れた岩の上で仁王立ちになって考え込んでいると、ネルソンの言った通り、更にミサイルが数発飛来してきた。


「ほいほいっと」しかしそれを難なく平手でバシンバシンと弾くヴァロック。軌道のずれたミサイルをも、追いかけて蹴り入れたりして吹っ飛ばす。そして弾かれたミサイル達は、500m以上左右に別れ飛ばされていき、そこで爆発した。


「……一体何が起こっているんだ?」モハメドが信じられない様子で呟く。他の面々も口をあんぐり開けている。砂漠地帯で砂が口に入るだろうに。それさえ忘れてしまうほど、ヴァロックの人外な一連の行動に、気持ちがついていっていない様子。


「お? 終わったみたいだな」砲撃が収まった様子を見て、よっこらせってな感じでピョン、と高さ6m程ある岩から気軽に飛び降りるヴァロック。


「神か……?」モハメドが呟く。二階建ての建物くらいのところから飛び降りて平気な様子のヴァロックに、改めて驚いている。


「だーから違うっての」砂埃をパンパンと叩いて落とし、ターバンを顔に巻き直しながら、モハメドの言葉を否定するヴァロック。


「じゃあ、今のは何なんだ?」まるでミサイルを虫を払うかのように弾き、二階建てくらいはある岩から飛び降りたヴァロックの超人的と言うには余りにも人がいすぎる行動。どう頭で処理していいか分からないモハメド。


「何なんだって?」しかしヴァロックはなんとも思っていない。


「ミサイルを、弾いていたように見えたが?」


「そうだな」まるで何事もなかったかのように答えるヴァロック。


「とりあえず、一旦戻ろう。この場所がバレてしまった」モハメドを含め、呆気にとられる面々の心情を理解しながらも、とにかくこの場所から離れるよう提案したネルソン。攻撃してきたと言う事は、この場所がズニ派に割れていると言う事だ。なら、再度攻撃される可能性がある。


「あ、ああ。そうだな」ヴァロックの一連の行動にさっぱり頭が追いつかない様子のモハメドだが、ネルソンの提案に同意し、男達に指示をして、急いでテントを片付け、ジープ数台に別れて、この場を去った。ヴァロックもネルソンの乗るジープに同乗した。


 そして一方、その様子を見ていたのは、シリル派側だけではなかった。


「……」双眼鏡で攻撃していた様子を覗いていたズニ派の男は、自分の見た光景がさっぱり理解が出来なかった。


 人影? が、上半分が割れて無くなった岩の上に現れ、それを標的にミサイルを数発打ち込んだはずだが、何故か全て左右どちらかに弾かれ、遠くで爆発している。シリル派のキャラバンがいるであろう岩には、最初の一発以外当たっていない。


「どうした?」双眼鏡を覗いたまま、固まっている男に、仲間の一人が不思議に思って話しかけた。


「さっぱり分からない」だが、その答えは、仲間の男が欲しかった回答ではなかった。


「全員殺ったかどうか分かるか?」男が知りたいのはそこだ。


「いや、きっと一人も殺せてはいない」そしてそれを否定する、双眼鏡で覗いていた男。


「そんな馬鹿な。あれだけミサイルを撃ち込んだのにか? それはおかしい。あの岩も粉砕して更に攻撃したんだから、全滅していて当然だ」


 その通りだ、と返すも、彼が双眼鏡で見た光景はそうではなかった。あり得ない事だが、一人の男がミサイルを弾いているように見えたのだ。まるで虫を払うかのように。装甲車さえ突き破るミサイル弾を放ったと言うのに。きっとこれは幻覚だ、そしてあそこの岩陰にいたシリル派は全滅しているだろう、男はそう思い込む事にして、仲間と二人でその場を後にした。




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