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第三話

※※※


 カシャカシャカシャ、と、一心不乱にシャッターを切る一人の男性。そのほんの少し横でズガーン、と爆裂音が響き渡るがそれさえ気にもせずに。そして慣れた様子で物影から物影へと、向こうから見えないよう意識ながら、慎重に近づこうと移動する。


「よし。ズニ派の姿が見えた」と呟きながら、逃すまいと、望遠レンズを接続し、再度シャッターを連射する。


 彼はオーストラリア出身のジャーナリスト、ネルソン・ジョーンズ。ここ中東地域を中心に、戦場カメラマンとして活動している。


 現在ここ中東地域では、お互いの思想の違いから紛争が絶え間なく続いている。遡れば十六世紀頃の諍いが原因らしいのだが、今こうやって戦っている者達は、その事をどれだけ理解しているだろうか、それは誰にも分からない。


 現在ネルソンがいる地域は、シリル派という、どちらかと言うと政府寄りの派閥側である。敵対しているズニ派は、熟練の地元のジャーナリストでも中々存在が確認できず、存在自体が謎の集団である。


 何処から武器を調達しているのか、世界的テロ集団「黒さそり」との蜜月の真意はどうなのか等々、ズニ派は謎の多い派閥なのである。反政府組織だというのだけは、はっきりしているのだが。


 そしてズニ派と蜜月関係であるとされる「黒さそり」は、独自の思想を持った過激派のテロ集団である。時折シリル派の敷地内で自爆テロを行い、無差別に殺戮をしている非人道的組織として、世界中で有名だ。


 現在中東のシリアからトルコ辺りに潜伏しているという噂であるが、未だ首謀者が誰かさえはっきりしていない。ここ最近はフランスやドイツ、更にアメリカでもテロ事件が勃発していて、その都度「黒さそり」から犯行声明がインターネットを通じて発表されている。


 反政府組織ズニ派と「黒さそり」との関係が明らかになれば、拮抗状態となっているシリル派との間に、先進国が武力介入できる大義名分が出来る。その証拠を掴む事が出来れば、今や世界の脅威となりつつある、「黒さそり」の正体に近づけるかも知れないのである。


 なので、危険を承知で、熟練のジャーナリスト達は、シリル派とズニ派が拮抗している最前線にやってきて、何かしら情報を得ようと躍起になるのである。それを得る事が出来れば、「黒さそり」の脅威に晒されている人々を守る事が出来る。そんな正義感に駆られた者もいれば、情報を糧に一攫千金を狙う者もいる。どちらにせよ、自らの命を顧みず、無謀とも言える挑戦をする者は一定数いるという事である。


 ネルソンもそんなジャーナリストの一人である。そして彼は現在、丁度シリル派とズニ派が争っている最前線の、両陣地の境界線辺りにいるのである。


「!」シャッターを切り続けていると、向こうからロケット弾が飛んできた。「ぐわあ!」運良く彼には当たらなかったが、近くに着弾したロケット弾の爆風で吹っ飛んでしまった。その高さ15mほど。


 一瞬の事で体勢を立て直せない。両手はカメラを持っていて塞がっている。空中に体が飛ばされたまま、地面に叩きつけられる衝撃を覚悟したネルソン。だが、何者かにガシっと掴まれた。


「え?あ、おい、大丈夫か?」どうやら助かったらしい。「……うう」何かの破片が頭に当たったのだろう、ズキズキと痛む頭を押さえながら見上げると、赤毛の大男が、自分を心配した様子で見降ろしていた。


 ※※※


「やっぱワイバーンじゃねえよな」未だ呑気にジープのボンネットの上に立っているヴァロック。そんなヴァロックに対し、車の影に隠れるよう指示するか、放置すべきか迷っているリーダー格の男。


 もしジャーナリストだとすれば、死なれたら面倒なのだ。既に自分達が関わってしまっている。もしアメリカやイギリスのような先進国出身だとしたら、この男の死がきっかけで、国を巻き込んだ騒動に発展する可能性がある。戦場なので流れ弾に当たった、という事にしてもいいのだが、その言い訳を考える事さえ面倒である。敵側の人間であれば、放置してこのまま殺されてくれる方がありがたい。今のところどちらか分からない。


 だが、そんなリーダー格の男の心配は杞憂に終わる。


 ガン、ガンガン、と機関銃が発砲した弾を受けるジープ。一応ある程度鉄板を付けて装甲を厚くしているが、簡易的なものなので対して防ぐ事が出来ずところどころ穴が開いていく。当然赤毛の大男にも機関銃の弾が飛んで行く。


 死んだな、仕方ない。後で持ち物をチェックしてどこの国の人間か確認しよう。さっき手品のようになくなった大きな剣はありがたく頂戴しよう。


 リーダー格の男が、諦め顔で赤毛の大男の遺体についてそう考えながらボンネットの上を見てみる。が、なんと大男は何事もなかったかのように立ったままだった。


「何だあこりゃ? 虫? じゃあねえな」そう呟きながら手のひらからジャラジャラと音を立て、銃弾を地面にバラバラ落とした。


「……え?」意味が分からないリーダー格の男。他の男達も呆気に取られて赤毛の大男を見ている。あれだけの銃弾を浴びてどうして死んでいない? そもそも、手のひらから銃弾?


 ヴァロックは、飛んできた機関銃の弾を全て手で受け止めていたのであった。当然、そんな事出来る人間は、この地球上にはいないので、周りで見ていた男達には、何が起こったのかさっぱり分からないのだが。


「なあ。これ、もしかして武器か?」おもむろにヴァロックがリーダー格の男に話しかける。


「へ?」間抜けな声が出てしまうリーダー格の男。銃を知らない? そんな馬鹿な。子どもでもあるまいし。


 そういやこれが飛んできたのは、さっき受け止めた男のところからだったな、そう考えてさっき助けた男を思い出したヴァロック。奴は無事なのか? 


「ちょっと用事思い出した。じゃあな」そう言ってヴァロックは、ジープの上からバン、と空高く飛び立ち、20m程先に着地して、先程の男のところに戻っていった。


「……一体何だったんだ?」ポカーンとするリーダー格の男と複数の男達。


 ※※※


「おーい! 大丈夫かー?」ブロロとエンジン音をあげながら、ネルソンの近くにジープがやって来た。助かった、とホッとした様子でジープに手を振るネルソン。


 だが、その後ろから、またもあのヴァロックと名乗った赤毛の大男が飛んできた。いや、比喩でも何でも無い。まさに空から飛んできたのだ。


 ドン、と音を立て着地するヴァロックに、今日何度目かわからない呆気にとられる表情をするネルソン。


 そこへ、ネルソンを救助しに来たのであろう、ジープもやって来た。


「そいつは誰だ?」ジープを運転していた、麻色のターバンを巻いた黒い髭をはやした男が、怪訝な顔でネルソンに聞く。


「俺も良く分からないが、名前だけは聞いた」


「なんだそりゃ?」


「なんだ、仲間がいたのか。じゃあ大丈夫だな」ニカ、と笑うヴァロック。実はヴァロックがいた方向に機関銃で攻撃していたのは、このジープに乗った男で、その銃弾をヴァロックは受けていたのだが、どうやらヴァロックはその事を分かっていない。


 今ヴァロックがいるのはシリル派、政府軍側である。そして先程、数台の車が見えて飛んで行った方向は、ズニ派、反政府組織の方だったのである。


「とりあえずここは危ないから戻れ」ジープに乗った男に促され、ネルソンは言われた通りジープの助手席に乗った。


「ヴァロックだったか? あんたはどうする?」後部座席に荷物を載せながら、ネルソンがヴァロックに声を掛けた。


「俺もこの世界に来てよく分かってねぇから、ついてっていいか?」


「この世界? どういう意味だ?」怪訝な表情をするネルソン。


「説明が難しいんだよなあ」赤毛をガリガリ掻きながら困った困ったといった表情のヴァロック。


「ズニ派なのか?」そこへジープを運転していた男が、ヴァロックに質問した。


「ずには? なんだそりゃ?」


「……それさえ知らないのか。見た目どうも西欧風だし、頭でも打って記憶を失った、迷子にでもなったジャーナリストかもな」


「彼は俺を助けてくれたんだ。多分悪い奴じゃないと思う」


「ヴァロックといったな。俺達についてくるか?」ズニ派ではないようだし、見た目が西欧風なので敵ではないだろうと判断した、ジープを運転していた男がヴァロックに声を掛けた。


「おお。助かる。正直ここが何処かさえ分かってなかったからな」


 後ろに乗れよ、ジープを運転していた男がヴァロックに首で合図する。それに従い後ろのシートに座ったヴァロック。そしてエンジンをかけ、ジープが走り出した。


「おお。ゴーレムっぽいが操ってるのか。面白い乗り物だな」何だかご機嫌なヴァロック。


 ゴーレム? 乗り物? もしかして車を知らない? 


 ヴァロックの言葉に顔を見合わせる二人。やはり記憶喪失かも知れない。面倒な人間を拾ったのかも知れない。だが、もう車に載せてしまったので、今更捨てるわけにもいかず、仕方なく、ネルソン達は自分達のキャラバンに連れて行く事にした。




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