十七話
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ドガーン、と入口辺りで大音響が鳴り響き、同時にズドドーン、と洞窟内を揺るがす程の地響きが突如起こった。中にいた黒いさそりの面々、そしてアランマドは、地震の如くその揺れに驚き、皆咄嗟に、ある者は地面に這いつくばり、ある者は近くの柱を掴み何とか耐えようとした。パラパラと天井から砂埃が落ちてくる。
「い、一体何事だ!」近くの手摺に捕まりながら、焦った表情でアランマドは大声で怒鳴る。
「て、敵です! どうやら敵のようです!」「何だと?」
敵、という事は爆撃されたのか? 犯人はシリル派か? それともアメリカ? そもそも、どうしてこの拠点が見つかった? ここは滅多な事では見つかるはずのない場所なのに。アランマドは混乱する頭であらゆる可能性を考える。
「どこから攻撃されてるんだ? 武器は?」「そ、それが……」
言いにくそうにしている部下を見てハッとする。そう言えば先程の爆音は入口付近からだった。そして少し前、ズニ派から救援要請を受けたところだ。という事は、ズニ派を騙ったシリル派の攻撃か? いやでもそれはおかしい。ここへの連絡はズニ派の幹部でないとわからないはずだし、もしズニ派の連中が脅されて、この場所が知られるともなれば、ズニ派の活動にも多大な影響を及ぼすはずだから、おいそれとあいつらが教える事はないはず。拷問されても知らぬ存ぜぬを突き通すはず。
しかしタイミング的に、ズニ派からの救援要請が関係していると見て間違いないだろう。
アランマドがそう結論付けたところで、部下の一人が焦った様子で駆けつけてきた。
「アランマド様! ここは危険です! 早く逃げる準備を!」「ここが危険?」何故そんな事を言う? ここは岩場に囲まれ更に内側から装甲を施した、外部からの攻撃に滅法強いお場所だと言うのに。 空爆でも受けているのか? 部下の必死な様子を訝しがるアランマド。
「ぎゃあ!」「うわああ!!」「ば、化け物だあああ!」
アランマドが少し逡巡している間に、入り口方面から何人も黒いさそりの面々が大声を上げながら中に雪崩込んでくる。その後、少ししてから、のっしのっしと悠然とした風で、白い大剣を方に担いだ、赤い髪の大男が入ってきた。
その姿を見てアランマドは直感する。こいつは危険な奴だ。やらないと、こちらが殺される!
「それを貸せ!」近くにいた部下が持つ機関銃をひったくり、いきなりその赤毛の大男に向かって乱射し始めるアランマド。傍には他に大勢の黒いさそりの面々がいるにも関わらず、お構いなしに撃ち続ける。
が、
「おいおい。挨拶もなしにいきなりそれやるのかよ」その大男には全くダメージがなかった。信じられない事だが、どうやら大剣をくるくる扇風機のように回し、銃弾を全て弾いた模様。
因みに、周りの黒いさそりの面々にも銃弾が当たらないよう、シロの保護膜を使わず、敢えて大剣で躱したようである。突如撃ってきたという事もあって、シロに指示するタイミングが遅れそうだった、という事もあるのだが。
「な、何だ? 何なんだおまえはああああ!」恐れと怒りが混じった絶叫。あれだけの銃弾を浴びせても平然としている。あり得ない。やはり危険な奴だという直感は間違いなかった。アランマドは信じられない現実を目の当たりにし、歯をガチガチ言わせ身を震わせる。
「あ? 俺か? 俺はヴァロックってんだ」そんなアランマドに対して、気軽に宜しくな、と手を挙げ挨拶するヴァロック。
すると今度は後ろから、不意打ちで機関銃を用いヴァロックに銃弾を浴びせる黒いさそり達。それを合図に他の面々も一斉にヴァロックめがけて、四方八方から銃弾を浴びせた。彼らはとにかくこの訳の分からない、規格外の化け物がただただ恐ろしかったのだ。
厚さ30mmはある分厚い鉄の扉を一太刀で切り裂き、警護していた者達が放つ銃弾をいとも簡単に大剣で受け、時には躱し、時には指で弾き返すというこの化け物。因みに、大剣を持つ反対の手には、泡を吹き白目をむいて気絶している、ズニ派の幹部と思しき男の襟元を持って引きずっていたりする。
ダダダダダダと閉ざされた空間という事もあり、物凄い音でヴァロックを襲う銃弾。そのうち、一人の男が持つ機関銃がカチ、カチ、と銃弾が切れた音がする。それを合図に皆一旦撃つのを止める。ただ一人の人間に対し使う銃弾の量ではない。本来なら節約すべき貴重な物なのだが、恐怖がその理性を上回ってしまい、本能のままに撃ってしまったようだ。
薬莢の焼ける匂いと共にもうもうと銃撃された箇所から煙が上がる。
「さ、さすがにこれで……」「ああ。これでようやく……」
と、一人の男が言いながら、機関銃を下ろし、晴れてくる煙の中を確認したところで、「うあああああ!!!」と絶叫しながら腰を抜かした。
「「「「……」」」」
機関銃を持っていた者達は、目の前の化け物を見て唖然とする。死んでいるどころか、傷一つついていない。当の本人は呑気な様子で砂埃をパッパッと手で払っている。鬱陶しいなあ、とか愚痴りながら。
「ぎ、ぎゃああああ!!!」「ば、ばば、化け物だああああ!」
黒いさそり達は皆一斉に大声を上げる。銃という殺傷能力の信頼度がどれだけ高いか、彼らは普段から使用しているから知っている。彼らはそれを使って日々、テロ活動を行ったり、恐喝に使ったり、時には人を殺してきたのだから。
その、殺傷能力が全く通じないのだ。
機関銃を持っていた黒いさそり達は皆、それを放り投げ我先にと外へ逃げ出していった。
「あ……。お、おい待て! 俺を置いていくな!」同様に唖然としていたアランマドが、ふと我に返り制止しようとするも、時既に遅し。
「ほーぉ? どうやらお前がここで一番偉い奴みたいだな……。装飾品を無駄にジャラジャラつけて、自身を着飾る奴ってな、大抵そんなもんだ」
そう言いながらヴァロックはアランマドにゆっくり歩みを進める。ヤバい。こっちに来る。このままでは殺される。そう思ったアランマドは、くるりとヴァロックに背を向け、一目散にとある場所を目指して走った。
「ありゃ? おい、どこ行くんだ?」『主よ。もしかしたら、主を恐れているのではないのか?』
「は? 何でだよ? 俺何もしてねーぞ? 寧ろこいつらがあれこれやってんじゃねーか」『その、あれこれが全然通じないのが、きっと恐怖なのかと』
そんなもんかねぇ、と首を傾げるヴァロック。とりあえず、アランマドがここのトップだと悟ったので、走っていく先について行く事にした。
一方ヴァロックから逃れようと、アランマドはとにかく走る。不健康な中太りの体型ながら、何とか足をもつれさせる事もなく、目的地に着いた。
「はあ……。はあ……。あいつは一体なんだ? アメリカの新兵器か何かなのか? ……まさか映画で出てくるようなアンドロイドを製作できたのか? ハハ、そんな馬鹿な」
自分で言っておきながら呆れるアランマド。だが、そんな想像をしてしまうくらい、アレ規格外なのだ。
鋼鉄の扉について有るキーを操作し、暗証番号を入力する。カチ、と音がして鍵が開き、その中に慌てて入っていった。そして内側からガチャン、と再度鍵をかける。
だが、その鋼鉄の扉がボコン、と拳の形に凹むのが見え、バァン、という大きな音と共に破壊されてしまった。そして開いたところか
らヌッとヴァロックの顔が覗く。
鋼鉄の扉を破壊するだと? しかもあれはまさか、殴って? アランマドは益々あり得ない事態を目の当たりにし、混乱する。
「な、なんだ? なんだなんだなんだおまえはあああああ!!!!」
「だーから俺はヴァロックって言ってんだろ? んな事より、お前が悪者のてっぺんだって事ぁ分かってんだ。ちょこまか逃げずに捕まりやがれ」
相変わらずマイペースのヴァロック。だが往生際の悪いアランマドは、更に奥の方へ逃げていく。
「おいおい。逃げ切れると思ってんのかよ。……って、ここ案外広いな」
中に入ったヴァロックは天井を見上げる。天井は高さ5mくらいあり、どうやら体育館くらいの広さは有るようである。
「何でこんな広い部屋が……」あるんだ? と、言いかけたところで、アランマドの行く先を見たヴァロックはそれを理解する。
「ハッ、ハ、ハハハハハハ!! 俺は見てたぞ? 一緒に連れてきていたズニ派の幹部、お前あいつの事殺さずに守っていただろう?」
そう言いながら、奥にいた少女を捕え、刃物を首筋に当てている。
そう。ここはレバノンやシリア等で生活していた女性達を拘束し、連れ込んでいた部屋だ。奥には捕まっている少女の他に、数十人の女性や少女がいた。皆寄り添い奥の方で一塊になっていたようで、一様に表から聞こえてきた大きな音に恐怖し怯えているようである。
アランマドはヴァロックが首根っこを掴み引きずって連れてきたズニ派の幹部を、出来るだけ銃弾が当たらないよう庇っていたのを見ていたのだ。混乱していたとは言え、冷静にその様子を見ている事が出来る分、やはりテロ組織のトップを張るだけの事はあるのかも知れない。
要するこの化け物は、命を大事にする普通の感性の持ち主。そういう輩に人質は効果覿面であるはず。それを知っているアランマドは、多くの女性達が捕えられているこの部屋に来て、利用しようと目論んだのである。
だが、相手が悪かった。
「……小さい女の子に爆弾とやらを抱かせ、大勢の大人達諸共一緒に爆破するよう、指示したのはお前だな?」
「シリア地域内のか? 何故お前が知っているか分からないがその通りだ。我々の信仰を重んじない奴らは死あるのみ。我らに利用されて初めて価値が生まれるのだ」
「……足や手がない子ども達を見てどう思う? 大人になりきれず、お前達に殺されてしまった子ども達をどう思う?」
「我々の信仰を裏切るからそうなるのだ。我々の信仰する神を崇め、讃えていればそうはならなかったのだ」
「……何が神だ。何が信仰だ。俺は神様に会ってきたが、お前達のように人の命を粗末に扱う輩を救うような奴じゃねえぞ」
もう我慢ならないといった様子で、ブワっと一気にヴァロックから殺気が溢れ出す。異世界で数多くの巨大な敵と戦い、多くを屠ってきた伝説の剣鬼の本気の殺気。言動は静かながらも、迸る怒りは抑えきれないようだ。
「あ、あわわ……」その殺気に当てられ、カラン、と少女の首元に当てていたナイフがアランマドの手からこぼれ落ちる。ドン、と地べたに座り込み、股間が徐々に濡れガクンと泡を吹き、アランマドは白目をむいて仰向けに倒れた。
「……へ? お、おい。俺何もしてねーぞ?」
アランマドの様子を見て呆気に取られ、ハッと我に返り殺気を抑えるヴァロック。だが目の前の小太りの男は気を失ったまま動かない。ついで奥にいた女性達も皆、一斉に気絶していた。……ナイフを当てられていた少女まで。
『主。やりすぎですぞ』「いや待てシロ。俺は殺気放っただけじゃねーか」
『その殺気がこの結果で御座いますが?』「……クッソ! こいつら雑魚過ぎんだろ! 一発くらい殴りたかったのにこれじゃ出来ねーじゃねーか!」
『……主が本気殴りしたら、奴の首が消滅してしまいますが?』「ま、その通りだけどよ」
それでも自分の怒りの矛先を無理やり抑え込むのが嫌なようで、悔しそうに自身の拳を掌でパァーン、と叩くヴァロック。
『でもまあしかし、この世界の悪人は、この銃と言ったような武器に頼らなければ、威厳を保つ事が出来ないようですな。個人個人の力は大した事ないみたいで』「それは俺も同感だ。こいつら弱い癖に偉そうなのは、武器のおかげなんだよな」
そうシロに返事した後、ヴァロックは顎に手を当て何か考え込む。シロはそんな主の様子を見て不思議そうにしている。
とにかくこうして、ヴァロックによって世界的テロ組織、黒いさそりの首謀者が倒され、その拠点が破壊されたのであった。
明日も投稿予定です。




