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2:どうやら迷い込んだようで

 それが見えた時、紫苑は自分の目を疑った。


 身体よりも大きな翼を持っている翼竜だった。それも3体いる。

 羽、翼、鋭いくちばしは鳥と似ているが、大きく異なるのが手足があることだ。3本の指に分かれ、その先には鋭く尖った爪。手はかなり小さく、殆ど使われていないのだろう。

 さらに、尻尾がある。それは長く、先にはトゲトゲとしたものが付いている。

 この生き物は、簡単に鳥とトカゲを合わせた感じ、と言えばそれなりに近いところまで伝わるだろう。


 3体とも身体の色は異なり、各翼竜赤、青、緑が主だ。鮮やかな色ではなく、暗い色。それがより翼竜を見る者を怖気立たせる。


 翼竜がいる所から紫苑が見ている場所はそれなりに距離がある(敷地が広すぎる)。コの字に設計されたこの屋敷の窓の位置から比べると、その翼竜たちの大きさは2階分の背丈はあった(縦に窓が4個並んでいることから屋敷は4階建てであることがわかった)。大きさはバラバラで、それ以上の奴もいる。


「これ、夢じゃないよな...?」


 到底、現実ではありえない光景だ。こんなにも怖気立たせるものが、まるで飼われているかのように家の庭にいることなどあるはずがない。この建物が家かどうかは疑問だが。

 ロボットである可能性も考えた。窓から外を見ただけで分かる庭の広さ、お城のように大きい屋敷。かなりのお金持ちだ。それならば、大きくてリアルなロボットを作り出すのは容易いことだろう。だが、ロボットであるならば雨が降ったらどうする。あれをいちいち屋外と屋内を行き来させているとは考えにくい。とすれば、あれはロボットではなく『生きている』と考えた方が自然。


「......異世界転移とも考えられるか」



 異世界転移。

 自分の中では、あまり有力では無い。

 だって、そんなことはあり得るのだろうか。


 現実世界の自分はもう死んだのだろうか。それとも、運がいいのか悪いのか、あの事故の直後に何者かによってこの世界に召喚されたのか。だとしたら、それは一体誰なのか。


 疑問しかない。この知らない部屋で、ただ一人でいても答えは出ない。


「とりあえず、部屋から出てみよう...」


 窓から見えるこの屋敷の大きさ、どこかも分からないこの場所、可愛い鳴き声からは予想もできなかった姿見の翼竜。

 恐怖心があった。見たこともないものを見て、知らない場所にいて。

 大きな好奇心があった。ここが本当に異世界だったら、小説の中のような体験ができるかもしれない。


 頭痛を抱えながらも、その気持ちで身体を動かしドアノブを捻って扉を開く。


 この時の紫苑は、まだ気づいていない。

 『宇佐美紫苑』の忘却が、『ウサミ・シオン』を生み出してしまったことに。




 部屋の外は、学校の廊下以上に広い廊下だった。赤い絨毯が敷かれ、大きな窓がいくつもある。


 扉を開け、顔だけを出して様子を伺う。左右どちらとも同じような作りになっていて、かなり先の方に突き当たりがある。廊下が曲がっているのか、それとも行き止まりなのかは遠すぎてここからでは確認のしようがない。


「この屋敷の主を探しながら探検でもするか...」


 部屋を出て、まずは左側に行ってみることにした。壁が見える突き当たりまでは部屋から50m程だ。

 ずっと赤くて長い絨毯が敷かれていて、この上を歩いていいものかと不安になった。絨毯を土足で踏むという経験はあまりないからだ。でも、ベットの近くに靴が置いてあったためきっと土足でいいのだろうと判断した。


 今更ではあるが、紫苑の服装は高校の制服とは違い、スポーツウェアのようなピタッとした袖なしの黒いシャツに膝下10センチ程の丈のズボンを身につけていた。誰が着替えさせたのか分からないが、制服はどうなったのだろう。


 誰もいないのだろうか。これだけ大きなお屋敷なのだから、使用人の1人や2人くらいいるだろうに。それどころかたくさんいそうだ。服を着替えさせてくれたのも、その使用人の人かもしれない。


 とはいえ、屋敷が大きすぎて人がたくさんいても十分すぎる広さがあるということなのだろう。


「誰かひとりくらい会えればいいんだけどな...」


 やっとの事で廊下の端まであとすこしのところまで来た。どうやら曲がり角になっているようで、先にも廊下が繋がっていそうだ。


「曲がってすぐ行き止まりとかだったらシャレにならな──うわっ!」


「きゃっ!」


 突然何かにぶつかって、尻もちをついた。尻をさすりながら立ち上がる。


「いててて...」



「──大丈夫ですか、お客様?」



 前を見ると、2人の女がいた。


 1人は成人しているであろう女性。薄い茶色の髪を三つ編みで一つにまとめ、メイド服を着ている。ミニスカートではなく、丈の長いものだった。その姿見から、若くは見えるが成人しているなと紫苑は思った。


 もう1人は、小さな女の子だった。銀色の髪。前髪が眉毛より上で切りそろえられ、麻呂眉毛が見えている。丈の短いセーラー服に、短いズボン。おへそが見えている。鮮やかな青いコートを羽織っていて、胸には何やら紋章のようなものが入っている。そして何より特徴的なのは──


 猫耳...?


 頭に生えた猫耳。よく見ると、しっぽもあった。先にはリボンが結ばれていて小さな鈴がついている。


 しゃがんでいることから、ぶつかったのはこの女の子だろう。


「...お客様?」


「あ、はい。大丈夫です」


「全く、ちゃんと前を見て歩きにゃさいよね」


「お目覚めになったようで良かったです。今、様子を見に行くところでした」


「あの、ここは一体...どこですか?」


 一番気になったことを率直に聞いてみた。


「お客様は目覚めてすぐですし、ここで立ち話をするのもお体に負担をかけてしまうかもしれませんので、一度お部屋に戻りましょうか」


「分かりました」


 先導する女性。その後ろを猫耳と尻尾を生やした女の子がついて行き、その後ろを紫苑が追う。


 これ、本物だったりするのかな。


 ファンタジー小説では定番の猫耳と尻尾。女の子がこういう格好に憧れることはある(少数。むしろ男の方が女の子に望む)だろうが、部屋中を歩き回るときに身につけているのは話が別ではないだろうか。


 ちょっとだけ、触ってみようかな。


 セクハラになるだろうか。

 相手は小学生くらいの女の子。高校生の紫苑が身体に触るのは、周りの目が気になる。


 完璧に信じた訳では無い。まだ装飾品の一つであると思っているが、こんなにも滑らかに動いているのを見ると少しだけ本物ではないかと思っている部分もある。


 触れるくらいならいいよね。


 少し早歩きをして尻尾に近づき、掴んでみた。


「ひぅっっっ!!!」


 変な声を上げて、女の子がその場に崩れた。


「にゃ、にゃにするのぉ!」


 耳を伏せ、顔を真っ赤にして紫苑を睨みつけた後に引っ掻いた。




 ◇ ◇ ◇




 ──アウトレア王国。

 『四竜の国』と呼ばれている。


 かつてこの国は小さな国だった。人口もそこまで多くない。街は発展していていなかったし、何より農作物を育てるには不向きの場所であった。雨が降りにくく、地が乾き、農作物の不作が続く。それが約10年以上続いていた。民衆は空腹に耐え、王宮はこの状況に頭を抱える日々。


 しかし、この状況を一変させたのが、第19代国王、グリオス・アウトレン・クライン。

 彼は大変な読書好きだった。想像力も豊かで、自分で小説を書くほどだったのだという。


 そんなグリオスは、ある一冊の本をとても大事にしていた。この国に古くから伝わる『四竜』についての物語だ。



 約1500年前のアウトレア王国は、このような不作が続き、人々が飢餓に陥る事態があった。見るに堪えなかった主人公は『四竜』の元へ行き、この事態の改善を求めたのだという。


 条件と引き換えに、『水の蒼竜』は雨をふらせ、『土の地竜』は土に養分を蓄え、『炎の紅竜』は太陽の光を大地に当てて芽生えさせ、『風の翼竜』は風を吹かせて雲を運ばせた。


 農作物はすくすくと育ち、豊作となって民衆は飢餓から救われた。



 この話が真実であるのか、誰かの作り話であるのかは不明だった。しかし、グリオスはこの話を信じて、『四竜』の力を借りるために《戦士》タオテイルをその場所へと向かわせた。


 結果はとてもいいものだった。

 農作物を育てやすい環境に変わって、10年ぶりの豊作となった。


 民衆は『四竜』の存在を知りたがった。自分たちが寝ている間に、突然環境が整った。感謝では言い足りないほどの嬉しい恵みだったのだから、自然を恵んでくれた『四竜』が本当に存在するならば、と神として奉ろうとしたのだ。


 しかし、グリオスは亡くなってしまった。突然死だった。さらに、《戦士》タオテイルも姿を消した。

 存在を確かめる間もなく、『四竜』の存在は永遠に謎に包まれることになってしまった。



 環境変化とグリオスの息子であるジェイデン・アウトレン・クラインの活躍によってアウトレア王国は成長していき、世界で最も大きい国のひとつになっている。


 現在、王の座に君臨しているのはイド・アウトレン・クライン。第23代国王にして、初の女王。


 アウトレア王国には『四竜』に因んで、四つの都市がある。

 『水の蒼竜』を奉る第一都市、《アクアヴィア》。

 『土の地竜』を奉る第二都市、《ニテンステラ》。

 『炎の紅竜』を奉る第三都市、《フォルティスソール》。

 『風の翼竜』を奉る第四都市、《ヴェントゥスアーラ》。


 各都市に竜が奉られている祠があり、豊作祈願の際には祭りが開催される。


 紫苑が現在いるのは、第一都市の《アクアヴィア》だ。

 この都市の最大の特徴は街中に水路があること。移動手段は、船が一般的。橋は船が通れるようにどこもアーチ型になっている。


 第一都市は大昔水の底だった。円錐を逆さにしたような形に開拓し、街の上には4つの水門、そして街の中心に『四竜』を祀る祠がある。


「第一都市っていうのは、この国で一番大きな都市ですか?」


「はい、その通りです」


 ということは、都市は大きさの順...?


 4つもの都市があるこの国は、地図にしたらどれほどの大きさなのだろうか。


「王国って言うくらいですし、王様がいるんでしょうけど...」


「あったりまえでしょ? あんたばかにゃのね」


 何故か分からないが、この猫の獣人は紫苑にとてつもなく塩対応だ。何かしたかを考えたが、ぶつかってしまったくらいしか思い当たらない。それだけでこんな塩対応になるだろうか。それともどこか痛かったのか。


「アラン、お客様ですよ」


 どうやらこの幼女はアランと言うらしい。


 そういえば、名乗ってもらっていない。紫苑自身が名乗ってないからだろうか。


「はぁーい、すいませんー。お客様、ちにゃみにこのお屋敷は王家の別荘ですよ」


 ムカつく言い方だな...って、王家の別荘だと......?!


 この屋敷の大きさと広さの理由がやっと理解できた。王家が持ち主なら納得がいく。


「ルーちゃんが、あなたをここに運んできたのよ。感謝しにゃさいよね」


「ルーちゃん?」


 一体誰なのだろうか。王家の人間なのか、それともこの女性のように使用人なのか。

 どちらにせよ、そのルーという人にお礼を言わなくては。


「あの、そのルーっていう人は誰ですか?」


「王女様です。ご案内致しますね。歩けま...すよね?」


 王女だったのか...。


 紫苑は、一体どこに倒れていたのだろうか。王女が普通に街中を歩くとは考えにくい。ということは、屋敷の前?


「大丈夫でしょ。廊下を歩いてたじゃにゃい」


「大丈夫です。お気遣いありがとうございます、えっと...」


「申し遅れました、私はクライン家王女付き使用人のマーガレットです。そしてこちらがアラン」


「宇佐美紫苑です。よろしくお願いします」


「では、参りましょう」


 紫苑はベットから降りて立ち上がり、マーガレットとアランに続いて部屋をあとにした。




 ◇ ◇ ◇




 先程、アランとぶつかった角を彼女達がやってきた方に歩くと階段があった。螺旋状の階段で、この屋敷にふさわしいとても豪華な作りだ。


 階段を上がり、屋敷の中央ら辺まで来ると一際大きな扉があった。


 その正面にも階段があったため、この屋敷には階段が幾つかあるようだ。普通に考えて、もう一方の角にもうひとつあると考えてもいいだろう。


「この中にルーという王女様が?」


 マーガレットは紫苑を見て頷くと、扉をノックした。すぐに声が返ってきた。


「どちら様?」


「マーガレットでございます。お客様をお連れしました」


「そう、入って」


 とても透き通った声の持ち主だった。口調から、とても育ちのいいお嬢様というのが感じ取れた。


「ルー様、こちらシオン様でございます」


 名前の言い方がどこかぎこちない。会話は普通にできているのにとも思ったが、よく考えたら彼女達の名前はカタカナ表記である。慣れない発音なのだろうか。


 彼女は大きな机に向かっていた。扉が正面に見えるように置かれたその机の前に座って、何やら本を読んでいたようだ。


「シオン? 珍しい名前ね」


 メガネを取ると椅子から立ち上がり、机の前へと歩いて止まった。


 ツーサイドアップの藍色の髪。眉毛よりも上に切りそろえられた前髪。幼く見えるが、身長からして紫苑と同じくらいの年齢かそれよりも上だろうか。

 王女と言うくらいだから豪華絢爛なドレスを身にまとっているかと思ったが、なんとも動きやすそうな格好だった。しかし、王女としての清楚さは感じられ、高そうな服だ。


 右手を胸に当て、軽くお辞儀をする。


「初めまして、シオン。(わたくし)は、アウトレア王国王女ルー・アウトレン・クライン。よろしくお願い致します」


「お、俺は宇佐美紫苑です。よろしくおねがいしま──」




「さぁ、あなたの素性を暴きましょうか」




 紫苑の額に冷や汗がつたう。


 王女ルー・アウトレン・クラインが紫音を見つめる。顔に似合わない殺気を漂わせながら。


 

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