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高草荘日記帳その陸

今回、とうとうΣさんの正体が明らかに!


え? 物騒録はどうしたって?


こ、この小説は息抜きだから! 思いついた話を並べる短編集だから!!


け、決してオチが思いつかないとか、思いついたとしてもぶっちゃけ盛り上がるに欠けるなとか、そういうことは考えてないんだからねっ!


 ただ好きな話を書きたくなっただけなんだからねっ!!


 ある日のこと。ある日常の、ある喫茶店での出来事だった。



…†…†…………†…†…



『こちらβ。作戦位置到達。指示をどうぞ』

『こちらα。そこで待機しろ。目標はいまだ動きを見せず。繰り返す、目標はいまだ動きを見せず。このまま大人しくしているならよし。下手な刺激はせず、監視だけにとどめよ。万一暴れ出したとしても上層部の指示を待て』

『こちらβ。了解。監視状態に移行する』



…†…†…………†…†…



 その男はもうそろそろ老齢といっていい域に差し掛かっている男性だった。

 日ノ本の人間ではないのか、髪の色調は白に近い金色で、同じ色をした波打った髭がわずかに伸ばされている。

 服装は黒を基調としたシックにまとまったもの。仕立ての良さからかなりの逸品だというのは分かるが、下品さは感じられず、かといって周囲から浮くほどの華美さもない。

知識のないものが見れば普通の量販店で売っている服に見えたかもしれない。

 ただ、服装はごくごく普通の物であったとしても、立ち居振る舞いが通常のそれと一線を画していた。

 ブルティングの紳士の理想と言っていいその仕草は、紅茶を口にする動作一つとっても整っており、洗練されているように見えた。

 ブルティングで紅茶を入れる修行をし、一時期は王室にすら出入りしていた老人店主は、その仕草に、長く伸びた眉に隠れた目を見開き、そっと紅茶を一つ入れ、バイトの女性に渡す。


「店長? これは……」

「あの席のお方に」

「え? で、でも注文の品はもう」

「あれほど美しく私の紅茶を飲んでいただけるお方に、お代などいただけません。断られるでしょうが、店からのサービスだと言っておいてください」


 それだけつげ業務に戻る店長にちょっとだけ困りながらも、アルバイトである彼女は従業員としての職務を果たした。

 そばかすが多い顔を笑顔に作り直し、そっとテラスで紅茶を楽しみながら、旅行雑誌を片手にした紳士に紅茶を差し出す。


「? 吾輩は注文していないが?」

「わがは……? 店長からのサービスだそうです」

「なぜ?」

「なんでもお客さんの紅茶の飲み方が気に入ったとか」

「ふむ」


 その言葉に紳士は一つ頷くと、その紅茶のカップをうけとった。


「もらおう。そして店主に伝えてくれ。君は正しい修行をした人のようだ。このような極東の地で、これほどの味に巡り合えるとは思っていなかった。これからも日ノ本に来た際には寄らせてもらうと」

「ありがとうございます」


 何やら紳士と店長の間では、友情が芽生えたらしい。

 正直理解の及ばない二人のやり取りに閉口しつつ、店員はあくまで笑顔を貫き、空になった紳士のティーカップを、緩やかに下げ、店内へと帰って行った。



…†…†…………†…†…



『お、おんのれあのスケコマシ! 我らのアイドル美鈴ちゃんに何言ったんだぁ!?』

『おいβ。通信入ってってこっちに筒抜けになっているぞ? お前あの店出禁になってただろう……。まだストーキングしていたのか』

『す、ストーキングじゃありません! 純粋に愛の発露なんですぅ! 好きな人とは二十四時間一緒にいたいと思うのがふつうでしょ!?』

『どうでもいいが警察には捕まるなよ? 公安の刑事がストーカーで捕まるなどいい恥さらしだ』

『うっせ! そんなへましねぇよ! って、目標に動きありっ!』

『なに?』



…†…†…………†…†…



 紳士が再び紅茶を楽しみながら飲み始めたときだった。

 外の道路からけたたましい声がしてくる。


「本当においしいんでしょうね?」

「ほ、保証する。ブルティング帰りの、マスターがいれる、紅茶が絶品の、超本格派喫茶店なんだよ」

「喫茶店なのにコーヒーじゃないの?」

「そこは、日ノ本の常識に聞いてよ。お、お茶って書いてあるのに、コーヒーがメインって、おかしくない?」

「そこ私に言われても……」


 まるで幽霊のように長く伸びた前髪で顔を隠した女性が、高校生くらいの女の子の手を引きながら、喫茶店に入ってきた。

 だがあいにくと、この喫茶店は流行っており満席だ。

 あいている席と言えば、ひとりで紅茶を楽しんでいる……。


「あ、あの~。お客様」

「ん?」

「ちょっと、相席よろしいですか?」


 店員が発した内容に、紳士は少しばかり片眉を上げ、彼女の背後にいた女性たちに目を向ける。


「げっ!」


 そして、前髪の女が彼の顔を見てカエルが潰されたような声を上げた瞬間、にっこり笑って自分の前の席を指し示した。


「どうぞ。皆で楽しむのもまた、ブレイクタイムの楽しみですからな」

「ありがとうございます。どうぞお客様、こちらの席に」

「無理言ってスイマセン。ほら、∑さんも、座って座って」

「…………………」


 どうやらどこかに買い出しに行っていたらしい。

 食料品がたくさん詰め込まれたビニール袋を、店員にもらった籠の中に入れ床に置いた少女は、ニコニコ笑っている紳士に向けて頭を下げた。

 彼女をここに連れてきた女性も、先ほどまでの饒舌さは鳴りを潜めてはいたが、静かにあいていた席に座り、ジッと固まる。


「さぁてと、∑さんおすすめの喫茶店だし、どれにしようかな……」

「ここの紅茶はアルクレイがお勧めですよ? 店主がきめ細やかな気遣いで入れてくれるので、すべてのお茶がかなりの完成度ですが、アルクレイだけは別格です。ここに来たのなら一度は飲んだ方がいい」

「本当ですか! あ、私紅茶なんて嗜んだことがなくて、味がわかるかどうかは自信ないんですけど……」

「御嬢さん。そう構える必要はありません」


 お勧めを聞いたにもかかわらず、自分はその紹介にふさわしくないんじゃないかと怖気づく少女に、紳士は優雅に笑いかけた。


「大半の紅茶通も、じつは本当に味がわかる輩はごく一部なのですよ。実際吾輩もその一人だ。美味しいかまずいかくらいの差しかわかっていません」

「え、そうなんですか!?」


 所作、言動、そしてマナー。すべてをとって満点を取っている紳士の意外な告白に、少女は思わず大きな声を上げた。

 それによって周囲の視線を集め、慌てて立ち上がり頭を下げたあと、顔を真っ赤にして座り込む少女を、ほほえましげに紳士は見つめる。

 そして、傍らから向けられる、探るような視線を無視し、紳士は話を続けた。


「紅茶を楽しむのに必要なのは、その繊細な味を見分ける舌ではありません。そんなものはソムリエにでも任せておきなさい。我々が紅茶を飲むのに必要なのは、ただ美味しいという感想と、その美味しいお茶を作り、入れてくれた職人に対する感謝だけでいい。それさえあれば、ただの一杯のお茶が、あなたに素晴らしい時間を与えてくれますよ」

「おぉ、そんなものですか」

「そんなものです」

「わかりましたっ!」


 そういうと少女はさっと手を上げ、アルバイトの店員を呼び出し、紳士が勧めてくれたアルクレイと、本日のおすすめとかかれたケーキを注文する。

 顔が隠れた女性も同じものを注文した。店員の対応をみるかぎり、どうも彼女はこの店には通い慣れているらしい。

異様な姿をしている彼女に怖気づくこともなく、店員は注文を聞いていった。

 そして、


「ありがとうございます。なんだか新しい世界が開けた気がします」

「若いころはそれでいい。怖気づくことなく、新しい世界の扉をどんどん開くと良い。それが、あなたが大人になった時、何よりの武器となり、何よりの友となるでしょう」

「含蓄のある言葉ですね。私も年取ったら御爺さんみたいになりたいです」

「ぶふっ!」


 瞬間、前髪女が噴き出し、場が凍った。

 同時に少女は失言に気付く。


「あ、す、スイマセン! ま、まだ御爺さんって歳じゃないですよね! どこからどう見てもまだオジサンで通じますよね!?」

「く、くくく。大家さん、それ火に油」

「あ、あわわわわわ……」

「いえいえ、気にしていませんよ」


 ブルブル肩を震わせて机に突っ伏す前髪女。そんな彼女の姿を、苦笑いを浮かべながら見つめつつ、紳士は手を振り少女の謝罪を途中で止めた。


「実際吾輩もいい歳だ。君たち若者にとってはオジサンだろうがお爺さんだろうが大差ない歳である自覚はあります。だからこそ、君たちにこうして高説を垂れても、だれも文句を言わないのです。寧ろこれは特権として、日々重宝させていただいていますよ。ですから、気にする必要はありません」

「あうぅ……。本当にスイマセン」


 そうは言ったものの、やはり居心地は悪くなったのか、少女は「ちょっとお手洗いに」と断ってから少しその席を離れた。

 そんな少女を笑顔で見送りながら、いまだに机に突っ伏す女性に紳士は一言。


「随分現世を楽しんでいるようだな、邪神」

「………………………」


 女の体の震えがピタリと止まる。同時に彼女の顔を覆っていた黒髪が生きているように蠢きだし、彼女の美しい顔を露わにした。

 そして、夜のように黒い髪を見事な編み込みへと変じさせた彼女は、


「そういうお前はこんな平和な国に何の用だ、第一位真祖? 私の封印の確認にでも来たのか?」


 忌々しげに顔をゆがめながら、机に頬をつけた状態で紳士の顔を睨み付けた。



…†…†…………†…†…



 紅茶から登る湯気が静かに舞い踊る。

 いつのまにか周りの人たちは彼らの言い合いに気づかなくなっており、まるで世界からそのテーブルだけが切り離されたかのように、かれらは孤立していた。


 口火を切ったのは紳士――第一位真祖《鉄血》のブラド・ドラクリアだった。


「勇気英雄ごときに蹴散らされた邪神の行く末など、吾輩が気に掛けるわけがなかろう。此度はただの観光だ。母上からたまには外の空気を吸ってこいと言われてな」

「はた迷惑な話だ。根源血統(マザーブラッド)はいまだに理解していないと見える。貴様らが国を出る際にどれだけの国の関係各所が動き、貴様らの動向を監視しなければならないかなど、思考の外と見える」

「下界の人間が勝手に騒ぎすぎるだけだ。我らがなぜそれを考慮してやらねばならん?」

「流石は夜の貴族殿。この貴族が死滅した時代においてなお、そのプライドの高さだけは天井知らずだな」


 現在彼を監視している公安刑事が聞けば、血涙を流しそうな言葉を発するブラドに、前髪女∑――《元邪神》ウォージェンダはせせら笑いを浮かべた。

 そのあたりはさすがに元邪神と言ったところか、かなりどうに入ったムカつくせせら笑いであったが、ブラドはそれを見ても特に表情を動かすことなく、


「統治する民どころか、もはや信仰してくれる信者すらいない邪神に言われてもな……」

「う、うるさいな! おかげで私はこうして人間として日々平和な生活を謳歌できているんだから! 後悔なんてしてないんだからなっ!」


 チョット涙目になりながら顔をバッと上げ、負け惜しみを言ってくる邪神。

 その姿があまりに情けなくて、ブラドは「これがかつての自分の住処であるルビーブラッド島を滅ぼした敵の首魁か」とこみあげてくる涙を抑える。


「それで、勇気英雄が用意したその肉の器。今のところきちんと起動しているのか?」

「あぁ。うん。まぁね……問題はないかな」


 本当は高草荘のオーナーが用意したのだが、それは関係者以外には教えてはいけないことなので、邪神は目をそらし、必死にその問いから逃れようと口笛を吹いた。

 そんな彼女の態度に「行儀が悪いぞ」とあきれつつ、ブラドは言う。


「ふん。とにかくだ、吾輩は今回観光に来ただけで、貴様の封印だの、勇気英雄がそれをほっぽってどこに行ったかなどは一切気にしていないし、関係のないことだ。下手に突っかかって来るのはやめてもらおうかウォージェンダ」

「こっちだって、キレた瞬間、街の人間全員串刺しにするような瞬間湯沸かし器と喧嘩なんてしたくないわよ。本当なら相席だって嫌だったんだから!」

「それは奇遇だな。吾輩も貴様の連れのレディを立てただけで、貴様なんぞと相席なんぞ鳥肌が立って仕方なかったわ」

「あらあら、蝙蝠に狼なんて属性持っているくせに、この上チキン属性まで手に入れようなんて、ちょっと強欲が過ぎるんじゃありませんこと、ブラドちゃんったら?」

「……売られた喧嘩なら買うぞ?」

「ほら瞬間湯沸かし器ったら、言った傍からこれですよ。いやですね~。世界一野蛮なモスキートはこれだから困るわ」


 ビリビリと二人の間で殺気が激突する。

 彼らの足元にはいつのまにか、血色の水だまりと、不自然に広がった真っ黒な影が出来上がっていた。

 まさしく一触即発。かろうじて彼らが展開した認識阻害をレジストで来た公安二人や、人工衛星でブラドの動向を監視していた、国連の《タブークラスタ対応秘書官課》課長の胃がねじれ狂う。

 そして、


「あれ、二人ともどうかした?」

「い、いえ……別に」

「この紅茶は美味しいと話し合っていたのですよ、レディ」


 お手洗いから帰ってきた少女の声が聞こえたと同時に、かれらは瞬時の元へと戻り、純粋に紅茶を楽しみにする少女を迎え入れた。

 世界各地で、多くの人々がどっとため息をつく中、三人のブレイクタイムはひどく穏やかに過ぎていったという。



…†…†…………†…†…



「それにしても、あのブラド公に喧嘩売っていた黒髪女はいったい何者だ?」


 という疑問を、世界各地に残しながら。



…†…†…………†…†…



 後日談というか今回のオチ。

 店の紅茶の味に大満足した少女がスキップをして帰る中、その後ろをついて歩いていたウォージェンダは「紳士として見送りをさせてくれ」とついてきたブラドを睨み付ける。


「あの子の血でも狙っているんじゃないでしょうね?」

「確かにうまそうではあるがな。見たところ処女だし」

「ドスケベ野郎が……。私の目が黒いうちはさせないわよ。いちおう英雄の姪っ子なんだから」

「……あれが? あの高慢ちきな男の姪だと? 嘘だろう?」

「あんたはまだイウロパにいたころの英雄しか知らないから、そんなこと言うんでしょう! というか、イウロパにいた頃もそんなに高慢ちきじゃなかったわよね?」

「母上に対し『無理やり吸血鬼にされるなんてかわいそうに! 僕が救ってあげるよっ!』とか抜かした戯けは高慢と言わずしてなんとする」

「あぁ、あのころのあいつって勇者って立場に酔っていたから、そういったところあったわよね。物事の善悪が全部自分基準になっているって感じ……」

「しかり。それに比べてあの娘はどうだ。ずいぶんとしかっかりしている」

「もう一人の召喚された女勇者の方が似ているわよね? 夜月勇歌(よるつきゆうか)だったかしら?」

「アイツはこちらに根を張る際天涯孤独と言っていたから、親族ということはないだろうが……確かににている。あの娘の清廉さと、大ざっぱさを併せ持っている雰囲気が瓜二つだ」

「あんた、ひょっとしてあの女勇者にも粉かけたの?」

「美しいものは手元に置きたいと思うのが男のサガだろう? にべもなく断られたが……」

「そんなんだからヴォバイト・ヘルシングに殺されかけんのよ。あの教授まだ生きてんの?」

「いまはヴァルカンに身を寄せているらしいな。この国にも近々吾輩を殺しに来るらしい」

「人魔大戦時の十星勇者よりも大概化物よね、あの教授も……。迷惑だから揉めるときはちゃんと神階迷宮に上がりなさいよ」

「わかっているさ」

「あ、それと、第六位に連絡くれるように言ってくれない? 冬コミに出す新刊のプロットまだ上がってこないんだけど? あの小説家どこほっつき歩いてんのよ?」

「貴様かぁあああああ!? 《流血》の奴をあんな腐った道に引き入れたのはぁあああああ!?」

「はぁあ!? あんたに性癖をとやかく言われる筋合いはないんですけどぉおおおお!?」


 過去話で盛り上がっている二人の背中は、意外と仲良く見えたという……。


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