鹿角物騒録 case1 苛烈拳
それは、はるか遠き古の時代。
人類がいまだ生まれておらず、爬虫の王たちが地上に君臨していた時代のことだ。
「認められるか……こんな結末! 認めてなるものかっ!!」
大きい……あまりに大きすぎる流星が天を駆け抜けていく。
それは、王たちに仕える預言者が告げた破滅の大王。
地上をあまねく粉砕し、天を鉛の空で覆い尽くす氷河を呼ぶもの。
爬虫類から進化し、恒温の肉体を手に入れた王たちとは言え、それがもたらす温度変化には耐えられないだろうと予言者は語った。
いや、あれは予言者と言っていい存在ではない。
ただ答えを出すように求められた疑問を、ただ与えられた式をもとに計算し、きわめて可能性が高い未来として答えを吐き出すだけの、そういった機能を持った宝石だ。
だが、無情にして感情が入り込む余地がない、完成された物品であるがゆえに、それが出す解答が外れることはない。
自分たちは、あれが来たときには滅びを受け入れるしかないだろうと、王たちの代表は諦めたように笑っていた。
だが、男は違った。
そんな終わりは認められないと。
自分たちは地上に君臨した王であったと。ならば、天から降ってきた外様の怪物風情にひざを屈することはできないと。
だから彼は戦ったのだ。
諦めずに戦い続け……そして答えを得た。
地上深くに穴を掘り、地上の温度の変化の影響がほとんどない場所へと自らの体を潜り込ませ、自らの体を仮死の状態にし、悠久の時を超えるための封印を施す術を作り出した。
この結論を出すのに長き時間がかかった。あの石ころに生き延びるための答えを出してもらおうとして、代表と殺し合い、その首を掲げた数か月前。
代表の仇と襲い掛かってくる同族を、石が出した答えの元に血祭りに上げたこの数週間。
とうとう自分の周りには同族は一人としていなくなったが……かまうものか。
――石が出した解答を寸分たがわず再現した。この試みは必ずうまくいく。そして、俺が目覚めるころには、下僕となる毛むくじゃらの劣等主たちも増えているという答えが出ていた。
はるか遠い未来。同族がだれ一人いなくなった天地で、すべてを諦めたあの愚かな代表に変わり、自分が天地を支配する姿を男は夢想した。
そうなってくると、あの天を駆ける破壊の大王すら愛おしい。
これは千載一遇のチャンスであった。
――この眠りから目覚めた時、俺は真の地上の王として君臨することができるのだ!
そんな野望を胸にひめ、男はひとり眠りについた。
そこには原初に抱いた『死にたくない』という純粋な願いはなく、ただ自らの野望をかなえんとする薄汚い欲望だけが彼を満たしていた。
…†…†…………†…†…
そして、彼は目覚める
遠き時の壁を越え、再び地上の頂点へと君臨するために。
…†…†…………†…†…
数時間前。空中浮遊大陸南部の国――リメリカ合衆国の一都市マッハタンにて。
「嫌な予感がすると、予言竜の言葉に従い住民を避難させてみれば……」
まるで夜空のような、群青の鱗に無数の星の輝きをちりばめた鱗を持つ、翼蛇竜の女性が、長い胴体を揺らしながらゆっくりと頭を上げた。
その巨体の傍らには、両腕を竜の鱗によって包んだ筋肉質な巨漢の男が佇んでおり、眼前に広がっていた町の地盤を陥没させた怪物の姿を観察していた。
「むぅ。日ノ本の図書館にあった学会論文集で見たことがあるな? ハイエンシェントか……。こちらにも一体眠っていたとは」
「かつてあの国の英雄だった旦那様はさすがに博識ですね。それで、我が愛しの夫よ。あれどうしたものでしょうか?」
「なんなら余が殴りに行っても良いが!?」
「地盤がしっかり地面についている場所ならばまだしも、空に浮いているうちであなたが暴れては、大陸が地面に墜落します」
「か、加減は覚えただろう! 前タブークラスタと戦った時は、ニューヤークがちょっと落ちた程度で済んだはずだ!」
「おかげで当時の大統領が真っ青になっていたではありませんか。住民の避難ができていたとはいえ、当時のリメリカ最大の経済都市だったんですよあそこは……」
今でも思い出される悪夢。
天を衝く摩天楼が、地盤ごと崩落し海の底へと消えていったあの光景に、ケツァルコアトルの女性はため息を漏らした。
――西洋魔術の力を借り、生き別れた夫に霊体を与えて《使い魔》として復活させたのはいいのですが、この人のバカ力を天空大陸で振るうのは少し問題がありますしね。
生前と変わらないいつでもどこでも全力でいどむ愛しい男のありようにちょっとだけ苦笑いを浮かべながら、翼ある蛇はその巨大な翼を広げた。
「旦那様、とにかくあなたを戦わせるわけにはいきません。せめて戦闘の途中で買い出しを頼んだ卵を割らない程度になっていただかないことには……また大統領の胃に風穴があきそうですしね」
「そんな無茶な!」
「無茶でもなんでも、戦いに出たいならそのくらいになっていただきますよ。えぇ! この大陸が人の手に渡った時から、ここはもう昔のように竜が暴れても大丈夫な大地ではないのですから……」
「ぐぬぬぬ!」
「というわけで、まだ加減ができる私があれの相手をしますので、旦那様は進路予測範囲上にある都市に避難勧告を出してきてください」
「……だが、戦力的には下級タブークラスタでしかないお前に、あの相手はきついだろうカグトリャーイ?」
言われずともケツァルコアトル――カグトリャーイは理解している。自分は竜種としての最低限の戦闘能力を持っているが、所詮その程度であると。
戦闘向きの能力を持っている竜たちと比べると、戦力としての格は一枚も二枚も劣るのだ。
なので、
「ご安心を。ワンシトンの国連本部に連絡を出して、手すきのタブークラスタを応援によこすように言ってあります」
「……それ余が出るのと何が違うのだ?」
「少なくとも大陸が落ちることはないでしょう?」
シレッと放たれたその嫌みに、言い返す言葉を持たない彼女の夫はぐうの音も出ない様子で黙り込み、渋々といった表情で空へと飛翔した。
そんな彼のいじけた顔を愛おしく感じながら、カグトリャーイも飛翔を開始する。
目指すは沈没した地盤から現れた、十メートル近い体躯を持つ人型の怪物。
鱗まみれの翼をもった、奴は太陽の光を浴びるとともに歓喜の声を上げ、鱗に覆われた両手を振り上げた。
「クナクチクチクチクチクチヌヌ トイニノラナシチヌヌ トイニノラナトニカチツラヌヌ ノンラナノチスチテチカチトニキチネノラミラカニツンラナミララナシチ」
「随分と個性的な……。それがあなたたちの言語だったということですか?」
「ヌヌ」
取りあえずまずは交渉。凶悪な悪人面だが、もしかしたら善良なハイエンシェントかもしれないと、カグトリャーイは言葉を放った。
だが、返ってきたのは、
「……バカナ。ドウゾクダト!?」
「おや? 意味が分かるように?」
「マァイイ! ドウヤッテイキノビタカハシラヌガ、マタコロシテシマエバオナジコトダッ!!」
「……交渉は失敗と」
ハイエンシェントの口から吐き出された、極光のような火線。
ため息とともにカグトリャーイは有り余る竜の魔力を使い結界を張るが、相手もだてに人類以前の時代、地上の支配者として君臨していたわけではない。
結界によって防がれた火線はそのまま爆裂へと変化し、巨大な炎となってマッハタンの街を焦土へと変えた!
…†…†…………†…†…
「という感じから今に至るというわけです」
そして時は現在へ。
カグトリャーイ様から送られてきた映像情報を見せている間に、私たち――タブークラスタ救援部隊は、現在カグトリャーイ様とハイエンシェントが激突している荒野へとやってきていた。
その昔、リメリカ独立戦争時にブルティングとリメリカ独立軍の英雄が激突したといわれるこの荒野は、百年たった今でもなお草木一つ栄えない不毛の大地。
でも、今回はそれが功を奏した。
――あんな戦が、誰かがいる可能性がある場所で繰り広げられたなんて考えると血の気が引くわ!
私――ミシェーラ・ロットラインが冷や汗と共に言葉をこぼしたヘリの真下では、怪物同士の激突が繰り広げられていた。
「シャーっ!!」
蛇のような体をうねらせ、翼を翻すカグトリャーイ様の一喝と同時に、空中に現れる小型の彗星。それは尾を引きながら宙を駆け、泰然と滞空するハイエンシェントへと激突する!
だが、
「くはははは! どうした同族! 下等な種族たちしかいない世界で、なまったのではないか!?」
一撃で都市を破壊しかねないその彗星の連射を、ハイエンシェントは片手で展開した結界で防ぎきった!
しかもお返しとばかりに、奴は手を一振りするだけで、手のひらサイズの火球を無数に生成。
それをカグトリャーイ様に向かって解き放つ!
当然カグトリャーイ様も防衛用の結界を常にはっておられるけど、
「ぐぅっ!」
その結界に直撃した火球は、まるで小型の核爆発のような爆発を起こし、カグトリャーイ様の体を後退させた。
――結界越しでカグトリャーイ様を後ずさらせるなんて、いったいどんな威力してんのよっ!
この国の英雄にして、独立戦争時にリメリカに力を貸してくださった古竜たちの長――カグトリャーイ様は、国旗に星が描かれている理由ともなった、この国の象徴のようなお方。
タブークラスタにも所属している彼女が、一方的に押されている光景に、私は思わず歯噛みをする。
そして同時に、こんなことも思ってしまった。
――タブークラスタに所属するカグトリャーイ様が押されているっていうことは、もしかしてこの怪物……同じタブークラスタ相手でも、圧倒してくるような実力の持ち主なんじゃ!?
それは最悪の可能性。人類が持ち得る最大戦力すら押しのける、怪物の襲来を示唆するもの。
――そんなこと、あっていいはずが!
一縷の望みをかけ、私は後を振り返り、空挺落下の用意をしていたタブークラスタの面々へと視線を向ける。
そこには!
「カグトリャーイさん押されているわね。いつものバカ力旦那はどこ行ったのよ?」
「まぁ、カグヤ……もとい、カグトリャーイさんはあくまで内政のついでに戦闘がこなせるってだけの人だからな。戦闘は専門外だろう? っていうか、いつまでマニキュア治してんだよ?」
「一番! スー・シワンいっきマース!!」
「あ、おい! 一番槍はこの《攻略王》に譲りなよっ!」
「わ、私は上から見てますね? 遠距離攻撃こそがルーンマスターの真骨頂。け、けっして船坂さんにビビっているとか、そういうのではないんですよ~」
「私もここで見ているわね。あの程度の輩に真祖がやる気を出したなんて知られたら、ヴラッドの叔父様に怒られるわ」
「お前らな……」
嬉々として私の傍を通り抜け地上に落下していく、スーさんとエスカテートさん。そして、なぜかやる気をなくしているエルザレートさんとネーフィナイヴスさんに、多分に呆れが含まれた視線を送る船坂さんの姿でした。
「え、えぇ……。み、皆さん空挺降下は?」
「さっき言ったでしょう? いやよ。カグトリャーイのおばさまはそれは素晴らしい方だけれど、戦力としてはタブークラスタ下級。その程度の実力しかない人の結界を抜けない程度じゃ、真祖が相手をする価値はないわ」
「わ、私としては……船坂さんが動いた時点で大体存在価値はなくなったかと。正直無駄足だったとさえ思っています。うぅ、参戦すれば久々に古竜の貴重な素材がもらえるかと期待したのに……」
「あんたは俺を過剰評価しすぎだが……。国連が俺やスーの奴を招へいしたのは、できるだけ被害をおさえるためだろう。他の奴らの戦い方は雑だからな……。さっきまでの戦闘解説でおおよその戦力はつかめたし、エスカテートの方は最近タブークラスタに入れられたから知らんが、スーの奴が下りたのなら、もう終わったも同然だろう」
――さぁて、観戦観戦。
なんてゆるみきった声が聞こえてきそうな三人の返答に、私はあいた口がふさがらなかった。
――え、というか待って?
「出てくれないのですか……というか、スーさん一人で終わるってことですか!?」
「お前さん本気で新人なんだな……」
「周囲に被害を出さずに戦うことに関しちゃ、六拳仙にかなうタブークラスタはいないわ。私たちがひと暴れしていいって言うなら別にいいけど、国連の本命はそこの《鉄男》とスーの奴でしょうからね」
「こ、今後もこの仕事つづけるなら、まずご機嫌取りの方法じゃなくて、タブークラスタの固有能力を覚えるべきだと思うよ。一番あなたたちが会うタブークラスタの古竜たちは《ただ強い》っていう分かりやすい力だから、新人教育の時はあんまり重視されていないみたいだけど」
そう言いながら、指を一つ鳴らし、突如として出現したキノコのような使い魔にハーブティーを入れさせるネーフィナイヴスさん。エルザレートさんも船坂さんもそれに便乗し、カップをうけとりつつ、
「まぁみてろ」
とだけ言って、下への興味を失ってしまった。
…†…†…………†…†…
突然ではあるが、タブークラスタにも階級分けがあることをご存知だろうか?
一人で地図を塗り替える戦力とはいっても、それはあくまでタブークラスタが敵対しなければという話。つまり、タブークラスタにはタブークラスタをぶつければいいというのが、この世界での暗黙の了解だったりするのだ。
当然、そのような対策がなされる以上、タブークラスタたちは、各々の戦闘能力によって階級分けがなされており、下級・中級・お願いしますから死んでください世界のために! の三段階で大抵の存在は分類される。
ちなみに最後の奴はべつに憎くて言っているわけではない。チョット本気出して暴れられただけで、この星を死の惑星にしかねない連中にこの称号が与えられているだけだ。ほら、世界のために死んだ方がいいだろう?
といっても人の強さなど、一概にどの階級に属するとは言えない。あくまで目安。国連が書類処理しやすいよう、大まかに決められたものに過ぎない。
たとえば下級。
こちらは、タブークラスタ内でも弱い人たちが分類されている。単純に力を手に入れたばかりの若いタブークラスタ――《攻略王》や、種族的に強くはあるが、他のことで忙しく戦闘技能を鍛えていない人――カグトリャーイさんなんかはここに分類される。
続いて中級。魔術が行きすぎちゃって、核クラスの火力を得た人や、攻撃力はいまいちだけど、死なない人たちなんかは大体このあたりだ。
今回参戦したネーフィナイヴスさんなんかはその代表と言っていいだろう。近接戦闘はからっきしなので、下級でも攻略王あたりなら近づければ倒すことは可能だったりする。まぁもっとも、その近づくまでが大変なのだが……。
他にも、不死者として有名な日ノ本の《永休僧正》とその弟子である《鉄の乙女》なんかはここに登録されている。基本的戦闘能力はもっているのだが、火力は控えめな御仁たちだ。
そして《世界のために死んだ方がいい連中》は……単純に手が付けられない連中だ。
暴れ出したらたぶん世界滅亡まで数日もかからないであろう真祖連中に、日ノ本の神階迷宮に隠れ住む《恐怖の鬼》や、《闘争の悪鬼》。
央国神将殭屍の代表である《神の炉心》路駿を筆頭とした始皇帝三大将に、山一つを自身の念動力で浮かせながら、その中で修行に明け暮れるインダの《無限不致の修行僧》。
他には、実在が確認されておらず接触したと思われる人物はことごとく死に至っている《殺人鬼:ガルイ》などが登録されている。もっとも、この人は誰も会った人がいないので、本人にも無断で登録されているようだが……。
さて、ここで一つの疑問がわく。
我……スー・シワンは、果たしてどの階級に分類されるのか?
上にいる化物連中はずいぶんと目をかけてくれているのだが、あいにくと我は中級と下級をうろちょろするという何とも微妙な階級がいいところの、タブークラスタにおけるザコである。
先代苛烈拳継承者であった亡き師匠ならば、文句なしの《世界のために死んだ方がいい連中》に分類されていたのだろうが、今の未熟な我の身ではその階級が精一杯だった。
今だ、この身は套路の途上。師匠と同じように真に至るは遥か先の出来事だろう。
だが、そんな俺がうえの化物連中に評価されているのは、ひとえに身の程を知るが故であろう。
わが身はいまだ途上。
ゆえに上を目指すことを怠らない。
わが身はいまだに至っておらず。
ゆえに、我は止まることなし。
砥げ。己が身を。遂げ。己が心を。
一意専心、心を細く、己が肉にのみ意識を向け、我が到達たる師匠の背中を思い描く。
紅蓮の炎へと変じ、己が痕跡のすべてを焼き尽くしながら、世界にとけて消えた苛烈なる背中を。
『心を細くせよ……強くなりたいという心すら、最後には不要となる。ただ至ること、ただ到達する事のみを考えよ。巨人になれるなど……馬鹿馬鹿しい。それはおぬしの未熟の発露。その巨体は即ち、おぬしの欲念の大きさにほかならぬ。砥いで遂げよ。削って、縮めよ。余分をそぎ落とさねば、至るための細道に身すら入らぬと知るがいい』
最後にそう言って師匠は消えて行った。
今だこの身は発展途上。上の化物連中が我を評価するのはそれであるがゆえに。
師匠を知り、我にその影を見るからあの人たちは我に期待するのだ。
……まったくもって、光栄なことだ。
…†…†…………†…†…
アタイ――《攻略王》は、タブークラスタの中ではだれもが認める若輩者だ。
神階迷宮で得た神器を取っ払えば、タブークラスタのだれにも勝てない雑魚であるところは、アタイ自身も認めるところ。
でも、アタイにもアタイの矜持があった。
それは、命を懸けてあの迷宮に挑み、多くの階層を踏破した矜持。
手に入れた神器は確かにアタイの力じゃないのかもしれない。道具頼りのめっきの英雄という、周囲からの侮蔑も甘んじて受け入れよう。
だが、この神器たちを手に入れたのは、まぎれもなくアタイの力だ。それを侮辱することだけは、絶対に許さない!
だから、今回はいい機会だと思った。
故郷の危機というのもさることながら、他のタブークラスタたちにアタイを認めさせるいい機会だと。
だからアタイは奮い立つ。隣でへらへら笑いながら落下する央国拳法使い程度に負けはしないと!
だからアタイは腕輪の形をした神器のつまみを、
「悪いが……」
「ん?」
「一番槍はやっぱりアタイだね!」
回す。《重力自在のローノスウォッチ》と名付けた神器の力を、いかんなく発揮する!
能力は文字通り重力操作!
それによって馬鹿げた重みを得た私の体は、落下速度を一気に加速。直下にいた巨大な竜人もどきの脳天に、両足のドロップキックを叩き込んでやった!
…†…†…………†…†…
わずかながらに、天空大陸が傾いた。
それだけの衝撃と破壊威力が、エスカテートさんの攻撃にはあった。
実際、エスカテートさんの文字通りドロップキックを食らったハイエンシェントは、そのまま地面にたたきつけられ、憤怒の形相を浮かべながら、土がついた顔を上げている。
たいして、エスカテートさんはあれだけの落下をしたというのにシレッとした顔で地面に着地。背中に持っていた大剣を抜き放ち、そこから飛ばされる光の斬撃を用いて、ハイエンシェントへの攻撃を開始した!
「す、すごい! さすがは攻略王!!」
我が国のヒーローの大活躍にわたし――ミシェーラが歓声を上げる中、背後のタブークラスタたちは冷ややかな品評に入っていた。
「あれって、《敗北切り裂く栄光の剣》じゃないの? ブルティングでの長い歴史の間に紛失したのだけれど迷宮にあったのね?」
「い、いいえ。《敗北切り裂く栄光の剣》は複数ある名前ごとに一つの機能を使える万能聖剣です。あの剣にはあの光の斬撃くらいの機能しか感じませんから、多分劣化コピー品ではないかと」
「だとしても良い火力だ。便利な神器持ってんな、エスカテートの奴。さっきの落下の衝撃を無視できたのも、確かあいつの靴が理由だったろう?」
「ふふん! よく御存じですね!! あれはエスカテートさんが初めて見つけた神器――《着地自在のサンダルフォン》という名前の神器なのですよ! 足にかかる衝撃をすべて無効化し、さっきのような高所からの落下や、蹴りつけたときの反動などを一切無視できるという優れものです!!」
船坂さんの一言に、私が自慢げに鼻を鳴らす中、エルザレートさんは冷ややかな笑みを浮かべて、
「これで名前がダサくなければよかったのだけれど」
「グハッ!」
――そ、それは言わない約束なのに。
と私が思わず喀血する中、船坂さんからのフォーローが飛んできた。
「アイツ世界一の神器長者だからな。名前一々考えるのめんどいんじゃね? 見つけた神器の名づけは発見者にゆだねられるし」
「で、でもミシェーラさんが言うには、あれ初発見神器なのですよね? そ、それでその名前って……」
「戦況が動きましたよみなさん! 観戦するんじゃなかったんですか!? ねぇ!?」
――しまった、我が国の英雄最大の欠点を見透かされかけている!?
慌てて下を見るように仕向ける私に、意地の悪い笑みを浮かべるエルザレートさん。そんな彼女の底意地の悪さに内心頬を膨らませる中、ボソッと聞こえた船坂さんとネーフィナイヴスさんの会話が私の耳に残った。
「なんだこの嬢ちゃん、面白いな、弄りがいがあって」
「だ、ダメですよ、船坂さん。エルザさんは玩具とられると怒るんですから……」
――あれ? 私ひょっとして真祖に目をつけられている?
私のその絶望的な予想が確たるものになるまで、そう時間はかからなかった。
…†…†…………†…†…
「あーあ。若いな……」
「久しぶりですね、スー」
「お久しぶりですカグトリャーイさん」
次々と撒き散らされ、巨大な爆発を起こす火球の雨を、神器の盾を用いながら潜り抜け、光の斬撃を武器にハイエンシェントに接近していくエスカテート。
そんな彼女の喜び勇んだ背中を見送りながら、足を炎に変換して着地をした我――スー・シワンは、背後を振り返り結界の中で一息つくカグトリャーイさんに挨拶をしておく。
何分この人は、実権を持っていないとはいえ、リメリカの象徴たるファーストレディー様だ。
おまけに今回の救援依頼の依頼主。到着した時点であいさつぐらいしておくのは当然のマナーと言えた。
「だというのにスイマセン」
「彼女はわが国の国民です。戦いに参戦してくれたことを喜ぶことはあっても、怒ることはありませんよ」
そう言って鷹揚に笑うカグトリャーイさんは本当にできた人だ。頭のネジが二三本とんでいる《死んだ方がいい連中》にも見習ってほしいくらいである。
「で、カグトリャーイさん。先に戦ってみた感想的に、あれどの程度ですか?」
「……中級の実力は間違いなくあるでしょう。さすがに上位連中当たりまではないみたいですが」
「あちゃ……。上の人たちの予想よりちょい強めか。あの人たち自分より弱い奴って基本ザコ扱いだからな……」
――戦力予測がどんぶり勘定過ぎるのが玉に傷だ。
と、我は独りごちながら、高高度を旋回する高速輸送機を見てため息をついた。
とはいえ、上位に足を踏み入れていないというのならまだやりようはある。
自分よりも少し上っぽい実力というのも、かなり魅力的な条件ではあった。
――やっぱり、己が武錬を磨くためには、自分より強い奴と戦って何ぼだしね。
内心、不敵な笑みが浮かぶのがわかる。というか、口角が勝手に上がっていた。
間違いなく我は、この時笑っていたのだろう。
「では、カグトリャーイ殿。我もちょっと攻め手に加わってくるので」
「援護射撃は任せてください。あの巨体です。巨人化を封じたあなたでは抑えるのは手間でしょう」
「忝い」
本当はサシで戦ってみたいところなんだけど、リメリカの国土防衛の観点から、そうも言ってられないか。
求められるのは可及的速やかな鎮圧であるからして。この戦いに参加できただけでもありがたいと思わねば罰が当たるか。
師匠の教えである《余計な欲に取りつかれるな》という言葉をまもり、現状の戦力を加味したうえであれを相手にどのような修行をするかを考えながら、我は構えをとる。
呼吸一つ。ただそれだけで、拳はそのまま炎へと変わり、体のあちこちからは陽炎の揺らめきが立ち上る。
見る見るうちに登っていく体温に頭が沸騰する中、我はあくまで心を冷ややかに保ち――一歩。踏み出す。
曰く、師匠が目指した神仙の一歩は、千里の距離を縮めたと言われる。
極東につたわる高位妖術――《縮地》の原型となった伝説の再現。
陽炎揺らめく我が足は、たった一歩を踏み出す際――地面を紅に爆発させ我が身を射出。ハイエンシェントとの彼我の距離をゼロにした!
「は?」
「え?」
間抜けな声が、眼前にいるハイエンシェントの顔と、眼下で炎を防ぎきった盾を構えるエスカテートから聞こえてくる。
すなわち、隙だらけだ。
「では、二番槍だ」
「――っ!?」
ハイエンシェントが慌てた様子で手を振るってくるがもう遅い。
炎に変じた拳が、整ったハイエンシェントの顔を穿つっ!!
一意専心。砥ぎ、遂げる拳!
すなわち、炎の巨人になる際に使っていたすべての火力を、一点に集中させた火炎拳が爆音と共にハイエンシェントの顔面を殴り飛ばした!
十メートル近い巨体が、我の眼前で錐揉み状に回転する!!
だが、同時に我は悟った。
「あ、まずい」
こいつ、我との相性――最悪の部類だと。
…†…†…………†…†…
その事実は、戦闘スタイル的の関係上、光の粒子すらとらえる動体視力が必要だった船坂も理解したのか、輸送機に一つの舌打ちが響き渡った。
「まずいな……効いてない」
「え!? 滅茶苦茶効いたように見えましたけど!?」
十メートル近い巨体が盛大に回転するのを見て、あんぐり口を開けていたミシェーラの発言を、船坂は比定する。
「苛烈剣の拳は焼き尽くしの拳だ。六拳仙最強と言われる打撃威力もさることながら、一番の特徴はすべてを焼き尽くすと言われた、奴らが肉体を変質させて生み出す劫火にある。だが、あのハイエンシェントの顔を見てみろ」
地面にたたきつけられ、二転三転した後、ガシリと四肢で地面をとらえ憤怒の咆哮を上げるその顔は、
「焼けてない。それどころか……やけどの跡一つない!」
「っ!」
盛大に歪んではいたが……焦げ跡一つ付いていなかった。
タブークラスタステータス
*《苛烈拳》速 四腕
《ステータス》
筋力B 耐久C 敏捷AA 魔力D
《固有スキル》
苛烈拳B:央国に伝わる拳法の一つ。特殊な呼吸によって体温を自在に操り、達人に至れば体を炎に変換できる。このランクに至ると全身を炎へと変えることができ、炎の巨人になることも可能。
《個人情報》
央国タブークラスタの代表例《六拳仙》の一人。師匠である先代苛烈拳の教えを受け育った人物であり、その戦闘能力は目を見張るものがある。
性格はいたって温厚かつ冷静沈着。多少はしゃぐ場合もあるが、それでも戦闘になれば常に正しい判断を取ることが可能な、精神の強い人物。沸騰した体温の中でも冷静さを保てる時点で、それは一種当然のことと言える。
《到って》しまい世界に溶けて消えた師匠の背中を追い、強くなることに貪欲。それゆえよく厄介ごとに首を突っ込みたがり、国連からの召集にも高確率で答えてくれる、国連にとってはかなりありがたいタブークラスタの一人。
*《攻略王》エスカテート・キャンベル
《ステータス》
筋力B+ 耐久C++ 敏捷B++ 魔力D
《固有スキル》
神器コレクターA:神階迷宮にて収集した無数の神器を使用して戦う。その数は百を優に超え、本人自身もどんな神器があったか明確には覚えていない模様……。
《個人情報》
リメリカが生んだ現代の英雄にして、北マリューヒル上空に展開される《北マリューヒル神階迷宮》にて、最も多くの階層を攻略した迷宮攻略の覇者。身に纏った無数の神器のアシストを受け(ステータスの+はその値)、超人じみた身体能力を発揮する。
迷宮攻略に得た資金で無数の企業を経営するCEOであり、リメリカの大英雄といわれる彼女であるが、性格は竹を割ったように快活で……戦闘狂。
戦いをなによりも好むうえ、他人に認められたいという願望も強い人物で、タブークラスタに登録された際はむしろ躍り上ったほど(大半のタブークラスタは国連に縛られることになるため面倒くさがる)。
迷宮攻略者という仕事は彼女にとってまさに天職だった。
現在の目標はタブークラスタでの階級を上げ、頂点に立つこと。といっても、現在上に立っている化物連中は、彼女のことをあまり重視していない模様……。
頑張れ英雄! 負けるな攻略王! タブークラスタキングに君はなる!(かもしれない)