鹿角物騒録 case1 ハイエンシェント
鹿角物騒録:ストーリー解放
これは、世界を震撼させる戦闘能力を持つ個人たちが、世界滅亡の危機に抗う物語である。
条約禁止級個人戦力。
それは禁忌の箱。開けてはならない禁断の個人戦力。
たった一人で世界地図を塗り替えるといわれる、科学によって神秘が駆逐されつつある現代においてなお、恐れられる怪物たち。
だが、そんな彼らが唯一全能を振るう機会が与えられる場合がある。
それは……世界が滅びの危機に瀕したとき。
この物語は、そんな世界の危機に立ち向かう超越戦闘能力集団――タブークラスタたちの、物騒すぎる戦闘記録である。
…†…†…………†…†…
時は星暦2030年。
人類は神階迷宮の攻略によって一時的な平和な時代を謳歌していた。
とはいえ、そんな平和な時代であったとしても、戦争への対策がおざなりになっていいわけでもない。
そのため、世界中の国家は国家間の条約締結の折衝を行う《国交連盟》に所属し、戦争を抑止するための多くの条約を結んでいた。
その中でも最も恐れられる条約の一つに、《核弾頭級個人戦力の戦争使用禁止条約》というものがある。
これは、魔法が存在するこの世界において実在する、核弾頭以上の破壊力を保有する個人を、戦争に使用することを禁じる条約だ。
全ての国が参加している条約が少ない国交条約の中で、この条約のみはすべての国が参加しており、世界中で条約の対象となる人物の監視が行われている。
たとえば、ブルティングに根を張った吸血鬼たちの王――《真祖吸血鬼》。
たとえば、リメリカ合衆国において隠居生活を楽しんでいる、数百単位の数がいる古竜達。
たとえば、インダにおいて厳しい修行に耐えることによって、山を一つ浮かび上がらせるほどの神通力を得た修行僧。
たとえば、央国防衛の要として働く、古の皇帝によって、死体に魂を封じられた神将――《神将殭屍》
たとえば、北欧最古の国として名高いデイルマークを拠点に活動する《大魔女》・《大魔導師》。
たとえば、
「陸将、ここにおられましたかっ!」
「あぁ?」
核の洗礼を受けてなお、焦げ跡一つ体に付けなかった、
「《国連》からの緊急要請です。化石採掘中であった地層から妙な怪物が目覚めて、現在リメリカを蹂躙中。マッハタンを焦土に変え、首都ワンシトンに向かい進撃を開始したと!」
日ノ本の最強剣士。
「古竜の連中はどうしたんだ? あいつらがいるお蔭で、タブークラスタの数だけなら世界最高峰の軍事国家と呼ばれていたんだろうが、あそこは」
船坂浩。
…†…†…………†…†…
日ノ本陸上自衛隊のとある基地にて。
カモシカの直線的な二本角を額からはやし、一見鬼のように見える人相をした彼――船坂浩は、昼寝用にかぶっていた新聞をのけ、眠そうな目をこすりながら立ち上がる。
普段は仕事をさぼってばかりの彼にしては、珍しくやる気がありそうな対応に驚きながら、彼の秘書官である鶴の翼を生やす女性――佐名木あやめは職務に忠実に、報告を続けた。
「無論古竜の方々も応戦されておられるようなのですが……敵の侵攻速度が速く。今のところ長であるカグトリャーイ様がかろうじて無刃の荒野で押しとどめておられる状態で」
「ったく、現代社会に慣れ過ぎて骨が抜かれたんじゃないのか、あの蜥蜴共」
時代遅れの刀を鳴らしながら、屋上の固いコンクリートの地面から立ち上がる船坂。
そんな彼の頭上に、けたたましい音を立てながら国連直属のヘリがやってくる。
「対応早いな。それだけ不味いってことか?」
「おそらく。レスキュー要請を出されたのはカグトリャーイ様のようですし」
「そりゃたしかに本物だ」
――あの婆さんが苦戦って相当だぞ?
そう言って眉をしかめながら、船坂はヘリから降ろされた縄梯子を無視し、そのまま宙に浮かぶヘリまで一足で跳躍した。
「ご武運を!」
「誰に向かって言っている?」
そして、自分の傍らに瞬時に降り立った船坂を見て固まる国連職員をしり目に、敬礼をしてくるあやめに手を振りながら、船坂は戦場へと旅立った。
…†…†…………†…†…
「お、落ち着きなさい。ミシェーラ・ロットライン。あなたの背中には、ワンシトン六十九万人の命運がかかっているのよ。深呼吸をして、リラックス! ここに来て下さったのは、カグトリャーイ様の要請にこたえてくださった心優しい方々なのよ! きっと大丈夫。出会いがしらに殺されたりしないって! ファイトよ、私! やれるわ、私っ!!」
リメリカ空軍所属・特殊強襲用音速輸送機《GK-HA》。
輸送機としては最高の速度と、速度の割には居住環境がよろしいと評価される最新鋭軍用輸送機の中、国連《タブークラスタ対応秘書官課》所属の私――ミシェーラ・ロットラインは、何度も何度も深呼吸をして、今回の作戦に協力してくれたタブークラスタの面々がいる作戦参謀室の前にたたずんでいた。
私がこんなに緊張するのは当然のごとくタブークラスタたちのせいだ。
条約で戦争使用が禁止された、核を超越する個人戦力。
世界が認める災害規模の戦闘能力を持つ個人。
同時に、その強大な力故か、彼らは非常に気まぐれであるか……あるいは独特の価値観によって動くことで知られ、少し機嫌を損ねれば、体ごと消し飛ばされる可能性さえあると有名だった。
実際、今回が初任務である私に対し、先輩たちの言葉は憐みに満ちていた。
『可哀そうに、赴任早々、複数のタブークラスタが参加する作戦の面倒を見ることになるとは』
『普通はもう少し、段階を踏んでならしていくのだけれど……』
『専属禁忌者が決まる前に……か。死んだな。葬式はきちんとあげておくよ。ところでお前、宗派ってどれだっけ?』
「うぅ。胃がキリキリと痛んできた……」
あまりにも絶望的すぎる先輩たちからの言葉の数々に、私の心はもう圧し折れる寸前だ。
胃なんかはもうネジくりかえっているんじゃないかと言わんばかりに痛み続け、心臓は不整脈を疑うランクで跳ね回る。
――どどど、どうしよう。こんな有様でタブークラスタの前なんかに出たら、間違いなく殺され……!
そこまで私が考えたときだった。
「おい、こんなところで何をしている?」
「ふぇ!?」
突如かけられた声に私は思わず飛び上がり、慌てて声が聞こえた方へと振り返る。
そこに立っていたのは、鬼のような角の生やし方をした、カモシカ獣人の男性。って、
「ふ、船坂陸将閣下!」
「閣下はやめてくれ。帝国陸軍が自衛隊に再編されたときから、その呼び方は禁止されている。それに君は陸上自衛隊員でもないだろう? 普通に船坂さんでいいよ」
世界一働かないタブークラスタ――日ノ本の《不死剣舞》船坂浩。
私の故郷にして、現在危機にさらされているリメリカにトラウマを植え付けた、《核が通じない化物》の代表格!
――そ、そんな人に早速注意うけちゃった!? やばい、殺される!?
走馬灯が駆け巡る脳内のせいで、一瞬体への命令が停止し、私は見事に固まった。
――もうだめだ終わった~。せめて苦しみの少ない殺し方でお願いします~。
と、私が滂沱の涙を流し全てを諦める中、船坂さんは固まる私に首をかしげたあと、何かに思いだしたかのように手を叩き苦笑をうかべた。
「あぁ、見たことないと思ったら君は新人か。どうせ先輩のバカどもに、あることないこと吹き込まれたんだろう?」
「え?」
「なぁに、安心しろ。タブークラスタと言っても変人ばかりの集いじゃないさ」
そういって、船坂さんは私の肩をすれ違いざまにポンポンと叩いた後、
「気楽にいけよ、今回みたいな人助けイベントに参加するような連中は、比較的常識人が多いから」
「は、はぁ?」
「まぁみてろ」
そう言って、私が開けるのを躊躇っていたドアを勢いよく開けてくれた!
――ちょ!?
と、私はその光景に思わずすくむが、予想していたような気まぐれによる攻撃なんかは飛んでこなかった。
「あ、あれ?」
「言っただろう。変人ばかりじゃないって。そりゃ危ない奴もいるけど、そんなのは少数派……」
そこまで言った時、船坂さんに狙いをつけた熱線や、氷の槍。見えない力や、もう何が起こったのかわからないような正体不明の何かが、船坂さんの不死身の肉体に激突した!
それらの攻撃を受けてなお、服にすら傷痕一つ付いていない船坂さんは、ギギギと首を室内に向け、
「お前ら、どういうつもりだ?」
「いや、相変わらず不死身なのかと思って?」
「ボーヤなら私のライブを潰されかけたた恨みを晴らしていいと思って」
「ていのいいサンドバッグが来たから」
「の……のり?」
「よしお前ら、今回の敵は俺一人で処理してやる。大人しく微塵斬りになれやぁあああああ!!」
「ま、待ってください船坂さん! この機体は確かに頑丈にできていますけど、タブークラスタ同士の衝突に耐えられるようにはなっていませんからぁああああ!!」
こうして私の初任務は、船坂さんが刀を抜刀しかけるのを、必死になって止めるところから始まった。
…†…†…………†…†…
青い髪に、長く伸びた爪に赤色のマニキュアを走らせる美女吸血鬼――《第三位真祖》《冷血》《絶対凍土》《氷結歌姫》エルザレート・バストリー。
世界的なミュージシャンであり、ワールドオリコンの常連。タブークラスタの中でも比較的自由な行動を許可されている変り種。
今回作戦に参加したのは、来週ワンシトンで行われるはずのライブが中止されかねないから。どうしても自分の歌を人に聞かせたいらしい。
シングジャンキーと船坂さんが言っていた。
禿頭が特徴的な中華服を着た央国の拳士――《六拳仙》《苛烈拳》スー・シワン。漢字は知らない。
呼吸法によって肉体の温度を際限なく上昇させることができるらしく、最終的には炎の巨人に変身することができるらしい(意味不明)。
その熱量は核兵器に匹敵するらしく、条約禁止名簿に載る前は核に代わる新たな戦力として央国で期待されていたらしい。
今回の参戦理由は『いい修行になりそうだから』。これ以上強くなってどうするつもりだろう?
好戦的な笑みを浮かべる、バンダナで長い髪をまとめた金髪の美女――《攻略王》エスカテート・キャンベル。
最も多くの神階迷宮の階層を攻略した現代の英雄で、迷宮から持ち帰った無数の神器によって武装する冒険者。
私も知っているリメリカの大英雄で、今回の参戦理由も「祖国を守るため」。一番私が安心できるタブークラスタだ。
さっき船坂さんをサンドバッグと言っていたのは、きっと聞き違いだろう。うん。
最後に寄生木の杖を持ち、びくびくと怯えながら船坂さんの様子をうかがっている、山高帽にローブを着た10歳前後に見える少女――《古魔女》《花粉症如》《エンシェントドルイド》ネーフィナイヴス。
こう見えて二百歳の、《古魔女》最年長。古の北欧の魔術を蘇らせた、現代北欧魔術の第一人者。
参戦理由「実験」。
一番何するかわからない人だと、船坂さんが注意勧告をしていた。
そして、意外と悪い人ではなかった、日ノ本陸上自衛隊陸将の船坂浩さん。《不死剣舞》《核が効かない人間》《日ノ本最強》という通り名の通り、現状日ノ本で彼に勝てる戦力は存在しないらしい。
特殊な能力は術具級武装《天下五剣》の一本――《百足丸玉鋼》によって与えられる絶対不変の肉体だけらしいけど……正直言うと地味だ。
死なないことに関しては、それこそ現状の技術力では絶対に殺せないと世界が結論付けた《真祖》のエルザレートさん方が上だし、攻撃力という意味では刀を持っただけの彼は少し微妙だと思われる。
その昔、彼女の抹殺を目論んだ国を滅ぼしたネーフィナイヴスさんは言うに及ばず、ウラシア大陸北部の広大な絶対凍土の原因といわれるエルザレートさんや、炎の巨人に変ずるスー・シワンさんにも当然勝てないだろうし、迷宮攻略の際、対軍用神器《破滅の極光》を得て、リメリカ大陸と同じ広さを持つ迷宮の一階層を焦土に変えたエスカテートさんにも勝てないだろう。
――いい人ではあるけど、ただ死なないだけの人が日ノ本最強だなんて。日ノ本って人材不足なのかしら?
かなり失礼を考えながら、名だたる超戦士たちを前に、私は今回の作戦の概要について説明を開始した。
「今回地層から現れた怪物は、竜の翼に、手足を覆う鱗。そして見たこともない金属の鎧を纏った知的生命体です」
「知的生命体? 言葉が通じたのか?」
意外そうな船坂さんの言葉に私は一つ首肯を示し、端末のホログラムに一つの写真を投映した。
そこに映っているのは、人間と変わらぬ顔に凶悪な笑みを浮かべ、背中の翼を広げる今回の敵の姿。
「敵――通称暴君竜人はしばらくの間は意味不明な言語を話していたようですが、人間たちの会話をわずか数分盗み聞きするだけで、こちらの言語に対応したと報告されています」
「かなり頭がいいわね。面倒な敵だわ。日ノ本さんは何か情報を持っていないの?」
「まて……ちょうど陸自から連絡が入った」
古代の記録を現代にいたるまで保持している日ノ本は、こういった事件が起こった際には、高い確率で敵の情報を持っている場合がある。
今回も例にもれず情報があったのか、エルザレートさんの問いかけに船坂さんはよどみない返答を返した。
「情報があったそうだ。あちらさんの正式名称は《超古代超越種》というそうだ。リメリカ流にならって言うなら《ハイエンシェント》と言ったところか。人類が生まれる前の《凶竜時代》の支配者であり、爬虫類たちの王として地上に君臨していたらしい。古代リメリカ――マリューヒルの人々が彼らの骨を竜の骨と勘違いし崇め奉っていた記録があるそうだ。実際無関係というわけじゃなく、古竜種の祖先でもあるそうだが」
「……リメリカより何で古竜のことに関して詳しいんですか!?」
「日ノ本で一度死体が発掘されていたようだ。その死体の近くにあった石板におおよその事情が書かれていたらしい。結果としてこいつらの文明は巨大隕石で滅びたそうだが、こいつらはその滅びを受け入れず、不完全であったコールドスリープの魔術を使用し長い眠りについたんだそうだ。地上が再び自分たちの住める環境になるまで耐え抜くために。もっとも、その大半がコールドスリープに失敗して死んでいたみたいだから、日ノ本の上層部は脅威なしと判断して、資料を皇族図書館に放り込んで忘れていたようだが……」
――まさか生き残りがいるとはな……。
と、呆れる船坂さん。
私としてはそんな重要情報を図書館に放り込んだ後、すっかり忘れちゃう日ノ本のオッチョコチョイさ加減が気になりましたが、今はそこを論じても仕方ありません。
今重要なのは、その化物をどうやって倒すかなのですから。
「倒す方法とかは記されていなかったのですか?」
「自分たちの弱点を後の時代まで残す馬鹿がどこにいる?」
「ごもっともっ!」
グウの音も出ない船坂さんの指摘に私がうめき声をあげる中、
「まぁ、蜥蜴なら氷漬けにすれば大丈夫でしょう」
「流石に核の炎に耐えきる船坂みたいな存在ではないだろう」
「ハイエンシェントねぇ。くくっ! また私の武勇伝が詰みあがりそうじゃないか!」
「古竜の祖先。た、耐久度に問題はなさそうです……」
タブークラスタの皆さんは特に気負った様子もなく、どうやってタイラントドラグ改めハイエンシェントを打倒するか検討し始めます。
さすがは悪名高いタブークラスタ。現代科学がいまだに超越できない殺傷能力を持つ怪物たちです。
――怖い人たちではありますけど……彼らならきっと!
私のそんな願いに気付いたのか、雑談を開始する四人をしり目に、船坂さんが私に笑い掛けました。
「安心しろよ。俺もカグトリャーイの婆さんには借りがある。きちんとこの国を守って見せるさ」
「……はい!」
――あなたに関してはあまり期待していませんが、肉盾くらいにはなりますよね!!
と、私は内心失礼なことを考えながら、かれらをハイエンシェントの元へと運んでいきました。
根本的に勘違いしていることなど知らないまま……。
この中で最も高い戦闘能力を有しているのが、船坂さんだと知らないままに。




