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悪党勇者義侠譚 №0――プロローグ

弟子な異世界人の話

「なんや、またきたんか?」

「いや、ちょっと聞きたいことがあって」


 ある日の美術館。

 いつものように見返り美人ポーズを決めていたウスグレさんは、私が来たことに気付いて、ポーズを崩して胡坐をかいた。


――どうでもいいけどウスグレさん……。着物で胡坐をかくと、その……みえ。


「ふふふ! この見えそうで見えない絶対領域で、何人もの男を虜にしてきたんやで?」

「あ、ほんとだ、見えない!? 絵だから角度を変えても全然見えない!」


 じゃなくて!


「じつはウスグレさんに聞きたいことがあって」

「うちに?」

「うん。ウスグレさんって、私を見た瞬間瞬時に異世界人だって見抜いたじゃない?」

「あぁ! 異世界人は体に取り込んだ魔力の流れが違うしな~。ある程度魔力の制御に通じた人なら、見た瞬間に大体は分かると思うよ?」

「え? マジで!? って、それも今はどうでもいいか……。私が聞きたいのは、異世界人にあったことがあるのって事。知っているってことは私以外の異世界人も見たことあるってことよね? もしかして異世界人って結構多いの? 政府の秘密機関につかまって、異世界の技術を供出させようとか、そういう話はあったりしない?」

「あぁ、そのことか……」


 そういうとウスグレさんは額へと手を突っ込み、そこからアツアツのお茶が入った湯呑を持ってくる。


――どうしよう。さっきの疑問がどうでもよくなるくらい、額の中がどうなっているのか気になる!?


「まぁ、多いってほど来るわけではないけど、割と見かけることは確かやね~。前に話した、うちを助けた異世界人いうんもそうやし、あんたのおじさんとかその典型例やろ?」

「やっぱり?」


 というか、オジサンあちこちに正体ばれすぎじゃない?


「うちら妖怪とか、長生きしとる連中当たりなんかにはソッコでばれとるな。何せ英雄はいろんな意味で有名人やし。まぁ、本人は騒ぎになるの嫌みたいやから、大概の奴らは口つぐんどるけど」

「一般人には知られていないと」


 先生がオジサンのことを知らないのも納得だ。うん?


「あの、じゃあシンさんやイリスさん、∑さんは一般人じゃないってことに……」

「異世界人の話やったね!」

「……………」


――あぁ、知っちゃいけないことなんだ。


 ウスグレさんの介入でそれを悟った私は、それ以上思考することを辞めた。


――うん! シンさんたちが何者であっても私には関係ないしね! 家賃払ってくれる限りはいいお客さんだよっ!?


「現存しとる異世界人は、世界中で大体五人ほど確認されとるな。うち帰れる予定の人は三人。帰れへん人も手厚く保護され取るし、悪い扱いは受けてへんよ。いちおうあんたも含まれているって前政府の人が言うとったで?」

「ガッツリ存在認知されているんだ、私」

「まぁ、なんも知らんと無断滞在させとったなんてことになるよりかはましやろ? その場合はガッツリ警察で取り調べ食らうことになるしな? まぁこっちの世界は、あんたのオジサン筆頭に異世界人にいろいろ恩義があるから、無碍にはされへんよ」

「なるほど! よかった!」


――オジサンあたりがうまく手続したのだろう。


 私がひとり納得する中、熱いお茶をすすりながら、ウスグレさんはさらに話を続けた。


「さて、うちがしっとる異世界人の情報はこんなもんなんやけど……。これだけではつまらんやろ?」

「まぁ、聞きたいことは聞いたから、私はもうどうでもいいんだけど」

「まぁ、まぁそういわんと暇なお姉ちゃんの雑談にでも付き合ってぇや。今平日やから客少なくて暇やねん」


 確かに、言われてみると美術館の中は閑散としていて、あまり人がいないようだった。


「まぁ、私もやること終らせてから来ているから、別にいいけど」

「ほんま! ホナお茶でも飲んでそこに座り!」


 そういうと、ウスグレさんは再び額の中から湯呑を取出し、私に向かって……手を伸ばす。そして伸ばされた手はショーケースをすり抜けたあげく、白黒の湯飲みを私に渡してきた!?


「え、え、ちょこれ!?」

「さて、話をしよう、あれは今から千年・・・いや、五百年前やったか。まぁええ、ウチにとってはつい昨日の出来事やけど、自分らにとっては多分明日の出来事や」

「まって、続けるの!? 私としてはもっと聞きたいことがいろいろって……って、ゲームの知識まで知ってんの!?」

「画霊舐めたらあかんよ? 神祇板(スマホ)から、PSVKプレイサークルヴァルキリーまで、なんでもだせんで」

「ちょっとその額の向こうどうなっているのか見せなさいよっ!?」


 ギャーギャー喚きながら、ウスグレさんが入ったショーケースの周囲を確認する私の反応をしり目に、ウスグレさんは楽しそうに昔話を始めた。



…†…†…………†…†…



――このマントも随分と汚れちまったな。


 そろそろ異臭が漂い始めた自分の褐色のマントに眉をしかめながら、俺は眼前を歩く赤毛を逆立て、黒い色眼鏡をかける男に話しかける。


「エル師匠。次の街はまだっすか!」

「あと少しだっつーの。ったく、最近の異世界人はこれだから。気合いが足りんぞ、気合いが!」

「そんなこと言われたって、もう三日も歩きづめですよ! そろそろあったかい布団の恩恵にあやかりたいと思うのは、人間として当然の気持ちじゃないでしょうかね?」


 普段なら絶対に言わない、不用意すぎる嫌みな発言だった。

 それが自分の首を絞めると分かっているのに……俺ってやつは相変わらず学習しない。

 俺は何時もしているその後悔を、


「言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ? 俺の旅程に不満があるのか、うん?」


 俺のひたいに素早くつきつけられた、白銀の銃口によって思い出すことになった。


「いえ! 不満なんてありませんよ!」

「そうかそうか! それはよかった。ついうっかり大事な弟子を『生意気だ!』って撃ち殺しちゃうところだったよ!」

「はははは! もう師匠ってばそんな冗談ばっかり! おちゃめさんなんだから!」

「ははははは! おいおいバカ弟子よ。師匠が冗談言っているかどうかくらいは、きちんと見分けられるようになっておかないと、後々命がないんだぞっ?」


 一切冗談が感じられない、殺気が込められた銃口が俺の額から離れるのを感じ、おびただしい量の冷や汗があふれ出るのを感じる。


――よかった。まだ生きている! と、バクバク鳴り響く鼓動の音に泣きながら感謝しつつ、俺はあくまで平静を装いながらすたすた先を急ぐ師匠について行った。


「で、師匠。次に行く街には一体なにしに行くんですか? まさか何の用事もなく目的地を決めたわけじゃないでしょう?」

「まぁな。また枢機卿――マルザーニのババアから依頼が入ってな。今回はちょっと荒事になるぞ?」

「今回……は?」


 俺の知る限り、荒事にならなかったことがない師匠との旅路を思い出しつつ、俺は盛大に首をかしげた。

 その際、師匠の懐から再びカチャッという音が聞こえたので、俺の首はすぐに真っ直ぐになったが。


「まったく、その減らず口を少しは強くなることに向けたら、多少の上達は見込めるだろうに」

「俺は努力しなくても強くなれるチートを神様からもらっているんで、努力とかそういうのは無縁でいいんです~」

「はっ! 俺に負ける程度の奴が何を抜かす!」

「いや、あんたは存在そのものがチートみたいなもんだろうが!」


 なんたってあんたは……。そうおれが言いかけた時だった。


「おい、ついたぞ」

「え?」

「目的の街……海上貿易都市――ヴェルニアだ」


 無数の水路を町中に張り巡らされた、美しい都が俺たちの目に飛び込んできた。



…†…†…………†…†…



「くくくく! 来たか」


 暗い、暗い闇の中で不気味な笑い声が響き渡る。

 うちはその笑い声を聞きながら、絵の中で震えとった。


「教皇庁が……。十星勇者を囲ったからと言って調子に乗りおって。我らアドルア海の覇者にして、貿易強者たる我がヴェルニアの支援なしには、魔王連中との防衛線も維持できぬくせに、ずいぶんと息巻いてくれたものだ!」


 声の主は闇の中で笑いながら、手元にあったベルをチリチリと鳴らして、部下たちに指示をだしよった。


「よもやワシが集めた財をよこせとはな!」


 ベルの音と共に、暗闇の中で無数の影がうごめいた。

 それが、人を殺す影やということを、うちは知ってた。

 この男は、その影を使って何度も危機を乗り越えてきたことも……。


「くくく。ウスグレェ。お前はワシの物じゃ。だれにも渡したりはしないからのう……」

「ひっ……ひぃ!」


 不気味にてかる脂ぎった肌を見せながら、闇から声の主が出てきよる。

 豚のように肥え太り、周りにぐったりとした女たちを転がす、醜悪な男が。


「そして、お前をこの絵の中から出してやる。そしてお前も……ワシの女に!」


 恐ろしい声を聞かんように、うちは必死に耳を塞いでその場に座り込んだ。

 

――だれか。誰か助けて……。


 そんな懇願を心の中で呟きながら。



…†…†…………†…†…



「あぁ……綺麗だ」


 広大な青い海に、雲一つない快晴。

 美しく整えられた無数の家屋と、ヴェルニア特有の水路を眺めながら、俺はホウッとため息をつく。


――やっぱり旅っていうのはこうじゃないとな。異国情緒あふれるっていうの? 異世界だっていうのもポイント高いよね!


「おい、呆けるな。まだ仕事は終わってないぞ?」

「………………」


――えぇ、えぇ。わかってましたとも。師匠と一緒にいる段階で、穏やかな異世界観光なんて夢のまた夢だって知ってましたとも! でも、ちょっとぐらい現実逃避させてもらっても、よくありませんかねッ!?


「んで、師匠。俺達が宿の部屋に入った瞬間、物陰から襲ってきたあげく、師匠にボッコボコにされたその御仁たちはいったい誰なんですかね?」

「ヴェルニア市長――カーネ・モッテネン子飼いの暗部組織みたいだな。とはいえ質はあんまりよろしくないな。両手両足の爪に、三ミリ間隔で水銀の針差し込んでやったら、全員あっさりゲロったぞ?」


――イタイイタイイタイイタイ!? 聞くだけで痛い!? やめて!? 拷問風景をより鮮明の思い浮かぶように説明するのやめて!?


 内心で悲鳴を上げながら、俺は凄惨な拷問を受けて白目をむいて気を失っている暗部さんたちを転がしつつ、師匠に一応聞いてみる。


「で、どうするんですか、師匠?」

「初手暗部なんて手段をとるやつは、ハナからこっちと交渉する気なんてないだろう。ならやることは決まっている」


――徹底抗戦だ。


 わるそうな笑みを浮かべて、実際悪いことをたくらみながら、嬉々として戦闘態勢に移る師匠に、俺はそっとため息をついた。



…†…†…………†…†…



 事件は、鼻を突くような悪臭と共に始まった。


「なんだ、この臭いは!」


 デブ市長……もとい、カーネ・モッテネン市長はその見た目とは裏腹に、大層な綺麗好きであることで有名だった。

 そのため、この時代では当たり前だったトイレ事情――おまる式。たまれば捨てろ、その辺に――には我慢ならず、市長になったその時から、排泄物を回収する業者を金に飽かせて設立。

 めんどくさがって回収を待たずに水路に排泄物を棄てた輩は、だれであろうと暗部を使って皆殺しにした。

 そんな彼の涙ぐましい(?)努力の甲斐あってか、ヴェルニアは当時のイウロパ圏の街ではありえないほど清潔な都市だったのだが……どういうわけか、その夜は忌々しい臭いが町中にあふれかえっている!!


「し、市長! 一大事! 一大事でございます!」

「何事だっ!」


 それから数分後。慌てた様子で部屋に入ってきた自分の秘書に、夜伽の道具として遣った女を蹴散らしながら近寄ったデブ市長……もとい、カーネ市長は、信じられない報告を秘書から聞くことになった。


「お、汚物をまとめて肥料にしていたこやし施設が襲撃されました! 犯人は貯蔵されていたこやしをすべて水路に投下。肥料になる前だったこやしはそのまま流れに乗って町中に広がり……町中の水路に糞尿があふれかえっています!?」

「なにぃいいいいいいいいい!?」



…†…†…………†…†…



「ふははは! いやぁ、愉快愉快!」

「これはひどい……。元の世界でやったら普通に捕まりかねない!」

「いまさらガタガタ抜かすな、バカ弟子。やっちまったもんはしゃーないだろう」

「そんなあっさりと!」


 突如として広がった街を包み込む悪臭に、住民がかがり火を持って外に顔を出しはじめた。

 中には寝ぼけ眼で出てきたせいで、うっかり水路に落ちてしまい、糞尿まみれになる住人すらいた。

 まさしく、蜂の巣をつついたかのような大騒ぎ。そんな騒動を眼下に見つめながら、屋根に乗った俺は隣で爆笑する師匠に半眼を向ける。


――この人本当に――なのかよ。


 当然市長もこの大騒動を前に黙ってはおらず、屋敷から喚き声を上げながら出てきて、市長官邸前に集まった兵士たちに指示を出しはじめた。


「お、出てきたぞ!」

「で、どうするんですか師匠。いつもみたいに脳天風穴? それともリンチしてさらし首?」

「バカ。いつもいつもそう物騒なまねするわけがないだろう?」


――どの口が!?


 俺の脳裏をフラッシュバックするのは、パトロンの政敵だった枢機卿と、調子こいて師匠のシマをあらした馬鹿ギャング共の末路。

 詳しく言うとトラウマが掘り返されるので言わないが、ミンチと蜂の巣が比喩表現なしに行われたとだけ言っておく。


「今回はババアの依頼だからな。穏便に盗んでちょっと煽って帰るだけだ。お前の能力なら簡単だろう?」

「いや、そうかもしれませんけど……」

「ならやれ。三分は時間を稼いでやる」


 それだけ言うと師匠は再び夜の闇の中へと消え、俺はそっとため息をつきながら、神様に与えてもらった能力を起動する。


「まったく、人使いが荒い……」


 この世界から存在そのものを抹消し、だれにも認識されない・触れない、透明な肉体へと自らを変貌させながら。



…†…†…………†…†…



 何や外が騒がしい。

 なんかあったんやろうか? と、うちは一瞬だけ考えるけど、すぐにどうでもよくなってまた目を閉じた。


――結局今日も、助けなんてこーへんと思い知らされるだけの日やった……そんな毎日にはもう疲れてもうたわ。


 目を閉じる。きつくきつく……もう二度と開かないくらいきつく、目を閉じる。その行為で、いっしょに心も閉じてしまえと願いながら。


「あんな変態と一緒の部屋にいなアカンやなんて……うちもう耐えられへん。あほっ……大将のあほぉ……」


 どうかうちが穢される前に、心よこのまま死んでくれ。と、ウチはせつに願っとった。

 でも、そのウチの願いは、


「これかな? 動いているし……」

「え?」


 予想外の方向から、打ち砕かれた。


「やぁ、お嬢ちゃん。助けに来たよ! 枝葉だけど、陽動にもなるだろうし……この女の子たちも助けようか。って、うわきたなっ! 白いのまだついてんじゃん!?」


 見えない何かがやたらと元気に悲鳴を上げながら、うちのことをそっとつかむ。

 それはいつの間にか見る見るうちに色づいて行って、黒い服を着た、黒目黒髪の男に変わった。


「んじゃ、外で師匠が大騒ぎをしている間に、さっさとこんなところから逃げようか!」

「あぁ、あぁ……」


――うち、助かったんやな。


 そのことをようやく自覚したうちは、大声を上げて泣き出した。

 絵の中が少しうちの涙で汚れるけどかまへん。

 今はただ、この安心だけを心に抱かせといてほしい。



…†…†…………†…†…



 後に水上都市汚染騒動ヴェルニア・ナイトパンデミックと恐れられた一夜が終わる。

 橋の崩落に、ゴンドラに開けられた小さなの穴。それらの小さな騒動がいくつも重なりあった結果、市長ですら疲労困憊になるまで働いたにもかかわらず、水路の復旧には三年ほどかかるという結論が出て、人びとは疲れ果てていた。

 全身汚水まみれになり、もう匂いとか気にしている余裕がなくなったデブも、息を切らしながらとにかく寝ようと邸宅に帰宅し、


「あぁ……そんな」


さらなる追い打ちを食らうこととなる。


「だれも、何も……ない!!」


 世界中から集めた美女も、

 あふれかえるほどの工芸品も、

 生きた絵画という物珍し極東の絵も!!


 すべてがもぬけの殻になっている!!

 残っているのは、たった一枚のカードのみ。


 カードにはこちらを舐めきったような顔のイラスト共に、達筆なロマウス語でこう書かれていた。


『悪党参上!!

 肥え太った醜い体をしておきながら、一夫多妻とはまことに不届きと愚考した不詳の悪党二名は、あなた様に健康的な生活と、清く正しいイリス教カルトック教徒としての規範を思い出していただくため、浄財として家財と美女とその他もろもろをごっそり頂かせていただきました。

 これも神のおぼしめしと思い、心を入れ替えていただけると幸いです。


 不詳の悪党二名より。

 

 PS.次からは東洋流の拷問を食らってもゲロしない暗部を雇うことをお勧めします』


 当然のごとく、最近暗部を送りつけたのは、昨日ヴェルニアに入り込んだあの二人しかいない。

 しかし、証拠となるものは一切残っておらず、あるのはまるで、デブ……もういいや、デブが住む前にまで巻き戻されたかのように、何も残っていない部屋のみ。


 そこまで認識した市長の頭からブチリという音が響き渡り、


「ふーっ!」

「しちょォオオオオオオオオオオオ!?」


 長い長い溜息と共に、いろいろ限界に到達したデブ市長は、部下の悲鳴をバックコーラスに意識を失ってぶっ倒れた。



…†…†…………†…†…



 それから一週間ほどたったころ。

 イリス教総本山――神聖ロマウス教国のとある大聖堂にて。


「はいよ。ご用命の品は確かに盗んできたぜ」

「……ご苦労様です」


 俺と師匠は今回の依頼主である女枢機卿――マルザーニ枢機卿の元を訪れていた。

 師匠曰く、50年ほど年を取っていないらしい、緑の髪を結った片眼鏡(モノクル)の美女は、抱き枕を抱いて絵の中で爆睡するウスグレさんを確認した後、素早くそれを部下にわたし俺達に向き直る。


「相変わらずの手際だったようですね《勇者》――エルンスト・ルキアーノ」

「頭に《悪党》をつけろっつてんだろ、アバズレ。俺はお堅い正義の味方にも、お前らの使いっパシリにもなった覚えはない。ここでハチの巣になりたいか?」

「あら怖い」


 不機嫌そうな師匠の恫喝は、それを向けられていない俺でも冷や汗があふれ出るのに、マルザーニさんは口元に笑みすら浮かべて、余裕たっぷりの仕草で長い脚を組む。


「せっかくあなたに説教食らってわたくしも心を入れ替えたというのに、これでは改心しがいがありませんわ」

「抜かせ。どの辺が改心したんだよ!」

「今回は暗部の仕事じゃなかったじゃないですか?」

「また俺に弱みを握られるのが怖くて、暗部系の仕事は回さなくなっただけだろう?」

「それはまぁ、仮にも枢機卿ですから。世界の裏側にはまだ多少触手を残していますが。でも、足を洗ったのは本当ですのよ?」


――この人たちの会話はいつ聞いても胃が痛くなる。


 イウロパの裏側を牛耳る美しき枢機卿と、それを脅しつける悪党の会話に、しくしく痛む胃を抑えながら、俺はちょっとだけ泣きそうになった。

 

 この二人はつい先月まで暗部組織を用いた殺し合いをしていた仇敵同士であり、現在は枢機卿の弱みを握った師匠が、若干リードした状態で休戦しているという感じだ。


――普通の枢機卿と勇者の関係って、公的権力をもたない平民出身の勇者を、枢機卿の権力によってバックアップする代わりに、枢機卿が武力を必要としたときはイリス教の最高戦力である勇者が、枢機卿の敵を物理的に蹴散らすというもののはずなんだけど、この二人はどうしてこうなった。


 そんな俺の内心など知ったことではないのか、あくまで不気味な笑みを浮かべながら互いにけん制をする二人。

 このままではいつまでたっても話が進まないと判断した俺は、深呼吸を一つした後揉み手をしながら枢機卿に話し掛けた。


「いやぁ、にしても枢機卿。今回の依頼は窃盗だけとは珍しいですね。さっきの絵ってそんなに重要な物だったんですか?」

「え? えぇ。まぁね」


 俺の疑問に、枢機卿は眉をしかめながら、ため息一つ付いた後、事情の説明をしてくれた。


「あの絵は今貿易航路を開拓している、日ノ本って国から送られてきたものなんだけれど……すごかったでしょう? 生きていることを差し引いたとしても、かなりのできよ」

「それは確かにな。イウロパで販売されれば金貨云千万枚は下らんだろう」


 いろいろ後ろ暗い道を歩いてきた結果、美術品はそれなりに鑑定できる師匠の見立てに、枢機卿も頷いた。


――っていうかあれそんなにすごい絵だったの!? やっべ、素手で触っちゃったんだけど!?


「当然あの絵を渡される際に、相手の国からもそれ相応の要求が通されちゃったわ。その要求が……二度とウチにかかわるなっていう物だったの」

「……え?」


――それ、要するに国交断絶?


「だめじゃん!?」

「まったくもってその通りよ。航路開拓しているのに、なんだって絵一枚で国交断絶にしなきゃいけないのよ」

「どうしてそんな事態になった。交渉にあたっていた奴は?」

「こっちに帰ってきた途端、絵を売り払って雲隠れよ。なんでも、あまりの絵の出来に目がくらんだんだとか。まったく、敬虔なカルトック教徒の名前が泣くわ。無論そっちはきちんとオシオキしておいたわ」


 枢機卿がそう言った時、廊下を何かが通り過ぎた。


「嫌だ! 川の底は嫌だぁああああああああああ!」

「……失礼。いまオシオキしたわ」


 俺の精神衛生状態に問題が発生しそうだったので、悲鳴は努めて聞いてないふりをしておく。


「というわけで、あなたたちには穏便に絵の奪還をしてほしかったの。今回絵を買った人は事情も知らない被害者だから、殺すわけにもいかなかったしね~」

「……あぁ。うん」

「なるほど、俺達向けの仕事だな!」


 あの惨状を思い浮かべ俺が思わず目をそらす中、師匠はシレッとした顔でそう言い放ち、一切尻尾を見せることはなかった。


――さすがは師匠。悪党としての年季が違うぜ!


「とにかく今回は助かったわ《勇者》エルンスト・ルキアーノ。《異世界人(ワンダラー)》カイト・カタヒラ。私がバックアップしている勇者はエルンストだけだから、今後もこういった軽い仕事をいろいろ頼むと思うけど、それは許してね?」

「依頼内容によるな」

「もう! 改心したのだからちょっとは融通聞かせてくださいな!」


 美しい容姿を武器に、可愛らしく頬を膨らませておねだりしてくる枢機卿。

 俺が思わずそれに見とれていると、師匠の平手が後頭部を襲い、俺の意識を呼び覚ました。


「いってぇ!?」

「おれは《悪党勇者(ギャングスター)》だぞ? 権力に媚なんぞ売れるか」

「もう、イケズな人」


 その言葉と、枢機卿の笑顔を最後に、俺達は世界一物騒な執務室からようやく抜け出す。

 こうして、一枚の絵画を巡る、無駄に壮大な陽動作戦が展開された、ヴェルニア攻略作戦は幕を閉じた。

 とばっちりとなったカーネ市長には申し訳ないけど、今回ばかりは手を出した商品が悪かったと諦めてほしい。


 唯一の救いは、数年後、絵と一緒に保護した女の子たちから「今は故郷に帰って幸せに暮らしています」という手紙を定期的に受け取れるようになったことくらい。


 正直望んでいた異世界生活でのチート勇者生活とは程遠く、血と陰謀にまみれた物騒な生活ではあったけど、


「おいバカ弟子。折角首都に来たんだ。ちょっと前にのした第七位勇者の様子を確認しがてら、屋台料理でも食ってくぞ!」

「あぁ! 待ってくださいよ、師匠!!」


――まぁ、なんやかんやで師匠は部下には優しいので、案外悪くはない……のかな?


 思わず浮かんでしまった口元の笑顔を、ちょっとだけ苦くしながら、俺は師匠の背中を追いかけ、走り出した。


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