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高草荘日記帳その伍

妖怪についてのあれこれ

 春休みのある日のこと。

 私は廊下のキレた電灯を交換するために買い出しに出かけていた。

 異世界とは言えさすがは近代文明。

 次元制御技術を持っていても電灯の有難さは変わらないのか、売っていたのは普通の電灯で少し拍子抜けだ。


「もっと、魔力を込めたらヴォンヴォン言いながら弾丸をはじけるようになったり、念を送ることによって光の弾が飛び出すようなものを期待していたのだけれど……」

「それは電灯に必要な機能なのでしょうか?」


 私の口から漏れ出た異世界の電灯に関する妄想を聞き、隣を歩いていたシンさんが苦笑いを浮かべた。

 この人は私が買い出しに行くというと、ついてきてくれた荷物持ち担当だ。確かに切れた電灯は割と多く、全部買い足すとなると結構な重量になるので、この人がいてくれてかなり助かっている。


――野犬に自分を食わせようとしたり、自分から背極的に酷い目に会いに行く変な人だけど、悪い人ではないないようだった。


 私がそんな風にシンさんの評価を改めているときだった。


「ん?」


 スーパーの近くにあった美術館展示の宣伝ポスターが、ふと私の目に留まった。

 それは、日本人なら見なれた白と黒のコントラスト。


「水墨……画?」

「お、いいですね。水墨画。見ていきます?」

「シンさん好きなの?」

「そりゃもちろん! 足るを知る真教信者として、華美な装飾をそぎ落とし、ありのままを描こうとした日ノ本特有の水墨画にはかなり興味がありますよ!」


 真教? と聞きなれない宗教の名前に首をかしげつつ、


「う~ん。オジサンにもらったお小遣いも足りるし、これも勉強だと思っていってみるか!」

「明子さんのそういう勉強熱心なところは好きですよ!」

「ふふふ、そんなにおだてたって家賃は二割減にしかならないよ!」

「しゃっ!」


――おいこら《足るを知る》真教信者。私の世界じゃその教えは現状に不満を言うな的な教えだったと思うけど!?


 ガッツポーズをとるシンさんに呆れながら、私はシンさんと一緒に電灯片手に美術館へと突撃した。


「それにしてもこの水墨画……ほんとに水墨画?」


 ただの墨と筆によって、まるで写真のように精密に描かれた、珍妙な水墨画展へと。



…†…†…………†…†…



柴昌白墨斎(しばまさはくぼくさい)?」

「この国の戦国時代あたりに活躍した優秀な水墨画家ですね。主に写実的な水墨画を好み、彼が紙の上に描き出した墨の世界は、まるで生きているようだったといわれています」


 美術館に入った私は、シンさんの解説を聞きながらゆっくりと美術館を見て回った。

 飾られている水墨画たちは、やっぱり私の知る水墨画とは違って、まるで鏡を写し取ったかのような精密な写実画で、白と黒の彩色欠如画でなければ、まるでそこに本物が置かれているかのような錯覚を覚えたことだろう。


「ホント生きているみたい。今にも動き出しそう」

「そうでしょう、そうでしょう。それが白墨斎の素晴らしいところです。彼は優秀な真教然宗(ぜんしゅう)の僧侶でもあったらしく、彼の描いた絵は主に修行のために描かれたといわれています。すなわち、芸術として本人は描いていなかった」

「そうなの? またどうして?」

「彼はいかなる対象を見るときも、決して自らの主観を入れないよう修行していたのです。主観とはすなわち現実の屈折を生みます。たとえば、とてつもないブサイクを好きになった男性がいたとして、その男性がその女性の絵をかけば、多少その女性の見た目を美化して書く場合があるでしょう?」

「そうね」

「ありのままを認め、有るがままを受け入れることを重視する真教にとって、その主観というのはとてつもない障害になるわけです。そこで彼は世界のすべてを絵に描きだしました。美しいも、醜いも、老いも若いも皆等しく……あるがままを墨によって描き出したのです。それによって世界を正しく見つめる力を養おうとしたのでしょう。最終的に往年の彼は然宗の高名な僧侶となり、大悟を得てこの世を去ったといわれています」

「へぇ~」

「ですので、正直彼の修行の成果を芸術品として飾るのはいただけないのですが……彼の絵を一般の方々が見られるのは大変よろしいと私は思います。きっと彼も天楽で喜んでいることでしょう!」


 どうでもいいけど、この人まるで本人にあったことがあるような態度で話すな? と、私は熱が入り込み始めたシンさんの解説を話半分で聞き流しつつ、ゆっくりと絵の勧賞に移る。

 そんなとき、私の目が一枚の絵が留まった。


「これ……ちょっと一線を画しているわね」

「ん? あぁ、白墨の名作にして代表作――《薄暮の見返り美女》ですね」


 墨によって描かれた夕焼けの中、艶やかな笑顔で振り返る一人の美女を描いた作品。

 墨で描かれた絵だというのに、私の目にはたしかにこの絵に色彩がつき、オレンジ色の光の中で一人たたずむ、彼岸花の服を着た女性が笑っているように感じられた。


「この絵はその美しすぎる題材もさることながら、来歴の方でもかなり有名な絵なんですよ? 何とこの絵は当時では珍しい、海を渡ってイウロパに到達したことがある水墨画なのです」

「イウロパに!? なんでまたそんなところに……」

「実は……この絵、描かれたのは当然日ノ本なのですが、この絵の当時の所持者であった大名が、南蛮貿易の商品として売り飛ばしてしまって」

「こんな絵をっ!?」


 素人の私が見ても、思わず魂をわしづかみにされたような凄みを感じる名画。私の世界の水墨画なんて、ただの地味な墨の絵だとしか思えなかった私にすら瞠目させるそれを、手に持っていたにもかかわらず手放した人がいるという事実を、私は信じられなかった。


「なんだってそんなバカなことを!?」

「その理由は、この絵が有名な理由の二つ目にあって……」

「あの芸術知らずの島津のクソガキとちょっと揉めてもうたんや。おかげで、哀れなうちは潮臭い御船に揺られてドンブラコ。哀れいぅろぱ(・・・・)道楽貴族の慰みもんになった言うわけ……およよよよ。うちなんてかわいそうなん?」

「………………………」


 私が目を一瞬離した瞬間だった。

 聞きなれない声が目の前の絵から発せられ、ぎょっと振り返った私の目に、


「はろはろ~。驚いたお嬢ちゃん? お嬢ちゃん異世界人やろ? 珍しいからつい話しかけてしもたわ。館長ハンからはできるだけ綺麗なぽぉず(・・・)とってくれて頼まれたんやけどな?」


 絵の中で盛大に伸びをした後、こちらへと完全に向き直り、ニコニコした笑顔でひらひら手を振る白黒の女性が飛び込んできた。


「ちょ……こ、これっ!?」

「そう、この絵は世界でも数少ない、神域の腕を持つ画家の絵に宿るといわれる絵画の精霊――画霊を宿した絵なのですよ」

「どうもどうも、画霊の《うすぐれ》いいます。よろしゅうな、異世界のお嬢ちゃん?」


 そう言って笑う彼女の笑顔は、白黒でもやっぱり綺麗だった。



…†…†…………†…†…



「なに? 嬢ちゃんのところ妖怪もおらんかったん?」

「そりゃいませんよ!?」

「画霊は、比較的無害な妖怪だから、気にする必要はないのに」

「比較的危険な妖怪もいるってことですか!?」


 それからしばらくして。軽快なトークを展開する二入に悲鳴を上げた私は、美術館の職員さんに介抱され暫く医務室で眠ることになった。

 そして、ひとまず落ち着いた後、シンさんの肩を借り再び彼女の前へとやってきた。


 このままじゃ怖くて眠れそうにないしねっ!


「まぁ、異世界から来た娘みたいやし、そういうこともあるか」

「ですね。私も初めて聞いたときは耳を疑いました。まさか、天魔王がいないとは……」

「ほな、うちが記念すべき妖怪第一号ってことで、ちょっと妖怪に関して解説いれたろか」


 ちょーど退屈してたし。と、美しい見た目にはちょっと不釣り合いなケラケラという幼さがにじみでる笑いをうかべながら、うすぐれさんは私が今日初めて知った妖怪という存在について解説を始めた。



…†…†…………†…†…



 (国立東美弥(あずまみや)美術館の監視カメラ映像より――)


「この世界には妖精種いうもんがおる。正式名称は《霊子エネルギー集合精神体》いうんやけど、これで意味わかる?」


「さっぱりわかりません!」


「まぁ、基本知識さえない状態ですからそれも仕方ないとは思いますが……。この世界には魔法というものがあるのは、すでにすでにあなたのオジサンの存在を知っているからわかりますね」


「それはもちろん」


「それで、この世界の魔法というものは、体内に存在する魔力を使い、様々な異常を引き起こす異能力を指すわけですが……ではここで問題です。この魔力というものはどのように生成されるでしょうか?」


「え? そ、そりゃ……なんかこう、この世界特有の魔力を生み出す器官みたいなのがあって」


「それでは召喚勇者であるあなたのオジサンが魔法を使える理由にはなりませんね?」


「うっ……しょ、召喚されたときに得体のしれない方法で体にその器官を作れば!」


「あの星十字の聖女さんの肝いりの術式に、勝手に人の体弄繰り回すような非道な術式はあらへんよ」


「じゃ、じゃぁ……どうして?」


「正解は、この世界の空気中には魔力の元になるエネルギー――《霊子》が含まれるからです。この霊子を空気中から吸引し、体内に溜め、自らの一部に変換することで人は魔力を使えるようになるわけです。基本的には息を吸い込むことによって体内にたまり、息を吐き出すことによって余剰の魔力が体外に放出されます。魔力が多い少ないといわれる時が多々ありますが、それは即ち体内に貯蔵できる魔力の過多を指しているわけですね」

「でや、それが妖怪に何で関係してくるかというと……この霊子。すなわち魔力の元となるもんは、微弱やけど人の意識に感応してちょっとした異常事態を引き起こす力を持っとる。まぁ、呪文やらなんやら唱えたら炎にもブリザードにもなる万能エネルギー――魔力の源なんや。多少はそういう力を持っとるんは当然やな」


「えっと……つまり《霊子エネルギー集合精神体》っていうのは、その名前の通り」


「その通り。妖怪いうんは人々が無意識のうちに思た『ここは不気味だな。そういえばここにはこんな化物が出ると噂で聞いたことがある』『この絵はまるで生きているみたいだな。今にも動き出しそうだ』という意識に感応した霊子が集合して生み出される、霊子で肉体を作られた高度な意志を持つ精神生命体のことを指しとるわけや」


 (高等科物理学教科書『高校物理学Ⅰ』――『霊子力学と妖怪について』の項目執筆参考資料として提出)



…†…†…………†…†…



「ほんまはこうして発生した妖怪にもいくつか種類があって、うちみたいな物質的肉体を持って安定して存在し続けられる《日ノ本固有・物質化恒常存在精霊種》が学術的に正しく妖怪と呼ばれる存在やね」

「そのほかには、一定の手順を踏むことによって出現し人に害成す現象のような妖怪――《日ノ本固有・特定条件下具現非恒常存在精霊種》=怪異なんてのもいます。夜中に爪を切るとあらわれるという首狩り怪異《夜詰(やつめ)め首》や、深夜の一定時間にある道路を走るとあらわれるといわれる《神速夜行の山姥》などがこれに該当しますね」

「まって! なんか物騒な存在がいくつかいたんだけどっ!?」


 そういうの何体かいるの!? と、私が戦慄する中、クスクスと面白げに私の反応を見て笑っていたうすぐれさんは、どこからともなく取り出した妖怪絵図の本を私に見せてくれた。


「本格的に調べたいんやったら、安条の頃に作られた綾部靖明(あべのせいめい)著書『百鬼図絵目録』や、恵土時代に妖怪画家として名を馳せた鳥山寺石雀ちょうざんじせきじゃくが書いた『画図百鬼夜行の目録』を見るとええよ。今でも現役の学術書やから、どの図書館にも置いてあるし、今度探してみ~」

「はぁ……。何から何までスイマセン」

「えぇよ、えぇよ! うちイウロパでお嬢ちゃんみたいな異世界転移者に助けられたことがあってな。同じような子に会ったら、できるだけ助けたるようにしてんねん」


――この世界、割と多いんだろうか、私みたいな存在。


 と、うすぐれさんが語った昔の話に少し驚きながら、ひとつ気になったことを最後に尋ねてみた。


「あの、妖怪に関しては分かったんですけど……」

「ん? 何やほかに聞きたいことが?」

「幽霊ってのもこの世界にはいるんですか?」

「あぁ……」


 私の質問に対し、うすぐれさんはちょっと申し訳なさそうにシンさんを見た。

 どうしたんだろう? と、私が首をかしげていると、苦笑いを浮かべたシンさんが代わりに答えてくれる。


「えぇ、いますよ。世界三大宗教である《真教》《イリス教》《イスラ教》はどれも存在を否定していますが……。人の魂とはもれなく、死後は死の世界へと送られるものであるというのがその宗教たちの共通理念ですから。ただ、やはり無念を残した魂というものは、その強烈な無念の思念ゆえに、空気中の霊力のその存在を焼きつけてしまう場合があります。個人の念によって空気中の霊力に焼き付いたものであるが故に脆弱であり、肉体はもてず半透明ですし、魔法によって軽く蹴散らすことも可能な儚い存在ですが……それでも彼らは確かに、この世界を恨んで、その恨みを現世に残してしまった存在です。出会った時は、精神的に引きずられない範囲でいいので、できるだけ優しくしてあげてくださいね」

「……はい」


 どこか悲しげな表情で私に語ってくれたシンさんに頷きながら、私は桜の下の幽霊のことを思い出していた。


――つまりあの人は、この世を恨んであそこにいるのか。


「うちのアパートの桜の根元当たりとかは特に注意してあげてください」

「…………………」


 あと、必死になってシンさんたちから隠れていたあいつの存在が、じつはバレバレだったという事実も思い知らされることになった。


――この人高名な魔法使いかなんかなの?


 こうして私はまた一つこの世界に関して知ることになった。これからは動く絵を見ても驚きはすまい。

 万年部屋にいるシンさんたちに関する謎は、さらに深まっちゃったけどね!



…†…†…………†…†…



 その翌日。いつものように幽霊にお供えをした私に、根元から顔を出した幽霊は喝采を上げた。


「お? どうしたんだ嬢ちゃん!? これ小松屋の高級どら焼きじゃねぇか! ずいぶん奮発したなおい!」

「たまにはちゃんと弔ってやろうって思っただけよ」


 昨日のこともあるしね。と、私が内心呟く中、どら焼きが好物だったのか、ネコ耳美少女バリトンボイス幽霊は、嬉々としてどら焼きにかぶりついた。


「いやぁ、幽霊ってやってみるもんだな! 死ぬ間際に、部屋のエロ本の処理を忘れていたことを思い出して、無念のあまりこんなんになっちまったが、捨てる神ありゃ拾う神ありだぜ! まさかただでこいつを食える時が来るなん……お、おい嬢ちゃん。やめろ。これは俺の御供え物だっ!」

「いいから、返せっ!」


 無駄な気を使ったとすぐに後悔したけどねッ!


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