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高草荘日記帳その弐

「ようこそ、異世界アパート高草荘へ!」

「………………………」


 父さんと母さんの葬儀を終え、手続き諸々をおじさんに手伝ってもらいながら終わらせた私――勇気明子は、いよいよバイトの面接だということでオジサンに大家を任されるアパートへとやってきていた。

 そこはひどくおんぼろ……なのはまだいい。プータローと言われたオジサンの紹介だ。期待してはいなかった。

 とはいえ、それ以外のところは私としてはモノ申したいところだった。

 まず一つ目。このアパートの出入り口が、私のクローゼットであるということ。


「あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!『気が付いたら私のクローゼットに見知らぬ鍵穴ができていて、オジサンに渡された鍵を使って開けたら、このおんぼろアパートの勝手口に出ていた』な……何を言っているのかわからねーと思うが、おれも何をされたのかわからなかった……。頭がどうにかなりそうだった……。催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を 味わったぜ……!」

「……オジサン、私の気持ちを代弁しないで?」

「いや、メイっ子が普段見ない顔していたからつい」


 突如として自分の家具を正体不明な扉に改造されたことに驚いていた私は、オジサンの悪ふざけによって一周まわって冷静になった。というか、


「オジサン、本当に魔法使いだったんですね……」

「……あぁ、まぁ、信じてもらえていないのは薄々察してたけど」

「今回で信じる気になりました。で、ここはいったいどこのアパートですか? 異世界のような扉をくぐっただけで、まさか本当に異世界なんてことは」

「異世界だよ?」

「…………」

「異世界の、日ノ本議国という国だ。あぁ安心してくれ。文化や風習、言語や国民性なんかは日本とほとんど変わらないから。メイっ子にはハードルが低いはずだぜ?」

「……はぁ、そっすか」


 なんかいろいろと突っ込むのにも疲れたので、とりあえずオジサンの話を最後まで聞くことにした十五の春。


――あぁ、格子から見える中庭に桜が咲いているわ。ふふふ。本当に日本ポイ。ところでオジサン、あの桜の根本に立っている半透明の美人さんはどなた? ガチ幽霊だとしても、頭にネコ耳生やしているのが気になって気になって仕方ないのだけれど?


「主にやらなきゃいけないのは、電灯の交換とか住人の不満を聞いて、ぼろくなったアパートの修繕を業者に頼んだりすることかな。ぼろいけど、予算自体はあるから、修繕費に関しては割といとめ付けなくてもいいぞ?」

「総改築した方がいいんじゃない?」

「そんなことしたら住民を一度追い出さなきゃいけなくなるだろ。こっちの世界中が大混乱になるぞ?」


――ねぇ、オジサン。聞けば聞くほど不安がむくむく立ち上がってくるんだけど、本当にこれ簡単なお仕事なの?


 そう言いかけた私は、


「まぁ、と言っても俺も雇われの大家だから、お前を雇うかどうかを決めるのはこのアパートの所有者であるオーナーさんなわけだが」

「――っ!」


 オジサンの言葉を聞き、口を閉ざした。

 さすがに身内の判断一つで採用が決まるなんて甘い話ではなかったらしい。

 それもそうか。いくら異世界とは言え、プータローのオジサンが不動産物件持ってウッハウハなんて考えられないし。


「なんかすごく失礼なこと考えてないか?」

「え? そんなことないよ、オジサン! ワタシコノシゴトガンバルネ!」

「……まぁ、いいけど」


 精一杯の愛想笑いで誤魔化しにかかる私に半眼を向けながら、オジサンは勝手口から一直線に伸びる通路を直進。二つほど部屋を通り過ぎたところにある、三つ目の部屋の扉――つまり一番玄関に近い逆側の端にあった扉を叩いた。


「オーナー! 新しい大家候補連れてきたよ!」

「あぁ、英雄(ひでお)さん。待ってましたよ!」


 意外なことに、聞こえてきたのはおしとやかそうな艶やかな声だった。

 とはいえ、異世界人とのファーストコンタクト。滅茶苦茶とんでもない化物が来る可能性もあり、私は思わず緊張する。

 そして、そんな私の前で部屋の扉は開かれ、


「さぁ、とりあえず中に入ってください英雄さん。あなたが英雄さんの姪っ子さんの、勇気明子さんね? こんにちは。私は賢気岩守(さかきいわかみ)。このおんぼろアパートのオーナーをしています」


 つややかな黒髪を後頭部で編み込んだ、度肝を抜かれるくらいの美人さんが、胸元に下げ赤い宝石のペンダントを揺らしながら、私を出迎えてくれた。


「え? あ、は、はい! 勇気明子です!」


――い、異世界人パネェ!? こんな美人さんと知り合いなんて、オジサンも隅に置けないね!?


 と、私は戦慄を覚えながらなんとか挨拶の言葉を発する。

 どうやら緊張していると取られたらしい。こちこちに固まった私のあいさつを聞き、賢気さんはクスリと笑った後、


「はい。元気があってよろしい。ほら、あなたも挨拶」

「わかってる」

「………………」


 胸元の宝石に話しかけた。

 宝石もその声に答えた……宝石が喋った!?


「あぁ、賢気朱巌(さかきあかいわ)。いちおうこの建物のオーナーをしている」

「私の夫でもあります。よろしくしてあげてね? この人一人じゃ何もできないから」

「…………………」


――い、異世界人、パネェ。


 初っ端から私の常識がガラガラと崩壊していく音を聞きながら、私はあらためてこの世界が異世界だと受け入れることになった。



…†…†…………†…†…



「まぁ、試験と言っても、このアパートに住む連中とうまくやれそうか見るための顔合わせくらいだから、気楽にしてくれ」

「は、はい! 頑張りますっ!」

「……気楽にしてくれって言ったんだけど」


 とにもかくにも、将来のことを考えるに、この仕事を失うわけにはいかない!

 異世界とか、喋る宝石とか、それと結婚した美人さんとか、言いたいことはいろいろあるけど……とりあえず今はそれを全部忘れて、この仕事を勝ち取るためだけに全霊を注ぐと私は決めた。

 異世界? ははは! どんとこいですよ! かくいうわたしも宇宙人でねぇ(地球出身地球在住)。

 異世界人が何ぼのもんじゃっ!


「面白い子ね?」

「開き直ると中々の爆発力とツッコミ力を発揮してくれる娘です」

「その紹介聞いて俺としてはすごく不安になったんだが……」


 あーあー! 後ろの非常識三人組の声なんて聞こえない聞こえないぃイイイイ!


「じゃぁ、とりあえず上にいくか……」

「そうね」

「あれ? 一階の二部屋への挨拶はしないんですか?」


 そんな私の現実逃避はさておき、ためらうことなく二階に続く階段へと足を向けた賢気夫妻に、私は思わず首をかしげた。


「一階の真ん中は大家が住む部屋なの。明子ちゃんはすまないらしいけど、一応明子ちゃんがいない間に要望投函しておく部屋が必要だし……。私たちがいた部屋は、私たちが使っている別荘みたいなものだから」

「はぁ……」

「別荘って言葉がこんなに似合わない物件は初めてだと言いたげだな」

「いえ、べつにそこまでは……」


 世の中いろんな趣味の人がいますし。と、口を閉ざす私に、「こいつ結構ふてぶてしくねぇ!?」と、朱巌さんは雰囲気だけで呆れの念を届けてくる。


――まずい、このままでは不採用確実!


 そんな風にあせりながら、私はもう一つ残っている部屋を思い出しそちらを指差した。


「じゃ、じゃぁあっちは……」

「さぁ、二階行くぞ岩守」

「そうね。これだけものをはっきり言う娘ならきっと大丈夫だし」

「あの、勝手口付近の最後の部屋……」

「メイっ子?」


 挨拶……とあくまで粘る私の肩に、オジサンの手がポンと置かれた。


「あの部屋には死体もどきが安置されているから、深く触れてはいけないよ?」

「サーっ! イエッサー!」


 お父さん、お母さん。どうやら私の管理する物件はいわくつき物件だったようです。



…†…†…………†…†…



 そんなわけで、玄関付近から延びていた階段を上り私たちは二階にたどり着いた。

 下と同じく、事故防止兼防犯用の格子が嵌められた廊下に、並んだ扉は三つ。

 このおんぼろアパートは二階しかないので、住んでいる人たちは三人だけということになる。


「え、これで収入あるんですか?」

「まぁ、あくまで成行きではじめちゃった大家業だし」

「もともとアパートとして開放するつもりはなかったんだが、部屋余っているならと知り合いのつてを頼った連中がよってきて、そのうちナァナァでアパートになったんだよな……」

「お金には困ってないから、別段儲けはいらないの。ただちょっとこの建物古いから、常に管理してくれる人がいないと不安でしょう?」

「というわけで、年がら年中暇そうにしていたぷー」

「ごほんごほん!」

「……民俗学者の英雄に時々管理と運営を頼んでいたんだよ」

「そうなんですか」


 あとオジサン、オジサンがプータローなのは一族みんな知っているから、わざわざ誤魔化す必要はないよ?


「というわけで、これからお前さんにはこの二階の住人一人一人に挨拶してきてもらうから、頑張ってみろ」

「は、はい!」


 そして、私の就職試験が始まった!



・201号室の場合。


 このおんぼろアパート。インターホンというものがなく、部屋の中にいる人に来訪を告げるためには、必然的に扉のノックという手段しか取れなかった。

 コンコン、コンコンと響き渡るノックの音。扉のつくりは意外としっかりしていて、ノックの音がよく響く。

 当然中の人にもそれは聞こえたのか、すぐに中から「は~い」という――。


「どなた……」

「…………」


 地の底から響き渡ってくるような、低い這うような声が返ってきた。

 というか、実際這っていた。扉を開いたその人は、長い髪を振り乱して顔を隠し、ずるずると腕の力だけで出口へと這いずってきた、不気味な女の人だった。


「――――――――――っ! ――――――――――っ!!」

「悲鳴あげなかっただけ上出来だな」

「あ、そういえばもうそろそろ締切でしたね」


 悲鳴を上げなかったわけじゃない! 驚きすぎて声が出なかっただけだっ! と、口をパクパクさせ声にならない抗議をする私に、オジサンがにっこり笑ってこの不気味な人の紹介をした。


「この人は漫画家のペインター∑さん。本名不詳、年齢不詳の怪人物で、このアパートがオーナーたちの手に渡った時から住んでいる最古参の住人さんだ! 極度のコミュ障でアシスタントさんを雇わないから、漫画の締め切りが近づくとだいたいこんな感じになるぞ! 仲良くしてあげてね?」

「あ、は、は、はい……」


 オジサン、オジサン……紹介に《怪人物》が着く人を、姪っ子に会わせるのやめていただけません?


 そんな私の内心のツッコミなど知ったことではないのか、リアル貞○ことペインター∑さんは、固まる私を力なく見上げて一言。


「……青の、ストライプ」

「っ!」


 その言葉にわたしはバッとスカートをおさえ、本能の赴くまま、∑さんの顔面に踏みつけを叩き込んだ! って、あ!


「ありがとうございますっ!」


 何故かその言葉だけ酷く大きな声で言った後、私の攻撃がトドメとなったのか、∑さんは意識を失いその場で倒れ伏す。


「あ、あわわわわ! どどど、どうしよう!? びょ、病院……救急車!?」

「あぁ、安心しろ。いつものことだから」

「部屋に放り込んでおけば自動回復しますし、また三十分後くらいに様子を見に行きましょう。それにしても、∑さんのセクハラ食らって即座に反撃できるなんて、逸材だわ」

「そうだな。少々俺はこの小娘を舐めていたのかもしれん……」

「………………」


 異世界の常識どうなってんの? と、驚き固まる私をしり目に、∑さんは再び部屋の中に放り込まれ、賢気さんたちの手によって扉に鍵がかかる。

 こうして、私のトラウマとなったリアル○子は、三十分の間だけ厳重に封印されることと相成った。



・202号室の場合


 続いての部屋は、ノックをする前からなにやら騒がしかった。

 ドッタンバッタン扉越しから音が聞こえる。

 何だ一体? と、私が首をかしげていると、中からなにやら、


『ちょ、しゅ……やめ………し………』

『ず……ほど……! さ……こ……!』


 暴れるような音がうるさく会話の内容はよく聞こえなかったけど、なにやら言い争っているようだった。

 その時、ひときわ大きな声がおんぼろアパートの壁を突き抜け、私の鼓膜を震わせた!


「いいから脱げと言っているでしょうがっ!」

「いやぁあああ、犯されるぅうウウウウウウウ!?」

「――っ!?」


 一大事件発生中!? と、私は慌てて鍵がかかっていなかった扉を開き、部屋の中へと突入した!


「どうしましたっ! えぇい、女の敵め、そこになお……」


 そして、私は見てしまいました。

 他の部屋と変わらぬ、1DKの部屋の中で、蝙蝠のような羽を生やした男性が組み伏せられ、馬乗りになったスーツ姿に狐の耳と尻尾を装備した女性に服をはがれているのを……。


「――?? え????」


 女性が襲われている事件と思っていたので、私は目の前の現場と予想の齟齬により一瞬固まります。そして、


「っ! お、男が女の人に襲われているからといって、犯罪にならないわけではないですよね! 御用ですよそこの痴女! 大人しくその男性を解放しなさい!」

「な、ち、ちがっ!」

「あれ? 主任さんじゃないか? またコクゥン先生の生活指導? さながら通い妻だね?」

「それも違いますよ、勇気英雄っ! この人また二週間も洗ってないジャージ着て、御近所を徘徊していたんですからっ!」

「洗剤に使うお金があったら歴史書買いますよっ!」

「最近保護者の方から、ボロボロのジャージを着て異臭を発する不審な男性が徘徊していると通報が入ったんですよ! 幸い本格的な捜査が行われる前に、私が警察の方に説明して事なきを得ましたが……皆の規範となる教師として恥ずかしくないんですかっ! えぇい、いいからさっさと脱ぎなさい、この歴史オタクが! そのずぼらな性根ごとたまりにたまった洗濯を駆除します!」

「いやぁあああああああああ! 犯されるゥウウウウウウ!」

「だから人聞きの悪いことを言うなっ!!」


 ギャーギャー喚きあいながらもみ合う二人を見て、私の思考はしばらく停止する。そして、そんな二人の仲裁に入る叔父さんを置いて、そっと部屋から出た私は、


「よし! 次に行きましょう!」

「この切り替えの速さは才能ね」

「そうだな。手におえないと思ったら放置が一番だ。あいつらのあれは夫婦喧嘩はってやつだし」


 やっぱりか。と、自分の直感が的中したことに、私は内心ガッツポーズをとった。


「…………あれ?」


 そして私の精神が、もうそろそろこの異常すぎる世界になれつつあるという事実に絶望した。



・203号室の場合


 最後の部屋。今度はまともな人であってくれ。と、半ば祈るようにドアをノックした私。

 それに対する返答は、


「はぁい! ちょっと待って~」


 このおんぼろアパートにはひどく不釣り合いな、あどけない少女の声だった。

 驚く私が暫く待つと、扉を開いて現れたのは声のイメージとピッタリな美少女。

 波打つ金髪にいばらの冠。胸元には質素な銀の十字星のペンダントを下げていて、胸元が覗きこめるほど伸びきったよれよれのTシャツと、膝に穴が開いたおんぼろズボンすら一種のファッションに見えてしまう、可愛らしい顔を持った女の子。

 将来は岩守さんに匹敵する美人になるだろうと予想できる少女の登場に、私はさらに硬直した。


――ヤバイ。人間って本当に美しいものを前にすると思考が停止するのね?


 と、人生にそう何度もない経験をしている私をしり目に、私の背後に立って様子を見ていた賢気さんたちが声を上げた。


「あれ? イリス、お前だけか?」

「シンさんはどうしたんですか?」

「え? あぁ、あの人なら……」


 そう言ってイリスちゃんが振り返ると同時に、私の視界から彼女の顔が隠れ、私は正気を取り戻す。

 そして、イリスちゃんが覗いた方へと視線を向けると、


「さぁ、おなかがすいているのでしょう。私はもう悟った身。生きてやるべきことはすべてやりました。私の血肉を食らい、その飢えを満たしなさい!」


 どういうわけか野犬の鳴き声が聞こえてくるベランダに、全裸になってたたずむ好青年がいた……。


「……百歩譲っても変態ですよね?」

「通りがかった野犬をみて、昔虎に自分を食べさせた記憶を思い出したんだとか……」

「そのうえ痛々しい前世の記憶持ちですか?」

「おふぅ、なんか辛辣な評価が聞こえてきますよ! ですがそれもヨシッ! 迫害は良い苦行になるので」

「苦行はいいけど、人様の迷惑にならないようにな?」

「普通に猥褻法に引っかかるので、やめてくださいね!」

「あぁ、何をするのです! 大家さんご夫妻! はなして! や、やめろぉっ!」


 当然、非常に教育上よろしくないということで、大家さんたちがその変態好青年をとっ捕まえ、私の見えない部屋の隅へと引きずっていきました。

 そんな彼らの手慣れた仕事ぶりにイリスちゃんはそっため息をつき、


「あ、挨拶がまだだったわね。私はイリス・センティア。さっきの変態が親戚のシン・センティアよ。あいつが日ノ本で捕まらないよう監視を兼ねてルームシェアをしているわ」

「こ、これはこれはご丁寧にどうも。大家試験をうけさせてもらっている勇気明子です」


 ようやくできたまともな挨拶に、私はちょっとだけ泣きそうになった。



…†…†…………†…†…



「チキチキ結果発表!」

「合格デ~ス!」

「おめでとう! ぱちぱち~!」

「……………………」


 わざとらしい拍手の音を口頭で鳴らす朱巌さんに半眼になりながら、私は試験結果の通知を受け取った。


「いや、今まで英雄か俺達しか禄に抑えられなかった住人達に対し、あの物怖じしない態度は立派だったな!」

「ほんと! この子なら安心してこのアパートを任せられるわ! これで私たちもようやく夫婦水入らずで海外旅行が楽しめるってものよ!」

「あの……」

「んじゃ、これこのアパートのマスターキーだから。契約書はこれな?」

「判子はすでにオジサンにもらっているから、手続きは完了しているわ! あ、一応税金とかなんなりは、あなたのオジサンがいい感じに魔法で調整してくれるそうだから、気にしなくていいわよ?」

「んじゃ、新しい大家の誕生を祝って、祝賀会を開くか!」

「そうね、∑さんもそろそろ起きているころだし、コクゥン先生と主任さんの戦いの決着もついたでしょう」

「あの……」

「シンの奴は……まぁいいか。どうせ死ぬほど打たれ強いんだし、声かけたらケロッとした顔で来るだろ」

「そうね!」

「あのっ!!」


 あくまで私の返事を聞きたくないのか、賢気夫妻は私の言葉を無視し続けました。

 だけど、ここで負けるわけにはいかない!

 負けたらあんな変人たちと一つ屋根の下で暮らさなくちゃいけなくなるっ!

 だから私は声を張ります。

 そして、


「私……やっぱりここでの仕事」

「三カ月もある旅行期間中はいろいろ手間かけるから、給料も割増しにしようか!」

「そうね! あの変人たちの相手をするんだし、月三十万くらいは払ってあげないと」

「喜んでやらせていただきますっ!」


 あぁ、哀れ私。やっぱり現代社会の金の暴力には勝てなかったよ……。




…†…†…………†…†…



 というわけで、私は晴れてこのおんぼろアパートの管理人として、就職することと相成ったわけです。

 お父さん、お母さん。つい数日前、目を現金マークにして狂喜乱舞してしまった私を叱ってやってください。

 まったく、世の中にはお金に変えられない大切な物があるというのに……。


「おはよう、明子ちゃん! 行ってきます!」

「コクゥン先生。出勤時間もう過ぎているんじゃ?」

「大丈夫! まだ春休みだから」

「大丈夫じゃありませんよ! 生徒は春休みでも教師にはやることがあるんですから!」

「いだだだだだだ!?」


 三十分ほど前から、青筋を浮かべてアパート正門前で仁王立ちしていた学年主任さんに、コクゥン先生が連れて行かれる。

 響き渡る悲鳴にのそのそと起き出した∑さんが、相変わらず髪を振り乱しながら、部屋のベランダから庭の掃き掃除をしている私を見て一言。


「ねぇねぇ、明子ちゃん。今どんなパンツ履いているの? 現役女子高生の下着についてちょっと取材したいんだけど」

「∑さん? あんまりセクハラ酷いようだと来月の家賃三割増しにしますよ?」

「失礼しましたっ!」


 さながらお札を突きつけられた悪霊が如き速さで撤退していく∑さんに、私は思わず嘆息する。

 そして、


「すっかり慣れたみたいね、ここの生活に」

「うぅ。慣れたくなんてなかったのに……」

「まぁ、住めば都っていうくらいだし……。お金も払ってもらっているんだから文句は言わないの」


 庭の掃き掃除を手伝ってくれていたイリスちゃんが、シンさんと一緒にゴミ捨てへと言ってくれる。

 そんな二人の背中を見送りながら、もうそろそろ青葉が見え始めた桜に視線を向ける。


「まぁ、オーナーさんたちが旅行行っている間だけの辛抱なんだし……頑張ろう、私」


 シンいない? イリスいない? と言いたげな仕草で桜の根元から顔を出した、ネコ耳幽霊のコミカルな仕草に、私は思わず笑みを漏らした。


「にゃ~。見つからなくてなによりだにゃ」

「まさかのバリトンボイス!?」


 どうやら女の子ではなく男の娘だったらしかった……。

 まったく……異世界パネェ。


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