鹿角物騒録 case1 《後の閃》
次々と飛来する火球を受け止め体に取り込みながら、我――スー・シワンは、飛び散る火の粉に紛れて高速移動しつつ、ハイエンシェントの周囲を巡る。
「おのれちょこまかとっ!! 猿モドキ風情が調子に乗るなっ!!」
「いや、調子に乗っていないからこそ防御に徹しているのだけどね……」
取り込んでいる炎のおかげで際限なく体温は上がっていくが、頭は冷静。我は相手の挑発には乗らない。相手は恐らく完全耐熱能力を持っているからだ。
能力的に我はあまりに不利。打撃主体で殴り殺すことも難しくはないだろうが……。
「多分地形がゆがむか、浮遊位置が数メートルは下がるな」
気圧・気温の変化の観点から見て、さすがにそこまで下がるのはリメリカ上層部も看過してくれないだろう。
――これで敵がエジエなりイウロパなりにいてくれれば、沈む心配などしなくて済んだのに。
なんというはた迷惑。なんという場所どり。いまさらになって目覚めたのもそうだが、眠った位置がリメリカだという事実に、一種嫌がらせのようなものを感じる我。
とはいえ、状況に愚痴ってもしょうがない。少しでも被害を抑え、このバカを黙らせる方法は一つ。
「こいつの注意を引きつつ、船坂さんに交代。これが最適解かね?」
というわけで。
「あんまり好き勝手突撃しないの」
「ぐおっ!?」
通りがかった時、敵が我に集中してしまったせいで半ば無視される形になっていたエスカテートを、襟首を掴んで回収。
ふたたび炎の噴出を使った縮地でカグトリャーイさんの元に戻り、彼女を結界の中に放り込む。
「ちょ、あんた、何してんさっ! もう少しで至近距離から栄光のエスカテートカリバーが火を噴くところだったのにっ!!」
「え、それってそんな名前なの? マジなのそれ?」
「どういう意味だよっ!?」
「ま、まぁまぁエスカテート。あなたのその聖剣は、放った光の熱量で敵を焼き斬る武器ですから、完全熱耐性があると分かった以上、やったところで無意味だとスーは判断したのですよ」
「カグトリャーイ様までっ!?」
そんなに私が信用できないのかっ!? と、憤るエスカテートにため息をつきながら、我は一言だけ教えておく。
「それに、あれ以上あそこにいたら巻き込まれていたよ」
「はぁ? なにが!?」
「完全耐性持ちはいい実験相手だからね。プライドが邪魔しているエルザさんは多分動かないけど」
完全耐性持ちというのは、基本的に他の攻撃に対してもある程度頑強である場合が多い。
当たり前だ。ゲームや何かじゃないんだから、ある属性だけ完全に耐えられて、他の属性はダメージ倍なんて存在が現実にいるわけがない。ある属性を完全に耐えられるまで鍛えたということは、当然ほかの属性もかなりの抵抗値になるまで鍛えているのが普通だ。
必然的に、奴らは高いタフネスと、防御力を保有している。
つまり、どれだけ痛めつけても、生きのいい反応を返してくれるってことだ。
「多分船坂さんが空挺降下して終わりだと思うけど、それまであの怪物をあそこに止めておかないといけないからね。間違いなく、あの魔女が本気で足止めにかかる――ふりをして、あれを実験材料にするはずだ」
瞬間、高速輸送機から船坂さんが飛び出すのが、鍛え上げた我の目に映る。同時に、その輸送機からキラキラ輝く粉末が放出され、
「エスカテート。中位・上位を目指すなら、見ておくといい」
「黙って私の獲物が取られるのをかっ!」
「ちがう」
あの二人は、かつて師匠と共に世界の危機に立ち向かった二人だという。
だが師匠は語った。
――船坂は良い。あいつは武人としてきちんとしたものを持っている。あれは央旗の格闘家たちとは違う、一つの境地に至った存在だ。
――だがあの魔女はだめだ。気弱なふりをしておるが、あれの破たん具合はタブークラスタ連中でも上位に食い込む。一緒に仕事をすることになっても、あまり二人っきりにはなるな? 少しでも気を抜けば……。
「気を抜けば食い殺されかねない……本当の化物の戦い方ってやつをさ」
「は?」
瞬間、不思議なことに空挺落下した船坂さんより早くハイエンシェントに到達した光の粒子は、その体にまんべんなくまぶされ――突如として、ハイエンシェントん肉体を三倍に膨れ上がらせた!
…†…†…………†…†…
「う~ん。発育いまいちですね。やっぱり人肉の方がいいのでしょうか? 国連に人体実験禁止されなきゃな……」
突如として膨れ上がったハイエンシェントの体を眺めながら、稀代の魔女は淡々と呟きながら、その姿をレポート用紙に書き写していた。
背後の女性二人がドン引きしていようがなんのその。
自分の魔術の発展こそが、彼女にとって最大の娯楽なのだ。
…†…†…………†…†…
「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああ!?」
突如自身に走る激痛に、俺――ハイエンシェントは悲鳴を上げた。
――なんだ!? 何が起こった!?
と、慌てて体のあちこちから感じる激痛の原因を見てみると、
「な、なんだこれはぁああああああああああ!?」
鱗の隙間から、鱗を引きちぎりながら、無数の巨大なキノコが生えだしている!?
それを見て、この痛みは神経が接続された鱗が、急成長したキノコによって引きちぎられる痛みだと悟った俺は、慌てて体をかきむしり、生えてくるキノコを払い落そうとするが……。
「ば、馬鹿なっ!?」
払い落とした個所からはさらに二つ三つのキノコが生えだし見る見るうちに巨大化する。
自身の三倍はあろうかというサイズに急成長するこの化物キノコの重さに、等々俺の体は立っているだけでやっとになり、めきめき・ぐちゃぐちゃと、きのこのねにからだがしんしょくされていくいたみにたえるだけになった。
「な、にゃんだこれは……なにが、どうして、なんで……ごがえ」
「あぁ、やはりエグイな。鉄の乙女か、俺みたいに不変系のスキルを持っているなら無効化もかなうんだが……お前の耐熱性は、さすがにそこまでの力はもっていないか。耐久実験初っ端で終わって、あいつも不本意だろうに……。まさか初手でこんなえぐい胞子撒くとはさすがの俺も思ってなかったぞ」
「ぎぎゃががががががあぁあがらいがああああああ!!」
イタイイタイイタイイタイイタイイタイイイタイイタイ!?
げきつうでいしきがかすむ。からだがじぶんのものでなくなっていく。
なにがどうなっている!? どうしてこんなことに!?
「《ヒューマンマッシュルーム》だったか? 和名でいうと砕人茸。かつてあの魔女が一国を滅ぼすため《人間をマッシュするキノコ》を作ろうと、黒魔術的品種改良作り出した殺人茸で、胞子が取り付いた人間を養分にして急成長する。鱗は強靭だったとしても隙間があったのがあだになったか。胞子が入り込む隙間があるなら、柔らかい鱗の下の肉に取り付くのは造作ないってことだろう。日ノ本で撒かせないように国連に無断使用禁止令出させといて本当によかった……」
「だ、だすげで! なんでも、する! だすげけええええ」
「それはできない相談だな?」
いやだ?! なんで、どうして!? おれはただ……おれだけをちやほやしてくれるくにを! だれもがおれをあがめたてまつり、おれをおうとしてきょうふするくにを、つくろうとしただけなのに!
「お前がもたらした被害は甚大だ。町一つの崩壊に、周辺環境の破壊。リメリカ最大のファーストレディーに対する殺人未遂に、国家崩壊可能戦力の独断使用。どれも国際法じゃ極刑が言い渡されてもしかたない大罪だ」
「――ぐっ!」
「だがまぁ、あんたも目覚めて間もないんだ。幸い人的被害もないみたいだし、反省するって言うなら、俺が口利きして懲役あたりに減刑してもらっても」
「いいから、だまってたすけろ、このちくしょうふぜいがぁああああああ!」
「………………」
「わたしをだれだとこころえている、はいえんしぇんと。いだいなるはちゅうのおう! てんちのしはいしゃ、はいえんしぇんとだぞっ! たかがさるからはったつしたていどのなんじゃくなけものふぜいに、ころされていいわけがな」
「はぁ。わかったよ――」
…†…†…………†…†…
「やっぱりお前は生かしちゃいけない」
師匠が守り、賢気さんが導いたこの世界を、
「お前ごときには潰させねぇよ」
その決意の言葉と共に、船坂はそっと刀の柄に手を置いた。
「本来なら、尋常な斬りあいで仕留めるところだが、お前はその価値すらない」
次の瞬間、
「豚のように、ただ死ね。死にぞこないが」
苦しみもがいていたハイエンシェントの首がゴトリと落ちた。
しばらくの間血が噴水のように吹き出し、それすら茸が全部食べた。
辺りは静かになった。
…†…†…………†…†…
「……は?」
その尋常ならざる光景にエスカテートが目を見開いた。
当然だ。タブークラスタである彼女は、我と同じように見えていたはず。
船坂さんは――本当に刀を抜いていないという事実に。
「な、なんだありゃ!?」
「船坂さんは日ノ本最強。そして日ノ本では、戦国乱世から恵土の世にかけて、二つの異能が発展した」
一つは世にも名だたる隠密技巧――忍法。
本来陰に潜むべき本人たちにとっては非常に不本意であろう、世界でも有名なこの技巧は、諜報・暗闘に長けた魔術体系で、火をふき、姿をけし、手裏剣を自在に操り、時には肉体すら作り変え、様々な超常を引き起こすことで知られる。
もう一つは、剣術。
そう。日ノ本の戦国乱世と、太平の世はただの棒振りであった剣術を、魔術の領域まで押し上げ、ただの刀の一振り・ただの斬撃を、魔術の超常に匹敵する一品へとつくりかえた。
御留流であったといわれる《無想剣》――無の境地から放たれる不可避の斬撃。真教の概念が非常に強く出たそれは、同じ真教信者をもってしても理解が難しい一品であり、理解できぬものには回避も防御も不可能と言われる精神剣の極致。
日ノ本最強の剛剣と知られる《次元流》――鍛え上げた肉体から放たれる一撃にすべてを込めるその流派は、流派の名の通り次元を割砕し、粉砕された次元によって山一つを両断するとか。
そのほかにも、マスター宮本なる人物が編み出した二刀を用いる《五輪流》や、彼のライバルであったといわれるロードオブ佐々木なる人物の《厳流》など、日ノ本剣術は様々な流派に分かれ、各々が超常の剣を操ったといわれる。
その中でも極まっていたのが、そもそも相手に何もさせないということをコンセプトにした神速剣。日ノ本最強と謳われた《寄辺流抜刀術》。
先代日ノ本最強――尼野弓剣が考案し、今代最強・船坂浩が完成させた、《あとより出て先に断つ剣》。
「つまりどういうことなんだい! 日ノ本の武術は分かりづらくてだめだ、ホント!」
「まぁ、日ノ本だけではなく極東は体を鍛えることによって、精神も養うって観点が強いから、西のただ強くなるための武術とかとは相容れない場合が多いよな。実際精神性の方が強く語られて、強くなるのは福次効果っていう流派が多いし」
「本末転倒じゃねェ!? 強くなるための武術だろうが!」
「その《強くなる》の項目に、精神の方が含まれそちらの方が重視されているだけの話だよ。我らにとっては精神修養と肉体修養はイコールになっているから、本末転倒じゃないさ。とはいえ、肝心の船阪さんの流派はというと、そんな武術の在り方を真っ向から否定したものだ。なぜなら」
「寄辺流はもとより平安の世に生まれた剣術だ。精神修養を重視し始めた戦国・恵土の剣術とは成り立ちが異なる」
我の解説に横やりを入れたのは、いつのまにかこちらにやってきて、カグトリャーイさんに事後処理をお願いしていた船坂さんだった。
「目的はただ一つ。寄辺の流派が日ノ本最強であると証明すること。それを追い求めた師匠は、剣を抜くと同時に相手が死ぬ剣術を編み出そうとしていた。それを俺が完成させたわけ」
「ど、どうやって!?」
「簡単だぞ? 剣を抜く。斬る。これを、できるだけ早く行う」
「…………………………?」
やはり理解がかなわなかったらしい。エスカテートは盛大に首をかしげていた。いや、理解はできたのだろう。他の剣術とは違い、寄辺流の剣術は至ってシンプルなのだから。
むしろそれは当然だろうといったところか。だからこそ、
「そんな簡単なことをしただけで、あんなことが起きるわけないだろう!?」
「いや、これは結構難しいぞ? 俺はこの基本をできるようになるまで5年かかったからな。あの頭おかしい斬撃が出るようになったのは恵土の末期ぐらいだし……」
「??」
エスカテートは理解できない。できるだけ早くの部分が、光の速度の凌駕であるという事実を知らないがゆえに。
さらに抜刀術というのは先ほど船坂さんが言ったような、抜いて・斬るという動作で終わらない。納刀までが、抜刀術である。
つまり船阪さんは、柄に手を置いた瞬間から、構え・抜刀・切断・納刀の動作を、光速を超える速度でやってのける。
光粒子すら観測する彼の眼力と、いかなる摩擦・抵抗すら無視する不変の肉体があって初めて実現可能なそれは、時間停止能力を用いてなお見えない速度であり、必然的に敵対者にこう思わせる物だった。
――船坂が剣を抜こうが抜くまいが、自分は斬られる。
そして、日ノ本にはそういった思念が現象として焼きつく非常識な存在がある。
世にもまれなる妖精の幽霊――怪異と呼ばれる現象が。
船坂さんの剣術は多くの人々の恐怖と後悔によってその現象が世界の霊力に焼き付き、やがて先ほどの超常現象を引き起こすようになった。
それこそが寄辺流抜刀術の完成形。剣を抜く前に相手が切断されるという、日ノ本剣術の最高峰。日ノ本最強どころか、恐らくタブークラスタ内において、誰一人として避けられないであろう必殺剣技。
《後の閃》――《後より剣が出でて、それより先に断つ閃き》
彼が柄に手を置いた瞬間、敵が切断されたという現象が同時に起こるという、世界で最も非常識と言われる剣技。
それこそが、船坂さんをタブークラスタの一人足らしめる絶対能力だった。
もっとも、船坂さんはこの剣技あまり好きではないらしいが……。
「それにしても、船坂さん。よくあれ使いましたね? 結局結果は変わらなくても、普段は絶対抜刀して相手を斬るのに」
「あたりまえだ。相手は剣士の俺を倒しに挑みに来ているんだぞ? 剣を抜かない剣士なんて、それもう剣士じゃないだろう。師匠もこの剣術を見て物凄く不満そうな顔していたし、できれば使いたくないんだよ。まぁ、あいつは剣を抜く価値がない奴だったから、遠慮なく《後の閃》で首を飛ばしたが」
「あははは、そっすか」
かつて飛来した隕石を寸断し、第三次世界大戦においては相対したリメリカ艦数十隻をまとめて両断した最強剣術も、彼にとっては無用の物。抜こうが抜くまいが結果が変わらないだけなので、せいぜい手間が省ける程度の扱いでしかないようだった。
これがタブークラスタ上位陣。敵対するだけで死が待っている化物連中。
こんな連中と肩を並べていた師匠に内心戦慄を覚えつつ、
「なぁなぁ! そんなに簡単ならアタイにだってできるだろう! その剣術アタイにも教えてくれよっ!」
「う~ん。とりあえず、まずは経営している会社と、持っている神器全部売り払うって言うなら考えてもいいぞ? よそ見して会得できる剣術じゃないしな。あ、売る相手は気にしなくていいぞ? 日ノ本のいいブローカー知っているし!」
「ちょっと、浩さん? うちの英雄が持っている神器、日ノ本に流そうとするのやめていただけません?」
「いや、カグヤ……ちがった、カグトリャーイさん。そんなつもりはないですって!」
「というか、ブローカーの話がマジだったとしてもやらないし!? 初っ端のハードルがすでにエクストラハードだろうがよぉ!?」
そんな相手を前にしてなお怖気づかないエスカテートに、さらなる戦慄を覚えるのだった。
――若いっていいな。いや、我がまだ未熟なのか? と。
…†…†…………†…†…
こうして、タブークラスタたちの活躍によりリメリカの安寧は守られた。
結局最後まで動かなかったエルザは、予定していたライブをやりきりご満悦だったが、その数週間後第一位真祖に呼び出しを食らい、真っ青になりながら真祖たちの本拠地があるブルティングへと帰っていったという。
それからしばらく経って。
「ん? どうされたんですか、課長?」
「…………………いや」
国連、タブークラスタ対応秘書官課課長は、ネットに上がっているある画像を見て一瞬氷結し。
「それより、ロットライン。お前の専属タブークラスタが決まったから、お前ちょっと明日からブルティングに飛んでね?」
「え? ってことは、もしかして」
「第三位真祖殿の国連用秘書官に任命」
「いやぁああああああああああああああ! エルザさんはいやぁああああああああああ!」
「大丈夫、大丈夫! 今なら大人しいはずだから! 地雷踏み抜きさえしなければ平気だって!」
悲鳴を上げ、逃げたロットラインを追いかけて行った課長のホログラム画面には、先ほど見て固まっていた映像が映っていた。
それは、《私はほかのタブークラスタが戦っている中、吸血鬼真祖の力を示さなかったヒキニートです》とかかれた看板を首から下げ、ブルティング王宮前にて死んだ目で正座している、エルザレートの写真だったという……。
さてと、恵土の設定出ちゃったよ……。
次元流? ええ、九周統一とか余裕だったみたいですよ?
むしろ誰が勝てんだよ状態ですけどね……。




