高草荘日記帳 年末特番:日ノ本宗教観について(世界の奇祭から)
『ごらんください! この人だかり! 今年もワタクシはここ、年末における参拝客第一位の神社――威世神宮にきています!!』
テレビからは賑やかな年末の様子を伝えるテレビリポーターの声が聞こえてくる。
私――勇気明子は、その音を聞きながら年越しそばの準備をしていた。
当然、今年の春に最近事故で両親を失ったころの私なら、こんなことはしていない。何せ一緒にそばを食べる人自体がいないんだから。
とはいえ、人とは慣れるもの。
帰っても生活の音がしない自宅はもはや日常風景の一つになったし、通っている高校には友人もできた。
いつまでたっても落ち込んでいるままじゃ、死んだ二人も喜ばないだろう。
なにより、今年からは手のかかる人達と正月を過ごすことになるので、落ち込んでいる暇もない。
「先生、∑さん。もうそろそろソバ出来ますから、どんぶり出しといてください」
「……ですって、∑さん」
「せ、先生行ってくださいよ」
「私は今、こたつという日ノ本のモンスター倒すので忙しいので」
「そ、それを言ったら、わ、私だって炬燵を温めるので忙しいんですよ」
「いいから働け! そば食べさせてあげませんよっ!!」
今日は朝から私の部屋に転がり込み、設置されていたこたつに入ってから微動だにしなくなった店子たちに、遠慮なくお玉をぶんなげながら私は怒り狂う。
これがこの異世界で仕事をきちんとしている大人だというのだから、なんともはや泣ける話だ。
いったいこの国の道徳を教える宗教は何をしているというのだ!
「まったく。私は今からシンさんたち呼びに行ってきますから、それまでに器出しておかないと炬燵取り上げますからねッ!」
「そんな殺生なっ!?」
私の脅迫に先生が悲鳴を上げる中、だるそうに炬燵の天板に臥していた∑さんは、ひらひらと手を振りながら私を止める言葉を放ちました。
「あぁ、い、行っても無駄ですよ。あの二人、正月はいろんなところに旅行に行っているので。い、今はもう部屋にいないはずです」
「え? 家賃滞納する場合すらあるあの二人に、旅行するお金なんてあったんですか!?」
「……いや、あ、あの人たち何気にお金持ちですよ? い、今は諸事情でそのお金自由に使えないだけで、その気になればこのアパートそのものを買い取る財力くらいはありますからね?」
「うそでしょう!?」
普段からジーパンにTシャツ装備の二人の姿を思い出しながら、私は思わず戦慄する。
――人って見かけによらないのね。
と、少しだけこの世の真理を掴みつつある気さえした。
「それにしても、こっちにも神社ってあるんですね……。うちの方はどうなっているかな……」
「あぁ、そっちの異世界に関してですね? そちらにも神社が?」
「はい。といっても、お葬式とか結婚式とかはお寺や教会でやるんで、実際神社訪れるのなんて年の瀬か年明けくらいですけど」
「……妙なところまで、うちの世界とあなたの世界って似ているんですね」
私の言葉に、∑さんが微動だにしないのを見て舌打ちをもらし、寒さに震えながら炬燵から出てきた先生は、小さな食器棚からどんぶりを出してくる。
そんな先生が手渡してきたどんぶりに、汁を入れ、そばと一緒に煮込んでおいた具材を投入。年越しそばを完成させる。
我が家はどちらかというと毎年出汁重視のそばを作り、トッピングはえび天とねぎと天かすくらい。あとは出汁要員として鶏肉と、シイタケが入っているおそばだ。
「妙なところまで似ているって、どういうことですか?」
「日ノ本の宗教事情も大体似たり寄ったりということですよ」
海老天と具材が乗ったそばを先生にわたし、ネギだけ載せたどんぶりも同時にわたす。
不思議そうに首をかしげる先生に質問をしながら、私はネギソバの次に∑さんを指差した。
それでおおよそ何をするべきか察したのか、先生はにやりと笑って二つのどんぶりをもって炬燵へ帰還。
「やった、おそば……だ」
ネギしかないそばを見て絶望する∑さんにクスクス笑いながら、先生は何時もの解説を開始した。
「葬式は真教で、結婚式はイリス教で。ここは第二次世界大戦以降からあらゆる人種が流入する民族のごった煮となった国ですからね。日常の所作には、いまだに固有の宗教である神祇道のながれが散見されますが、重要行事や祭りなんかはもうどの宗教が起源かわからないくらい無茶苦茶になっています」
たまに暗黒大陸の祭祀すら執り行う村があるくらいですしね。と、ボソリとつぶやいた先生の視線の先にあったテレビでは、一風変わった年越し祭りを行う村の様子が映されていた。
ライオンとヤギの頭を持った神様の人形を十字の星にはりつけにしながら、念仏……こっちでは念真か……を唱えて一年の安寧を願うという、もはや意味不明すぎる儀式だった。
「前から思っていたんですけど、この国の宗教形態ってかなり変わっているんですね……。うちでもここまでひどくはなかったですよ?」
「? そちらでも西の聖人の生誕を祝い、ケルトなる西の民族の豊穣祭を行って、結婚式も葬式も元は渡来の宗教の形式でやるとか、英雄は言っていましたが?」
「ここまでひどくはなかったですからっ!」
続いて映される、和服を着た女子たちがどんどこ言いながらかがり火の周りで踊り狂う奇祭を指差し、私は憤慨した。
日本を一体どんな魔境だと思っているんだ!
「チャンスを頂けませんか大家ちゃん!!」
そんな雑談のさなか、ネギソバを前に絶望していた∑さんがようやく再起動を果たし、先生と同じく完成されたそばを持ってきた私に縋り付いてくる。って、危ない危ない、汁がこぼれるっ!
「仕方ないですね。皿洗いしてくれるなら具材入れてあげますから」
「や、やります! 喜んで働きますっ!!」
「まったく、しょうのない人ですね」
現金にも顔を輝かせて何度も頷く∑さんにため息をつきながら、私は∑さんのそばを預かり、具材を入れていった。
「にしても、本当にカオスが過ぎるでしょうこの国は……。いったい何がどうなってこうなったんです?」
「おぉ、それならちょうどいい。大家さんにこの国の宗教遍歴についてお教えしましょう!」
どうせ見るテレビもないですし。と、割と失礼ではあるが、多分年末の人々が大体思う感想をはっきりと先生は口にして、リモコンでテレビの電源を落とす。
そして、∑さんようにそばを完成させ戻ってきた私を前に、懐から取り出した扇子で炬燵をバシバシ。
「こ、講談でもするつもり先生」
「それもいいかもしれません。歴史教諭では好きな歴史の話を語れませんから」
「普通に大学院行けばよかったのでは?」
「ふっ、こんなぼろアパートに住むしかない私に、そんな余裕があったとお思いですか?」
「悪かったですね、ぼろくて!」
この一年で愛着がわいているんですよっ! と、私が抗議するのをしり目に、先生は滔々と日ノ本議国の宗教遍歴を語りだした。
…†…†…………†…†…
「さて、現在日ノ本で信仰されている宗教に関してですが、新興の物まで合わせれば二百は超えているといわれています。多い? いえいえ、他宗教国家では別段珍しいことではありません。実際暗黒大陸からいくつかの文化が流入したといわれる、南北のマリューヒル大陸には今でもおびただしい量の原始宗教と新興宗教があるようですし、日ノ本なんてのはかわいい方です。とはいえ、通常そういう国家であっても、それらが表面化されることはめったにありません。大体は国教と定められる一強宗教が文化の規範として貴ばれます。リメリカが多民族国家なのに、国民全員がイリス教を崇めているように扱われるのがわかりやすい例ですね。取り入れた宗教が文化としてきちんと息づいちゃう日ノ本は、それだけ宗教に関して寛容と言えるでしょう」
「とはいえ、日ノ本もすべての宗教を取り入れているわけではありません。特にとある宗教を専門に崇めている人でもない限りは、基本的に触れている宗教は三種類に限定されます」
「まずは日ノ本の国教であり、この国の神話でもある神祇道。これは言ったとおりこの国固有の神々、八百万の神々を奉る宗教で、日ノ本神話から端を発する無数の神霊群をたてまつる祭事です。神社なんか箱の神々をまつる社ですね」
「つぎにあげられるのが、日ノ本で二番目に広がった真教。御真とこの国では呼ばれるインダ発祥の宗教で、シン・アルダータという聖人が告げた教えを守り、人を苦しみから逃れさせる《大悟》を得ようとする宗教だそうです。すいません、あいまいな説明で。何分専門ではないので……。詳しい宗教知識に関してはシンさんたちの方に聞いてくださいね? あの人たちはこの世界の宗教に関してかなり造詣が深い。高草荘の宗教学エキスパートですよ」
「最後の一つは、戦国乱世の時代に西洋から流れ込んだ《イリス教》。真教や神祇道ほどこの国の文化に影響を与えたわけではありませんが、今でもその催事のいくつかは日ノ本に定着していますね。はいそこ、悪夢のクリスマスとかいわない!」
「最期に、第二次世界大戦以降に広まったいくつかの宗教が、それぞれが行きついた村で定着し、さっき紹介されている奇祭になりました。第二次世界大戦時は、イウロパが荒れたおかげで、イウロパ列強が支配していた植民地の警備が弱まり、一斉にそこの住民が逃げ出しましたからね。日ノ本はそうして逃げてきた難民を受け入れ、望むならば定住を許したといわれています。まぁ、純粋な善意だけではなく……当時経済成長期時代だった日ノ本は、人手を欲していたという事実もあったのですが……」
「さて、ここで問題となってくることがあります。どうして日ノ本は、そのような外来の宗教をたやすく受け入れることができたのか? という疑問です」
「実際、宗教というものは自らの教えを信じさせ、違う教えを否定するという性質をもっています。そりゃ当然ですね。自分を信じさせるためには、他の教えは邪魔ですから。イリス教の歴史を紐解けばすぐに理解できるはずです。って、どうしました∑さん。物凄い渋い顔してますよ?」
「ですが、日ノ本にはそれがなかった。口は悪いですが『唯一絶対たる神と、その娘であるイリスを受け入れよ! それ以外の神様とかいませんから。きっとお前らの勘違いです』と言ってのけるイリス教すら、笑って受け入れました。それはなぜか?」
「八百万の神の属性というのもあるでしょう。この世にはありとあらゆるものに神が宿る。日ノ本にとって外来の宗教というものは、『外国に宿った神様』であり、自分たちの神々との共存は容易であったということです」
「ですが、一番の理由は真教伝来の折に起こった日ノ本唯一の戦争……《真神戦争》の際に生まれたある神が理由であると、歴史家は語っています」
…†…†…………†…†…
「戦争で神様が生まれたの? それってかなり物騒な神様なんじゃ……」
「いえいえ! きわめて平和的かつ、日ノ本に宗教葬儀を持ち込ませない要因となった、優秀な神様ですよ。その神の名前は《両義神》。当時は真教と神祇道の二つしかなかったからこのような名前になっていますが、八百万の宗教を認め護る神として生まれ落ちた神様……要するに宗教の神様なのです」
「宗教の神様って……」
なにその卵が先か鶏が先かみたいな物議を醸し出しそうな存在は。と、私――明子が内心呆れる中、苦笑いを浮かべた先生はブンブン扇子を振りながらその神様の解説をしてくれた。
「まぁ、実際のところその神様は真神戦争で国が荒れるのを防ぐために立てられた、神皇家苦肉の策であったというのが、今の学会の見解ですけどね」
「神皇家……」
確かこの国の天皇みたいな扱いだった人たちだ。国の象徴として君臨すれども、実質的権力はもたない日ノ本皇室の人たち。
「つまり、神祇道の神様なの?」
「いいえ。その神様は先ほども言ったように宗教の神様。生まれは真教と神祇道のハイブリッドですが、現在ではどの宗教にも属さないフリーランスとして扱われている模様です。実際イリス教の日ノ本支部では、聖典の一部に彼の名前が記載されているそうですよ?」
「それは……すごいの?」
「す、すごいことだよ!」
意外なことに、私の疑問に大声を上げたのは∑さんだった。
「あ、あの石頭どもが異教の神様を認めるなんて、め、珍しいことなんだから! 布教が済んで、その土地での勢力が強くなれば、一気に今までの融和案をひるがえしてほかの宗教を叩き潰すなんて真似を、平然としてのけるクサレ外道が、自分たちの聖典に異教の神の名前を記した! これは他に類を見ないありえざる譲歩で、当時は世界がひっくり返るんじゃないかと思われるほどの騒動になったんだから! 実際それを断行した日ノ本イリス教会は、いまだにイリス教総本山であるクソ野郎の巣窟ヴァルカン市国に目の敵にされていて……」
「あ、あの……∑さん?」
「っ!」
そして、イリス教に対する不満がにじみ出た話をマシンガンのように語りだす、めったに見ない∑さんの姿に、私と先生は思わず氷結していた。
場が凍りついたことに気付いたんだろう。私の呼びかけで正気に戻った∑さんは、瞬時に顔を赤らめ、そのまますごすごと炬燵に座った。
――なんだろうこの人? イリス教に恨みでもあるんだろうか?
と、私がちょっと触れてはいけなさそうな∑さんの過去に思いをはせる中、
「ごほん」
と先生が一つ咳払い。場の空気のリセットを試みているらしい。
「さて、両義神についてなんだけど……実はこの人日ノ本に実在した人物らしい」
「え? それってつまり、人なの?」
「その通り。モデルとなった人は時の日ノ本神皇――征歩神皇だと言われている。というか、伝承的にそれ以外あり得ないんだけどね」
「どうして?」
「両義神発祥についての神話はこう語られている。かみ砕いて説明すると……」
…†…†…………†…†…
昔々ある処に、日ノ本という国がありました。
この国では昔から、ありとあらゆるものに神が宿る――八百万の神というものが信仰されており、人びとはその神様の力を借りながら、穏やかに暮らしていました。
そんなとき、大陸の国から偉いお坊さんの教えが渡ってきました。
日ノ本の人々はその教えにひどく感銘を受け、その教えを良きものとして崇めるようになりました。
ですが、それに日ノ本の神様は嫉妬されてしまったのです。
「今まで助けてやったのに、われわれを崇めずに得体のしれぬ教えに傾倒するとは何事か!」
と、神様は大層お怒りになり、それを受けた神官たちが真教を広めようとする王朝に謀反を起こしました。
困った当時の皇様は、天の国へと登り、日ノ本の神々に怒りを鎮めてくれるように頼みこみました。
ですが、神様たちの怒りはなかなか収まりません。そこで、皇様は神様にある条件を提示しました。
「我々は神々にあだなすつもりはなく、ただ良い物を良いを言いと言いたいだけなのです。その証として、神々を称える十二の祭りを月に一回ずつ執り行いましょう!」
当時お祭りというものは準備にひどく手間がかかり、それを月に一回するなどとてつもない負担になったと言います。
それを実現すると言ってのけた神皇に神様たちはひとまず怒りを収め、神官たちに謀反を辞めるように言いました。
ですが、時すでに遅く、下界で起こった戦争にて、神皇の友人が殺されかけていました。
神皇は慌てて下界に戻り、友人をかばって命を落としてしまいます。
その後神様たちの呼びかけで戦争は終わりましたが、失った命は返ってきません。
戦争を自らの命を賭して止めた偉大なる神皇の死に、人びとは嘆き悲しみ、神々も惜しい皇を亡くしたと、ようやく後悔の念を抱きました。
そこで日ノ本の神々は、真教の神々と力を合わせ彼の魂を天上へと召し上げ、二度とあのような悲劇が起こらないよう、日ノ本の神界と、真教の天楽を行き来するできる存在にし、両世界の意志を伝える神として祭り上げたのです。
これが世にいう両界の義を持つ神――《両義神》となり、様々な神様の意志を伝える存在として、長く人々に崇拝されるようになったのでした。
…†…†…………†…†…
「とまぁ、これがいわゆる《両義神》発生譚と呼ばれる者の基本概要だ。もっとも、最近では《日ノ本の神々が短気過ぎる》ことから、どうもこの話、真教よりの視点で改変されてるんじゃないかって噂もあって、オリジナルかどうかは怪しくなりつつあるみたいだけど……。とにかく、こうして日ノ本は宗教の神という世界でも例をみない神格を得るに至り、当時では異例ともいえる《信仰の自由》を早い時期に得ることに成功した。これによって日ノ本は渡来の宗教に対して高い理解性を示す国になり、今の宗教のごった煮状態になったというわけ!」
「へぇ、そんないわれがあったんですね。本家の人から見ればふざけんなと言われそうなこのふざけきった風習の変質には、そんな理由が……」
そう言いながら、私は再び混沌とした年末風景を見るために、テレビをつける。
そこでは某野球ドームにおいて、野球選手が投げるミカンを必死になって打とうとする芸人の姿が。
「あぁ、あれはトマト投げ祭が変質したものですね」
「ひ、広まった当時はまだトマトが一般的じゃなかったから、ミカンに変わったのよね……」
「ミカン――未完を粉砕し《完全》な終わりを迎えるという験を担いだ意味もかかっていますよ!!」
「………………」
――まぁ、だとしても……この国はもうちょっと自重というものを覚えるべきだと思ったけど。
もろに食べ物を粗末にする光景にわずかに眉をしかめながら、意図的に顔面めがけて投げられたミカンが直撃し、顔をオレンジ色に染める芸人の姿に、私は盛大なため息をつきながら、いい感じに冷めたそばをすするのだった。
感想でも書かれていたように、やはり日ノ本は人外魔境……。




