タイトルが読めない。
一緒にアップした『募)モンハンワールドとPS4』も並列してどうぞ。
…………長い、夢を見ていた気がする。
というか随分長く寝ていた気がする。
ゆっくりと目を開ける。
目の前にはとても気持ちのいい青空が広がっていた。
体をゆっくりと起こす。頬をなでる風が気持ちが悪いぐらい気持ちがいい。
俺は…なんだっけ。誰だっけ?ただの昼寝ではないみたいだ。
当たりを見渡す。どうやらここは丘のような場所…だな。遠くに建物が見える。レンガ造りの家ってやつだろう。
結構な数だな。村ってよりは町か。
そんなことをぼーっと考えているうちにだんだんと頭が冴えてきた。
そうか俺は…神様?みたいなのに転生するように言われたんだっけ。
神様っぽくはない人っていうか、ただのおじさんだったけど。でもとにかくその人に転生するように言われたんだっけ。
確か全部のステータスを凄い上げておくから無双してくれワハハ!とか…ちょっと頭がまだ混乱してるかもしれないけど、
そういうのがウケるんだよガハハ!!だっけ…頭が痛くなってきそうだから思い出すのはこのぐらいにしよう。
そうだ服!服ってどうなってるんだろう。
今着ているのは学生服か。転生前のままか。ってことは…内ポケットに学生証!あったあった!
名前は…「斎京 スギル」。
転生したときの衝撃で名前ぐらいしか読みとれないぐらいボロボロだけど、どうにか自分が誰なのかはわかった。
よし、体も段々慣れてきた。とにかくこのままこの場所に居続けるのはよくない。
一旦あの町に向かってみよう。
こうして俺こと「斎京 スギル」の物語は始まったのであった。
A1
さて町についた。近くに近づけば近づくほど、本当に中世ファンタジーの世界みたいだ。
目立たないように行商の人達にまぎれながら街中を探索してみる。
怪しい道具を売っていそうな店。いわゆるマジックアイテムだろうか?そんな感じの物を売っている店。
武器屋に防具屋。教会もまさしく人を蘇らせることができそうな感じだ。
もちろん食品を売っている店もあるが、変わった食材が多いような気がする。
ファンタジーな食べ物なのだろうか…。俺が食べても大丈夫なのか?
一つありがたかったのは、どうやらこの町は交易路の途中にあるらしく、人の出入りがそこそこあるようで、
学生服というファンタジーには似つかわしくない服装でもあまり目出たずに済んだことだ。
…いやよく考えるともっとありがたいことだらけな気がするが、あんまり考えないようにしよう。
と、いう感じに呑気に探索していたけど、これからどうしたものか。
広場の噴水で一息つきながら空を見上げる。
いきなりポンと転生させられたものの、先立つものがないことにはどうしようもないなぁ。
町に出れば何かがわかるかも…なーんて甘い気持ちでいたけど…。
お金もないし頼れる人もいないし困った。夕暮れまでにはどうにかしないと更に困る。
ぼーっと人の流れを眺めていると、どこからか叫び声が聞こえてきた。
「山賊だー!山賊が出たぞー!」
男の切羽詰まった声が広場に響き渡る。
それを聞いた人達は驚き、悲鳴を上げて家に閉じこもったり、商店は店を畳んで逃げ出す準備を始めた。
スギルはといえば、ただ黙って噴水に腰をかけて考えていた。
山賊…山賊か。ファンタジーだと悪い奴の定番…だよな。
山賊っていっても、道を外れた人間だったり、ゴブリンやら魔物が山賊を名乗っている場合もあるけど。
うーんこの世界の山賊ってどんなのかなぁちょっと気になるなぁ。
ザ・転生人であるスギル君はもんもんとそんなことを考えていたが、遂に山賊達は町の広場まで乗り込んできてしまった。
「おいお前!こんな所にいたら山賊に殺されちまうぞ!早く逃げるんだ!」
「え、あっ」
あんまりにもぼーっとしていたスギルを見かねて、男が声をかけてきた。
男はスギルの腕を強引に掴むと、酒樽の影に隠れながら言った。
「お前さん、この町には初めてきたのかい?」
「えっと…そうです。」
「まぁそんな格好の奴この町にはいないし、今までに見たこともないからそうだろうな。」
そういうと男は酒樽から広場の方を覗きこんだ。
「あれは…ここ最近出始めたっていうワーウルフか。数は少ないが、町の自警団じゃ厳しいかもな。」
「ここ最近、山の麓の洞窟に住み着いたらしくてな。思ったよりも統制がとれているようで国からの援軍が欲しいんだが…」
男は苦虫を噛み潰したような顔で言った。
スギルも男と同じように酒樽から広場を覗きこんだ。
凄い…本当に狼と人間を足し合わせたような格好をしている。
広場から見えるのは3人…いや、3匹と言った方がいいのだろうか?
毛皮と木を合わせたような鎧を身につけている。一人は斧。残りの二人は棍棒。
何やらわめきながら屋台やら置いてある荷台を壊している。
袋を何個か持っているところを見ると、食料品やらが狙いのようだ。
「おいお前、まさかワーウルフ見たことないのか?」
男が物珍しそうにワーウルフを観察するスギルをみて言った。
「あ、はい。」
「お前本当に一体どこから来たんだよ…ワーウルフなんてそこら中にいるんだぞ!?」
「……まぁ非常事態だから詳しい説明は伏せるが、人間の力じゃあいつ等とまともにやり合うのはまず無理だ。」
「とりあえずこうなったら自警団が来るまで待つしかねぇ。」
「…まぁその自警団でも追い払うのが限界だろうが、俺たちが出ていっても無駄死にってもんだ。
アレは強いのか。確かにそんじょそこらの人間よりは良い筋肉は持っていそうだ。
少なくともあの手に持っている武器を使いなれている感じは遠くからでもわかる。
実践経験もそこそこはあるのだろう。いや、山賊と一言に切り捨てられるレベルではないのかも。
スギルはちょっと考えた。そして閃いた。
…ちょっと試してみようか。
スギルはいきなり立ち上がり、酒樽を乗り越え、ワーウルフの方に向かっていった!
A2
「お、おいお前何考えてやがる!!!」
男はスギルのいきなりの行動に声を荒げて言った。
スギルはといえば、まるで聞こえなかったかのようにどんどんと進んでいく。
そしてついにワーウルフ達の前に立った。
ワーウルフ達も気が付いたようでスギルを見つけてニヤニヤと笑いながら近づいてきた。
「何だ…俺たちに何かようかい?」
「他の人間は逃げ去ったってのに、ノコノコ出てくるとは頭がイカレちまってんのか?あぁ殺されたいってことかい?」
ニタニタと笑いながら二人のワーウルフ達は言った。
「むやみやたらに殺すんじゃねぇ。ボスに言われたろうが。」
後ろにいた袋に何かを詰めていたワーウルフがめんどくさそうに言った。そしてこう付け加えた。
「ま、はむかうっていうなら殺さず死なない程度に痛めつけるぐらいにしておけ。」
「あなた達は多分、悪い人達ってことでいいんですよね?」
スギルは軽く準備運動をしながらワーウルフ達に近づいていった。
「悪い?俺たちは俺たちの仕事をしているだけだ。山賊だからな。」
「でもそれは略奪されるためにそこにある訳ではないでしょう?」
ワーウルフは楽しそうに棍棒を持ち直した。
「おかしなことを聞くやつだな…略奪ってのは山賊の仕事さ。」
「まぁそれがどうしても嫌だって言うなら…実力行使でどうにかするもんだろうが!!!」
と言い終わるやいなやいきなりワーウルフは、手にしていた棍棒でなぎ払った!
単純な、見方によっては稚拙なと言われるかもしれない力任せの一撃。しかし、並の人間であれば食らえば悶絶必須。骨折では済まない程の威力であった。
が、しかし、しかしその攻撃は空振りに終わった。
ワーウルフは確かに慢心しているかのようにふるまっていた。しかし、その内では相手との距離を常に図り、攻撃がより効果的な威力を発揮する間合いを測っていた。
詰まるところ会話を重ねながら向こうが自分の間合いに入ってくるのを待っていたのである。
そして間合いに入ったところで必殺の一撃を放ったのだ。
空振り!?どこだ?
手ごたえが完全になかった。攻撃が弾かれた訳でもないということだ。
当たりを見渡す。居ない?!どこだどこだどこだ!!!
ワーウルフは警戒の度合いを上げた。
初撃は確実に当たる位置で打った。人間であれを避けられる奴はそういない。
ということはアイツはあの攻撃を避けて、今俺の視界から完全に消える程早く動けるやつ…か、
姿を消したり、それに近い何かが出来る奴ってことだ。
前者なら姿さえ捕らえられれば攻撃が当たる。倒せる。が、後者だとマズい。
魔法ってのはそれ専門の知識がないと俺たちでは対処できねえし、もし魔法トラップを設置されていたら俺たちじゃ太刀打ちできねぇ。
自警団が魔法を使える傭兵でも雇ったのか?いや魔法が使える傭兵は俺たちみたいな山賊相手にするには豪勢過ぎるだろう。
じゃあ早いだけの奴ってことか!
「おいお前ら!あの小僧を探せ!!出てこないようなら屋台だけじゃねぇ!家もぶっ壊しちまえ!」
ワーウルフ達はそれぞれの得物を構えて振り回し始めた。
「おーっとそれは困る困る」
スギルはワーウルフ達の背後に降り立った。
背後?!いつの間に回り込んだんだ!?ここまでの一連の流れ…全く捉えられなかった!?
「んんーなるほど、ちょっと体の使い方がわかってきました。」
「そんじゃ、あなた達に個人的な恨みとかはないんだけど、実験台になってもらいます。」
棍棒を持ったワーウルフの腕に突然痛みが走った。
ワーウルフが腕の痛みの原因を確認する前に顎に衝撃を受けてもんどりうって倒れ、意識を失った。
実際はスギルが凄まじい速度でワーウルフに近づき、棍棒を持っている手に一撃を加えて棍棒を奪い取り、
その棍棒をワーウルフの顎にクリーンヒットさせたのであった。
しかし、その速さたるや人間よりも優れた目を持っていると言われているワーウルフですら追いつけない程に速い。速い。速い。あまりにも速すぎる。
唯一反応することが出来た斧を持ったワーウルフは、斧の利点であるその威力を捨て、とにかく当てることに集中して振り払った。
しかしその攻撃は軽々と避けられ、代わりに棍棒が飛んできた!
その棍棒もやはり的確に顎に当たり、斧を持ったワーウルフも倒れた。
最後に残った棍棒を持ったワーウルフはあまりの事に思考が停止していた。
まず目の前にいた一匹がいきなり宙を舞い、倒れた。
そして速くて見えなかったが、多分状況から見て先に倒れた奴が持っていた棍棒で殴られたのであろう。
斧を持った方が倒された。
あっという間だった。なにも出来なかった。
目の前には…アイツが立っている。さっきと同じ位置に立っている。違うのは手に棍棒を持っていることだけだろうか。
こいつは一体何なんだ。何なんだ。何なんだ。
ここは多分逃げるのが正解だろう。まぁあの速度から考えて全力で逃げても逃げられるかどうかはわからないが。
あんな得体のしれないモノ、今戦って勝てるような相手じゃなかったということだ。
だが俺は山賊だ。ワーウルフだ。、
仲間がやられてはいそうですかと逃げられるもんのかよ。
そうだ俺はワーウルフだ!ワーウルフだからよぉ!
「小僧ゥ、キサマアアアアアアアアアアアア!」
最大の力で最大の速度で棍棒を振りおろす!直接攻撃が当たらないなら、周りの大地ごと砕けばいい!
何度も何度も棍棒を振り回す!力の限り周りにいる物全てを破壊するために!
無論俺は仲間たちの中でもそれほど強いほうではない。が、それでも一矢報いたかった。
そして、案の定振り下ろされた棍棒は空を切り、案の定顎に強い衝撃を受け、案の定俺の意識は飛んだ。
「ハァッ!!ハァッ!!ハァッくそっ!くそおおおおおぉぉぉぉぉぉ…!」
「くっそおおおおおすまねぇ…くっそおおおおおおぐうううううう…!」
斧を持っていたワーウルフは全力で走っていた。正しくは全力で逃げていた。
斧を持っていたワーウルフは先程の戦いで顎に棍棒を受けて倒れていた。が、当たる直前に自らのけぞることで、
致命傷になるのを回避していたのだ。
そしてもう一人の棍棒を持ったワーウルフが暴れているうちに戦闘から離脱したのであった。
仲間を置き去りにして。走った。力の限り。そして、見つけた!
「おい!おい!おおおい!」
共にやってきたもう一人のワーウルフを見つけたのであった。
スギルが出会った3人の他に、もう一人のワーウルフがいたのだ。
そのワーウルフは町の門の近くを漁っていたらしく、血相をかいてやってきた斧を持っていたワーウルフを見ると酷く驚いた。
「どうした!何かあったのか?」
「あぁ…どうも自衛団の連中、とんでもねぇ用心棒を雇ったみたいだ!」
「仲間も二人やられた…クソ!もしかしたらアジトもやべぇかもしれねぇ!」
門の近くにいたワーウルフは言った。
「そいつはどんな奴なんだ?」
「とにかく速かった。あんな速さ見たことねぇ…!とにかく!とにかくこの事を早くアジトにいるボスに伝えてくれ!」
「俺はここで時間を稼ぐ!多分もう…すぐにでも追いつかれちまう…!」
門の近くにいたワーウルフは、アジトに向けて走り出した。
斧を持っていたワーウルフの鬼気迫る形相に気圧されたのだろう。
後は少しでも時間を稼がなければ…!
A3
「よいしょっと…こんな感じで結んでおけばいいかな。」
スギルはと言えば、倒したワーウルフを縛りあげていた。
「人をこう…。人じゃないか、まぁ人みたいなものを縄で縛るなんてやったことないからなぁ…」
しかし、まさか一匹逃げられるとは思わなかった。ちょっと手加減しすぎたかな?
スギルはまず自分の速さを確かめようとした。なので、最大の速さで、最低限の力のみを使って立ちまわったのだ。
という訳で自分の速さを最大限生かせるような立ち回りをしてみた。なので、あんまり力を入れなくても相手の意識を奪えるよう顎にクリーンヒットをあてるように立ちまわったのだが…。
あの一撃を食らって立ち上がれるとは…正直驚いた。
自分の体だというのちゃんと制御するのは難しいな。一つ一つ順を追って試していくのが一番の近道なのかもしれない。
酒樽に隠れていた男が恐る恐る出てきた。
「お前…一体何者なんだ…。あのワーウルフを軽々と倒しちまうなんて。」
「俺ですか?いやまぁなんつーかその…なんというか…」
「それにあの速さ!凄いよお前あんな速度で動ける奴見たことないぜ!」
「どこか…どこかの軍隊かなんかの偉い奴とかなのか?それとも…ヤバイ傭兵集団とか?まさか暗殺集団とか?!
いやもうあれは魔法かもしれないなぁ…自分の体術を強くする魔法とかもあるみたいだし!」
男は興奮したように捲し立てた。
そうか俺は普通に早く動いたりしただけだけど、やりすぎると魔法みたいにも見えちゃうのか。
力ってのは使いようだなぁ…。これからは加減をしないといけないな。
などと呑気に考えていると、また悲鳴が聞こえてきた。
スギルははっとした。悲鳴が聞こえた方向…それは、さっき取り逃がしたワーウルフが逃げた方向だったからだ!
「すいませんその二匹にワーウルフ、見ておいてくれませんか!?」
「え、あ、もちろんだよ任せてくれ!君がなんなのかは分からないけど、とにかく残りのワーウルフも退治してやってくれ!」
広場から更に走り、町の門が見えてきた。
人だかりが出来ている。あそこにいるのは…やっぱりさっき逃がしたワーウルフだ。
しかしあれは…人質!女性のようだ。逃がしたのは失敗だったか…。
髪が長いまるでエルフのように綺麗な女性であった。しかし、今はワーウルフの腕を掴まれており、恐怖で震えている。
「おい!小僧!遅かったじゃねぇか!」
ワーウルフもこっちを見つけたようだ。不敵に笑いながら人質の喉元にナイフを突き付けた。
「その女性は関係ないだろ!無関係な人間を巻きこむな!」
「うるせぇ!お前みたいなバケモノ、普通にやったって勝てっこないからなぁ?」
「お前がすげぇ早く動けることは分かった。それにつええ!それもだ!」
「だが俺たちは山賊だ!!きたねぇことしてでも仲間の敵、取ってやりたくてよぉ!」
スギルは睨みつけながら言った。
「…目的は仲間、ですか。」
「話が早いじゃねーかその通りよ。捕まった仲間の解放!それと…後はお前の命も頂こうか。悪辣非道ってことでよ!」
「そしたらこの女も放してやろう!」
「信用できませんね。悪劣非道なようなので。」
少しずつ、スギルは前に足を進める。
「動くんじゃねぇ!それ以上近づくようならこの女の顔に消えねぇ傷でも作ってやろうか!?」
首元のナイフを顔に近づける。一筋の血が流れた。
くっ…これ以上は無理か。
ふうっとため息をつき、スギルは言った。
「…いいでしょう俺の負けってことでいいですよ。」
女性が叫んだ。
「私の事はいいからこのワーウルフを捕まえて!」
「うるせぇ!勝手にしゃべるんじゃねぇこの女!」
ワーウルフは女の顔を叩いた。
「乱暴はするな!…それと、先に言っておくことがある。」
ワーウルフは怪訝そうに言った。
「まだなんかあんのか?時間稼ぎのつもりならこの女に傷が増えることになるぞ?」
スギルは息を吸い、そしてゆっくりと吐いた。
「すまん。」
A4
一瞬の出来事だった。
睨みつけられたのだろう。多分。
二人の間には身体的な何か…具体的に刃を交えたりといったことはなかった。
だから多分相手の目つきが変わったとか、より強く睨みつけられたとかその程度なのだろう。しかし、それで決着がついた。
決着がついたというかなんというか、目で殺されたというのが正しいのかもしれない。
戦う気力、これ以上この人間に抵抗することが出来ないというのを一瞬で、睨みつけられただけで感じてしまったのだ。
ワーウルフもワーウルフ生をそれなりにやってきて、自分よりもはるかに強い存在に出会うこともあった。
そういった時は怯えて縮こまったり、逃げ出したりとまぁ多くの人間がなるそれと同じような体験、経験をしてきた。
もちろん虚勢を張ったりもした。相手にこちらがビビっていると見抜かれないためにだ。
それもこれも自分が生き残るため、より良い結果を得るための行為だ。
でもこれはなんだ。戦う心を叩き折られてしまった。
絶対に逃げられない檻の中に囚われてしまったようだ。
それでもどうにか、どうにかワーウルフは己の信念を糧にギリギリ山賊であることを保つことができた。
虚勢…!虚勢だけは張らねば!俺はワーウルフで悪辣非道残虐無比の山賊なんだ山賊なんだ山賊なんだ!
喉からしぼりだすように叫んだ!
「そ、それで俺が怖気づくとでも思っているのか!!!!」
「それで俺が怖気づくとでも思っているのか。」
「俺は本当にこの女を」
「俺は本当にこの女を殺すぞ。ってところかな?」
ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!
心を読まれた…!読まれた!一言一句!見まごうことなく!完璧に!
どうするどうする!心臓の鼓動がヤバい。収まれ収まれ!うるさくて考えられない!
周りにいる人間はさっきから煩い程に騒いでいるというのに!
どうするどうする!俺がもっと馬鹿だったら!もしかしたら何も考えずに立ち向かい、あっさりと意識を失えたかもしれない!
もっと馬鹿だったらこんなこと考える前に逃げだして…。逃げ出して?
そうか今からでも逃げればいい女の命さえ取らなければこいつは多分本気にはならな
「言っておくけど、逃がしたりはしないよ。」
スギルはゆっくりとワーウルフに向けて歩きだした。
歩みは止まらない。ゆっくりと、確実に間合いを詰めてゆく。
そしてついにワーウルフの前に立った。
「投降してくれませんか。」
「はい…はい…」
ワーウルフの心と精神は完全に壊れてしまった。
手に持っていたナイフが滑り落ち、大地に触れてカランと乾いた音をたてた。
A5
「いやーーーーーーこの度は本当に!本当に感謝の言葉しかありません!!!!」
初老ぐらいの年齢だろうか?スギルの前に座った恰幅のよい男性はニコニコと満面の笑みを浮かべながら言った。
あの後、ワーウルフはおとなしくお縄につき町の自警団が牢につれて行った。遅れて町長が現れ、スギルに是非とも感謝をしたいと
町長の家まで半強制的に引っ張ってきたのであった。
「おっとまずは自己紹介からでした!私はこのガーシーの町で町長をやっておりますオーツと申します。」
「我々もあの山賊ワーウルフ共には業を煮やしておりましてねぇ…。溜飲が下がりましたよいやはや!」
「私は直接見たわけではないのですが、町の人々曰く、とてつもない速さでワーウルフの悪党共をなぎ倒し、最後は目で射殺した!なんていいだす者もいましてですね!」
スギルは謙遜しながら、
「そんな…ただ人よりもちょっと早く動いてみたり、人よりもちょっと強く睨んでみただけでして…そんな特別な物ではないですよ。」
「何を謙遜なさる!それにあのワーウルフが人質にとっていた女性、アレ私の娘でしてね!もう本当に町としても、一人の父親としても感謝感謝!感謝ですわぁ^~」
オーツは続けてこういった。
「ところでその…あなた様は一体そのぅ…どういった方なのでしょうか?」
スギルはとりあえず自分が知っていることについて話した。
自分が神様の力によって転生したこと。
転生したものの、先立つものがなくとりあえず町に向かってきたこと。
そしてあの騒動に巻き込まれたこと。
更に言えば、自分がどうするべきかもわからないこと…。
一通り話し終えた頃、オーツは何かを閃いたようだ。
「今の話が本当であるならば、やはりスギル様は神が使わした天からの使い、いや神からの使いなのでしょう!」
「天使、いや神使?使徒ってやつですかな?ハハハハ!そうに違いない!」
オーツは笑いながら、しかしちょっと困ったような顔をした。
「しかしですな…少し困ったこともあるのです。」
めっちゃ聞いてほしそうな顔をした。スギルは聞いてみた。
「やっぱり町中で暴れたのはよくなかった…ですかね?」
「いえいえそれはね、いいんです。まぁ多少被害は出ましたが、アイツらをのさばらせておくよりは余程いいのです。」
「しかしですね、自警団から聞いたのですが…どうも一匹取り逃がしたらしくてですね、そいつがもしかしたら復讐に来るかもしれないと。」
「あのワーウルフというやつらは中々に執念深くてですね、一匹や二匹であれば我が町の自警団でもどうにかなるのですが、
もし夜襲をかけてくる…なんてことになってしまうと…。」
「…確かに、かなりの被害が出てしまうかもしれませんね。」
「そこでなのです!!!」
オーツは笑いながらも、しかし断ると怒りそうな感じで言った。
「ぜひともスギル様にはあのワーウルフ達を成敗してきてほしいのです!」
「無論!謝礼も出しますし、必要な物があれば用意もします。」
「いえいえそんな…。これは私にも責任があることです。是非ともやらせてください。」
「おぉ!おぉ!なんとありがたき言葉!これで町の人々も穏やかに暮らせるというものです!」
スギルは少し考えた。
「ワーウルフ達がどこにいるのかは分かっているのですか?」
「ここから半刻程行った洞窟をアジトのように使っているとのことです。しかし、中々奴ら警備が厳しいようで近づけないのだそうです。」
「なるほど…わかりました。場所さえ分かれば一人で大丈夫です。」
そういうやいなやスギルは立ちあがった。と、その時、ドアが勢いよく開いた。
「是非、是非とも私も連れて行ってください!」
すらっと身長が高く、長くてきれいな金髪を持ったまるでエルフのような女性がそこにいた。
その女性は先程のワーウルフに人質に取られていた女性、その人だった。
オーツは驚いた。
「シスヤ!お前は何をいきなり…!盗み聞きをしていたのか!」
「えぇそうです!お父様が無理を言うんじゃないかと思って。そしたらやっぱりスギル様に無理難題を押し付けるおつもりでしょう!」
ばつが悪そうな顔になったオーツ。更にシスヤと呼ばれた女性は続けた。
「スギル様。改めて自己紹介いたします。私はオーツの娘でシスヤと申します。」
「この度、助けていただき誠にありがとうございます。」
スギルは少し驚いたが、
「いえ、大きな怪我もないようでなによりです。」と返した。更に続けて、
「お申し出は嬉しいのですが、やはりオーツさんが心配する気持ちもわかります。
あの程度のワーウルフであれば私一人でも大丈夫ですので…」
「そういう訳にはいきません!私も絶対ついていきます。
私だって治療の心得や回復の魔法を使うことが出来ます。あの時は遅れをとりましたが、実戦の経験だってあります!」
オーツは大慌て!
「いやまぁ確かにお前は魔法大学の治療魔法をトップの成績で卒業したことはワシもようしっておる。超自慢できる最高の娘じゃ!
しかし相手はワーウルフのしかもどれほどの数がいるのかもわからないんだぞ?!そんな奴らのところに娘をいかせるわけには…」
「お父様もおっしゃったじゃない?スギル様は神の使いだと。それならば私の事もスギル様がきちんと守ってくださるでしょう?
それに、スギル様はこの辺の土地には詳しくないご様子。であれば私がいれば道案内もできます。どうせお父様のことだから地図で済ませようとしたのでしょうけどね!」
まさしくタジタジってのはこういう感じなんだなぁとぼんやりと思いながらスギルは二人のやり取りを聞いていた。
「ぐぬぬ…しかしわしにとってはお前は大事な一人娘なんだ!わかっておくれよシスヤ!」
「わかっていますとも。でもお母様の最後の言葉、お父様だって覚えているでしょう?強い女になれと。」
「覚えているとも忘れるわけがないじゃないか。しかし、しかし、しかしだなぁ…」
オーツがまごまごとしている間にシスヤはスギルの腕を掴んで外に向かって歩き出した。
「それではお父様。夕暮れまでには決着をつけてまいります!」
オーツは止めよう椅子から立ち上がったものの、もんどり打って倒れてしまった。
「ぐうううううスギル様!こうなった娘はもうワシでは止められません!どうか、どうか娘を守ってくだされええええええええええ!!!!!」
A6
「お父様は昔からあんななんです。」
シスヤはぷんぷんしながら歩いていた。
「確かに町を維持して行くには多少セコいって思われるようなこともしないといけないのかもしれませんが、
見ず知らずの人にいきなり大事を頼むなんて…。娘としては恥ずかしいです。」
スギルはハハハと笑った。
スギルとシスヤはあの後二人で山賊達を成敗するために町を出た。
道具やら必要な物はシスヤが先に用意していてくれていた。
ちなみにスギルの今までの学生服は、流石に目立つだろうということでこの世界でもメジャーで、かつ動きやすい服を装備していた。
旅人の服…といったらわかりやすいだろうか?
特に目立った効果があるような服ではないのだが、スギルにとってはとてもしっくりくる服であった。
「シスヤ…さんは回復魔法が出来るんだっけ?」
「えぇ魔法大学で一通りの回復魔法は修めました。」
「じゃあ俺のこともスギルって呼んでよ。その方がしっくりくるんだ。様なんて言われるとちょっと照れちゃうよ。」
「んで、魔法…だっけ?オーツさんとの話を聞いてたならわかるかもしれないんだけど、俺そういうの全く分からなくて…。」
「魔法って言うのは、まぁ言うなればこう手からパーッと炎を出したり、氷を出したりできるんです。」
本当にRPGとかでファンタジーで出てくる魔法っていうのと同じようなことが出来る訳か…。
他にもシスヤはスギルにこの世界の事を教えた。
スギルが最初にたどり着いた町のこと。そしてこの国のこと。一つの世界を知るっていうのは大変なことだなぁとスギルは思った。
そんな感じで話し込んでいると、森に差し掛かった。
「この森の途中に洞窟があって、そこに山賊達はいるみたいです。」
「さぁスギルさん行きましょう。」
スギルはシスヤの方を見ながら言った。
「ここから先…もしかしたら危険かもしれないよ?ここで待っていてくれていても…。」
「んもぅスギルさんったら…」
シスヤはスギルに近づき、腕を絡めてきた。
「あ…えっとシスヤさん??ちょっと近くない?」
「私はついていくといったらついていくんです。一度決めたら。」
実はあの時、ワーウルフを射抜いた眼光は、シスヤの心までも射抜いていたのであった。
もちろんスギルは気が付いていないのだが。
どんどん体を密着させてくるシスヤ。
「やっと…二人っきりになれました…。」
うわわ!どうしよう!あまり女性経験が少なかったスギルが戸惑っていると、一瞬何者かの気配がした!
A7
「シスヤさん、俺の傍から離れないで!」
スギルは腰の得物に手をやった。
今のスギルの得物は木刀。シスヤはもっと良い武器を…と言ったのだが、
色々な武器を試した結果、木刀が一番しっくりきたのだ。まぁあまりじっくりと武器を選んでいる時間もなかったのだが…。
木刀を構え、周囲を警戒する。何者かがいるというのは間違いないだろう。
スギルもワーウルフ達との戦闘を経てかなりこの転生した体に慣れてきていた。
なので気配察知能力もかなりの広範囲を探れるようになっていた。
敵は…一人。結構速いな。ワーウルフよりも格段に速い。
でも体格はそれほどでもない。ってことは…俺たちと同じぐらいの体格の生物!
でも手を出してはこない。山賊達の仲間か?
更に気配を察知しようとした時、それはスギル達の目の前に姿を現した。
それはスギルが察したように人間のようであった。
しかし、スギルよりも背は低く、黒ずくめで仮面をしていた。手には刀を持っている。
仮面のせいで素顔は見えないが、立ち振る舞いからみて一筋縄ではいかないだろう。
「お前も山賊の仲間か?」
スギルの問いかけには答えず、代わりに
「御免!」
黒ずくめの人間は凄まじい勢いで間合いをつめ、スギルに斬りかかってきた!
一撃!二撃!三撃!…無数の剣撃を、スギルは木刀でいなしてゆく。
剣撃は速く、常人では見切ることは困難だろう。しかし、威力はそれほどない。
隙をついてスギルがなぎ払う。黒ずくめの人間もそれに合わせて一旦距離をとった。
「シスヤさん、俺から離れていてください。どうやら狙いは俺のようだ。」
そういうとスギルは黒ずくめの人間の方に向かっていった。
今度はスギルが振りかぶって攻撃!が、狙い定めた攻撃は空を切った。
そう目の前から黒ずくめの人間が消えたのである。
「スギルさん!罠です!」
シスヤの声が響いた!
なんと黒ずくめの人間はスギルに罠を仕掛けていたのだ!!
無数のナイフのようなものが、スギルをめがけて一直線に飛んでくる。
しかし!しかしスギルは動かない。木刀を構え直して立ったままだ!
「スギルさん!にげてえええええ!」
シスヤはこの先の凄惨な未来を思い、目を瞑った。
更に数を増した無数のナイフのようなものはスギルをめがけて飛んでくる。数は30…いや、40、50本にも上ろうか!
あの速度で飛んできたら、ひとたまりもない!針人間のようになってしまう!
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガキイイイインン!
高い金属音が森に響き渡った。
シスヤは恐る恐る目を開けた。そして驚いた。
なんとスギルは飛んできたナイフのようなものを全て叩き落としたのである。
気配察知能力を最大に発揮し、自分の周りに飛来した全てのナイフの位置を正確に把握し、
一本一本的確に、素早く、確実に叩き落としたのであった。無論、一切無駄な動きはない。
もしシスヤが見ていたならば、まるで舞を踊っているかのようであっただろう。まさしく神の偉業だ。
しかし、それを見ている人間がいた。そう仮面をかぶった、黒ずくめの人間である。
「な…バ、バカな…!あんな動き…人が出来ることでは…!」
スギルは足元に落ちたナイフのようなものを二つ拾い上げた。
「なるほど…これはクナイってやつですね。忍者とかが使う。」
「さすがに投げたことはないけど…こんな感じかな?」
そういうとおもむろに振り上げ、黒ずくめの人間の方に投げつけた!
投げられたクナイは性格に黒ずくめの人間に向けて放たれた!
(…!くる!正確…しかも速!)
気を取られていた黒ずくめの人間は、間一髪でその攻撃を避けた。しかし、二投目を仮面に受けてしまった。
このままでやれるものかと黒ずくめの人間は木の間をすり抜け、スギルに攻撃を仕掛けた。
多分狙いは空からの一撃!しかし、
「それは悪手ってやつですよ。これで…どうだ!」
スギルはその動きを読み、落ちていた三つ目のクナイ掴み、そのまま投げつけた。
しっかりと見ていればこの程度の攻撃、避けるのはたやすい。
体をひねり黒ずくめの人間はよけた!そしてそのまま攻撃態勢へ入る。
しかし、そのクナイは黒ずくめの人間ではなく、そのはるか上…森の枝を狙ったものだったのだ。
空中でクナイを構え、投げる直前だった黒ずくめの人間に、その枝は見事にあたった!
「がっはっ!」
体勢が維持できない!このままでは地面に激突、して、しまう!間に合わない!!
この高さから受け身も取れずに地面にたたきつけられたら…!
覚悟を決めたその時……!
何かに抱きとめられた。
スギルが黒ずくめの人間を抱きかかえていたのだ。
「女の子なんですから、あまり無茶をしないでください。」
そう、黒ずくめの人間は、女の子だったのだ。
A8
「突然の事とはいえ拙者やり過ぎたでござる!まこと申し訳ない!!」
女の子がちょこんと正座で座っている。物凄い謝っている。
歳は15.6歳ほどであろうか?長い黒髪を後ろでポニーテールのようにしている小柄な女の子がそこにはいた。
端正な顔つきで、立ち振る舞いも上品だ。大和撫子ってのはこういう人のことをいうのかなぁ。
とはいえ、この状況にはスギルも困った。
「あ~…、そろそろ顔を上げてよ。俺の方は大丈夫だからさ。」
「良かったら訳を聞かせてよ。」
女の子は申し訳なさそうな顔をした。
「実はですね…先程ガーシーの町で貴殿の戦いぶりを拝見しまして、それにほれこんでしまってですね、
是非とも私の血というか性というか…でですね、つい戦ってみたく…」
「で、後をつけてこの森で待ち伏せしていた…と。」
「は…はい。罠を仕掛けていたことについては謝ります。しかしスギル殿…でしたか。であれば
あの程度難なくこなせるかと思いまして…その…」
後半はかなり声が小さくなってしまったが、反省しているのは見てとれる。
「まぁあの程度なら確かに大丈夫だけど…後ろにいるシスヤさんに当たっていたら危なかったよ。」
「あの程度……はい。まことに申し訳ありません…。」
そして顔を上げ、目を輝かせながらいった。
「やはりスギル殿は見込んだ通りの男でした!是非とも拙者を弟子にしてくだされ!!!」
「いや…俺はこれから山賊を成敗しにいくだけだし、そもそも他人に物を教えられるほど何かを収めた人間じゃないんだけど…。」
「それでもよいのです!スギル殿の傍で!その…身のこなしとか強さの秘密を見て学ぶことが大事なのです!!」
「私はまだ年端もいかない小娘に映るかもしれませんが、これでも様々な場所を旅してまいりました。」
「しかし、私の全ての経験をもってしてもスギル様より上の人間には出会ったことがありません!」
「何卒!なにとぞおおおおお!」
すっかり困ってしまったスギル。
「そう言われても…。どうしようシスヤさん?」
シスヤはスギルの後ろから必死に頭を下げる彼女をみた。
「彼女がどういう方なのかは分からないですが、……悪い人ではないと思います。そういうオーラを感じます。」
「私は彼女のこと、信用してもいいと思います。」
スギルは少し考えてからいった。
「わかった。俺は君に何かを教えることはできないかもしれないけど、それでよければ仲間になろうよ。」
彼女は笑みを浮かべ、差し出された手を握り返した。
「はい!はい!ありがたき幸せ!」
「…あ、申し遅れました。私の名前は小卯花。加滋貝 小卯花と申します!」
それから3人は森の中を進んだ。
「小卯花ちゃんはクナイとか使ってたけど、やっぱり忍者とかなのかな?この世界に忍者がいるかは知らないんだけどさ。」
「はい!あ、えぇっと…そうでござるね。います…ござる…。」
「あ、やっぱりそういう暗い仕事の事だから言いにくかったりするのかな?」
「いえ、そういう訳ではないのですが…。」
小卯花は少しムムっとした顔で言った。
「拙者の家は代々忍者の家系であるのですが、拙者は忍術だけでなく、もっと戦闘のプロフェッショナルみたいになりたいなと…。」
「だからあれだけ凄い剣術も使えたのか。確かに忍者だったらもっと罠とかも駆使すればいいのにとは思ってたんだ。」
「あくまでも忍術は戦術の一つということで…。ですが、スギル殿と一緒にいることができれば、凄い武人となれるでしょう!」
そういうと、小卯花はスギルに腕を絡め、耳元で呟いた。
「という訳で、今後ともよろしくお願い致します。スギル殿…。」
「ちょっと小卯花さん?距離が近すぎませんか??」
シスヤが反対の腕を絡める。
「ちょっと二人とも…歩き辛いよ?」
A9
途中山賊が出てくるかもと警戒していたが、特に罠などもなく無事洞窟の前にたどり着くことが出来た。
洞窟の前には二人のワーウルフがいた。二人とも厳しい目で周りを見渡している。
「思ったよりしっかりと警戒しているように見受けられますな。」
小卯花は周りをざっと見渡していった。
「敵は二人…。左右からそれぞれタイミングを合わせて奇襲をかければ問題ないでござるかな。」
「いや、二人じゃないよ。」
小卯花は驚いた。
「…まだ他にいると?」
「あぁ、洞窟の上、あそこにも見張りがいる。」
小卯花は目を凝らして洞窟の上を見た。何かがキラリと光った。
「…なるほど、あそこにいるワーウルフが近付くものをいち早く見つけ、下にいるワーウルフ達に伝えているのでござるね!」
「そういうこと。中々頭が回る山賊達だね。」
凄い…!私も忍者の厳しい修行の中で隠密行動や、気配を察知するすべを鍛錬してきたというのに、スギル様はそれすら凌駕してしまうなんて…。
やはり私の憶測は間違いじゃなかったんだ。小卯花が一人で納得していると、シスヤがいった。
「では…3人のワーウルフを同時に相手しなければならないってことでしょうか?」
「やり方次第ってところかな。…よし、良い作戦が思いついた!ちょっと小卯花ちゃん手伝ってくれないか?」
「やーやー山賊ワーウルフ共!!!」
茂みの中から小卯花はワーウルフ達の前に飛び出した。
「何者だ!…賞金稼ぎの類か?」
「その通り!町での狼藉、見過ごせなくてな!成敗しにやってきた次第だ!」
ワーウルフ達はへらへらと笑いながらいった。
「仲間が町で襲われたっていってたが、流石にこんな小娘じゃないだろう?」
「お前みたいな小娘が俺たちを倒せるとでも思ってんのか?パパかママでも連れてきた方がいいんじゃねぇか?」
小卯花は懐に腕を入れ、クナイを掴んで臨戦態勢に入った。
「舐められたものだな。これでも私は忍者の端くれ。甘く見ていると…」
「痛い目見るぞ!」
小卯花はクナイを投げつけた。それは二匹のワーウルフの手をかすめるように当たった。
「いっ!てめぇ何しやがる!」
「ガキだからって舐めやがって!容赦しねぇぞ!」
ワーウルフ達は槍を力任せに振り回し、小卯花に突撃してきた。
もしワーウルフ達がもう頭が切れるようであれば、この状況のちょっとした違和感に気が付いただろう。
スギルの読み通りワーウルフ達は見張りの二人と、アジトの上部にある茂みに隠れている一人からなる3人で行動していた。
しかも上部にいるワーウルフは見張り以外にも、敵が来た場合には弓や投石による奇襲、下の見張りに指示出し等も担っていた。
そう、敵がいれば必ず上部の見張りがなんらかの指示を出すのだ。
しかし、今回はそれがなかった。全く指示がなかった。
小卯花がいきなり現れ、そしてクナイを投げつけられ、意識が完全にそちらに取られてしまったのである。
だから、今、上部にいるワーウルフがどうなっているかなど頭の中から完全に忘れ去られていたのであった。
ワーウルフ達の突撃は止まらない。どんどん小卯花との距離をつめてゆく。
小卯花は動かない。クナイを投げたあとそのままの格好だ。
ワーウルフ達はそれをおかしいとも思わず襲いかかり、そして…
二体のワーウルフは思考を開始するまもなく気を失ってしまった。
「小卯花ちゃん!シスヤさん!大丈夫でしたか?」
アジトの上からスギルは小卯花達の元に降り立った。
「えぇ問題ありませぬ。」
小卯花は何事もなかったかのようにさっきワーウルフ達に投げたクナイを回収していた。
「私も大丈夫です。でも、スギルさんの作戦、物凄くうまくいきましたね。」
茂みに隠れていたシスヤも顔を出して喜んだ。
「小卯花ちゃんのクナイがいい感じでワーウルフ達の思考を削いでくれたおかげだよ。」
「お、お役に立てたならもう嬉しい限りで…」
もじもじしながら照れている小卯花。
作戦というのは単純なものだった。小卯花が敵の前に飛び出て注意をひきつけ、その間にスギルがアジトの上に回り込んで見張りを倒すというものだ。
そして下のワーウルフ達目がけて見張りのワーウルフを投げつける。
…改めて考えるとやっぱり酷く単純な作戦ではあるのだが、やはりスギルの速さがあってこそ成し得た作戦であろう。
スゴイ!
「さてと、折角すんなりとアジトに進入出来るわけですから、見張りに見つからないうちに行きましょう。」
スギルは手の木刀を握りなおした。
「後方はお任せを。拙者がシスヤ殿も事もお守りいたす。」
小卯花もいつでも戦えるようにクナイをリロード。
「もし怪我をしたら私が治療します。遠慮なさらず言ってください。」
シスヤもまた気合いを入れ直した。
「では行きましょう!」
こうしてスギル達一行はアジトの攻略を開始したのであった。
アジトの中はところどころ部屋があり、数体のワーウルフ達がいた。
思ったよりも警戒が薄いように感じた。出入り口の警備が厳しい故だろうか?
ただのワーウルフであればもちろんスギルの敵ではない。が、やはり騒ぎになるのはなるべく控えたかった。
その点から考えると、相手が油断している状態はスギル達にはとても都合がよかった。
そしてワーウルフの数も少なく感じた。これもまた騒ぎを避ける上ではありがたい要素であった。
実際は取り逃したワーウルフの一報を受け、アジトの移動先を探すために出払っていたのだが…。
とにもかくにもスギル達はどんどんとアジトの攻略を進めて行く。
なるべく敵を倒しつつ、慎重にかつ素早く!
「なんかこういうのあったよなぁ…なんだっけ。メタル…メタル…そうそう金属歯車!」
「金属…なんとおっしゃったのですか?」
「あ…いや、転生前の記憶がちょっと…。」
不思議そうな顔で質問をしたシスヤに照れ笑いをしながら歩いていくと、一際大きな広場にたどり着いた。
A10
奥にはワーウルフが座っていた。明らかにオーラが違う。多分アレがボスだ。山賊のボスだ。
片側には剣。使いこんでいるのが遠目からもわかる。しかし手入れは行き届いている感じもする。
身につけている鎧にも年季が入っている。
ワーウルフのボスは胡坐をかいて座っていた。目を閉じている、が、もちろん寝ているわけではない。
とてつもない殺気を放っている。肌でピリピリと感じる。
…このワーウルフは流石のスギル殿でも…。小卯花は心配そうにスギルを見た。
スギルはといえば、この広場に入った時から表情を一切変えていない。ただただワーウルフのボスを見つめたままであった。
「なんだ蓋を開けたら三人か。報告ではヤバイのは一人って話だったが…。パーティーを組んでるって話は聞いてなかったな。」
ワーウルフはジロリと三人を眺めた後、少し考えてからいった。
「一番後ろの女は違うな。ガーシーの町の町長の娘だっけか。」
シスヤがビクっと反応した。
「ビンゴか。まぁそんなあからさまに治癒魔法を使いますーって格好してりゃ、な。」
「お次は…その忍者娘。確かに強そうだが、そこまでの脅威は感じねぇな。」
小卯花が反論しようとするところをスギルがなだめる。
「それに相手は男って話だからなぁ…。じゃあ―――おまえってことか。」
そしてスギルを睨みつけてから、少し不思議そうな顔をした。
「あー…まぁ、戦ってみればわかるだろ。」
ニィっと笑うとワーウルフのボスは立ち上がり、刀を掴んだ。
「俺の名前はリットウ。この山賊団のボスをやっている。見りゃわかるだろうがな。」
「ま、自己紹介はこんぐらいでいいだろ。なんたって…………」
「すぐにしゃべれなくなっちまうからなぁ!」
リットウは懐に手を突っ込んだ!
「シスヤ!小卯花!下がって!」
スギルは二人を通路に向かって突き飛ばした!
「キャ!」「はぅっ」
その時、二人がいた場所を何かが凄まじい速度で通過していった。
そしてそれは壁に反射し、今度はスギル目がけて飛んできた!
「っ!」
間一髪で避けるスギル。しかし、そこにまた別の何か飛んでくる。
何だこれ…凄まじい速さだ!
それもまた避ける!しかし次が!避ける!次!避ける!
息つく暇もない程の連打連打連打!避けていても埒が明かない!ならば…
避ける中でタイミングを見計らい、回転切り!風圧を利用し、周囲の飛んでくる何かをはたき落とした。
「これは…スーパーボール?」
リットウは少し驚いた。
「ほう…今のラッシュを食らわないなんて、やっぱり報告にあったやつってのはお前であってたみたいだな。」
「そう、スーパーボールさ。ガキのおもちゃのスーパーボール。ただ、ちょっと細工はしてあるがな。」
シスヤが声を上げた。
「スギル様!服が……!!」
服?…確かにところどころ刃物で切られたような跡がある。あのスーパーボールか!?
「俺が使うこのスーパーボールだが、正しくは『バウンシーカッター』っていう名前でな」
「跳ねまわる間はカッターが飛び出し、当たったものをやたらめったら切り刻むのさ。」
まるで手品のようにバウンシーカッターを扱うリットウ。
「スーパーボールの不規則な動き、そしてそこから襲いかかる無数の刃…。確かに手ごわいですね。」
スギルの頬を汗が伝う。
「だろ?…まぁ切り刻むとはいってみたが、実は一個当たりはそれほどの威力じゃねぇんだ。なんたってカッターだからな。」
「ってことで察しがいいお前ならわかるだろうが…。」
「こういった狭い場所との相性は抜群なのさ!」
リットウは両手の指にはさんだバウンシーカッターを次々に投げつける!
「さぁまずは二十個!一分毎に十個づつ追加して行くぜ!どこで根を上げるかな!?」
先程よりも多く、そして先程よりも速いバウンシーカッターがスギルに襲いかかる。
小卯花は通路の側から動けないでいた。スギルを助けたい気持ちはもちろんあった。しかし、彼女の訓練された動体視力、運動能力をもってしても
あのバウンシーカッターを全て避け続けることは至難の技であったからだ。一撃あたりの威力は低くとも、あの速度だ。一発でも当たればリズムを崩され、そこから八つ裂きにされるであろう。
さっきからバウンシーカッターは通路にまでは飛んでこないのはリットウがそうなるように攻撃を仕掛けているということだろう。
拙者達はいつでも倒せるということなのか…。それともスギルを倒すことに集中したいのか…。
…正直ありがたいと思ってしまっている。私ではシスヤ殿を守りきれないかもしれない。小卯花は自分の無力さを痛感していた。
いや、今は自分のことではない、スギルのことが心配だ!
もう小卯花には祈ることしかできなかった。
どうかスギル殿!ご無事で…!
スギルは避けた。避けて避けて避けて避けて避けて避けて避けて………。
八分程経過した。
八分経過した時点でパニックに陥っている人物が二人いた。
まずは小卯花。
確か二分まではギリギリバウンシーカッターの軌跡を追えていた。
(避け切れる限界は一分の時点で終わっていたが)
しかしそれ以降は追い切れず、三分が経つ頃には完全に置いてきぼりになっていた。
そしてもう一人パニックに陥っている人物、それはバウンシーカッターを使っている張本人、リットウであった。
最初の印象は、『こいつ、弱くね?』だった。
俺もこうしてボスになる前は一般ワーウルフだった。しかし、一応ある程度の基礎的な武術、戦闘知識は収めていた。
力に物を言わして武器を振り回すだけのワーウルフ達とは違うと思っていた。
そして山賊として組織の中で実戦や経験を積んできた。
もちろん強い敵との戦いも数多にあった。全てに勝ったわけではない。負けても敵に捕まらないように、あるいは殺されないように立ちまわってきたのだ。
そういう戦闘経験から鑑みて、あのスギルという男は弱い。オーラというか、立ち振る舞いからして弱い。オーラだけでいうなら、よっぽどあの後ろの忍者娘の方が強く、
もしかしたら町の自警団の方がよっぽど苦戦するかもしれないと感じてしまう程にだ。
基本的に俺は謙虚で用心深い男だ。
俺が前に所属していた山賊団は勢力が強くなりすぎ、驕っていたところを軍隊により討伐された。だから俺はむやみやたらに勢力をのばさず、慎重にこの山賊団をやってきた。
そして、一か所を拠点とせず、場所を移動しつつ討伐されない程度の山賊としての略奪行為、悪行を重ね、また別の場所に移動する。これを繰り返してきた。
今まではうまくやってきた。そしてこれからも…そのつもりでいた。
だが俺はこいつを掴み切れなかった。
一体何が足りんかったんでしょうかねぇ~。
9分がたった。更に10個のバウンシーカッターが追加された。
スギルは変わらず避けている。
このバウンシーカッターはまったくの無秩序に動いているように見えるが、全て計算されつくした動きをしている。
直接相手を狙う物もあれば、敢えてフェイントを入れている物もある。あるいは判断を鈍らせるような動きを誘導するもの、
バウンシーカッターとバウンシーカッター自体をぶつけて敢えて不規則な動きを誘発するもの…。
とにかくあらゆる手段であらゆる方向から相手を攻撃し、判断力を削ぎ、体力をも削いでいく代物だ。
無論俺だってコイツを扱うのには相当の年月をかけた。20…いや、完全にコントロールするまでには30年はかかったかもしれない。
だから、そんな何も知らないただの人間が出会って10分そこらで読み切れるものでは
「2分」
え?
「2分もあればこの程度であれば見切れます。」
スギルはバウンシーカッターを避けながらも、まっすぐリットウの目を見ながら言った。
は?何言ってんだこいつ?二分?二分で見切ったっつったのか?
頭がおかしいんじゃねーかそんなのできるわけねぇだろ。
今までどんなに凄いやつでもそんな速く見切るなんて
スギルはまっすぐリットウの目を、まっすぐ見ていた。
いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや
俺だってコイツを、避けるのをマスターするだけでも15年はかかったんだ!
しかもこんな閉所でこんな密集していたら…とても…俺でも………。
リットウの額を汗が伝った。
そこで気が付いた。俺、すげぇ汗かいてる。しかもなんだこれ…心臓が異常にバクバクいってる。
俺は得体のしれない物に怯えているんだろう。
目の前の人間、いや目の前の物体に。
これはもう…人間じゃない。人間が出来る動きじゃない!人間じゃなければなんだ。あれはなんなんだ!
俺は人間であれば相手の事も多少はわかる!でもあれはもう…人間じゃな…ない…!
じゃあ俺はあそこにいる人間ではない、多分人間よりもはるかに恐ろしい何かにどう対処すればいいんだ。
人間以上のヤバい生物か…確かにいる。まぁ人間が束になればある程度対処出来てしまったりするが。
例えばデーモン。あるいはドラゴン。ワイバーンやゴーレム、ガーゴイルなんかもヤバい生物だろう。
あいつ等は確かに強い。俺一人なら確実に戦わない。山賊という性質上、これからもあまり相対することにはならないだろう。
しかしあいつ等はめったに巣から出てこないし、出てきてもあからさまに強そうだと生理的に思うだろう。
だが目の前のこれは違う。短い時間ではあるが、明らかに人間だ。町で普通に生きているであろう人間だ。
俺たちのような混血でもないだろう。亜種でもなければ…駄目だ、思いつかねぇ。
攻撃が始まってから10分たった。更にバウンシーカッターを追加する。
バウンシーカッターももうそれほど残っていない。こんなに使ったのは初めてだ。
こいつは2分で見切ったといった。
にもかかわらずあれから8分。何をしているんだ?コイツは。
ただ避けている…避けている?そのただ避けているのを8分も続けているのか?
何のために?何のために?意味がわからない。
避けることはできるが攻撃には転じられない?そういうことか?
それとも完全には見切れていない?だから俺を攻撃するチャンスを掴めないでいる?
2分で見切ったと宣言したのに?!あれから8分も経ったのに?!?!
ただのハッタリ?んなわけないだろ!あれから6分も避け続けているんだ!一発も食らわずにだ!!!!
とはいえ、流石にこの数を避け続けるのは体力的に無理だろう。
仮に体力バカだったとしても人間だ。生き物だ。なら確実に疲れは来るはず。
あるいは何らかの技とか魔法とかかもしれない。
いや、普通に考えて技とか魔法以外に決まってるだろ。他に何があんだよ。冷静になれ俺。
だが、もし、
もし
これが
身体能力だけで行っているものだとしたら―――――。
…狂っている。こいつは確実に。
こういう生き方をしていれば、狂った人間はそれ相応の数見てきた。薬に酒。女。金。博打。
学問や武術に狂った人間はそうだな…少しなら知っている。圧倒的に数は少ないが。
仲間にもそういうのに狂ったやつはいた。しかしそういうやつはやはりわかっちまう。外見が、話してみればもっと顕著に出てくる。
だが、スギル…といったか。こいつとの会話からはそういうのは出てこなかった。外見からもやはり普通の人間だ。
特にそういう狂い方をしていないのだろう。
狂っているという表現が間違っている?
だがこの縦横無尽四方八方自由自在に飛び回り襲いかかってくるバウンシーカッターを淡々と黙々と避け続けている現状は、
狂っているという言葉しか思いつかない。
狂った奴らの末路…。そう、狂った奴らの末路なんてのはわかりやすい。
そう、死…だ。狂った奴らはすべからく死んだ。狂い死んだ。
狂い狂って…狂って…死んだ。
じゃあこいつも死ぬのか?狂っているのなら死ぬのか?
死ぬ予兆はあるのか?
もちろんない。むしろさっきよりも動きがよくなっているようにすら見える。いや、実際良くなっている!!!!
随分とごちゃごちゃ考えちまった。戦いでは考えることは重要だ。相手が何を考え、何を狙っているのかが分かればそこを突いた戦い方が出来る。、
だから考えること自体は悪くネェ。だが、だが、動きに迷いを与えるような考え方はしちゃいけねぇ。ってかするな。
とりあえずアイツについて考えるのはここまでにする。さぁて…この狂った状況、どうにかしねぇとな…。
とにかく!とにかく今わかっていることは、このままバウンシーカッターを使い続けてもジリ貧濃厚ってことだ!
打って出るしかねぇ。向こうが仕掛けてこない以上、こっちの術中にはめてやるぜ。
つーわけで最初から全力!悪く思うなよ…。
そういうとリットウは鞘を持ち上げ、右手に構える。
左手は懐に。
そして勢いをつけてスギルに向かって走り出した!
…くる!奴の渾身の一撃が!
スギルは怒涛のバウンシーカッター嵐をいなしながらもリットウの動きを逃さなかった。
リットウは懐に入れた左手からさらなるバウンシーカッターを取り出し、そして今までとは違う軌道で投げつけた。
それはバウンシーカッターの動きに慣れたスギルは理解できたが、全くの意味不明な軌道を描いていた。
自分を狙ったものではない?じゃあ何のために?
特殊な軌道で投げつけられたバウンシーカッターは他のバウンシーカッター達とぶつかり合い、そして…。
全てのバウンシーカッターの動きが止まった。
「なっ…!」
スギルが驚いたのも無理はない。あの100をゆうに超える程のバウンシーカッターが一瞬で全て、動きを止めたのだ。
「驚いただろ?じゃあリズムを変えるぜ?」
短い時間。一瞬と言っていいだろう。だが確かにリットウがそういったのが聞こえた。
次の瞬間!
バウンシーカッターは狂ったようにはずみはじめたのだ。
あまりのことに一瞬反応が遅れたスギル。そのスキを突いてリットウが斬り込む!
狙いは首!急所を狙った正確な一撃!並の人間であればまず避けられないであろう一撃を上体を反らしてギリギリでかわす。
そして今度は体ごと後ろへ!体があった場所をバウンシーカッターが横切る。
二撃目が来る!返す刃で今度はダメージを与えるための攻撃!更に後ろに下がって避ける。
剣を構え、バウンシーカッターを叩き落とし、三撃目に備える。
「不意の一撃にも対応してくるか。最初から全力で正解だったわけだ。」
「今のバウンシーカッターはお前を狙っているわけじゃねぇ。」
「この空間にある全てをランダムに切り刻んでのんさ!!!」
やっぱりコイツにもスキはある。今のうちに全力を叩きこめば勝てる!
リットウは持てる全ての技とバウンシーカッターを駆使してスギルに凄まじい斬撃を浴びせ続ける。
スギルも堪らず木刀を駆使しての防戦。先程よりもかなり辛そうな顔をしている。
バウンシーカッターだけでなくリットウの的確で強烈な斬撃にも対応しているのだ。
さぁさぁさぁさぁ!!守っているだけじゃジリ貧だぞ!打って出てこい!今度はお前が苦しむ番だ!
小卯花は思い返す。拙者はどこからこの攻防についていけなくなったのだろう。
30個ぐらいまでは見えていた。40個になったらもう避け切るのは無理だなと感じた。
50個までは目で追えていた。それからは目で追うのも困難だった。
今はもうとてもじゃないが追えていない。
もちろんそれでも常人よりは対応できるだろう。だがその程度。
シスヤを横目で見る。
手を合わせて祈るようにスギルを見ている。
祈ったところで何がどうなるわけでもあるまい。そう毒づいてみたものの、小卯花も見守ることしかできない。
…いや、シスヤ殿を守ることもできるか。
数個であればバウンシーカッターをはたき落とすこともできるだろう。
しかしスギルの周りで跳躍し続けているあの数は流石に…。アレから守るとしたら、ダメージは覚悟しないといけないだろう。
だがバウンシーカッターは通路までは入ってこようとしない。
スギル殿がうまいことリットウを引きつけているからか、はたまた私達は眼中にない…か。
…スギルとリットウが刀を交えるようになってからまた幾分かが過ぎた。
スギル殿はもちろん凄いのだが、このリットウという山賊もまた強い。
バウンシーカッターだけかと思ったが、剣術もまた目を見張るものがある。
どこかの流派でしっかりと学んでいた時期もあったのではないだろうか。
…一応拙者の面目の為にいっておくと、拙者でもリットウを相手に遅れを取るとは思わない。
剣術は確かに強いが、拙者の刀の腕も大したものだ(ドヤッ。
問題のバウンシーカッターは確かにこの狭い空間においては無類の強さを誇るだろうが、そもそも攻撃をさせなければ良いという話だ。
初手に何個かは投げつけられるだろうが、それ以上のバウンシーカッターはまず出させない。
そのバウンシーカッターも、戦いながら破壊してしまえばよいのである。
そう!最初から攻勢に出てしまえば、ここまでの状況にはならない筈なのだ!
…では、何故スギル殿は防戦一方なのだろう…?
乱れ飛ぶ剣撃。ぶつかりあい弾ける火花。無限の軌道で襲いかかるバウンシーカッター。
バウンシーカッターはリットウによって更に軌道を変えている。
これ以上ない程の連続攻撃乱れ打ち!
だが!だが…!なぜ!なんで!!!
コイツは倒れねぇんだ!
バウンシーカッターで攻撃し始めてから10分。そこから剣での斬り合いで…何分だ?5分ぐらいか?
合計で15分。アイツは15分間休むことなく動き続けているわけだ。
俺はまだ5分だってのに…くそ!たかが5分で息があがっちまいそうだ!
だってのに、さっきより動きがよくなってねぇか!?もうこの攻撃のリズムにも慣れちまったってのか!?
やっぱり初撃の勢いで倒し切れなかった時点で…くそ!どうするどうする!?
実はこの時点でリットウにとって致命的な事態が発生していたのだが、目の前の異常事態に気が付かなかった。
気が付いたのは、それから2分程経ってからのことだった。
あれ?バウンシーカッターの数、減ってねぇか?
スギルが距離を取る。今までで初めての行動だ。
横目でバウンシーカッター達を見る。…減っている。確実に減っている!!!
半分?いやもっと減っているかもしれない。くそくそくそ!なんで気が付かなかったんだ!!!
…攻防の最中に壊された?あるいは…後ろの女共か!
いや、俺に気が付かれずに回収または破壊なんてできないだろう。回収された…?確かに魔法出来るだろう。
しかし出来たのならあれ程の数になる前に使っていただろう。タイミングが遅すぎる。
クナイや手裏剣で破壊した…なら、流石に気が付く。
ってことは…。
「バウンシーカッター、破れたりですね。」
言うと素早く腕を動かし、手で何かを掴んだ。その手には三つのバウンシーカッターが!
完全に見切ってやがる…。このバケモノめ。
「では、折角なのでお返ししましょう!」
どこに隠してあったのだろう皮の袋を取り出す。結構な重量の物が詰まっている。どうやらあそこに盗ったバウンシーカッターを入れていたらしい。
その袋の中に手を突っ込み…無造作に、力任せにバウンシーカッターを投げつけだした!
「お、おい!バ…!」
リットウは驚愕した。
驚いた理由は二つ。一つはいつの間にそんな袋パンパンになる程バウンシーカッターを取ったのか!というもの。
二つ目は、それを無造作に投げつけだしたことである。
バウンシーカッターはもちろん使い方や軌道の操作を間違えればとんでもないことになる。
もちろん自分が斬り裂かれることもあるし、今回でいえば後ろに隠れている仲間にも当たってしまうかもしれない。
そんなものを無造作に…!イカれてやがる!?!?!?
そんなことを考えている間にもスギルはどんどんバウンシーカッターを投げてゆく。
「これが最後の一個!」
そういうとスギルはバウンシーカッターを力任せに投げた。
そのバウンシーカッターは地面に当たり、、そして他のバウンシーカッター達とぶつかり―――――。
空間全てのバウンシーカッターが一直線にリットウを狙いだしたのだ!
「 」
リットウの思考は完全に停止した。
100を超えるバウンシーカッターが自分目がけて飛んでくるこの状況。
バウンシーカッターをこの短時間で完璧に攻略し、自分のものにしてしまったスギル。
そして飛来するバウンシーカッターが引き起こすであろうこれからの事象…。
避けられるだろうか?いや、無理だろう。この攻撃を俺は避けることはできない。
飛んでくる100をゆうに超えるバウンシーカッターは正確に俺の体を切り刻むだろう。
一つ一つの刃はそれほどではない。しかし、100を超える刃に全身を切り刻まれれば…。
…もし俺がもっと幼稚で、頭が悪ければ簡単に悲鳴を上げられただろう。もっと早く命乞いもできただろう
あぁ…もう刃が、刃が、刃が、あぁ、駄目だもう駄目だ、あぁ…俺は
俺はここで
■■■になって、死ぬんだ。
こうしてリットウは完全に気を失って倒れた。
リットウに迫るバウンシーカッター。しかし、それがリットウを切り裂くことはなかった。
直前にスギルは隠し持っていたバウンシーカッターを投げつけ、リットウに当たるハズだった全てのバウンシーカッターの動きを制御したのだ。
制御されたはバウンシーカッターは壁や天井を何度かバウンドした後、行儀よくスギルが手にする革袋に戻っていった。
「さて…これに懲りたらちゃんとお縄に…って、気絶しちゃってたか…。」
スギルが革袋の口を丁寧に縛りながらそういった。
A11
「スギル様!!お怪我はありませんか!?」
シスヤがスギルの元に駆け寄る。
「シスヤさんこそ大丈夫でしたか?」
スギルはニコニコしながらいった。
「さて…。とりあえずこれで山賊達は壊滅ってことかな…。」
小卯花はといえば、気絶しているリットウを縛りあげていた。
「ボスが倒されればこの盗賊団も瓦解するでござろう。」
「そうだね、でも捕まえた他の山賊とかはどうしよう…。」
「その点は私達に任せてほしい。」
広場の入口から突然男の声がした。
小卯花は警戒し、刀を構える。
「あぁ、すまない。安心してくれ。君達の敵じゃない。むしろ味方…になるかな。」
そういうと男、いや男たちは広場に入ってきた。
「俺たちはガーシーの町の自警団だ。そして俺はその自警団の団長をやっている。名前はピエーリ。」
「まず最初に二点程謝らせてくれ。実は君…スギル、と言ったかな。君の活躍を私達も後ろから見ていた。途中からだがな。」
「町の問題を引き受けてくれている訳だから加勢するのが道理だっただろう。すまない。」
「いえ、私は…困っている人は放っておけないので…。」
「そうか…優しいんだな君は。そして謝りたいこともう一点。この一見、私達自警団はまったく聞いていなかった。」
シスヤが驚いた。
「え、お父様ったら自警団のかたに何も言わなかったのですか!?」
ピエーリはため息をついた。
「そういうことだ。あの人の独断だったらしい。俺たちはシスヤ嬢がスギルについていったからとオーツ町長に泣きつかれたんだ。」
「お父様本当に…はぁ。」
シスヤもため息をついた。
「と、言う訳でオーツ町長の独断で本来やるべき仕事を君に背負わせてしまった。すまない。」
「そして、君はこの町を救ってくれた英雄だ。町民の一人として感謝したい。本当に有難う。」
頭を下げて感謝するピエーリ。つい恐縮してしまうスギル。
「話の途中でかたじけない。これからどうしたものでござろう?」
恐る恐る小卯花はいった。
「道中の山賊達は私達の仲間が捕らえている。今頃荷馬車にでも放りまれているだろう。」
「そして奴らが盗んだ物についてだが、食糧やら資材については返してもらう。」
「ただ君たちが使いたいもの…そうだな、武器や防具や魔法道具の類であれば持っていっても構わないよ。
君達の活躍だ。それぐらいしても許されるだろう。」
スギルは嬉しそうにいった。
「有難う御座います。是非活用させてもらいます」
ここに到るまでの道はピエーリに任せることにし、スギル達はリットウと戦った場所よりさらに深い部分に進んでいった。
ここから先は一本道。まだ進んだことのない場所だ。
と、思ったら分かれ道が急に現れた。どっちに行こう…?
まぁ結局どっちも行くつもりなのだけど。
「スギル殿。右の道から何か…声のようなものが聞こえるでござる。」
小卯花はいうと、シスヤも耳を澄ます。
「……泣き声、でしょうか?少なくともワーウルフの声ではありませんね。」
「誰かが捕まっているってことか。なら早く助けてあげないと!行こう!!」
右の道を進み出し、ほどなく声が聞こえた場所にたどり着いた。
洞窟の突きあたりに強引に鉄の棒を縦に設置し、簡易的な檻のようにした場所だった。
…奥でうずくまって寝ている少女がいた。
スギルは声をかけた。
「君!ワーウルフに捕まっているんだろ?もう大丈夫だよ、ワーウルフ達は僕達が倒したから」
少女はビクッと体を震わせ、寝むそうな顔でスギル達の方を見た。
「………あなた、だれ?私…あ、寝てたんだ。」
のびーをして…体を起こす。軽く準備運動を始めた。
どうやら少女はただの人間ではないらしく、いわゆる亜人…と言われる部類のものなのであろう。
人の耳に兎のような耳。猫のような耳。犬のような耳。なんかよくわからない耳の5種類と、
やっぱりこれ複数種類あるしっぽ。
手や足もみんみー!という声が聞こえてきそうなフォルムだ。
ワーウルフ達も亜人と言われる種類だろうが、なんだか色々混ざって、とても節操がない感じだ。
などと観察していると、亜人の少女はけだるそうな声でいった。
「ワーウルフ達…やられちゃったんだ。まぁいいんだけど。」
その様子を不思議に感じたのかシスヤが問いかける。
「あの…ワーウルフ達に捕まっていたのではないのですか?」
「うん…まぁ…捕まってたってのは間違いないけど、私も当てがなかったし別にどうでもよかったのよ。」
なんだかまるで他人事のように言い放つ。
「ん…じゃあ一通り自己紹介するね。私はスズカ。見たとおり亜人よ。歳は幼く見えるけど成人しているわ。
亜人っていってもワーウルフとかとはもちろん違うわ。ウサミミネコイヌっていう超珍しい混種。
だから見世物にされたり好事家に買われたりするの。私はそれが嫌だから元の居場所から逃げ出して、
一人旅していたの。その時にたまたま捕まったの。」
一通りしゃべると、また一拍おいて、
「良く聞かれるから自己紹介の内容決めてるの。」
呆気にとられているシスヤを横目に、スギルは尋ねた。
「もしかして君は自分の意思でここにいたの?」
「んー…。…まぁ旅をしてればこういうこともあるし。」
「ってか何か目標を持って旅をしてるわけじゃないからね。」
「んでもこれからはどうしようかなぁ。ここにいつまでもいる訳にも行かないし。フラフラしようかな。」
亜人のスズカは悩んでいるようだ。
「もしよかったらだけど…。」
スギルは何かを決めたようだ。
「もしよかったらだけど、俺と一緒に行かないか?」
「なに?もしかして責任感じちゃってる?」
「いやまぁ…君にとっては居心地のいい場所だったみたいだし…。」
「いいのよそんなこと。でも、アンタ面白いわね。私、結構気味悪がられるんだけど…。」
スギルは不思議そうな顔で
「そうかな?なんか色々ついてるけど、とても可愛いと思うよ。主に耳とか…。尻尾もいいね。」
「……初対面でそんなこと言われたの初めてだわ。」
少し驚いたようにスズカはいった。
「まぁ、私も行くところないし、別にいいよ。アンタが私をほしいっていうなら。私の気が変わらない間は一緒に居てあげる。」
少し照れたような顔をした。
「ありがとう!スズカちゃん!」
「なんだかあなたと話していると気が抜けるわ。…ところで、アンタの名前。まだ聞いてないわ。」
スギルはあ、忘れてたという顔をした後、いった。
「スギル。斎京 スギルっていうんだ。改めてよろしく!スズカちゃん!」
A12
新たにスズカちゃんを仲間に加えたスギル一行は道を戻り、分かれ道の反対側、
先程行かなかった左側の道を進みだした。
「それにしても結構な広さだね。」
スギルがシスヤに聞いた。
「お父様が世は大採掘時代!といって、採掘ブームにのっかって石炭だか鉱石だかを掘ろうとしていたらしいのですが、
あっという間にブームも終わり、そのままこのように放置されたようで…。」
「あぁ道理でこんなに整備というか…人の手が入っていたのか。」
シスヤの溜め息を背後に聞きながら道を進んでいくと…。
また行き止まりにたどり着いた。
「どうやらここが宝物庫のようでござるな。」
小卯花はスギルの後ろからひょこっと顔を出した。
目の前には確かに財宝…?のようなものが転がっている。
いや、これはどちらかと言えば…
「うーん…あんまりその…お宝っぽいものはないですね?」
シスヤも周りを見渡しながらいった。
「もう持ち出しちゃってるのかもよ?リットウは警戒心強い奴だったからさ。」
スズカも同じくキョロキョロしていた。
スギルはガラクタをいくらかどかし、一つの棺桶のような箱を見つけた。
いや、これはまさしく棺桶だ。人が丸々一人入ることが出来るだろう。
「これは重いな。」
「そうですね。よっこいしょ。」
見える位置に運び出す。埃が巻き上がる。随分長い間開けられていないようだ。
「どうするでござる?開けてみるでござるか?」
「一応中身気になるし、開けてみようか。」
スギルは蓋に手をやり、力を加えると…!
蓋は突然吹き飛んだ!そして箱の中からは目もくらむような光が溢れた。
それから光はほどなくしてやみ、光があった場所には一人の女性が立っていた。
その女性は細身で背が高く、しかし女性らしい場所はとても強調されていた。
そう、まるで物語で出てくるような男性をたぶらかし、誘惑するあの悪魔のようだ。
先に話出したのは向こうだった。
「貴方ね?私を起こしたのは?」
サキュバスのような女はスギルに近づく。シズヤはハッとなって叫んだ。
「スギル様!その女は危険です!」
「ふふ…。ごめんなさいね。寝起きで人を選んでいる余裕がないのよ?」
そういうとサキュバスのような女は更にスギルの顔に近づきそして…キスをした。
サキュバスを中心に魔法陣が広がり、スギル以外の人達は吹き飛ばされた。
「これは…いきなりキスとはなんとうらやま…いや、節操のない!いや、そうじゃなかったなんなんでござるか!?」
混乱状態の小卯花。
「禁忌魔法かと。魔法大学で教わったことがあります。普通の人間とか悪魔とかが使うとか。」
冷静を装っているがだいぶ混乱しているシスヤが返す。
「ですので、彼女はきっとサキュバスだと思います!」
「まぁその…いきなり節操なく接吻してくるような輩ですから、多分そうなのでござろう。ということはスギル殿は…!」
「何かの禁忌魔法を受けていると思われます。」
サキュバスの魔法陣は更に怪しい光を帯びてゆく。空間を魔力が渦巻き、何が起きているのかはわからないが何かヤバそう。
「止める方法はないでござるか!?」
「魔法の詠唱中断はできますが、禁忌魔法だと反動がどうなるか…!」
魔法の渦は更に強く、濃くなっていく。
「貴方に恨みはないの。でも私が活動するためには今は少しでも力がいるのよ…。」
光は頂点に達し、魔法陣もそれに共鳴していく。
「じゃあ貴方の力、全て貰い受けるわ!!!」
サキュバスのような女…いや、サキュバスは遂に禁忌魔法を発動したのだ!
しかし、魔法陣は発動しなかった。いや、発動はしたのだ。
ただ、反転した。
「え、何よこれ…!私のっ私のっ私の力が吸われている!?!?」
そう、サキュバスの禁忌魔法が反転現象を起こしたのだ。
「そんな…!こんなのありえない!ありえないわ!魔法反転!?禁忌魔法の反転なんて聞いたことが…!」
「いや、いや、力が…!力があああああいやあああああああああああああああああ!」
悲鳴を上げるサキュバス。光は先程の怪しい光からまるで虹のような光に変わっていた。
光はまばゆい程になり、そして収まった。
「こんな…こんな恥辱…。う…くぅぅぅぅ…!!!!」
10歳ぐらいの女の子がいた。羽が生えている。
まぁ言わずもがなだが、多分この女の子は…。
「サキュバス?」
「そうよ!あんたのせいで魔力すっからかんでこんな姿になっちゃったのよ!!!」
元おねぇさんサキュバスで現ロリサキュバスは泣きながら怒鳴った。
そしてわんわんと泣きだした。
「いきなりのことでサッパリ何が起きているのやら…。」
まだ混乱が続いている小卯花にシスヤが説明する。
「多分ですが、彼女はこの棺の中に封印されていたのでしょう。
そしてスギル様の手で封印が解除されたのをいいことに、禁忌魔法を使ってスギル様からエネルギーを得るつもりだったのでしょう。
しかし、その禁忌魔法がどうやら魔法反転を起こしてしまい、逆にスギル様にエネルギーを吸収されてしまった…と。」
「拙者その…魔法には全く詳しくないのですが…『魔法反転』というのはなんなんでござる?」
「字の如く、魔法の効果が逆転したり、使用者と対象者が逆転したりするのです。」
「そしてこの魔法反転というのは、攻撃する側と攻撃を受ける側の力量差が凄く開いている場合にごく稀に起こる現象と言われています。」
「それが起こったということでござるか?」
「結果だけ見るとおそらく…。しかし、この魔法反転が起きる程の力量差というのは大魔法使いと魔法使いの初心者ぐらいの差がないと起きないことですし、
特に禁忌魔法の反転なんて聞いたことがありません。」
スギルは特に変わったところもなく立ちつくしていた。しかしハッとなり、しゃがんでロリサキュバスの目線に合わせた。
「えっと…なんかごめん。」
「ごめんじゃないわよ!アンタなんなのよ!魔法反転!?ふざけないで私を誰だと思ってるの!?!?」
「えっと…サキュバスかな?」
「そんじょそこらのサキュバスじゃないわ!私はそりゃ七大陸戦争の時から…って違うわ!今はいいのよそんなこと!!!」
がなり立てるロリサキュバス。
「とにかく魔力返して。まーりょーくーーー!」
「いや…そんな魔力を返す?なんてやったことないし…。ってか魔法とかよくわかんないし。」
「何よそれ…。じゃあいいわ!私とけーやくしなさい。けーやく。それで勘弁してあげるわ!」
シスヤが不安そうに言った。
「スギル様。悪魔との契約は流石に危険です!どんな目にあうかわかったものじゃありません!!!」
「外野は黙ってて。これは私とアンタとの問題よ。」
スギルを睨みつけるロリサキュバス。
「どうなのよ!せ・き・に・ん!責任とってよね!」
「わかった!俺も男だ。その契約っていうので納得してくれるならするよ。」
サキュバスは内心ほくそ笑んでいた。
この契約の魔法は相手を自分のしもべとすることができるからだ。
しもべになったものは主人に対して絶対服従。体だろうが魔力だろうがなんだって渡してしまう。
さっきはきっと寝起きだったから体と魔法が鈍ってしまったのだろう。今度こそちゃんとこいつを私のしもべにしてやろう。
「ふふんっ!やっとわかったみたいね。じゃあもうちょっと視線下げなさい。」
スギルは更にしゃがむ。
「よっと…これぐらい?」
すかさずサキュバスはスギルの唇にキスをした。
「なんとまぁ不埒な!うらやま不埒な!ござるかね!?」
「契約の為とはいえ少しイラがきますね…。」
サキュバスのキスと共に魔法陣が展開。光が二人を包み込む。
魔法陣は時計回りに回転しながら光を増していく。
サキュバスは恥ずかしげもなくキスしている。今度こそちゃんとした魔法陣、始動も何もかも完璧よ!
さぁコイツに盗られた魔力もコイツの魔力もぜーんぶ丸ごといただ…え?
サキュバスはキスをやめ、魔法陣を見降ろした。
スギルは不思議そうにサキュバスを見つめていた。
魔法陣の回転が…止まっている!?おかしい。また失敗?カンペキに発動したはずなのに…。
魔法陣は今度は逆回転、反時計回りに回りだした。
「ちょ、ちょ、ちょっとなにこれ!何が起きてるのコレ!?
慌てるサキュバス。遠巻きから見ていたシスヤが気が付いた。
「契約魔法が反転してる…。そんな、そんなことって…。」
「反転!?契約魔法の反転なんて…そんなことありえるわけないじゃない!?」
そう、ありえないのだ。こと契約魔法においてなんて…!だから、だから、この状況は…
非常にヤバイ!
「いやぁ!いやあ!このままじゃ私…わたしぃ…」
反時計回りの魔法陣は先程と同じ虹色の光を発している。
サキュバスは魔法陣から逃げようともがきだした。しかし、魔法の力で魔法陣に戻されてしまう。
しかし魔法陣の光はどんどん強くなっていき部屋を覆い尽くして…消えた。
サキュバスは力なく地面にへたり込んでいる。先程となんら変わりがない。いや、元気は著しく失っているようだが。
スギルは何事もなかったのだが、なんだか良くないことをしてしまったかな…と困り顔だ。
「えっと…これで責任取れ…た?」
「………………。」
サキュバスは答えない。項垂れたままだ。
「あぁーその…ごめん!なんかその…魔法?がまた反転しちゃった…のかな?」
「…………。そう、また反転したわ…。」
シスヤがサキュバスを問い詰めるようにいった。
「さて、そろそろ教えてもらえませんか?どんな契約魔法を使ったんですか?」
「ギクッ」
目をそらしたサキュバスに更に詰め寄るシスヤ。
「悪魔が使う契約魔法なんて…ロクなものがないですよね?」
「えっと…まぁいいじゃない!ね?」
「しらばっくれようとしても無駄ですよ?」
「今の貴方の魔力程度なら、私の聖属性の魔法でイチコロですよ?」
「ひっ!」
ガタガタと震えだすサキュバス。流石に可哀想か。
「まぁまぁシスヤさん。そんな責めなくても。…とにかく、教えてもらえないかな?」
少しの沈黙のあと、小さい声でボソっといった。
「………主隷魔法…。」
「やっぱり!!そんな魔法使うなんて…信じられません!やっぱり今すぐ成敗するべきです!」
「主隷魔法…?それは一体どんな魔法なんですか?」
「主人と奴隷。すなわち契約した相手を奴隷にする魔法なんです。悪魔の使う契約魔法だから怪しいと思ったらやっぱり!」
「奴隷にされた相手は主人の言うがままなすがまま。解除する魔法とかもないハズです。とんでもない魔法です!」
ぷんぷんして怒るシスヤ。確かに相手の言うがままなんて怖い魔法だな。しかも解除方法もなし。禁忌魔法だからだろうか?
「でも、この魔法って反転したんだよな?ってことは…。」
サキュバスは自嘲したようにいった。
「そう…私がアンタの奴隷になっちゃったの…。どうぞよろしくお願いしますゴシュジンサマー」
「と、言う訳でワタクシ、ドラゴキング・サンライトフィールド・ガモウ。まぁガモちゃんとでも呼んで。
ゴシュジンサマのしもべになったのでしてー。」
「ガモちゃん…か。とりあえずこういうときってどうしたらいいんだろう。」
「まぁゴシュジンサマのお好きなように。もうだって私の意思なんて猫のウンチみたいなもんですから。はぁ。」
人生オワタ感バリバリのサキュバスことガモちゃん。なんだか知らんがとにかく不憫だ。いや、原因は俺なんだけど。
「そうだな…じゃあこうしよう!」
「この主隷魔法は俺が必ず…どうにかするよ!だから、ガモちゃんはそれまでの間、俺の仲間として一緒に旅をしよう!」
シスヤが驚いていった。
「力を失ったとはいえサキュバスと一緒に旅をするのは…流石に危険だと思います。」
「大丈夫よ。ってか何もできないわよ。主隷魔法ってのはそれぐらい強力な魔法よ。」
「そんなもの使おうとしていたのですか…。罰が落ちたのですね。」
「ぐぬぬ…、まぁ悪魔だもんそれぐらいするわよ。」
よっこらしょと立ちあがり、汚れをパンパンとはたき落とし、顔を上げ、スギルをまじまじと見ながら尋ねた。
「ところで…アンタは何者なの?」
A13
アジトの入り口まで戻ってきたスギル達。入り口は自警団であろう人達が十数人程おり、山賊達を牢屋付きの荷馬車に押し込んでいたり
山賊に奪われた食糧や財宝。その他雑貨等も運び出していた。
「おぉ!スギル殿。もうアジトの探索は終わりましたかな?」
仲間に指示を出していたピエーリがこちらに気が付き、声をかけてきた。
「はい。奥は財宝ぽい物はなくて、囚われてた亜人の女の子とガラクタがちょっとあったぐらいです。」
「そうだったか。我々も多少盗んでいった金貨は見つけたが、それ以外は…。
やはりもう持ち出されてしまったようだ。」
「君達も疲れたろう?この場所は我々が処理しておくから、先に町に帰るといい。
町長も…まぁ流石に反省しているだろう。」
シスヤもやれやれとした表情で
「私からもお灸をすえてやるつもりです。」
「ハハハ…程ほどにな。では、作業があるから私は失礼するよ。」
そういうとピエーリはまた数人の自警団と共にアジトの中に戻っていった。
A14
町に戻ってきたスギル達一行。さて本来であればこのまま町長の元に戻ればいいのだが、
何だろう?不思議な考えがスギルに降ってきた。
(今の仲間は4人…。もう一人ぐらいほしい気がする。でも、なんでだろう?)
そう、もう一人仲間がいた方がなんかいいんじゃないかって気がしてきた!!
周りを見渡す。ぐるーっと見渡す。魔法道具店だろうか?の店先に魔法使いっぽい格好の女の子が!
すかさず声をかけるスギル。
「えっと…君、魔法使いかな?」
赤い髪をツインテールに結んだ、歳の頃13,4歳ぐらいの、控えめな感じの女の子であった。スギルの方を振り向き、不思議そうな顔でいった。
「え、あ、はい。見習いですけど魔法使い…です。…あの、何か御用で」
その時女の子に電撃が走る!そう、スギルの眼光に射抜かれてしまったのだ!?
「きゅーーーーん!」
どんな声してきゅーーーーんっていうんだろう?
「唐突ですけど、仲間になってください。」
まぁともかくあっというまに心を射抜かれてしまった彼女にスギルの誘いを断る力はなかった。
こうして不思議な感覚に身を任せたスギルは5人目の仲間に魔法少女を迎えたのであった。
A15
「いやもう本当に反省している!!この通りだ!本当にすまなかった娘よ!」
「謝る相手が違うのではないですかお父様?私ではなくスギル様。ス・ギ・ル・様に謝るべきです。」
「いやもうスギル殿にも申し訳なかった!この通りだ!」
土下座せんばかりに頭を下げまくるオーツ町長。いやもう8割土下座だ。半刻ほどこうして怒られていた。
「あの…そろそろ許してあげてください、シスヤさん。」
「もう十分に反省しているのはわかったので…。」
へこへこと謝りっぱなしであったオーツ町長だが、ふと何かを思いついたようで頭を上げ、目を輝かせながらいった
「そ、そうだそうだ!折角だから今日はパーティーにしよう!料理はあのお店に頼んで…シスヤよ!お前も手伝っておくれ!」
いきなりの父親の提案に少し驚いたシスヤだったが、やれやれとため息をついていった。
「わかりました。反省は足りていないようですが、これ以上はスギルさんにも迷惑がかかってしまいますね。
ささやかですがパーティーの準備をしましょう。」
「スギル殿!我が町にはヤンニョムチキンという料理がありましてね。これが中々美味しいのですよ!是非食べて行ってくだされ!」
さっきまでの反省はどこへやら。満面の笑みを浮かべてオーツ町長は準備に取り掛かるのであった。
A16
こうして始まったささやかなパーティ。賑やかなパーティーとなったが、それも終わりに近づいていた。
「いやぁスギル殿の活躍は本当に目覚ましいものがありますな!やはり私の目に狂いはなかった!」
お酒が入っていることもあり、さっきよりも更に饒舌にオーツ町長はスギルを褒め称える。
「それにお仲間の方たちも…なんだか面白い!ワシも良くわからないがサキパス?イヌミミウサミミ亜人?ガハハハ!」
随分お酒は回っているようで…。
「あぁっとそうそういい忘れておった!今日は是非家に止まっていってください!部屋は結構余っているのですよ!ガハハハ!」
「え、でもそれだと…」
シスヤが割ってはいる。
「部屋の準備も整っています。もちろん仲間のみなさんの分も。今日は遠慮せず休んでいってください。」
「何から何まで…ありがとうございます。」
「なぁにをおっしゃいますかスギル殿!あなたは町の英雄!これぐらい朝飯前ですとも!」
「それに明日には首都に向けて出発なさるわけですからな!是非とも装備や道具、お金についても多少の工面はさせてくだされ!」
スギルは申し訳なさそうにいった。
「…なにからなにまですいません。しかし、本当に助かります。」
「いやいや私のちょっとした罪滅ぼしとでも思ってくだされ!」
部屋に戻ったスギルは備え付けてあった椅子を素通りし、ベッドにダイブ。ふぅーっと深いため息をつく。
…今日一日は色んな事があった。山賊に襲われたり、女の人を救ったり…。
流れとはいえそのまま山賊のアジトを攻略。なんやかんやで出来た新しい仲間達。
そして見たこともないような…魔法。亜人と言われる人間でも獣でもない…生き物。
向こうの世界で生きていたらとても味わえない経験を丸一日でたっぷりしてしまった。
ベッドに横たわり、天井を見上げる。
…俺って、本当にファンタジーの世界に迷い込んじゃったんだな…。
そして目を閉じる。別に今すぐ寝ようってわけじゃないが、少しぐらいこういう時間も欲しい。感傷に浸るってやつ?
さて、明日は…首都に向かうんだっけ…?
パーティー会場でのオーツ町長との会話を思い出した。
確か…首都の大学にいるエライ先生方であれば、俺の身に起きたことが分かるかもしれない…だっけ。
オーツ町長は優しい人であったが、いい加減なところもあるようで、ちょっと心配だ。とはいえ、
今の俺にいくあてもない。ここは一つ…行って…みるか…ってか本当に眠くなってきた…。
仰向けのまま手を伸ばして布団を探す。ふと、柔らかい何かを握った。握った?
「ひゃん!もうご主人様ったらいきなり胸を触るなんて…!サキュバスだからっていっても逮捕しちゃうぞ☆ミ」
「うおおおおおおおい!」
飛び起きるスギル。部屋にはいつの間にいたのかガモーがいた。
「いやほんとゴメ…っていつの間に部屋にいたの?!俺が入った時居なかったよね!」
「そりゃサキュバスだもの。存在を薄くする魔法とか使えるんだウサニャンワン!」
いつの間にか変な語尾をつけるようになっていたスズカもスギルのベッドにもぐりこんでいた。
「こら!ちょっと…語尾も気になるけど、とにかく女の子が男の部屋にいるのはヤバイって」
部屋の扉がこういう時にかぎって開いた。
「スギル殿!ちょっとお話が…ってスギル殿!?!?!?こんな夜更けに部屋に女の子で何をござるござる…!」
「スギルさん流石に…不潔なのです…///」
部屋を訪れたのは。小卯花と魔法少女。そして…
「スーギールーさーん?年端もいかない女の子たちに何をしようと?」
髪が逆立っているシスヤ。
「え、いや二人の年齢はそこそこ…ってそうじゃない!いやこれは誤解なんだ!!頼む話を…ってうわああああ!」
ここからどたばたの王道ラブコメ劇が始まるが、残念だが筆者にそれを描写する能力はない。
そう、一言で言ってしまえば実力不足だ。乳房にパイたーっち!なんて描写恥ずかしすぎる。スギルだけに。
きっと経験豊富な読者のほうがよりこの状況をおもしろおかしくできるのではないだろうか?
それに読者それぞれの脳内展開であれば、あのキャラだけ不遇!許せない!なんてことも起きないわけで。
というわけで夜中のラブコメ劇は読者の脳内を使うことで著しくカットすることに成功したのであった。
A17
こうして時は過ぎ、夜を越えてそろそろ日が昇るぐらいの時間であろうか。空が段々と白み始めている。
「ふわぁぁぁ…ねっむいなぁ。いつものこととはいえこの時間は眠い。」
「サボるんじゃないぞ…っていってもまぁ眠くもなるよな。俺も眠い。」
ここはガーシーの町の東の入り口。彼らは自警団で、今は町の門番の任についていた。
彼ら二人は当番制で深夜から朝にかけてを任されている。
二人ともまだ若く、しかも同期ということもあって危険度の高いことはあまり任せて貰えない立場であった。
主な任務は門番であったり町の見回りであったり、現代でいうところの交番の駐在さん的なポジションであった。
「あー…若いってのにこんな所で人生を無駄にしちまっていいもんかねぇ…。俺も山賊とかをバシッと倒して一旗揚げたりしたいもんだなぁ…」
「何言ってんだ。山賊とか盗賊とか…魔物とだってヤリあうとなったら命のやり取りにもなりかねねぇぞ。
お前みたいな剣術も魔術もろくすっぽ出来ねぇ奴なんざ、大ケガじゃ済まないぞ。」
「なんだぁ?じゃあお前は剣も魔法もできるってのか…?できねぇだろうが。
…ま、身分相応の暮らしってやつになっちまうのかね?」
「そういうことだ…。さて、そろそろ日が昇るか。そしたら交代だ。」
そう、また日は昇るのだ。
しかし、どうやら今日はいつもと同じ日ではないようだ。
地平線から登る日を見つめていた自警団の一人がいった。
「なんか…太陽の色、ちがわねぇか?」
「太陽の…色?んなわけねぇだろ。あれか?目でもおかしくなっちまったか?」
目をこすって太陽を見つめ直す。やっぱりおかしい。
「やっぱりおかしいって…。お前も見てみろって」
「んーーーー…。うん、確かになんか…変な…。なんか紫っぽい、いやこれは紫色だな。」
―――紫の太陽に気をつけろ。それが災厄の始まりだ―――
「あん?なんかいったか?」
「紫の太陽だよ。お前だって知ってんだろ?」
「そりゃ知ってるよ。『五大災厄』だろ?学校でも習うじゃねーか。確か一説目がそんな感じのが書いてあんだよな。」
「でも五大災厄ってあれだろ?大昔の話だろ?そんなお伽噺に出てくるようなことが起きてるってのか?流石にありえねぇゼ。」
「そりゃ俺だってありえねぇって思ってるよ。でも、だけどよ…あの巨大な、禍々しい太陽はそうとしか思えねぇだろ…!」
太陽は完全に地平線から顔を出していた。その姿はいつもより数倍の大きさで、禍々しい紫色であった。
一陣の風が吹いた。
不吉を孕んだその風は大地を駆け、草原を駆け、森を、川を、山を駆け、自警団の二人を。そして町を駆け抜けた。
二人は先程も述べたようにまだ若く、もちろん実戦経験も少ない。
そんな実戦経験の少ない彼らであったとしてもわかる程の邪悪。
体が強張る。胸が締め付けられるようだ。眠気なんて一瞬で吹き飛んだ。体の芯が凍ってしまったみたいだ。
槍を持つ手も震える。足もガクガクと震える。クソ!まだ魔物が出たわけでもないってのになんて情けない!なんてザマだ!
これが…魔物達が持っている本来の力…なのか。
空気を大きく吸って、吐く。吸って、吐く。吸って…吐く。だいぶ落ち着いた。
なんだかわからねぇけどとにかくヤバい!何が起きるかわからないが、とにかくこれほど不吉なことはねぇ!
「俺は詰所に戻ってこの事報告してくる!お前は…一人で大丈夫か?」
もう一人の自警団員は汗をぬぐいながらいった。
「バカ野郎、大丈夫にきまってんだろ!やっと俺にも名を馳せるチャンスが来たってもんだ!
鬼だろうが蛇だろうが、何が来たってここは通さねぇよ!だから行け!早く仲間にこのこと伝えろ!」
声とは裏腹に槍を持つ手は震えている。そりゃそうだ。俺も同じだ。
わかっているさ、仕事だもんな。わかっているとも。町を護るためだ。
…死ぬなよ。
自警団員は槍をしっかり握りしめ、詰所に向けて走り出した。
スギルが異変に気が付いたのはそれから少し経ってからだった。
ドーーーーーーーーーーーーーーン!
凄まじい音と共に少し遅れて衝撃!部屋の窓ガラスが軋んで悲鳴を上げる。
「な、なんだぁ!?地震!?」
言ってから思う。流石にそりゃないかと。でも…なんだこの衝撃?地震じゃなかったら火山か?
窓の外…はなんか変な色の空だ。異世界の朝焼けってこんな色なのか?
紫色の空はまぁありえるかもしれんが、なんか不気味な…。
窓に近づいて外を確認するスギル。空に浮かぶのは…禍々しい太陽。
周りの家の人達も窓から顔を出して空を見ている。
下を見ると自警団だろうか?武装した男達が走り回っている。
オーツ町長とピエーリさんもいた。話しているようだが遠くからでよくわからない。深刻そうだ。
スギルは急いでベッドから降り、さっと着替える。ドアの向こうから声が聞こえる。仲間達もこの状況に気が付いたのだろうか?
ドアを出たところで階段を下っていくシスヤの姿が見えた。それを追いかけるように玄関へ。
外はさっきより人が増えている。異常に気が付いた人達だろうか。自警団に尋ねたり、空を眺めたりと皆不安そうな顔をしている。
…やはり異世界の朝焼けもこんな色ではないらしい。
先に出て行ったシスヤはどこにいったのだろうか?いや、今は先に町長に話を聞こう!
場所は大体わかる。窓から確認しておいてよかった。急ごう!
小走りで道を歩いていく。住民たちの姿は先程よりも多くなっていた。やはり混乱しているようだ。
「何が起きてんだ!クソッ!町長はどこいったんだ!」
「もう駄目だ…おしまいだ…誰かたすけてぇええぇぇぇ…。」
「終わりの始まりじゃ!終わりの始まりなんじゃああああああ!!!!」
何か叫び声を上げている人もいるし、自警団だろうか?頭を抱えうずくまって何かをブツブツいってる人もいる。
かなりヤバい状況だ…。自然とスギルの足は早くなっていた。
「南門はどうなっている!?」
「ダメです!魔物が多すぎてとても…。町に侵入されるのも時間の問題です!」
「南も駄目…か。四方おさえられたか。」
ピーエリは団員達、そして駆けつけたオーツ町長と話をしていた。
「…ということは、この町からは逃げられないということか…。」
オーツ町長は深い溜息をついた。顔には絶望が浮かんでいる。周りにいる団員達もへたり込んだ。
スギルがオーツ町長とピーエリに駆け寄る。
「一体何があったんですか!?オーツ町長!ピーエリさん!」
オーツ町長が答える。
「…スギル君か。いやはや…困ったことが起きましてな…。」
「この紫色の太陽が関わることなんでしょうか?」
「そうです。いや、多分そうだろうという憶測なのですがね。」
そういうとオーツ町長はまた深いため息をついた。
ピーエリが代わりに話す。
「スギル君は『五大災厄』というのは知っているかな?」
「五大…災厄…?」
「そうだ。この五大災厄というのは、遥か昔に起きた世界を揺るがすような事件の一つで、
大量の魔物が現れて生あるもの全てを破壊つくしたと言われているんだ。」
「………。」
「その時のことを記した伝承があるんだが、その中に五大災厄が始まる時には紫の太陽が昇る…っていう
記述があるんだ。」
「…それが今の状況ってことですか?」
「オーツ町長が言った通り、あくまでまだ憶測の域をでない話だ。大昔の伝承以来、五大災厄は一度も起きていないしな。
だが、町の外いたるところに沸いた大量の魔物達。そしてあの禍々しい邪悪な太陽。…伝承の通りとしか思えないってところさ。」
「災厄を止める方法は…」
オーツ町長が代わって答える。
「我々に伝わっている伝承には書いてないのです…。太陽の色が戻ると共に魔物達は消え去ったという話なのですが…。」
「首都のお偉い大学教授であれば何かわかるかもしれませんが。この状況では確認のしようもないでしょうな…。」
状況は絶望的…。だからここまで来る間の兵士達の指揮が低かったのか…。
その時、別の団員が三人の元に駆けてきた。
「町長!ピーエリ様!山の方を見てください!!!」
三人は弾かれたように視線を上げ、山に向ける。あの山は山賊達のアジトになっていた山だろう。
何か黒い雲のようなものが…。いや!!!あれは!!!!
「魔物だ…凄い量の魔物だ…!!!」
町長は悲鳴に近い声でいった。ピーエリがへたり込んでいた自警団員に大声で言った。
「お前ら!座りこんでいても状況は良くならないぞ!集会所の地下に町民を避難させろ!
入りきらない分は教会や貯蔵庫でもいい!とにかく隠れるんだ!!!!」
兵士達が弾かれたように動き出す。
「どうか…どうか町民が隠れるまで動かないでいてくれよ…!町長、私も避難誘導に出ます!」
言うや否やピーエリも他の団員と共に広場から駆けだしていった。
「町長!何か…何か俺に出来ることはないですか?!」
すっかり心神喪失状態の町長に問いかけるスギル。
「何か…何かってもう…もう…」
その言葉を最後に町長はブツブツと独り言を言いだしてしまった。
クソッ!あの山をも覆い尽くさんばかりの魔物達に襲われたら…!町なんてひとたまりもない!
隠れたところで多分…。
ピエーリが去っていった方を見る。それでも何かせずにはいられないんだ…!
もう一度町長に向かった。
「町長!!何でもいいんです!この状況を打開できる方法はないんですか!」
「ある…あるかもしれん…。いや、アレなら!アレならどうにか出来るかもしれん!!!」
町長は突然立ち上がり、つまずきながら家に向かって走り出した。
家中をドスンドスンと走り回る音が響き、何かをひっくり返す音。つづいて陶磁器だかガラス製品だかが割れる音がした。
少しの沈黙。そしてまたドスンドスンという音と共に玄関から転がり落ちるようにこっちに向かって走ってきた。
腕には大事そうに剣を抱えていた。
「ス、スギル殿!これを!」
町長はスギルに剣を手渡す。結構な装飾が施されている剣だ。柄の装飾もさることながら、鍔・鞘にも綺麗な刺繍や宝石が散りばめられている。
見た目だけでも結構な値が張るだろう。…いや、今はその凄い綺麗!とかじゃなくて!
「えっと…随分豪華な剣…ですね。凄そうな外見ですが…。」
スギルが不思議そうに尋ねると、町長は思いつめたような顔をした。
「ただの剣じゃないのですよそれは。我が家系に伝わる剣でしてな。遥か昔、勇者が使った剣だと言われています。」
「勇者の…剣…。」
「そう!『完全勝利約束剣エクスカリハー』と言われているのです!」
A18
「じゃあこの剣があれば…!」
「いえ…その…一応魔法が宿った剣ではあるのですが…それがどのような物なのかは未知数なのです!」
町長は絞り出すような声でいった。
「でも…もう今はその剣に賭けるしかないのです!神の使いかもしれないスギル殿に賭けるしかないのです!
情けない町長と罵倒していただいても結構です!!お願いしますスギル殿!その剣とその力で!この町を御救いください!!!!」
スギルは剣をまっすぐ前に持ち、黙って剣の柄を手に取る。
目を閉じ、心を落ち着かせ、剣の声に耳を傾ける。
人々の騒ぐ声が消え、雑音が消え、足音も消え、風音も消え、魔物達の唸り声も消え、周囲の人間も消える。世界はスギルと剣だけになった。
他には何もない無の世界で、スギルは手を伸ばし、剣に触れる。そして確信する。やはりこの剣は…!
「ス…ル殿!…ギル殿!どうされたのですか!」
オーツ町長は戸惑ったようにスギルの肩を揺さぶっていた。
「あ、いいえすいません。もう大丈夫です。」
スギルはちょっと申し訳なさそうな顔をしたあと、笑顔で
「もう大丈夫です。この剣があれば大丈夫です。任せてください町長!」
キョロキョロと周りを見渡し、町長の屋敷の屋根に目をつけたスギルは一気に跳躍して屋根に飛び移る。
「ス、スギル殿ぉ!!何をなさるんですかぁー!!」
町長が血相をかいて大声で叫んだ。自衛団の人達も釣られてスギルを見つめる。
「一撃で…終わらせます!」
A19
腰に剣を添える。鞘に手をあて、柄を改めて掴む。
柄を通じて何か…多分この感覚は魔力…を刀身に送り込む。
魔法を使ったことはもちろん無いから初めての感覚。
なのにとてもスムーズに、まるで今まで当たり前のようにやってきたかのように行える。
まだだ…まだ足りない…!もっと強く!鋭く!
鞘の中で渦巻く魔力。集めた魔力を更に練り込む。
鞘から剣を少しずつ抜いていく。まばゆいばかりの光が辺りを照らす。
「こ…これは…!」「なんと神々しい!」
自警団達は口々に騒ぎたてる。
剣が完全に鞘から抜かれた。更に光が増し、魔力が風となって周囲に吹き荒む。
柄を両手でしっかりと握る。まだまだまだ!まだ力が足りない!
「ハアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!」
スギルが更に力を込める。剣はそれに答えるように更に明るさを増す。それはもうまるで
「まるで…太陽のようですな!」
剣はまだまだ光を増していく。もうそれは例えるなら小さな太陽の如き!
全てを焼き尽くす程の光を放ち、実際にちょっと周りの家も焼けているような…?
「ハアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!」
まだまだ力を込める!中くらいの太陽かな?魔力の風は嵐のようになっていた。
「やはり…!やはり…!スギル殿は真の英雄!神の使…うわああああああああ」
魔力の嵐に村長が飛ばされ、自警団員も飛ばされる。
「この一撃で決める!!!!!くらえ!!!!!!!!!!!!」
スギルは大きな太陽になったその剣を頭上高く振り上げ、一気に山に向けて放った!!!!!
「完全勝利約束剣!エクスカリハー!!!!!!!!!!!!!!!!」
スギルを中心に光の爆発が起きた。世界は光に飲み込まれた―――――
A20
「なんだろう?なんでしょうね?」
オーツ町長がスギルに話かけている。
町長の服は破れ、ところどころ怪我をしているようにも見える。
「なんかちょっと…なんだろ?違いません?」
「確かに私はその…魔物をね?倒してほしかったんです。五大災厄の件もあったし、ってか私町長ですからね?」
「それで魔物はまぁ多分…いやもうこの状況ですから全て倒したのでしょう。太陽も元の色に戻りましたしね。」
そう、スギルの攻撃は凄かった。スギルを中心に発生した攻撃、光の爆発は周囲数キロかそれ以上。全てのモンスターを焼き払ったのだ。
「でもね、なんだろ…。なんだろ。その…町。町がね?無いんですよ?」
「ないですね。」
「そうなんだよー無いんだよ。町が!なんでかな?無いんですよ町が。消えちゃった。」
スギルと町長の前に広がるのは燃えた大地であった。草一本たりとも生えていない。
火事にしてはあまりにも何も残っていない。綺麗サッパリ消えていた。山火事だってもう少し燃えかすが残るだろうに。
「なんだろ…私がね。求めていたのはさ、魔物だけを消しさる…まぁご都合主義かもしれないよ?
でもさ、魔物を倒してほしかったんだよ。それはわかるだろ?」
「魔物は倒しました。」
「あぁー倒した。倒したよーだって魔物いないもの。まぁ君のやり方だと人間も消えちゃうけどね?」
「まぁ多少その…町に被害が出たとしてもだ。そんなこんな町が吹き飛んじゃうようなのはさ、流石にやりすぎじゃないかな?」
「その…まぁわかるよ?まだ力の使い方がまだ未熟だった…みたいな?そういうのだろうきっと。
そりゃまだこの世界にきて浅い…んだもんね。しょうがないってのはわかるよ。」
「いえ、結構いい感じでした。」
「だったらほら君なおさら力をコントロールしてさ。抑えるようなことしないと駄目だろ?加減が出来るというのならさ!?」
「だってきみさ、この…周りの惨状みてよ?もうなんだろ、地図を書き変えないとってやつだよ。町がなくなっちゃったんだもの!」
「いや町を消し去るなんてもんじゃないよ!あの山!魔物が出てた山があったところが過去形になっちゃったよ。だってもう山、無いもの。」
「山がなんかでかい穴になっちゃったよ!?そこまでする必要あった?!」
スギルの攻撃は山を直撃し、山を粉々にし、あまりある力は山があった場所を巨大なクレーターにかえてしまったのだ。
「五大災厄。」
「んんんんそれはまぁそうなんだけどさ、でもなんだろ…やり方!そうやり方ってのがあるじゃん?
そんなもう力任せの一撃で山一つ崩壊させたりさ、町を消滅させたり…やっぱそれなんかおかしいっつーか…」
「いや他に方法がね、思いつかなかったのも事実なんだよ。でもなんだろ…なんかこううまいこと自分の中で
折り合いがつかないんだよ。つかない気持ちわからないかな?」
「?」
「だろうね。全力だったもんねあの一撃ね。周りをまったく気にしてなかったもんね。」
「私からしたらね、もう君の方がよっぽどの災厄だったよ。守るべき人々に守るべき町。
守るべき土地!ぜーーーーーーんぶなくなっちゃった。何にもないんだよ私は…」
「これだったらもうね、私にとってはだけどね、私にとってはだけどね、
もう魔物達に荒らされてたほうがナンボかましだったんじゃないかと…思う…んだよね…。ハハハ」
膝をついてへたりこむ町長。
「ところで…」
話を聞いていたスギルが町長に話かける。
「山賊達を倒した報酬をください。」
「あ、ほしい?報酬?凄い精神だね君は。こんな…もう山賊とかもうそういう次元じゃないけど。
まぁ君には関係ないか。まぁそうだね。報酬だっけ?君の一撃で私の持物も家も町も何もかも消し飛んじゃったからね。」
「もう何もないけど…。あ、これは結婚した時に妻から貰ったペンダントが」
「それでいいです。」
「え…いや、あ、もってっちゃうんだ。あ、取られた。まぁもういいよ。持っていきなよ。
冥土の土産ってやつだよ。物理的な。血も涙もない人ってのはこういう人をいうんだろうな…。」
「君はその…私はどうしたらいいと思う?また町を作り直すか…いやまぁ何年かかるかわからないけどさ、
あるいは諦めて…諦めてどこにいけばいいんだろうね私は。」
「?」
「またそれだね。もうホントきみは何だろうね。神の使い…神の使いってなんだろうね。
神ってまさか邪神とかじゃないよね?」
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「では、私達はそろそろ首都に向かおうかと思います。」
スギル達は仲間達に合図を送る。
「スギル殿…なんだか随分と身軽になってしまったでござるな。」
小卯花が少し疑問そうに尋ねる。
「首都までは港を経由しなきゃダメワンニャンピョン。でも港まではそう遠くないからこのままでも大丈夫ニャンピョンワン」
スズカが昨日と変わらない様子で答える。
「んじゃ、このまま行きましょうよゴシュジンサマ。こんなところに居てもしょうがないし、早く移動しましょ。」
ガモーも適当に答える。
「こんなとこ、こんなとこ、こんなとこ、こんな…こんなとこにしたのはその君たちのその…その人なんじゃないのかね?」
「ってもう行くんだ…。ってかなんか君達仲間の数減ってない?なんか五人ぐらいいた気がするけど。あれ?ウチの娘居なくない?
ねぇなんか仲間の人数」
「よし!出発だ!皆行くぞ!」
新しい世界、新しい仲間。新しい冒険!スギルは新たな予感に胸をときめかせていた。
こうして4人は力強く新天地を目指し、歩み出したのであった!!
「おい話聞けって!おいウチの娘どうしたんだよ!答えろこのピーーーー(自主規制)野郎!ピーーーー(自主規制)!!!!
俺の町はどうするんだよ俺の故郷…俺の…俺の…ううううううううぅぅぅぅ!!!!!!
畜生…!チクショオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!」
オーツ元町長の嗚咽だけが響いていた。
ちなみに、スギルが作ってしまった山の跡地に出来た大穴は、のちにワビ湖という名前になるのだが、
それはまた別の話である。
完
A22