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黒穢玄龍と言う男


 戸渡が振り向いたその時には、ヨシキの巨体が床に転がり、少女の目の前には、一人の男が立っていた。

 彼は後に述懐している。


『驚きましたよ。ええ。今までね、正義の味方何てもンは欠片も怖くなかったんですけどね。なにせ、警察を見ればわかる通り、正義は不自由だから』

 しかし、その男は違った。

『――認識を改めました。あれほど怖い正義ってもんを、見たことがない。

 たとえ法律を越えても履行されようとする正義は、見たことが……ない』


 ビジネススーツに身を包んでいた。

 さらさらの髪の毛と、申し分ない程度に整った顔立ちの、何処か幼げにすら映る一人の男だった。

 なんだてめえ、と、ヨシキが立ち上がろうとした。しかしズボンが半脱げであったのが問題だ。

 立ち上がるのにもたつき、腰が浮いたその刹那に、素早く駆けた男の鉄槌の様な踏み下ろしがボクサーパンツに包まれた陰部を潰した。恥骨が砕け、たこのように口をすぼめて吼えるヨシキの股間から失禁が成された。


「て、テメェ……」


 戸渡は胸ポケットに手を突っ込んだがしかし、拳銃は無い。先程部屋の隅の椅子に置いて、それっきりだった。

 しかし取りに行く素振りでも見せてみろ。まるでこの獣のような身のこなしの男に即座に仕留められるのが眼に見えているのだ。


 戸渡は両手の平を開き顔をガードするように前に出して、深く息を吐きながら足でリズムを取りはじめた。


「ムエタイか」


 スーツの男も、ジャケットを脱ぎ、腰を低くし、両手を獣のあぎとのごとくに上下に開いて構えた。天地上下。空手に於いて尤も理想的な呼吸を保てるとされる、大きな構えである。


「空手か」

「違うな、それは原点に過ぎない」

「真面目なんだな、わざわざ答えるなんて。俺もそんな風な時期があった気がするよ。格闘技をやってりゃ誰しも一度は夢見る、武骨な格闘青年だな」

「――」

「どうやってここへやってきた?」


 戸渡の構えは、咄嗟にとった様なものであっても完璧であった。

 そしてスーツの男の構えも、シンプルながら鉄球めいた美しさをたたえる、錬武を覗かせるものだった。


「裏口からお邪魔した。下にいたものたちも皆、寝ているよ」

「バカを抜かすな。裏まで包囲網が敷かれている筈だぜ。

 警察が通すわきゃあねえよ。それによしんば包囲網を掻い潜れたとして、お前になんのメリットがある? 正義じゃ腹は膨れまい。まさか本当に義侠心の為だけに来たのか?」


 ずず、と、距離が縮まっていく。


「答えろよ」


「お前が一番善く知っているだろう。

天中の出資による、『無制限殺陣試合』を阻止するために、唯一の隠し子を誘拐したお前なら」

「――」


「助ければ出場権をやると言われたからここへ来た。警察関係者も事情は知っていたんだろう、あっさりとおしてくれたよ。

 次はこちらが質問する番だ。一体全体誰の依頼でこんな真似をしでかした? ――誰の後ろ楯があってあのような腐れた真似ができる?」


怒気が膨れた。


 天中家――。

 平成の世とあっては既に解体されている旧日本財閥の中でも、寄りすぐりに巨大な財を持つ家系。

 それが主催する。

『世紀に一度の』

『銃器・火砲の類いを除き、一切の制限が無い』

『殺し合いの宴』


 それを阻止するために、戸渡とヨシキをはじめとする数人はその隠し子を誘拐し、開催中止を迫っていたのだ。

 しかし、まさかこんな形でもくろみが外れようとは。


「あれは……俺も、本意じゃなかった。

 止めようと思ってたさ、そろそろ。でも全ての命脈がたたれちまったら、人間にできることなんか、八つ当たりぐらいしか、無いだろう」


「『それしかない』は逃げだ」


「お前みたいな強いやつなら、そう言えるんだろうけどな。――話も尽きたか。さあ、格闘家らしく――」


 一刀両断。



「貴様に闘技者を名乗る資格無しッ」


 それがゴングだった。諦めたような苦笑の直後、滑るように運足した戸渡の右足が――消えた。と思ったその時には男のスラックスに包まれた脛を、鋭いローキックが捉えていた。

 まるでむち打ちさながらの甲高い音である。続いてミドル、ハイと、流れるような蹴りのコンビネーションがジャブのような速さで打ち据えた。

 牽制の左拳を男が放ったその時には、深く身を沈めた戸渡の肘の一閃が横に顎を弾いていた。

(体を横に動かして芯を食うのは避けたか――! だが、確実に脳は揺れた筈だぜ!)


「俺はプロはってたこともあるぜ。

 ちょいと侮りが過ぎたな、スーパーマンッ!!」

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