プロローグ②
発狂寸前とばかりにわめきたてる仲間を、羽交い締めにして必死に窓から遠ざける男がいた。
廃ビルの最中、たった今警官を一人殺害せしめた無慈悲なる銃撃の主は、全身に汗をかいて、畜生としきりに呟き続けていた。
「おかっ、おかしい、だろうが。え? ガキを捕まえてまだ半日経ってねえんだぞッ!? 何でこんなに早く警察が動いてやがんだよォッ!!」
両者は揉み合う。
「いいから落ち着けバカ野郎ッ! ノリで人殺しやがって、余計に逃げづらくなったの解ってんのか! どういう相手か理解した上で俺たちはこれをやったんじゃねえのか、ヨシキ!」
「うるせェーーーーーッ! どっちにしろもう終わりじゃあねえかァーッ!
突入も時間の問題だァー! こうなったら一人でも百人でもぶっ殺してやるァーーーーー!!」
暴れるのは、古ぼけた革ジャンを纏った、坊主頭の男だった。偉く大柄で、エネルギイに溢れた眼をする。
それを、芥子色のスーツを纏ってあごひげを蓄えた、これまた屈強な男が、必死に押さえている。
しかし、手に余る様だった。ヨシキと呼ばれた男は、体の割には繊細で、予想外の出来事に弱い。そうなると攻撃性が増して、八つ当たりのように人を殺すこともしてしまう。
戸渡は、そんな彼の気性を知り尽くしていたし、相反して、大抵の事ではぶれぬ胆力もあった。
しかし、今回はその彼をして、ヨシキにあてられいささか平静を失いかけているのが、現実だった。
「あの『天中』家の隠し子だ。俺達の予想が甘かったんだよ、サラって終わりだなんて、考えたのがダメだったんだ……」
ようやく落ち着いてきたヨシキの肩を震える手でさすりながら、戸渡は言った。二人の他にも、あと三人、拳銃をもった仲間が居る。
その三人にまで恐慌が伝播すれば、逃走すら困難になる、だから戸渡はなんとしてもここで彼を完全に冷やし、なおかつ自身にも冷静な算段を打たせなければならなかったのだ。
「この動きの早さの裏には確実に天中家の力が働いている。サラッたって電話したときにゃ、さも怯えたようなふりをしやがって。あのタヌキ爺が。
兎に角、俺たちは逃げなきゃならねえ。『依頼者』に電話をして、何とか逃走の目処を立ててもらわにゃ」
ヨシキをその場の床にゆっくりと座らせた上で、戸渡はスーツの胸ポケットから携帯を取り出した。
ダイヤルした――が、そのあとに訪れたのは――――。
この電話番号は――
無慈悲な『ツー、ツー』と言う音が、やがて訪れた。
当然のことだった。それすらも判断できないほどに追い詰められていた自分を、戸渡は事ここに至ってようやく自覚したのだった。
耐えがたい無言のはて、再びヨシキが爆発した。
「畜生ッ! 全部! 全部! テメェのせいだァああーーーーーーーッ!」
怒りに燃える眼の矛先は、椅子に縛り付けられた一人の少女だった。