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超絶に影の薄い僕は、異世界で誰にも気付かれない。  作者: 竜王零式
第一部:孤高の異世界冒険譚
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5.可愛いは正義



 月明かりに照らされ、銀色の毛並みが輝いている。

 数はとお

 それが、泉のほとりに倒れ伏せる飛竜ドムラスの死骸を、一心不乱に喰らっている。

 リョウはもとより、ロロットもベルナールも、絶句してそれをながめていた。


「……銀狼ルナーグがいやがるとは」


 ようやく、絞り出すように発言したのはベルナールである。


「遺品の回収は諦めるしかないわね」


 ロロットの声も震えている。


銀狼かれらは積極的に人を襲わないそうだけど、食事を邪魔する者にまで寛容だとは思えない」

「ああ。いまのうちにずらかろう」


 警戒しつつ遠ざかるふたり。その様子から、あの銀色の獣が、どれほど危険な存在かが分かる。

 リョウはぜん興味がわき、少し近づいてみることにした。


 オオカミだ。ただし大きい。最大で2m近くありそうだ。


 その、ひときわ大きな個体が、不意にこちらを向く。他の個体より幾分、体毛がくすんで見えるが、眼光はなお鋭く、まっすぐにリョウを射抜いている気がした。


(見えてない……はずだよね?)


 思わず身震いし、それ以上の接近を諦める。

 気がつけばロロットたちも大分遠ざかっていたので、慌てて後を追った。


飛竜ドムラスまで群れで狩るって噂は本当だったんだな」

「まさに森の王者ね。今回は助けられたけど」

「あれ倒したのぼくなんだけどなー」


 リョウはぼやいたが、ふと、あの飛竜ドムラスが最後に虚空を睨んでいたのを思い出した。もしかしたらあの時すでに、銀狼ルナーグに狙われていたのかも知れない。


「しかし、村の連中も人が悪いぜ。銀狼ルナーグの話なんて聞かなかった」

「それについては心当たりがある。額に傷のある個体がいたでしょう?」


 と、ロロットが興味深い話を語ってくれた。

 なんでも、ここからずっと西の開拓地に、十年以上も人々をおびやかし続ける銀狼ルナーグがいるらしい。


 その名を「獣王スラーグ」。


 中規模の群れを率いて、開拓村を幾度も壊滅させ、まるで森の守護者の如く、人間たちの侵入を拒み続けた。

 ところがごく最近、業を煮やした近隣の王が、ついに軍隊を派遣し、獣王の退治に乗り出したというのだ。


「その後の噂は聞かないけど……ひょっとしたら、さすがに追い立てられて、この辺りまで流れてきたのかも」

「それがさっきのヤツだってのか?」

「確証はないけど、特徴は一致するわね」


(あの、いちばん大きいやつかな?)


 ロロットの話はリョウをわくわくさせた。額の傷とやらは、【暗視】のないリョウには分からなかったが、最後にこっちを見ていた個体で間違いない。

 もちろん恐ろしくもある。


「その話が本当なら、村の連中も大変だな」

「心配ないでしょう。じきにこの山は、魔石の鉱脈として権力の管理下に入る。それが村人にとって良いかどうかは別として、少なくとも銀狼ルナーグおびやかされることはないはずよ」


 リョウは村の行く末に思いを馳せた。

 だが一瞬のことだ。彼が考えても仕方のないことだし、集中して歩かないと足を取られてしまう。


 月明かりがあるとは言え、山道を歩くには頼りない。

 魔物に気付かれると厄介なので、ロロットたちは灯りを付けていない。それでも【暗視】の効果ですいすい歩いているが、裸眼のリョウはそうも行かないのだ。


(というか、身体があちこち痛んで歩きにくいな)


 本当は休みたいが、それをロロットたちに告げる手段もない。

 リョウは己の境遇を呪いつつ、必死に山を下るのであった。



 ようやく村にたどり着いた時、腕時計の表示時刻は午前3時を回っていた。

 三時間の時差を考慮しても、通常ならみな寝静まっている頃である。


 しかし、村のあちこちにかがりが焚かれ、物々しい雰囲気だった。出歩く男たちは、みな槍や弓矢で武装している。


「何があったんだ?」

「魔物でも出たのかしら。それともさっきの銀狼ルナーグ?」


 訝しんでいると、村の若者がこちらを見つけて駆け寄ってきた。


「よう! 飛竜ドムラスはどうだった?」


 一部始終を語って聞かせると、若者は悲痛な面持ちながらも、深々と頭を下げて礼を述べた。


「あんたらは村の恩人だ。末代まで語って聞かせるよ」

「それはいいが、この騒ぎはなんだ?」


 若者は苦虫を噛み潰したような顔で答えた。


「セヴランさんが殺された。いま、山道を封鎖して犯人を探してる」


 一同は驚愕し、しばし二の句が告げなかった。


(嘘だ)


 リョウは地面にへたり込んだ。ヴィクターの死以上の動揺が、心をかき乱していた。あの心優しい大男を、誰が? どんな理由で?


「あのおっさんが殺された? 誰に?」

「分からん。アネットも行方不明なんだ」


(アネットまで)


 ぐ、と歯を食いしばり、リョウは立ち上がった。なら一刻も早く探してあげないと。だが当然ながら、心当たりなどない。


 そのうち、何人かの村人が集まってきて、ロロットたちを取り囲んだ。みな口々に冒険者たちを讃え、死者に哀悼の意を表した。

 だが、中には剣呑な者もいる。


「ひょっとして、あんたらが殺したんじゃないだろうな?」

「おい、何てことを言うんだ!?」

「考えても見ろ、この村にセヴランを殺すようなヤツがいてたまるか。よそ者の仕業に決まってるだろ。死んだとか言ってるが、他の仲間が隠れ潜んで、俺たちを狙ってるかも知れん」


 リョウは思わず、その男を殴りつけようとした。実行できなかったのは、腕を振り上げた瞬間に、全身に激痛が走ったからだ。激闘の爪痕が思ったよりも深い。身体をひねるのも辛い状態だった。


「まさかそんな……」

「いや、だがしかし……」


 どよめきと不信が、村人たちに伝播していくのが分かった。

 意外なことに、ベルナールは無言で押し黙っている。見れば、ロロットが彼の腰のベルトを掴み、待ったをかけていた。その表情は険しく、何事か考え込んでいるように見える。


「あんたには脳みそがないのかい!」


 意外なところから援護の声が上がった。長老のイオナ婆さんだ。


飛竜ドムラスが激しく吠えるのを聞いてなかったのかい! この人たちは確かに役目をまっとうしたんだよ、村のために、命をかけてね。それを……この、バチ当たりが!」


 腰の曲がった小さな身体から、村中に響き渡る怒声をとどろかせ、イオナ老は杖を振り上げ、不信を述べた男を何度も打ち据えた。


 打ち据えられた男よりも、老婆の健康を案じた村人たちによって、ひとまずその場が収まった頃、村長のアルマンが騒ぎを聞きつけてやって来た。


「村の者が失礼をした、申し訳ない。ともかく、おふたりはお疲れだろう。わが館でゆっくり休んでくだされ」

「それなんだがな、アルマンさん」


 ベルナールが真剣な表情で言った。


「今晩はセヴランの家を使わせちゃくれねえか。アネットが戻ってくるかも知れねえだろ」

「死人が出た家ですぞ」


 アルマンはとんでもない、とばかりに引き下がったが、ここでもイオナ老の援護射撃があった。


「あれは元々あたしの旦那が建てた家さ。アルマンの許可なんか居るもんか、好きに使いな」

「恩に着るぜ、婆さん」


 ベルナールは優しげに微笑んだ。普段の彼からは想像も付かない……しかし自然で柔らかい笑み。


「私は、アルマン氏のご厄介になるわ」


 ロロットは宣言し、別れ際、意味ありげな視線をベルナールに送った。ベルナールは小さく頷いた。


(なんか通じ合っちゃってるなあ)


 リョウはどちらに着いていくか迷い、ベルナールを選んだ。

 アネットの部屋でいかがわしいことをしないか見張るためだった。


 セヴラン宅に入ってしばらくすると、イオナ老とその孫娘が、炊き出しの残り物を持ってやって来た。


 残り物――というのは方便だろう。明らかに腕によりをかけたと見られるシチューやステーキは、この3日間では見なかった、豪華なものだ。

 リョウはスキを伺いつつパクついた。


(美味しい!)


 料理人はおそらく、この「孫娘」だろう。おっとりした腰の重そうな婦人だ。


(この人が孫? イオナ婆ちゃんって何歳いくつなんだろ……)


 この村の主食であるイモのボイルも、アネットが作るものより数段美味しかった。さすがに年季が違う。


飛竜ドムラス退治は、あたしらの悲願だったのさ」


 食事が一段落すると、イオナ老の昔語りが始まった。

 孫娘が「始まると長いんだよ。適当に聞き流してね」と茶々を入れたりしたが、少なくともリョウにとっては興味深い話だ。


 いわく、あの泉は昔、村人たちにとって聖地のようなものだったらしい。

 村も今より高所にあったそうだ。そこに、ある日突然飛竜(ドムラス)がやってきた。

 多くの村人が死傷した。イオナ老の親兄弟も犠牲になったらしい。

 それで、いまの場所まで落ち延びた。以来、村の古老たちは、あの飛竜ドムラスへの恨みを忘れたことがなかった。


「それからしばらくしてからだったかね。セヴランの父親が村に流れてきたんだ。どこぞで学者をやってたっていう、ひょろい男だったけど、そいつがジャガイモの栽培を始めたのさ。村はおかげで生き返った。あんたらは、それ以来の英雄だよ。この老いぼれにできることなら、なんでも言っておくれ」


「なら、アネットについて聞かせてくれねえか。あの子は、この村の人間じゃないな?」


 突然、思いもよらないことをベルナールが口にした。

 イオナ老は一瞬、大きく目を見張ったあと、笑ってこう答えた。


「あれだけ器量良しなら気付くかね。あたしらとはまるで違う人種だ。その通りだよ、あの子の母親は、山で倒れてたのを、セヴランが拾ってきたのさ。その時はもう身重だったがね……出産には耐えられなかった」


 老婆は遠い目で、昔の日々に思いを馳せているようだった。


「アネットは知ってるのか?」

「そりゃ、薄々は勘付いてるだろうさ。可哀想な子だよ。あたしも何とかしてやりたいが……」


 言葉を濁す老婆に、ベルナールは「にかっ」と笑ってこう言った。


「任せろ。俺が絶対に助けてやる」

「あの子の魅力にやられちまったのかい? 男ってのは本当にどうしようもないね」


 老婆が茶々を入れると、ベルナールは照れたように頭を掻いた。


「そんなんじゃねえや。罪滅ぼしみてえなもんだ。俺は、あの子の大切な人を助けられなかった」


 ヴィクターのことを言っているのだろうか。台詞の後半は、驚くほど真剣な声と表情だった。


(ベルちゃんがカッコよく見える……)


 リョウが不遜な感想を抱いているうち、イオナ老と孫娘は帰って行った。


 しばらくすると、ベルナールは手紙のようなものを書き始めた。

 この世界の……少なくともこの村の識字率は無いに等しい。

 学校など無いのだから当然か、と納得もしていたリョウは、少々驚いてしまった。


(ベルナールって字が書けるんだな……だめだ、全然読めないや)


 自動翻訳は音声にのみ有効らしい。筆談のために文字を学ぼうと思っていたが、この案は破棄するしかなさそうだ。誰にも教えてもらえない以上、書物などで自力で学ぶしかないが、その書物が読めないのでは話にならない。


(結局ずっとぼっちなのかな……)


 暗澹あんたんとしつつ、ふと自分の格好を眺めた。

 制服はもうぼろぼろだった。穴だらけで袖は裂け、泥に塗れて見れたものじゃない。

 気になって身体を確認してみると、あちこち痣だらけだった。擦り傷も無数にある。さっきから妙に熱っぽいのも、傷口から雑菌が入ったからだろうか。


(回復もしてもらえないんだよな。薬とか処置の方法も勉強しないと)


 深々とため息を付く。

 と、ちょうどその時、戸口を叩く音がした。


「私よ。開けて頂戴」


 ロロットだった。さっきよりも少し小奇麗な、だが完璧に旅装を整えた格好で、戸口に立っていた。


「何があった?」

「ひとまず中へ」


 ロロットは周囲を探りつつ中へ入り、驚くべき情報を口にした。


「魔石の件が漏れている。しかも、アルマンたちは鉱脈を独占するつもりよ」


 ベルナールは舌打ちした。


「どこから漏れた、ってのも愚問か。セヴランを殺したのはヤツらだな?」

「直接は聞かなかったけど、おそらくね。私たちの身も危ない。夜が明ける前に町へ向かうべきだわ」

「アネットはどうする?」


 ロロットは眉根を寄せて押し黙った。


 ベルナールは言った。


「犯行を目撃してたかもしれねえ。ヤツらはアネットも狙ってるはずだ」

「気持ちは分かるけど、探している余裕はない。彼らもただの娘を殺すまではしないでしょう。とにかく一刻も早く町へ向かうべきよ。ギルドに報告して人を出して貰えば、アネットも助けられるかも知れない」

「そうだな。あんたの言うことは正しい」


 ベルナールはやけに冷淡に告げ、手紙の続きを書き始めた。


「何をしてるの、急いで。私が抜け出したのを気付かれたら……」


 まくし立てるロロットを尻目に、ベルナールはやけに丁寧に手紙を便箋に入れ、蝋封を施した。封印は、何やらご大層な紋章である。

 それを、ロロットに手渡す。


「町についたら、南の教会の、アルフレッドって神父に渡してくれ。渡すだけでいい」


 ロロットは「ごくり」と喉を鳴らした。


「あなたはどうするの?」


 ロロットが問いかけた。ベルナールの答えを聞く前に、リョウは家を飛び出していた。


(あんな包囲網の中を、アネットがひとりで逃げ回ってる? あり得ない。ロロットの話が本当なら――)


 心当たりがあった。

 この村で朝を迎えた初日、リョウは隅々まで探索し尽くしていた。誰にも見つからないのを良いことに、アルマン邸も隅から隅まで。


 地下室があった。

 何に使うのやら、鎖やら手枷やらが散らかる牢獄のような石室だ。誰かを監禁するには絶好の場所――。


「ほらね」


 石室の入り口で、居眠りをする男がいる。番人だろうか。

 以前は開け放たれていた入り口に、かんぬきと錠前が掛かっている。中に誰かが居るのは間違いないし、それが誰かは、リョウにとって明らかだった。


 鍵はすぐ見つかった。番人の足元に落ちていたのだ。錠前に合わせると難なく開いた。某ホラーゲームのような回りくどい展開がなかったので、リョウは心底安堵した。


 部屋に入ると、真っ暗で何も見えない。だが、確かに人の気配がある。

 ペンライトを灯す。

 部屋をぐるりと確認すると、隅でおびえる尋ね人の姿を発見した。


「アネット!」


 急いで駆け寄る。猿ぐつわを噛まされ、後ろ手に縛られているが、怪我をした様子はない。


「助けに来たよ」


 声をかけつつ猿ぐつわを外すと、アネットが大声で叫んた。


「助けて! 誰か、助けて――っ!」

「だ、ダメだよアネット!」


 リョウは慌てて口を塞いだ。冷や汗を書きつつ後ろを確認すると、番人は爆睡したままだ。

 が、アネットはなおも「もごもご」と暴れている。


「暴れないでって……もおっ、柔らかくって良い匂いがするなあっ!」


 リョウは悶々とするDTどーてー力を鋼の精神で押さえ込み、後ろ手の縄をハサミで切断した。


 すると「ふっ」とアネットが大人しくなった。

 恐る恐る手を放すと、アネットは眩いばかりに微笑んだ。

 ――彼女の手元を照らしていたペンライトに向かって。


「あなたは誰? もしかして妖精さん? 私を助けてくれるの?」


 リョウは「がくん」と肩を落としたが、ふと思いついて、ペンライトをチカチカと明滅させた。

 すると、アネットは再び嬉々として語りかけた。ペンライトに向かって。


「やっぱり! お父さんがむかし話してくれたの、いい子にしてたら森の妖精が助けてくれるって。あなたがそうなのね?」


(もしかして、これでコミニケーションが取れたりする?)


 ためしに、ペンライトで大きく矢印を描いてみる。出口の方向だ。


「早く逃げろって言うのね? 分かったわ!」


 アネットは「ふんす」と胸元で握りこぶしを作った。


(天使か)


 あまりもの可愛さに悶絶していると、どたどたと物音が聞こえてくる。

 アネットの叫び声を聞きつけて誰かがやってきたらしい。


「ちっ」


 リョウは舌打ちしてペンライトを消し、槍を構えて部屋の隅に下がった。「あっ」と、アネットの残念そうな声が漏れる。

 それを申し訳なく一瞥してから、入り口を睨む。


(誰だろうと一突きに――できるのか? ぼくに)


 もしかしたら、人を殺してしまうかも知れない。

 意識しだすと手の震えが止まらなくなった。創作物の先人たちは、これを乗り越えて英雄になっていった。だが――。


「無理だ」


 リョウは早々にを上げ、槍を逆さに構えた。

 無理に覚悟を決めるより、心を平静に保つべきだと判断したのだ。

 どうせ相手にはこちらが見えていない。

 意識外から側頭部テンプルへの一撃。これで気絶させる。やるべきことを明確にし、心と身体を準備する。

 段々と、集中力が研ぎ澄まされていく。全身の痛みもやわらいだ気がする。


(いい感じ。まずは一撃。外れても、もう一撃。大丈夫、ぼくならやれる――)


「アネット、無事か!」


 しかし、駆け込んできたのは見知った巨漢の斧戦士だった。

 リョウはすんでのところで槍を止めた。


「ベルナールさん!」

「よかった、怪我は無さそうだな。もう大丈夫だ」


 少女に駆け寄るベルナールに続き、ロロットが入ってくる。

 女魔法使いは部屋をざっと見渡し、それから背後を鋭く睨んだ。


「これはどういうことかしら、アルマンさん?」


 それを受け、苦虫を噛み潰したような顔で佇む初老の男。村長のアルマンだ。


「知られてしまったからには仕方ない。あんたらには消えてもらう」


(悪役らしい台詞だな)


「最初からそのつもりだったでしょうに。でも、あなたにできるかしら?」


 ロロットが嘲笑すると、アルマンは扉を閉めた。ほぼ間をおかず「がこん」とかんぬきがハマる。


「しまった!」


 リョウは青ざめたが、ロロットの声は平然としていた。


「仕方ないわね。どうせ死ぬなら教えてちょうだい。アネットをどうするつもり?」


 鉄格子のハマった覗き穴から、アルマンの声が答えた。


「その子には良い値が付いてる。引き取ってもらうのさ」

「なるほど。人攫ひとさらいにまで手を染めてたってわけ。女子供の失踪もあなたの仕業?」

「村のためだ、仕方ない。きんのたびに、どこでもやっていたことだ」

「ならどうして、飛竜ドムラス退治の依頼なんか出したの? 報酬もバカにならないでしょう」

「私は反対だったんだ。だが村の総意だ、止められん。ならせめて、失敗を祈るしかないだろう」


(腐ってるなー)


 リョウはアルマンの悪党ぶりに呆れ返っていた。どっちにしろ、冒険者たちを生かして帰す気はなかったようだ。


「これは確認なのだけど。セヴランを殺したのはあなたね?」

「あのわからず屋が、領主に報告するなどとほざいたからだ!」


 いきなり、アルマンは声を荒げた。


「しかも魔石の件まで公にすると言い出した。言語道断だ。村人全員、こんな貧乏ぐらしから脱却するチャンスだというのに……だが殺す気はなかった、あれは不幸な事故なんだ」

「ものは言いようね。最後にもうひとつだけ教えてもらえるかしら?」

「なんだ?」

「どうして私たちが、こんな扉ひとつ破れないと思ったの?」


 ロロットが台詞を言い終わるのと、ベルナールが扉を叩き割るのは同時だった。


「なあっ!?」


 驚き後ずさるアルマンをかばうように、ふたりの男が槍を構えて進み出る。


「逃がすかって」


 リョウはそれをすんなりかいくぐって、アルマンの顔面に全力の拳を叩き込んだ。

 アルマンは「ぐへ」と声を出したきり倒れ伏せ、そのまま気絶した。

 人を殴ったのは生まれて始めてだった。しかし、拳も心もちっとも痛まなかった。


 振り返れば、さっき進み出た男たちは、すでに倒れ伏せている。どうやらロロットが魔法で眠らせたらしい。


「こいつは殺していいんだよな?」


 ベルナールが、アルマンをつま先で小突きつつ、物騒なことを言った。


「ダメよ、この件の首謀者として町の衛兵に突き出す。そうじゃないと、私たちが嫌疑をかけられるから」

「ちっ、命拾いしたな」


 ベルナールはアルマンを蹴飛ばした。ついでにリョウも蹴っておいた。


「えいっ」


 なんとアネットまで蹴りを入れていた。とても可愛らしいキックだった。


 その時、外からけたたましい声が聞こえてきた。


「犯人がいたぞー!」

「やっぱり冒険者だ!」

「アルマンの屋敷だ、急げ!」

「絶対に逃すな、二人とも殺せー!」


 上の階にあがって外を確認したリョウは、「うわ」と声が漏れた。

 すっかり殺気立った村人たちが、得物を手に屋敷を囲みつつあったからだ。


「どうする?」

「私が説明します、おふたりは悪くないって!」


 アネットは力説したが、冒険者の二人は揃って首を横に振った。


「効果があるとは思えないわね。アルマンの息がどこまでかかっているか分からない」

「ああ。いったん火が着いた庶民はおっかねえからな。逃げるが勝ちだ」

「と、言うわけよ。アネット、悪いけど、あなたにも着いてきてもらうわ」


 ロロットが告げると、アネットは神妙な顔で頷いた。


「このおっさんも連れてくのか?」

「暴れられると面倒よ。置いていきましょう。彼はどのみちのがれられないわ」


 ともかく、冒険はまだ続くようだ。


(まだ休めないのか……)


 リョウは項垂れたが、すぐに気合を入れ直した。

 彼らと別れて村に残る、という選択肢は、なぜか思い浮かばなかった。



 なんとか裏口からアルマン邸を脱した一行だったが、そのあと途方に暮れていた。


 村の入り口付近が、大人数で抑えられていたからだ。

 やはりみな、槍や弓矢で武装している。どちらも、数があればあるほど効果を発揮する武器だ。

 ベルナールは早々に自分の手に負えないと判断した。


「魔法でなんとかならねえか?」

「殺していいなら可能よ」

「そんなのダメです!」


 アネットが強く抗議したが、もともとロロットにその気はない。


 リョウならあるいは、全員を叩き伏せることができるかも知れない。だが時間がかかるし、騒ぎにはなるだろう。

 加えて言うなら、体力が持つかどうか怪しい。ただでさえ歩くのも辛い状態なのだ。


 どうしようか悩んでいると、アネットから提案があった。


「裏山の向こうに、村の人が知らない抜け道があるんです。峠道が街道に続いてます。そこへ行きましょう」


 ロロットとベルナールは顔を見合わせた。


「ま、行くだけ行ってみようや」

「そうね。ここに留まるのも危険だし」


 こうして、一行はアネットの先導で峠道を目指した。


 途中、アネットが思い出したように囁いた。


「妖精さん、まだいる?」


 彼女のすぐ側を歩いていたリョウは「ビクッ」とした。まるで自分にだけ聞こえるような声量だったからだ。


「やっぱりもう消えちゃったのかな? お礼、言えなかったなあ……」

「ん? 何か言ったかアネット」

「なんでもないですっ」


 訝しむベルナールにばたばたと手を振って答えるが、そのあと、アネットは明らかに気落ちしていた。


(あまり酷使すると電池がな……でも、ちょっとだけなら)


 リョウは光量のつまみを最小限にして、アネットの前でチカチカさせた。


「妖精さん!」


 アネットは「ぱあ」と満面の笑みを浮かべた。

 半ば無意識に、ペンライトを自分の真ん前に持ってくると、アネットは可憐な笑みをまっすぐリョウに向け、こう言った。


「ありがと、妖精さん。これからも守ってね」


(何だこの気持ちは……ぼくは死んでしまうのだろうか)


 高鳴る胸を押さえつつ、リョウは思わず後ずさった。

 鼓動が痛いくらいに早く、息苦しかったが、同時に心が急速に、温かいもので満たされていった。

 今日一日の奮闘が、やっと報われた。そんな想いだった。


「驚いた。これはきっと光霊ヒュリーね」

光霊ヒュリー?」

「純粋な魔力の塊とか、羽虫が魔物化したものだとか言われているけど……私も実物を見るのは初めてよ」


 なんだか冒険者たちに魔物扱いされはじめたので、リョウはペンライトを消した。


「あっ……消えちゃった」


 また、アネットが残念そうな声を漏らしたので、リョウは心を痛めた。

 すると、ロロットがこんなことを言う。


「アネット。光霊ヒュリー……妖精さんは、きっと魔力を使って光っているのよ。とても疲れるはずだわ」


「そうなんだ……。妖精さん、ごめんね。わがまま言わないから、ずっと側に居てね」


「神さまありがと――!!」


 リョウは絶叫した。冗談抜きで、生まれて初めて神に感謝した瞬間だった。


 そんなこんなで気力をみなぎらせ、険しい山道を行くこと数十分。

 ようやく、アネットの言う「峠道」に出た。


「あそこです。あの峠を越えたら、あとは坂道の突き当りが街道に――」


 駆け出そうとしたアネットの手を、ベルナールが強く掴んだ。

 怪訝に振り返ると、巨漢は押し黙り、人差し指を口元に当てている。


 その理由はリョウにもすぐ分かった。


 峠のてっぺんにうごめく影がある。

 それは何体もの獣の群れ。月明かりを受け、銀色に輝く。


銀狼ルナーグ……!」


 ロロットが小さくうめいた。


 くすんだ毛並みの大きな個体もいる。額の傷は、今度はリョウの目にもよく見えた。

 そして鋭い眼光が、まっすぐこちらを捉えているのが分かった。



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