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超絶に影の薄い僕は、異世界で誰にも気付かれない。  作者: 竜王零式
第一部:孤高の異世界冒険譚
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4.神さまは肝心な時に助けてくれない



 一番最初に、パーティの要、重戦士のセルジュが欠けたのが痛打だった。


 それでも、敵が一体だけだったなら、みな切り抜けただろう。

 無意味な仮定だった。現実に、飛竜(ドムラス)は3体もいたのだから。


「そいつに構うんじゃねえ、もう死んでる!」

「クソっ、何だってこんなことに!」

「逃げろ、森に走れ!」

「ぎゃあああ――ッ!」

「いやああ! ヴィクター! ヴィクターあああっ!」

「馬鹿野郎、立って走れ!」


 冒険者たちの声が聞こえる。彼らがいまどんな状態かは、リョウには分からない。

 眼前の一体の注意をそらすので精一杯だった。


「このやろっ、そっちいくなクソっ、こっち向けって!」


 すでに折れ曲がった槍で、飛竜(ドムラス)の巨体を必死に叩く。大したダメージがないのは百も承知だ。


 でも、それがリョウにできる精一杯だった。


 セルジュに続き、シモンがやられた直後、ヴィクターが撤退を宣言した時に、リョウは決意した。

 ひとりでも多く、みんなを助けてみせる、と。


 それがこのザマだった。敵に気付かれないというだけでは、誰も助けられない。飛竜(ドムラス)一匹、引き付けておくこともできない。


 ――いつの間にか、みんなの声も止んでいる。


(逃げ切った? それともみんなやられた?)


 リョウはふと我に返って手を止めた。


 崖下の泉のすぐ側だ。開けた場所で、周囲に木々が散見するが、森というほどではない。

 散々邪魔してやった一体は、未だ周囲をきょろきょろしている。


 ほか二体の姿が見えない。木々の間に分け入ったか。微かに足跡が見える。


(追わないと。でもその前に、こいつは殺す)


 リョウは決意に満ちて飛竜(ドムラス)を睨んだ。シモンを殺した個体だ。

 まずは落ち着く。焦っても良いことはない。

 次に武器だ。手元の槍はもう使い物にならない。


「シモン先生。これ、お借りします」


 一声かけ、千切れた手が握ったままの槍を取る。持ち主の指をがし、血を制服の袖で拭う。


 そしてもう一度、飛竜(ドムラス)を睨みつける。


 無闇に衝いても疲れるだけ。急所を狙わないと。

 以前に目星をつけていた後頭部は、ちょっと無理だった。飛竜(ドムラス)の背に乗った状態だと狙いが定まらず、すぐに振り落とされてしまう。

 それ以外にパッと思いつくのは目だ。眼底を深く穿つらぬけば、脳髄を壊せるだろう。

 だがこれも、狙うのはかなり難しい。


「うーん」


 リョウは思案しつつ、飛竜(ドムラス)の周りをうろうろした。

 ――そう言えば。

 さっきヴィクターが、足にダメージを与えていた。おかげであの個体は、かなり動きが鈍くなっていた。

 あの時は腱を断ったのだと推察したが、実際はどこだったのか……。


 何となく、人間と大して変わらないんじゃないか、と思って、アキレス腱の辺りを撫でてみた。獣脚で踵を高く浮かせているが、狙えなくはない。

 むしろ、ナタを振り下ろすには絶好の位置だった。


「そりゃっ!」


 カコンっ。

 マヌケな音がして見事に足が裂け、怪物の巨体がこちらに倒れてきた。


「うわっ!」


 慌てて避ける。何とか下敷きにならずに済んだ。

 転げた飛竜(ドムラス)は、奇声を上げて暴れまわった。

 無茶苦茶に身体を揺すり、いったん身を起こしてはまた転がり、翼を広げてバタつかせる。

 とにかく、立ち上がるのは無理そうだが、とても急所に狙いを付けるどころじゃない。


「とりあえず翼が邪魔だな。えいっ」


 付け根の部分を穿(つらぬ)き、ひねる。「ぶちん」と手応えがあって、広げていた翼が力なく地面に落ちた。


(こいつの壊し方、分かってきたかも)


 逆の翼も同様に壊す。飛竜(ドムラス)は甲高い悲鳴を上げた。

 そしてめちゃくちゃに、地面を顎で攻撃し始めた。


(何かがいる、ってのは気付いてるか)


 だがまったく見当違いの場所だ。

 しばらく眺めていると、飛竜(ドムラス)はぴたりと暴れるのを止め、虚空を睨み始めた。低くうなりながら、何かを牽制しているように見える。

 そこには何も見えない。少なくとも、リョウでないのは確かだ。


(死神でも見えてるのかな?)


 苦笑し、槍を構えて近づく。何にせよチャンスだ。


「いまさら情けとかないから。恨んでくれていいよ」


 リョウは宣誓(せんせい)でもするように声を張り上げ、眼球めがけて、渾身の衝きを叩き込んだ。


 ペキョッ。

 深々と突き刺さる。同時に「ぴくっ」と全身が跳ねた。

 リョウは驚き、いったん槍を手放したが、再び握り直し、突き刺したままぐりぐりと動かした。

 また、飛竜(ドムラス)が痙攣する。二度、三度。

 やがて完全に動かなくなった。


「そういや、ぼくが分からないんだっけ。恨みようもないね」


 リョウは呟いた。自分の声がひどく冷たかった。

 それから短く合掌し、槍を難なく引き抜いてから、足跡を追った。



 ロロットは走っていた。

 足元も不確かな夜の山を、木々の間を縫うように駆ける。

 幸い、視界に不自由はない。先だってみなに施していた【暗視】の魔術のおかげだ。


 だがそれが何になるのか。

 振り返れば、飛竜(ドムラス)が二体、先を競うように追ってくる。木々に邪魔されながらも、こちらを見失う様子もなく、ぴたりと着いてくる。

 彼らの腹に収まるのも時間の問題だろう。


「いちいち振り返ってんじゃねえ! 走れ!」


 怒鳴るのは、すぐ後ろを駆けるベルナール。

 彼が背におぶったヴィクターは、利き手を食い千切られている。血が吹き出し、息も絶え絶えだ。このまま止血もできなければ、長くないだろう。


 生き残ったのはこれだけ。セルジュもシモンもクレスも死んでしまった。もうじき、自分たちも後を追うことになる。


 ――いいえ。


 おそらく、ベルナールだけは生き残る。呆れるほどの体力だ。ヴィクターを背負って駆け、なおも余裕があるように見える。ロロットの前に出ないのは、飛竜(ドムラス)を牽制するためだろう。


 ――いますぐ、私たちを見捨てて逃げて。


 さっきから何度も、その言葉が口を突いて出ようとしている。そのたびに喉の奥に呑み込んだ。


(結局、私は生き残りたいのね。少しでも長く、他人を犠牲にしてでも。なんて浅ましい女なの)


 惨めさのあまり視界がゆがむ。


「おいロロット、左を見ろ!」


 ベルナールが怒鳴った。

 反射的に言われた方を向く。すぐになんのことか分かった。

 巨木の根本に、ぽっかりと口を開けた洞穴が見えたからだ。


「潜り込め!」


 再び後ろから怒鳴り声。

 一も二もなく従った。勢いのまま転がり込むと、すぐにベルナールも駆け込んできた。


 一瞬だけ間をおいて、飛竜(ドムラス)が「ガチン」と顎を鳴らす。頭を突っ込んできたのだ。


「奥へ!」


 叫んで、ロロットはベルナールの手を引いた。

 すぐに突き当たったかと思えば、下って続いていた。予想外に深い。


 察するに、巨木の根が岩石を押し広げてできた空洞である。のちに土砂が崩れ、入り口がぽっかりと開いたのか。


「ここまでは入ってこれないでしょう」


 ロロットは適当な場所で立ち止まった。奥はまだ続いているが、探索している場合ではない。


「だといいがな」


 ベルナールは忌々しげに背後を睨む。

 飛竜(ドムラス)の咆哮が洞穴を反響している。絶え間ない振動もある。体当たりでもしているのだろうか。その度にぱらぱらと土埃が降ってくる。

 入ってこれないにしても、入り口を崩されたら終わりだ。


「奥がどこかに続いてりゃいいんだが」

「探索はあとよ。ヴィクターを手当しないと」


 ヴィクターは意識を失っていた。まだ息があるが、おそらくそれも奇跡に近い。


 まずは腕の出血を止める。

 この傷はロロットの魔法では癒せない。原始的な方法に頼るしかない。

 切断面をきつく縛って油を塗り、炎の魔法であぶる。

 ヴィクターは悲鳴を上げてのたうち回った。ベルナールが顔をしかめて押さえつける。

 焼けた肉で傷口が塞がると、軟膏を塗りたくって包帯を巻く。


 あとは、強い鎮静効果のある薬を飲ませ、魔石の所持分が尽きるまで、回復魔法をかけ続けた。魔力を生命力に変換する単純な魔法。この状況では焼け石に水だが、やらないよりはマシだ。


 処置が終わると、ヴィクターは静かに寝息を立て始めた。

 しかし、顔色は死人と変わらない。


「助かるか?」

「分からない。祈るしかないわ」

「神さまか? ヤツは肝心な時に限って助けちゃくれねえ」

「知ってるわそんなこと。でも、ほかにできることがないの!」


 ロロットは思わず怒鳴った。

 ベルナールは舌打ちし、ひとりで奥に入っていった。

 それを横目で見届けて、ロロットは顔面を手で覆った。


 ――どうしてこうなった?


 分かっている。自分の力が足りないせいだ。

 多少の魔法を修めていい気になっていた。

 冒険者として活動を始めてからも、どこへ行っても重宝され、得意げだった。

 挙句、箔でも付けようと〝竜殺し〟に挑んだ結果がこのザマだ。


 ヴィクターはおそらく死ぬ。

 馬鹿な男だ。たった一晩身体を重ねただけの女をかばって、剣士の命である利き腕を失って、挙句こんな穴蔵の中で死ぬ。


「こんな行き遅れなんかに構ってないで、ひとりで逃げれば良かったのよ。あなたなら出来たでしょう?」


 膝に乗せた青い顔に問いかける。

 だが知っている。彼にはできない。能力でなく、信念がさせない。


「本当に馬鹿な人」


 ロロットは呟いて、ヴィクターを抱きしめた。

 その時、奥からベルナールの声が聞こえてきた。


「こっちに来てくれロロット!」


 切羽つまった声だ。何事かと訝しんでいると、もう一度。


「何してる、早く!」

「どうしたの?」


 声を返しつつ奥へ向かうと、ベルナールが引きつった笑みを浮かべていた。青白い光に照らされて。


 戦慄した。

 光源は岩肌だ。それもあたり一面。鈍く青白い光を放っている。


「魔石だな?」

「……ええ。間違いない」

「よしっ!」


 破顔し、ベルナールは斧を振り上げた。嬉々として岩肌に打ちつけ、粉砕していく。


「ははっ、俺たちはツイてる。神のご加護に感謝だ!」


 その様子を、ロロットは冷めた目で見守った。状況が分かっているのだろうか。こんなものがいくつあっても……金などいくらあっても、死んでしまえば何の意味も――。


「おいロロット、ボケっとしてないで拾え。いくつ必要なんだ?」


「――何ですって?」


「だから、ヴィクターのやつを助けるのに、魔石がどれだけ要るかって聞いてんだ」


 ロロットは弾かれたように動いた。

 破砕した魔石鉱の欠片を、両手いっぱいに拾い集める。魔石がいくらあったところで、ヴィクターの傷は完治しない。

 でも回復魔法をかけ続ければ、容態が安定するまで命を繋ぐことができるかもしれない。


「これで足りるか?」

「全然足りないわ! ありったけ持ってきて!」

「お、おう!」


 再び斧を振るうベルナールを尻目に、ヴィクターの元に駆け戻った。

 魔石の欠片を握りしめ、回復魔法の詠唱を始める。

 だが――。


「――どうして!?」


 悲鳴を上げる。魔法が完成しない。いまさら、こんな魔法に手こずるなんて――。

 いや。違うのは分かっていた。答えは分かりきっていた。


「どうして……」


 ヴィクターの胸に手を当て、ロロットは力なく呻いた。


 その時、巨石を抱えたベルナールが戻ってきて、はしゃいだ声で告げた。


「どでかいのを持ってきたぜ。まだたんまりある、いくらでも使え」


 虚ろな目で見上げた巨漢は、無邪気な笑みを浮かべている。まるで、いたずらに成功した子どものような――。


「おい、どうしたロロット?」

「死んだわ」


 自分の声が遠く響く。全身の感覚が奪われ、世界から遠のくような錯覚。

 ロロットは、ヴィクターの遺体を抱きしめたまま、しばし呆然としていた。皮肉なことに、体温が急速に失われていくのだけは、はっきりと分かった。


 ヴィクターは、足にも裂傷を負っていた。

 そこからも大量に出血していたのだった。もっと早く気付いていれば、ロロットの魔法でも塞ぐことができた傷だった。


 全身の傷の確認という、応急手当の初歩の初歩を(おこた)った。それがヴィクターの死因だった。


「私が殺したようなものよ」

「馬鹿言ってんじゃえ。あんたは良くやった。運が悪かっただけだ」

「奇跡は起きたわ。でも活かしきれなかった。そもそも私をかばって傷を負ったのよ。本当なら私が死ぬはずだったのに――」

「なら、生きるしかねえな。それがヴィクターの意思なんだろ」


 ロロットは声を押し殺して泣いた。


 ぶっきらぼうな巨漢は、無言で背を向け、入り口の方向を睨みつけている。

 そこからはまだ、飛竜(ドムラス)の咆哮が聞こえていた。



 文明の灯り(ペンライト)が夜道を照らす。


 飛竜(ドムラス)の足跡はくっきりと残っていて、追跡は容易い。問題は走る速度が足りているかどうかだが――。


(さっきより身体が軽くなってる? アドレナリン出っぱなしとかかな?)


 理由はともかく、すこぶる快調なのは間違いない。


 まだ余力がある。もっと速く走れそうだ。

 試しにスピードを上げた。流れる景色も速くなるが、思考は追いつくし、身体も反応している。


(もっと行けそ)


 徐々に徐々に速度を上げ、しまいには全力で駆けた。足場も不確かな、夜の山道を、全速力で走り抜けた。

 もはやそこに、インドア派ネットゲーマーの面影はなかった。


「いた!」


 リョウの視界がついに敵影を捉えた。

 二体の飛竜(ドムラス)はこちらに尻を向け、頭を下げて何かを探っていた。

 ほくそ笑み、そのまま突っ込む。直前で勢いのまま飛び上がり、ナタを振り上げた。


 狙いは獣脚の踵、そのすぐ上。アキレス腱。

 怪物の泣き所を容赦なく断つ。


「ガァアアッ!?」


 飛竜(ドムラス)は奇声を発して崩れ落ちる。

 同時に、ナタが根本から折れた。勢いを付けすぎたか、酷使しすぎて寿命が尽きたか。


「まいったな」


 どうしようか悩んでいると、突然に横合いから衝撃を受けた。


(――は!?)


 一瞬、意識が飛んだ。

 一瞬だけで済んだのは、すぐに地面に叩きつけられて、その激痛で目が覚めたからだった。


(何がおこったの?)


 激痛をこらえながら辺りを見渡す。真っ暗だ。少し離れた場所に、ペンライトの灯りが見えた。


 滑り込むようにして拾う。


「えっ!?」


 驚愕した。

 眼前に、大口を開けた飛竜(ドムラス)が迫っていたからだ。


 がちん!


 顎を打ち鳴らす音を背後に聞きながら、間一髪逃れる。

 しかし、飛竜(ドムラス)はすぐさま振り返り、こちらに突進してくる。


(何で!? どうして!? ぼくが見えてる!?)


 恐慌に陥りながら、とっさにペンライトを向ける。


「ガァアアッ!」


 飛竜(ドムラス)が悲鳴を上げてのけぞった。つまみがビーム光になっていたらしい。運良く目潰しになったようだ。


 そのスキに逃げる。全身がぎしぎしと痺れて動きにくいが、泣き言を言っている場合ではない。


 だが、飛竜(ドムラス)は警戒しながらも、明らかにこちらを補足して近づいてくる。さっき片足を壊した方の個体も、翼を羽ばたかせ、片足でぴょんぴょん跳ねながらこっちに向かっている。


(初心者ボーナスおしまい、ってこと? こんなの死ぬって――!)


 不意に、怪物たちが一斉に横を向いた。


 ――ん?


 ふと、ペンライトを振る。


 すると、怪物たちはビーム光が照らす方向を向いた。


「これかあああ……」


 リョウは慌ててスイッチを切った。

 途端に辺りが真っ暗になる。空を見上げても何も見えない。さっき「ちらり」と巨大な木の根本が見えた。あの木陰に入ってしまっているのだろうか。


 闇に対する本能的な恐怖が、リョウをさらなる恐慌に陥れた。


(ヤバいヤバいヤバい!)


 反射的にライトのスイッチを入れようとして、すんでのところで思いとどまった。


 ――待て、慌てるな。落ち着け。

 何度か深呼吸を繰り返す。

 彼らはペンライトの光に反応している。ならば灯りを付けるのは愚策だ。

 ではどうすればいい?


(音だ、音。あんなでっかいのが動けばすぐ分かる。今までだって聞こえてたじゃないか)


 必死に心を落ち着かせて、耳を澄ます。

 ずんっ……ずんっ……。

 ゆっくりとこっちに近づいてくるのが分かる。注意深く、足音を回り込むように移動する。

 すると、背後で「ズシンッ」とひときわ大きい振動があった。それから、ばたばたと翼を羽ばたかせる音。


(最初のやつがコケたな)


 近づいてきていた足音は、今度は遠ざかっている。よし、と内心でガッツポーズし、リョウは背後を振り向いた。


 だんだんと目が慣れてきている。何か巨大なものが暴れているのが、おぼろげながら見えた。


(このまま目を慣らせば、もう少し見えるようになるかな?)


 思いついて、じっと待つ。

 逃げようとは思わなかった。

 なぜなら、怪物どもがまだ動いているからだ。


「いいぞ。だんだん見えてきた」


 闇に慣れた視界は、いまやくっきりと飛竜(ドムラス)の外形を映し出している。


 その、目元に狙いを定める。

 シモンの槍を力強く握り、身体に芯を通して構える。

 そして、衝――。


「おいおい、なんで倒れてる? 仲間割れでもしたのか?」


 飄々とした声が、リョウの動作を(さえぎ)った。


 声の主はベルナールである。戦斧を構えてにじり寄ってくる。

 彼に反応して、飛竜(ドムラス)がけたたましく騒ぎ始めた。


「ベルちゃん邪魔――!」


 言うが早いか、ベルナールの強烈な一撃が、飛竜(ドムラス)の頭を横殴りに叩いた。

 すると、飛竜(ドムラス)は頭を大きく弾かれ、そのまま倒れ伏せた。


(一発KO!?)


 信じがたい光景に驚愕する中、ベルナールはなおも頭部に打撃を浴びせ続ける。ぐちゃ、べちゃ、と不穏な音が響き渡り、肉片やら血しぶきやらが飛び散るのが見えた。


「ふう。これで死んだろ」


 巨漢は清々しく、額の汗を拭った。呆気に取られていると、背後から地響きが聞こえてきた。


(しまった、そう言えばまだ一体――)


 振り向けば、飛竜(ドムラス)がすでに目前に迫っていて――。


「【天滅煌(エルン・ラー)】!」


 背後からの凛々しい声と共に、幾筋もの光の矢に穿かれた。


「まだよ。【天滅煌(エルン・ラー)】!」


 再び、光の雨。飛竜(ドムラス)は仰け反って吠えるが、光は止むこと無く降り注ぐ。

 振り返れば、そこには詠唱を続けるロロットの姿。(かたわ)らでは膝下(ひざもと)まである巨石が、青白い光を放っている。


「トドメよ」


 告げ、ロロットは魔法の短剣を高く掲げた。

 その先に浮かび上がったのは巨大な炎の塊。周囲を赤々と照らしながら、なおも膨張する。


「――死ね。【灼弾(ラグド)】!」


 短剣を振り下ろす。灼熱の炎が飛竜(ドムラス)を包み、一瞬で丸焦げにしてしまった。


 こうして、戦いは終わった。


「今のは凄かったな。とっておき、ってやつか?」

「これのおかげよ。ここまで運ぶのに苦労したけど」


 こつん、とロロットが叩いた巨石は、もう光を失っている。


「そう言えば、もう一体はどうしたのかしらね」

「もう死んでるよ、倒したのぼくね」

「さあな。ま、出て来たらぶっ殺してやりゃいい」


 ふたりはリョウを無視して笑いあった。リョウは苦虫を噛み潰したような顔で見ていた。


 それから、ヴィクターの遺体を手厚く葬った。

 彼の死は、リョウにとっても無念だった。思えば、この世界に来て初めて一緒に戦った(と勝手に思っている)男だ。あの時、敵に立ち向かおうなどと思ったのも、セヴランを見捨てず戦った、ヴィクターの勇姿に心打たれたからだ。


 もし彼らに出会わなければ。

 不慣れな山中をひとり彷徨(さまよ)い、村にたどり着く事もできず、そのまま餓死していたかもしれない。そう思えば、ヴィクターは命の恩人とも言えた。


(どうか安らかに。あなたはカッコいい人だった)


 万感を込めて合掌する。


 それから、魔石の鉱脈があるという洞穴の入り口を埋め、ロロットが簡易的な封印を施した。


 魔石の欠片はいくつか持っていくらしい。

 これから、夜の山道を移動しなくてはならないからだ。この程度の備えは必要だろう。


「あなたのことを誤解していたわ」


 不意にロロット。


「へえ。どう思ってたんだ?」

「粗野で下品で、勇敢と無謀を履き違えた大きな子ども」

「はっ、言うじゃねえか。でもそいつは間違ってねえぜ」

「大間違いよ」


 ロロットは断じたが、結局、その先を続けようとはしなかった。


「あんたは、俺の思った通りだったがな」

「ふーん? どういう意味かしら」

「クソ真面目だがいい女だ。ヴィクターもあの世で鼻高々だろうさ」


 ロロットは一瞬、悲しげに瞳を伏せた。

 何を思ったのか、ベルナールがいきなり、彼女の頭を乱暴に撫で回した。


「いつまでもシケた面してんじゃねえ。いい女が台無しだぜ」

「……生意気言わないで、坊や。十年早いわ」

「ははっ。ならあと十年ご指導頂かないとな、ロロット(ねえ)さん」


 ロロットは一瞬の間をおいて破顔し、ベルナールの肩に身を寄せた。


 その様子を、リョウは血を吐く想いで見つめていた。


(なにこれ? もしかしてこの物語の主人公はベルナールなの?)


 思わず顔が引きつる。今日一日の出来事と、自分自身の奮闘、それから、死んでいった者たちの顔が脳裏をめぐって――。


 ――そっか。ぼくは結局誰も守れなかったんだ。

 ロロットとベルナールは自力で生き残った。力を合わせて窮地を脱した。

 それにくらべて自分はどうだ?

 敵に気付かれないという圧倒的なアドバンテージを持ちながら、何も誇れるような働きをしていない。自分がもっと上手くやれば、誰も死なずに済んだかもしれないのに――。

 リョウは無力感に苛まれ、ずっしりと身体が重くなった。


 ――いや、考えるのはよそう。


 何にせよ、いまは二人の無事を喜ぶべきだ。そう思い直して顔を上げると。


 ベルナールがロロットの肩を抱き寄せるのが見えた。

 ロロットも黙って身を預けていた。


 リョウは思わず叫んだ。


「リア充爆発しろ――っ!」


 魂が上げた悲鳴は、誰の耳にも届かぬまま、あたりに木霊していた。



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