表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
超絶に影の薄い僕は、異世界で誰にも気付かれない。  作者: 竜王零式
第二部:孤高の異世界奮闘記
42/44

21.噂を信じちゃいけないよ



 デルナの上空を、ふたつの人影が飛び回っている。


 すでにこの街の日常となった風景である。待ち行く人々はちらりと視線を送るだけで、特に騒ぎ立てたりはしない。しばしば、温かい笑顔とともに手を振る者がいるだけだった。


(いや、おかしいでしょ。どうなってんのこの街?)


 リョウは戦々恐々と物陰に身を潜め、様子を伺っていた。空飛ぶふたつの人影は、ともに知人だ。向こうが知っているかは知らないが、少なくとも日の半分を同じ教室で過ごしてきた学友である。


 そして今もっとも、リョウが恐れているふたりでもあった。


 ひとりは霧島きりしま優美ゆみ。あらゆるものを見通せるという【神眼】の持ち主。リョウの姿も捉えられるかもしれない。


 もうひとりは、いわゆる「魔女」の恰好コスプレでほうきに乗っている。

 尚武しょうぶ紀子のりこ。あらゆる物体を思念で操る【念力】の使い手。対峙すればリョウなどひとたまりもないだろう。


「っていうか霧島さん、前より美人になった? 尚武さんも驚くほどスリムに……いやでも勘違いしすぎでしょ。あんな恰好してる人、この世界で見たことないよ……」


 街角の噂話に耳を傾けてみれば、あのふたりは定期的にああして街を見回るのだという。ならばリョウとは無関係、とは考えにくい。おそらく彼女たちが冒険から戻ったのは今日。それなのにああして見回っているということは緊急事態だ。つまり、リョウを探している可能性が高い。


「見えてない、のかな?」


 頭上を素通りしていくふたりを見て、ひとまず胸をなでおろす。


 昨晩は例の宿を脱したあと、その辺の宿屋に侵入して一夜を明かした。都合二日分の疲労のためか、目覚めたのは日もだいぶ高くなってからだった。


 しばらく身動ぎもせずに、昨晩の出来事を整理した。


 状況からして、何者かが組織的にリョウをおとめようとしている、そう考えられる。

 もちろん大神殿の勢力だろう。だが、全員が加担していると考えるのは総計だ。


 昨日は菊池も疑ったが、冷静に考えれば彼にはメリットがない。リョウの印象からも、ハルカの話を聞く限りでも、クラスメートをまず第一に信用し、それを守り活用することに思考と労力を費やしているフシがある。


 いくらリョウの権能が宗教的にまずいからといって、早々と切り捨てるとは思えない。


 それから、逃げてしまったのはまずかった。


 さすがにまだ街の噂話には上っていないが、あの状況からだとリョウは、何の罪もない侍女を暴行のすえ殺害し、しかも神官戦士に手傷を追わせて逃亡した、ということになる。されてしまう。


 だから昨晩すべきだったのは、逃げずにその場に残り、現場の状況をつぶさに観察することだった。どうせリョウに気付ける者などいないのだ。


 セラフィーネの真意も確かめねばならなかった。彼女が最初に部屋に来た時、返事をせずに動きを観察するのが最善だったし、倒してしまったあとも、逃げずに彼女を付け回し、何らかの陰謀に加担していたかどうか探ることもできたはずだ。


(何もかも遅いんだけど)


 もちろん、すでにクラスメートたちも事件を知ってるだろう。その上で自分を信じてもらえる自信は、リョウにはなかった。これまでロクに口を聞いたこともなかった連中だ。


 ハルカだけは例外だし、彼女に誤解されるのは耐えられないが、下手に接触すると迷惑をかける。この陰謀を企てたものが、ふたりの接触を予想し、罠を張っているかもしれない。


 というわけで、溜め息しかでない状況なのだった。


 とにかく情報がいる。リョウは昨晩逃げ出した町外れの宿に舞い戻っていた。周辺は神官戦士の指揮のもと、多数の僧兵が固めている。それを物ともせず内部に侵入。


 侍女たちの姿はすでになく、内部はすっかり荒らされていた。神殿の者どもが各部屋をつぶさにあらためたのだろう。


 リョウにあてがわれた部屋も、家具がすべてひっくり返され、ひどい有様だった。現場の保存、という概念がないらしい。昨晩は着込むヒマがなくて持ち出せなかった鎧も、とうに押収されているらしかった。


「まいったなー。着心地良くて気に入ってたのに」


 ぼやいていると、外から言い争う声が聞こえてきた。聞き覚えのある声も混じっている。窓から覗き見ると、見覚えのある逞しい若者が、僧兵に取り囲まれているのが見えた。


 リョウをデルナまで送り届けてくれた、行商人のフェルナンだった。


「ちょっ!」


 慌てて階下へ駆け下り、外に出る。言い合う僧兵たちとフェルナンの傍らにつけ、彼らの様子を観察した。


 どうも事情はこうだ。


 遠間からフェルナンが宿の様子を伺っていたところ、僧兵が不審に思って取り囲み事情聴取。

 フェルナンは、この宿の元の主の知り合いで、何か騒ぎがあったようなので様子を見に来た、と説明。それに対し、僧兵たちがしつこく尋問している、といった様子。


 さすがに問答無用で拘束、とはならないようだが、かなり険悪なムードだ。リョウが固唾を呑んで見守っていると、やや遅れてやってきた神官戦士がこう尋ねた。


「おいきさま。もしやヒウラ・リョウの知人か?」


 リョウはぎくりとした。

 フェルナンはにやりと笑って答えた。


「おう、あの人を知ってるのか。そうともよ、おいらぁリョウの旦那のお友達だ。この街の英雄さんのお仲間だぞ。分かったらさっさと道を開けやがれ」


「拘束しろ」


(フェルナンさん~!)


 肩を落とすヒマもない。リョウはすぐさま行動した。筆記版を取り出し「目を閉じて」と記述、それを見たフェルナンが「旦那!」と叫ぶと、僧兵たちが一斉にこちらを向く。


 そこで強烈な【精霊煌ギドナ】を発動。ひるむ僧兵たちをかき分けてフェルナンの手をつかみ、一目散に駆けた。


「旦那、どこに行くんで?」

「〝とにかく今は走って〟」

「逃げるんですね? ならこっちでさ!」


 フェルナンの誘導に従ってひた走る。


 状況がどんどん悪くなっていくような気がして、リョウは内心で頭を抱えていた。



 やってきたのは街中の静かな一角だ。看板からして飲み屋街のようだが、真っ昼間から明けている店もなく、賑わうのはもう少し日が傾いてからだろう。


 その中の、妙に若い女性が多い宿の一室で、ふたりは腰を落ち着けた。どういう場所かはだいたいわかったので、リョウはあえて聞かなかった。


 ひとまず事情を説明すると、フェルナンは深々と溜め息を吐いてからこう言った。


「やっちまいましたね、旦那」

「〝ぼくは何もしてないよ〟」


 思わず言い返したが、フェルナンはやれやれと首を横に振る。


「そりゃあそうでしょう。何もしてないのに逃げちまったのが問題なんでさ」


 返す言葉もなかった。そして、事態はリョウが思っていたより深刻だった。


 聖柱教セラ・クティル、特にゼーラ神の信徒たちの、混沌神ミラに対する忌避感は凄まじいものだ。

 その影響で、かの皇国の魔術学院ですら、姿を消したり気配を殺したりといった魔術アルダーを軒並み禁呪としているほど。


 リョウの存在を快く思わない信徒は、大神殿に腐るほどいるだろう。今回の事件で「それ見たことか」と一斉に敵意を燃え上がらせているはず。


 フェルナンが言うには、それでも事件発覚前に自らクラスメートに報告していれば、連携も取れたかも知れないが、今からでは遅い。いくら街の英雄と言えど、一度火が着いた信徒たちの怒りを前に、リョウの濡れ衣を晴らすのは難しいだろう、とのことだった。


「フェルナンさんは何とも思わないの?」

おいらは生まれも育ちもアルノアですからね。お国柄かもしれやせんが、腹の足しにもならねえ神の教えなんぞより、おいらの命を救ってくれた旦那のほうを信じまさぁ」


 デルナへの道中、季節外れの大熊に出くわした。つまり冬眠し損ねた凶暴な個体で、しかも狩人の里のものより数段大きかった。フェルナンは死を覚悟したそうだが、【斬撃強化】が運よく発動してくれたおかげで、一刀の元に切り伏せることができた。


 それもあってか、フェルナンは年上で身体付きもはるかにたくましいのに、リョウに対して敬意を払い続けてくれている。有り難いことで、リョウは胸が熱くなり、目尻に涙を浮かべた。


「まあ、そう深刻にならなくても大丈夫でさ」


 リョウの姿が見えたわけでも無いだろうに、フェルナンは朗らかに笑って言った。彼も巻き込んでしまったわけだが、その点を謝罪すると逆に恐縮されてしまった。


 それから宿の者に用意してもらった食事を平らげ、今後について相談したが、ほとぼりが冷めるまで街を離れるのがいいだろう、とフェルナン。


 クラスメートを頼らないのか、とは聞かれなかった。旅の途中に散々「みんなきっとぼくのことなんか憶えてないだろうな」などと語ったからだろう。微妙に心が痛む気遣いだった。


 フェルナンはちょうどこのあと、東にある街に出かける予定だったらしい。日程が繰り上がるが、明日にでも出立し、そのままそこで春まで待とう、と提案された。


「護衛をまだ手配してませんでしたが、旦那が一緒なら必要ありやせん。おいらはすぐにでもてますが、どうします?」


 その案を熟考する前に、部屋に近づく複数の足音があった。


 人数はおそらく三人。ひとつはこの宿の女主人のものだ。さっきも食事を運んできてくれたので間違いない。


 ほかの二人が異質である。履物が硬いし、歩き方も違う。まるで戦闘態勢だ。


「フェルナン、ちょっと良いかい?」


 ノックと当時に女主人の声。フェルナンも気付いたのだろう。表情にけんがある。


「大丈夫でさ。旦那は大人しくしててくだせえ」


 小声で告げ、フェルナンはさっと入り口横に移動。「入んな」と返事した。


 扉が開き、まず入ってきたのは奇妙なとんがり帽子を被った、やはり風変わりなローブを着た娘だった。見知った姿とシルエットがだいぶ違う。


 同時に後ろから声。


「ノリコ、右」


 とんがり帽子の娘に掴みかかろうとしたフェルナンが、一睨みされて固まった。頭を激しく振っているが、両手と胸から下は微動だにしない。


「な、なんだこりゃあ、身体が動かねえ!」

「暴れない方が良いよ、首を痛めちゃうから」


 とんがり帽子の娘が告げる。ほぼ同時に、二人目が入室した。少し切れ長の目をした、冷たい印象の美人。野暮ったい神官服を着ているが、やはり記憶にある姿より数段、女らしさが増したようだ。


(霧島さん、尚武さん!)


 リョウがもっとも会いたくなかった二人だった。


 【神眼】の霧島優美は、部屋をざっと見渡してこう言った。


「あなたがフェルナンさん?」

「だから何だってんだ、くそっ!」

「ヒウラ・リョウという少年をご存知?」

「んなもん知るか! おいらに何しやがった?」

「嘘」


 霧島優美は即座に断定。無表情にフェルナンを眺めて言葉を続ける。


「分かりやすくて助かります。彼はどこに?」

「知らねえっつってんだろ、自分てめえで探せ!」


 フェルナンはもがくふりをしつつ、リョウのいる方向を見て首を振った。あくまでリョウをかばうつもりらしい。


「ふぅん? この部屋にいるのね」


 霧島優美はそれ以上フェルナンに構わず、もう一度部屋を見渡した。


「困ったな。本当に見えない。日浦くん、そこに居るんでしょう? 早く出てこないと、この人がどうなっても知らないよ?」


「旦那、逃げてくだせえ!」


 フェルナンの悲痛な叫びを聞き届け、リョウは深々と息を吐いた。


「〝ここだよ〟」


 宙空に浮かび上がった日本語に、二人の娘は息を呑んだ。同時に、フェルナンががくりと肩を落とす。


「〝その人がどうにかなったら、ぼくは何するか分からないよ〟」

「〝よく考えて行動した方がいいと思う〟」


「ノリコ」


 ぼそり、と霧島優美。何の合図だったのか、尚武紀子は青ざめた顔で首を横に振った。

 だがそれでわかった。【神眼】も【念力】も、リョウを対象とできない。


「何をするっていうの?」


 眉間に縦皺を寄せ、霧島。以前とはまるで別人だ。眼力が増したというか。睨まれただけで大事なところが縮みがってしまいそうな。


 だが、いまさらその程度の眼光で怯むリョウでもない。こんな脅しを受けて、怒っているのはこちらも同じだった。


「〝霧島さん次第じゃないかな。とりあえず彼を放したら?〟」

「私たちに襲いかかろうとしたから拘束した。正当防衛だと思うけど?」

「〝殺気満々で踏み込んできたのはそっちじゃないか〟」

「こんないかがわしいお店、警戒して当然よ。こんなところで何をしてるの? ハルカに申し訳ないって思わないの?」

「〝鶴来さんは関係ないだろ〟」


「旦那、なに話してるんです? おいらにも分かるように話しちゃもらえませんか?」


 にわかに高まりかけた緊張が、フェルナンの言葉でややほぐれた。


「あの、日浦くん」と、恐る恐る尚武紀子。「この世界の言葉が読み書きできるんだよね? ボクたちも読めるから、そっちでいいよ」


「いつからボクっ娘に!?」


 リョウは驚き、ついそのまま日本語で記した。尚武紀子はそれを見るなり顔を真っ赤にし、わたわたと手を振った。


「違うの、これは違くて!」

「日浦くん、それ突っ込んじゃダメだよ……」


 何とも言えない空気が漂う。おかげで緊張は一気に解けた。


 同時にフェルナンの拘束も解けたようだ。気が抜けたように首を鳴らしてこう言った。


「とりあえず座んな、お嬢さんがた」


 気を取り直し、腰を落ち着けて情報を交換する。


 まず昨晩の出来事を詳細に話した。そして、この宿に潜むことになった経緯。フェルナンはまったくの無関係だと言うところは強調した。おかげで、フェルナンと例の宿の元の主人が知り合いだと知られたが、それは仕方がないだろう。


 ちなみに宿の元の主人の末路について、フェルナンはすでに聞き及んでいたらしい。リョウはつい謝罪したが、


「自業自得でさ。奴隷ったって命はあるんだ。ご同胞は死んじまったんでしょう? はかりにもかかりませんや」


 と、あっさりしたものだった。


 大神殿の状況も説明してもらった。まず、ただ一人の目撃者となるセラフィーネの証言はこうだ。


「部屋に入ったら侍女が死んでいました。リョウさまに説明を求めたところ、自殺した、と。嘘だと思いました。とっさに斬りつけて戦闘状態に入り……あとは昏倒してしまったので分かりません」


 何の脚色もない、リョウの記憶通りの証言だった。リョウの話を嘘だと思った理由については、


「浅慮でした。証拠は何もありません。思い返せば彼は逃げる様子もなく、まずは落ち着いて話をすべきでした」


 と語ったらしい。これは神官長クアランに対する証言だが、菊池も聞いていたため間違いないとのこと。


 だが、問題は神官たちの一部が騒ぎ立てていることだ。それも、これまでクラスメートたちに協力的だった――特に若い者が多いという。


 昨晩、すぐに宿に駆け込んで来たのも「有志」で宿の護衛に当たろうとしていた連中らしい。その中には、リョウの犯行を見た、と証言する者までいたという。誰が見たのか聞いても名乗り上げる者はおらず、ただリョウに対する不信だけが広まっている状況。


 大神殿としては、事実があやふやなまま、事件を公にしない方針で、箝口令まで敷いたそうだが、噂が広まるのは避けようがない段階に来ている。


 つまりこういう噂だ。英雄の同胞を語る、憎むべき混沌神ミラの化身が、罪なき少女を無残に殺し、今なお街に潜伏している――。


「〝デマが伝播する過程って異世界でも同じなんだね〟」


 リョウが他人ごとのように感想を述べると、霧島優美はやや眉間をひくつかせた。


「あなたが逃げたりなんかせず、すぐに菊池くんに報告していれば、ここまで酷い状況にならなかったの。分かってるの?」


 おっしゃるとおりなのだが、リョウは妙にカチンと来て反論した。


「〝あの状況で、自分の命を守るために最善の行動をしたつもりだけど?〟」

「あなたね――!」

「ユミちゃん、落ち着いて!」


 慌てて紀子が割って入った。優美は眉間にシワを寄せつつ言った。


「とにかく。菊池くんから伝言がある。私たちの総意だと思って聞いて」


 いわく。


 大神殿はひどい騒ぎになっている。事件の真相がつかめるまで、クラスメートたちも大手を振ってリョウと接触できない。不便をかけるが、しばらくひとりで凌いでくれ。


 ちなみに。独自に調査するなら止めはしないが、まず自分の命を最優先に行動してくれ、とのことだった。


「〝みんなはぼくを信じてるの?〟」

「ボク――私は信じるよ!」

「〝尚武さん、無理しなくていいよ。ボクでいいじゃない。可愛いと思う〟」

「日浦くんなんて嫌いだー!」

「あんたたち……」


 眉間を抑えて、優美。


「菊池くんは信じるも信じないもないって言ってたわ。太陽は東から昇って西に沈むものだろう?って」


 リョウはぐさっと胸が痛んだ。なんとおとこらしい言葉だろう。自分は昨日、真っ先に彼を疑ってしまったと言うのに。


「私はどっちかというと、ハルカの話を信じてる。あの子に〝何をしてもいい〟とまで言わせて手出ししなかった人が――」

「〝待って待って待って、何で知ってるの、やめて!〟」


 しばらく、そんなとりとめのない脱線が続く。やがてフェルナンがぽつりとこう言った。


「いや。やっぱいいもんだ、同郷の馴染みってのは。ねえ、旦那?」


 しん、と静まり返ってしまった。学校ではろくすっぽ口も聞かなかった面子だが、この異郷にあってごく自然に会話が進む。フェルナンの言う通りだな、とリョウは思った。


 それからまた色々と話し合い、結局、リョウはフェルナンとともに東の街へ行くことにした。

 アークラットという名の有名な街で、別名「迷宮都市」。近郊に大規模なダンジョンがあり、各地からやってきた冒険者たちの拠点として賑わっているそうだ。


(アツい、これぞ異世界生活!)


「何を考えているかだいたい分かるけど、危ないことはしないでね?」


 と、優美に釘を刺された。


 アークラットはここから二日ほどの距離にある。紀子の権能で空を飛べば数時間で着くそうだが、目立つと意味がないということで却下。無難に陸路を行くことになった。


 その代わり、と言おうか。


「日浦くん、お墓参りはまだだよね? これから一緒に行こうよ」


 と紀子。


 当然、クラスメートの墓だ。デルナ山の山頂にあると菊池から聞いてはいたが、積雪でとても徒歩で行ける状態じゃないということで、諦めていた。


 だが空からならひとっ飛びだという。一も二もなくお願いした。


 リョウは【念力】で直接飛ばせないので、宿のベッドを拝借してその上に乗った。空飛ぶベッドである。


(むかしこんなゲームやったなー)


 ベッドによる空の旅は、凄すぎて感動のメーターが振り切れた。リョウはただぼけっとして、絶対これ夢だよな、などと考えていた。


 もちろんそんなことはなく、頬に突き刺さる冷気も、四肢の感覚も、相変わらずこの異世界が現実だと証明し続けている。


 山頂に着くと、深く降り積もった雪を、紀子がすべて【念力】で除去した。


 現れたのは全部で十五人分の墓標。


 そのひとりひとりに、リョウは手を合わせた。もちろん、ほとんど口を聞いたこともない。だが全員、顔も名前も声も性格も、よく憶えていた。個性的なクラスだった。


 平松真司には、都合二度目のお別れだった。


「菊池が文句言ってたよ。死ぬの早すぎだって」


 彼を喰らった飛竜ドムラスは冒険者たちが仕留めた。その報告も兼ねて、ほかのクラスメートよりやや長い追悼だった。


「平松くんと仲良かったの?」

「〝いや。ちょうど喰われるところ見ちゃって〟」

「そう……」


 優美の反応に少し違和感を憶えたが、問いただす間もなく雲行きが怪しくなった。山頂の猛吹雪にさらされる前に、三人は宿に戻った。


「忘れるところだった。ハルカが、あなたを見つけたら証拠に何かもらって来て、って」


(証拠って……)


 いわく、そうじゃないと自分が探しに行くといって聞かなかったらしい。それならと、リョウは左手の時計をほどいて優美に手渡した。


「〝ずっと着けてたからわかると思う。ぼくの宝物だから、大事にしてって伝えて〟」


 すると、優美はこの日初めて満面の笑みを見せた。思わずどきりとするような笑顔。


「うん、必ず伝えておく」


 ふたりを見送ったリョウは晴れ晴れとしていた。これから世間は、彼を貶める噂で蔓延するだろう。だが関係なかった。自分を信じてくれる仲間たちがいる。これほど心強いことがあるだろうか。


 彼らのためにも、己の無実を晴らさねばなるまい。


 だがまずはフェルナンの安全を確保しなければ。彼を無事にアークラットまで送り届けたら、またデルナに取って返し、持てる力を駆使して真相の究明にあたるつもりだった。


 すべて解決したら、みんなを誘ってダンジョンに潜るのもいい。どちらにせよ、これからは楽しくなりそうだ。


 リョウは期待に胸を膨らませ、大きく背伸びをするのだった。



 優美と紀子は街中をひとっ飛びし、大神殿の正門前に降り立った。

 本来なら、彼女らに充てがわれた部屋のバルコニーに直接降りたいところだが、神殿側からの要請で、なるべく正規の出入り口を使うように言われているのだ。


 この街――この世界にやってきて間もないころ、大神殿の政変が起こった。その影響で人員が不足し、筆頭神官長という臨時職に就いたクアランが、外部から優秀な神官たちを集めているのだ。


 そうした「新人」たちの中には優美たちに懐疑的な目を向ける人間も多いため、余計な反感を買わぬようにと協議した結果だった。


「……そろそろ潮時かも知れないけど」


 優美はぼそりと独りちた。これまでは神殿とも上手く付き合ってこれたが、これからも上手くいくとは限らない。いや、リョウの件を考えれば、すでに悪い予兆はある。彼の伝手でアルノアに移るのも考慮すべきかもしれない。


 と。


 礼拝堂の軒をくぐる際、冒険者らしき一団と出くわした。知らない顔だ。


 咄嗟に【神眼】で情報を確認してしまうのは癖のようなものだ。この世界では、誰がいきなり襲い掛かってくるか分からない。プライバシーの侵害かも知れないが、必要な処置だと優美は思っている。


 もっとも、大半が無価値な情報で、優美もその場限りで忘れてしまうのだが――。


 この時は違った。


「……!」

「ユミちゃん、どうしたの?」


 不意に立ち止まった優美に、紀子は怪訝に問いかけた。優美は答えず、冒険者の一団に道を譲り、彼らが通り過ぎるのをじっと見守っていた。いや、正しくはその中の一人――傷だらけの板金鎧に身を包んだ男を。


 それから、顔見知りの神官をつかまえて話を聞いた。


「彼らですか? 神官長さまに要請があっていらしたそうです。何でも、大事な剣を盗まれたとか」

「剣?」

「はい。この世にふたつとない代物だから、捜索に力を貸して欲しいと」


「あの人たち、何かえた?」


 紀子が不安げに問う。優美は渋い表情で答えた。


「権能持ちが居たわ。私たち以外で初めてよ」


 その声も、どこか緊張に震えている。すぐに踵を返し、足早に礼拝堂を歩く。この緊急事態を一刻も早く仲間たちに伝えるために。


 渇いた足音が妙に耳に残った。まるで誰かが嘲笑しているようだと、優美は愚にもつかないことを考えていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ