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10.二十八日目(二十二日目~)



●二十八日目


 二十二日目のことをもう少し書く。


 萩原さんを殺した犯人は、取り押さえられる前に、神々の名を叫んで自殺した。


 この時、キレた紫波さんと、取り押さえようとした穂村くんが、軽く戦闘状態になって大変だったらしいけど、私は見ていない。萩原さんを抱きしめたまま呆然としていたからだ。


 周囲の音は何も聞こえなかったし、萩原さんのいやに安らかな寝顔以外は何も見えなかった。



 自殺した犯人は、ゼフの側近のひとりだったらしい。上司の敵に一矢報いようとした? それとも私たちが本当に悪魔だと信じていた? 意味がわからない。どちらにせよ馬鹿なことをしたものだ。彼のせいでゼフは完全に終わった。


 神殿のごたごたはもうどうでも良かった。お腹いっぱいだった。




 紀子と菊池くんの提言で、私たちはその日のうちに萩原さんの遺体を山頂に運び、最後のお別れをした。


 誰もひとっ飛びに行こうなんて言い出さなかった。ハルカも、軽い治療を受けただけの身体で、穂村くんに背負われてついてきた。おかげで穂村くんの背中は、ハルカの涙でぐっしょりだった。


 萩原さんの遺体は紫波さんが背負った。


 気がつけば、神殿の人たちも、そして街の人たちも後に続いていたけど、正直そっとしておいて欲しかった。




 実のところ、萩原さんの死を自分がどう受け止めているのか分からない。


 もしかしたら安心しているのかもしれない。【死眼】という恐ろしい権能の持ち主はもう居ない。でも、私たちの権能はみんな、一つ残らず恐ろしい力だ。私だって。


 少なくとも、萩原さん自身は恐ろしい人じゃなかった。

 それどころかとても優しい女の子だった。こんな世界であんな権能を持たされなければ、自分の妹を殺してしまうことも無かったはずなのだ。


「おあいこ」というのが、あかりを殺した償いができた、という意味なら大間違いだ。私はただふたりを失っただけだ。




 少し気分を落ち着けていた。続きを書く。


 萩原さんのお見送りが終わって下山したのは深夜だった。


 私はまたゼフが何か仕掛けてくるか心配だったから、日記でも付けながら夜通し警戒するつもりだったけど、日記帳を開いたところで寝てしまった。そのままお昼までぐっすりだった。


 次の日、つまり二十三日になると、神殿の事件が街中に広まっていて、私たちは英雄扱いされた。


 ハルカなんかは凄かった。彼女の力は聖柱教セラ・クティルの伝説で、もっとも尊いとされているからだ。本当は別物なんだろうけど。


 それだけなら良かったけど、神殿の方から、私たち全員を正式に聖者・聖女として迎え入れたい、と申し出があった。


 この時すでにクアランさん以外の三人の神官長は追放されていた。それをもって大神殿側の償いとしたい、と使者の人。紫波さんが「安っぽい償いだな」と吐き捨てていた。私も同意見。この時、紫波さんが暴れるなら協力するつもりだった。


 でも、紫波さんはそんなことしなかった。あとで聞いたけど、前日の穂村くんとの乱闘騒ぎの時、あの稲見さんが頭を下げて説得したそうだ。人死にを出したくない、というのが萩原さんの願いだった。その気持ちを汲んでやってくれ、と。


 それはともかく、神殿へ移住するかどうか、みんなで話し合った。


 宿よりは設備が整っていて暮らしやすそうだ、と蓮川くん。菊池くんも、宿では冬に向けた準備に不安があると発言。義経くんは「家事とか雑用から解放されて楽になる」と能天気。女性陣は神殿にお風呂があると聞いて大興奮していた。


 そんな感じで、大勢は移住に傾いていたけど、紫波さんと稲見さん、そして私は反対した。私はもうとにかく、神殿とは関わりたくなかった。


 紫波さんは反対というよりは、勝手にしろ、おれはもうこの街を出て行く、そんな言い方だった。この時はただそういう言い回しをしただけかと思っていたけど。


 稲見さんは会議の場では珍しく感情論。なに考えてんだテメエら、アタマ膿んでるのか、と発言して義経くんと口論になった。


 そのため場が騒然となり、会議は一時中断。


 私も神殿に頼るのは嫌だった。稲見さんと協力して何とか賛成派を説得しようと、ふたりで色々話し合った。


 でも、話せば話すほど、神殿での暮らしには利がある事がわかって、ふたりとも唸ってしまった。稲見さんは最後には諦めたように、「萩原のカタキが討てるわけでもねェしな」と呟いた。ちょっと鼻声だった。


 私も泣いてしまって、稲見さんに胸を貸してもらった。


 そのあと会議を再開したけど、紫波さんと穂村くんの姿がなかった。私はちょっと不安に思ったけど、天野さんが「ふたりとも賛成でいいって言ってたよ」と告げたので、それで安心した。安心してしまった。


 全然安心できる状況じゃなかったと知ったのは、神殿への移住が決定し、みんなが荷物をまとめて、宿の片付けが一段落し、もう日も暮れかけた頃だった。


 穂村くんがひとりで帰ってきた。何気なく「紫波さんは?」と尋ねたら「出てったよ。あとはオレに任せるって」という答え。


 私はすぐに紀子を連れて紫波さんを探しに行った。すぐ見つかった。けど彼はすでに街を出ていて、山沿いの森を西に進んでいるところだった。着ていたのは高校の制服。初日以来のことだった。


 すぐにつかまえて話をした。紫波さんは「もう決めたことだ。おまえらのお守りは飽き飽きなんだよ」と言った。


 私は泣き縋るようにして、残ってくれるようお願いした。最後はもうほとんど土下座に近い姿勢。

 紫波さんは私の両肩を掴んで無理やり立たせ「しゃきっとしろ」と言った。「いつまでもおれに甘えてんじゃねえ」と。


 もう何を言っても説得できそうに無かった。だからせめて、何か力になりたいと思って、これからどうするつもりか聞いた。西のシャガールの街に行く、とのことだった。そこで元の世界に帰る方法を探す、と。


 紀子が「送っていくよ」と申し出て、私もその意見を支持したけど、紫波さんは「高所恐怖症なんだよ」と本気で嫌がっていた。なのでせめて地図と物資を持っていってもらおうと、私と紀子はいったん街に戻った。紫波さんは手ぶらだった。あの人はそれでも何とかなりそうな気がするけど、いくらなんでも食料と水くらいは必要だろう。


 宿に戻ったら、みんな穂村くんから事情を聞いていたみたいで、全員で見送りに行こう、ということになった。ハルカも行きたがったけど、この時に病床にあった彼女を動すわけにはいかなかった。すでにお別れを済ませた穂村くんが一緒に残って、彼女が無茶をしないよう見張ることになった。


 そうしてみんなを連れて行ったら、紫波さんは苦笑していた。黙って出ていくつもりが台無しだ、と。稲見さんと佐藤くんはなおも説得していた。私はちょっと期待したけど、彼らでも無理だった。


 そのうち佐藤くんが「俺も連れて行って下さい!」と言い出して、ちょっと騒然となった。紫波さんは叱り飛ばしていた。「誰が野郎と二人旅なんてするか!」って。ちょっと笑った。


 あとはみんなそれぞれお別れを言って。最後に、義経くんがぴしっと頭を下げて大声で叫んだ。


「ありがとうございました!」


 って。涙声だった。つられてみんなも深々と最敬礼。紫波さんが「やめろやめろ、アホかてめえら!」って叫んでたけど、誰も言うことを聞かなかった。そのまま、彼が森の影に見えなくなるまで見送った。




 二十四日は、大神殿で私たちを歓迎する式典が催された。といっても、かたっ苦しいのは午前中だけ。あとは「神殿ってもっと厳かな場所なんじゃないの?」と文句を言いたくなるくらい、はっちゃけたお祭り騒ぎだった。街の人たちも招いて、飲めや歌えの大騒ぎ。


 ちなみにこのあたりでは、私たちくらいの年齢でお酒を飲むのは当たり前らしけど、まさか神殿で振る舞われるとは思わなかった。私はもちろん遠慮したけど、何人かは呑んでいた。べろんべろんで大変な人もいた。まあ、ここに書くのは勘弁してあげようと思う。


 この日は、それ以外ほんとうに何もなかった。神殿の人たちも街の人たちも、思った以上に好意的で、私はようやく安心することができた。


 二十五日。本格的に移住開始。ただ、クアランさんは諸々の事後処理に大忙しらしくって、この日は会えなかった。神殿の設備とか暮らし方とか、若い女性の神官に説明を受けた。けっこう美人。義経くんがはしゃいでミコにつねられていた。


 それで、神殿のくらしは特に息苦しい決まりごとはない。もちろん神官たちが守るべき戒律、なんかはあるらしいけど、私たちは気にしなくていいと言われた。そのほかの注意点は、集団生活で当たり前みたいなもので、うちの学校の校則のほうが厳しいくらい。


 女性陣はとにかくお風呂に大はしゃぎ。豪華さなんかは無いけど、とにかく広い大浴場だった。


 ちょっと私の中で、二十五日目と二十六日目にあったことがあいまい。天野さんが誰かを治療して大騒ぎされたのはどっちだっけか……。彼女の権能も「癒やしの御手」とか言って、この世界の人たちには特別みたい。もちろん私たちにとっても特別だけど。


 蓮川くんたち砦組の冒険譚を聞いたのは二十六日目だったはず。その途中で大変な知らせがあったから。


 それはひとまず置いといて、砦のダンジョンと魔神の話。


 蓮川くんと穂村くんが倒した「魔神」は、神殿の地下にいたやつと違って「本体」だったそうだ。何度も再生したりはしないけど、その代わり恐ろしく素早くて、爆炎魔法?まで使う。主に蓮川くんが攻撃を担当したそうだけど、穂村くんが不死身じゃなかったら勝てなかったそうだ。


 それで、倒した途端にあの発光現象。ふたりともほぼ瀕死の状態で権能を封じられた。

 生き延びたのは、蓮川くんが権能なしで簡単な回復魔法を使って、応急処置をしたから。


 そうして、とりあえず動けるようになると、穂村くんが隠し通路を発見した。

 その奥にあの斧があったそうだ。


 こう、淡い光を放ちながら、宙に固定されたように浮いてたそう。穂村くんが掴み取ったら光は消えたらしいけど。


 その時、台座に書いてあった文字を、蓮川くんはメモしていた。クアランさんが言うには「古代エルダーナ文字」じゃないか、今では誰も読めるものはいないはず、とのこと。


 でも【神眼】には読めた。こう書いてあった。


 外なる神の権威にすがり、ここに悪魔の御業を封じる。

 心清き戦士と、心清き乙女と、大いなる精霊の御名みなにおいて、世界が終わるその時まで。


 そしてもう一文。おそらくこれが「斧」の説明。


 魔斧バルカリス 6番目の悪魔


「……なんてもの持ってきたの! すぐに返してきなさい!」なんて思わず怒鳴ったけど、もう手遅れ。


 何とこの斧、すでに穂村くんを主として認識していて、勝手に手元に戻ってくるとか。怖すぎる。生きているんだろうか?


 しかも、穂村くん以外の人が持とうとしても持ち上がらないらしい。私も試してみたけど、単純に重たいだけなんじゃ? という印象。紫波さんが居る時にやってもらえばよかった。


 ちょっと後に聞いたクアランさんの話によれば、バルカリスというのは聖柱教セラ・クティルの重要な神々の一柱で、北風の神さまらしい。悪い名ではないずだ、とのこと。


 そしてこの日。神殿の地下礼拝堂の、あの台座の下に隠し通路が見つかったという報告があった。面白がって見に行った蓮川くんが、あとで血相を変えて戻ってきて「見てもらいたいものがある!」と、私を引きずるようにして地下へ連れていった。


 隠し通路の先にあったのは「槍」だった。蓮川くんから聞いた「斧」の様子と同じく、宙に固定されて浮いている。淡い光を放ちながら。


 【神眼】を使っても、やっぱり斧と同じく詳細は不明。ただ、台座には同じ文章が刻まれていた。違っていたのは最後の一文だけ。


 神槍アスタリュート 10番目の悪魔


 神の槍なのに悪魔。わけがわからなかった。でもこれが、大神殿の創設者が地下に封じたという「神器」なのは間違いなかった。


 蓮川くんが言うには、「神器」というのはつまり、とんでもない力を持っているアイテムのことで、昔の人はそれを悪魔と表現したんだろう、という話。


 実はこの「神器」、各地の伝説伝承で色々語り継がれていて、所在がわかっているものもあるそうだ。その中には武器じゃない物もあるって話。


 ただこの「神槍アスタリュート」に関する伝承は皆無で、クアランさんも名前すら聞いたことが無いという。ともかく、ゼフの狙いは結実したわけだ。これを大々的に喧伝すれば、大神殿の権威が失墜することはない。


 と思ったんだけど、クアランさんはすぐさま箝口令を敷き、この地下通路を封印。あんな得体の知れないものに触れるべきではないと、この件を無かったことにした。蓮川くんは残念がっていたけど、私は英断だと思う。


 ただこの時から、蓮川くんの冒険心は膨れ上がっていたみたい。

 順番が前後するけど、蓮川くんは今日になって、旅に出たいと言い出した。


 この街に居続けても状況は変わらない。この世界の謎を解く、までは行かなくても、紫波さんのように、こちらから動かなくては欲しい情報は入らない。元の世界に戻るためにも、各地を旅して手がかりを探すべきだ、と。


 ただ、全員で行くことには反対していた。安全な場所に拠点は必要だし、女性陣を連れ回せるほど街の外は安全じゃない。蓮川くんと義経くんだけで充分だと言っていた。


 これに、ミコがわざとらしく「退屈だから私も行きたいな」とか言った。うん。余計な理由をつけなくてもみんな分かってる。寂しくなるけど、私は止める気はない。


 でも、本当に蓮川くんたちが旅に出るなら、だ。できればみんなで一緒に居たいというのが私の本心。


 ともかくこの案はまだ企画段階。今後どれだけ具体的に話をつめられるか、いまは分からない。




 二十七日目。きのう。


 二十六日の時点で、藤堂くんには周辺の色んな街や村に拠点を作ってもらっていたんだけど、そのうちのひとつ。南の街道の先にある「ラグランス」という街から、物騒な情報があった。


 あのゼフが、ラグランスの領主と結託して、聖地奪還の軍を編成中だというのだ。


 これにはクアランさんも大激怒。すぐに事実を説明する使者を送ったけど、藤堂くんは無駄だと言っていた。どうもラグランスの領主、ずいぶん昔からデルナを狙ってて、聖柱クティルが無くなった、っていうニュースを聞いた時には挙兵の準備をしていたそう。ゼフはそれにうまい具合に乗っかっただけ、らしい。


 どちらにせよ、私たちは「来るなら来い」という姿勢。当然、戦争になるから、反対意見もあるけど、向こうが来るならしょうがない。


 それに私は、この機会にゼフに落とし前を付けてもらうつもり。菊池くんも「きっと今後こういう連中は増えてくるから、一度は俺たちの力を見せつけておいたほうが抑止力になる」と強気。


 作戦は色々考えている。紀子は「たぶんボク一人でなんとかなるよ」と言ってるけど、この世界には魔法もある。色んな可能性を考慮した上で、あちらの被害も最小限に、そして最低限、こちらは無傷で勝たないといけない。


 と、こんなところで。今日までの出来事は一通り書けたと思う。


 早いもので、この世界に来てからもう一ヶ月も経ってしまった。

 これからも大変だろうけど、みんなで力を合わせて頑張っていきたい。



 ああ、そうだ。ハルカの話。


 私は全快したハルカの動きを警戒していたけど……つまり、ひとりで日浦くんを探しに行かないか、と。


 でも、きっと態度に出ていたんだろう。ハルカの方から私に言ってきた。「当分はここにいるから安心して」と。


 よくよく考えたらその「当分」がどのくらいかわからないけど、聞いた時は嬉しくて、思わずにやにやしてしまった。でも、ハルカが日浦くんを心配してるのは間違いない。彼と合流できる日を祈りつつ、今日はこれで筆を置く。



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